目次

  1. アトツギ甲子園で得た手応えと生まれたつながり
    1. 実家が国の文化財になったことが転機
    2. 背中押してもらえたピッチ大会
    3. 「点」ではなく「面」のつながり生みたい
  2. カンボジアから故郷へ 戻って気づくポテンシャル
    1. 父の思いをカンボジアで実現目指す
    2. 奈良で感じるポテンシャル
  3. 全国から挑戦者が集まる「アトツギ甲子園」

 「アトツギ甲子園など3つのピッチ大会に出場したことが、家業に戻るきっかけにもなりましたし、事業の加速化につながりました」

 そう話すのは、明治27年(1894年)創業のミヅホ17代目アトツギの大西さんです。

クラフトビネガードリンク「saku」(撮影:奥山晴日)

 自動車部品メーカーで勤務しながらアトツギ向けピッチイベントを活用して事業構想を固め、2024年9月に家業にUターンして約半年で、創業以来受け継いできた酢づくりを生かしたクラフトビネガードリンク「saku」を完成。その2ヵ月後には、全国の中川政七商店の直営店で展開するというスピード感で新規事業を進めています。

 「もうからないから継がなくていい」と父から言われていたという大西さん。家業を見直すきっかけは、2023年に瑞穂酢蔵(大西家住宅)が国の登録有形文化財に登録されたことでした。

瑞穂酢(大西家住宅)主屋 門屋からみる玄関(ミヅホ提供)

 「この歴史ある家業を絶やしたくない」という思いが芽生えました。一方で、すぐに家業に関わるのは難しく、何か成果がないと父からも反対されるだろう…。そこで、自分にできることを見つけるため、大西さんはもがきます。

 特徴ある家屋を生かしたサウナ事業なども考えましたが、ベンチャー型事業承継が開催するピッチイベント「~成長支援型ピッチ~ATOTSUGI Boot Camp」、中小企業庁主催の「アトツギ甲子園」、奈良県のブランディング事業の業務委託を受けた中川政七商店が開催する「経営とブランディング講座」のピッチイベントを経て、自社の強みを「創業以来受け継ぐ酢づくり」にあると再認識し、酢づくりの技術を現代に生かしたクラフトビネガードリンク「saku」を生み出しました。

 家業に戻って1年という短い期間で新商品が全国展開できたのは「ピッチ大会があったからこそ」だといいます。

 審査員には、現役の経営者もいて、厳しい講評を受けつつも、経営者の目線で家業の価値やアイデアを評価してもらえたことが「このビネガードリンク事業、いけるんじゃないか」という自信につながりました。また、応援してくれる審査員や観客が事業化を進めるのに役立つ人を次々と紹介してくれたことで事業化を一気に加速できたのだといいます。

11月7日に奈良市の奈良商工会議所会館で開いたイベントで話す大西さん(中央)。「saku」が商品化されると、テレビや新聞に取り上げられる機会が増え、16代目社長である父が上機嫌そうだと周りから聞かされているという

 「ピッチで問われたのは、短期間で売上を伸ばせるかでもなければ、何年で投資金を回収できるかでもありませんでした。自分自身の思いに全力でコミットできるかだったんです。もしピッチ大会に出ていなかったら、会社員をしながら副業で少しずつ進めるのでも良いかと考えていたかもしれません」

 大西さんは2025年夏から奈良県のアトツギ甲子園地域アンバサダーに就任し、県内のアトツギのネットワークを築くため、自らが旗振り役となり、アトツギネットワークを生み出そうとしています。

 「これまでにいただいたご縁をきっかけに、インバウンド向けに国の登録有形文化財である大西家住宅の見学ツアーや酢づくりの体験ができないかと相談をいただいています。ですが、自社だけでは点にしかなりません。奈良には古くからの歴史や文化が息づいています。周りの老舗アトツギとつながることで点から線が生まれ、さらには面的な広がりが生まれるかもしれません」

 奈良はインバウンド・アウトバウンドに強いポテンシャルを持つため、特に海外の視点を意識し、発酵(食)をテーマにした体験型ツアーなどを企画できないかとも考えています。そのために必要なのは、失敗を恐れず、まずは新しいチャレンジができる熱量の高い仲間です。

 その思いに賛同するアトツギ経営者がいます。奈良県葛城市で阿古薬品3代目として生まれ、いまは家業の強みを生かして「アジアと日本の農産地をつなぐ”食と人”の共創プラットフォームをつくる」というミッションで活動している阿古哲史さんです。

11月7日に奈良市の奈良商工会議所会館で開いたイベントで話す阿古さん

 新卒から人材業界で働いていた阿古さんは2009年、体調を崩した父に求められ、農家向けに農薬や農業資材を販売する家業に戻ってきました。

 祖父のころは、利益率の高い事業でしたが、ホームセンターが台頭し、インターネットでいつでもだれでも農業知識にアクセスできるようになり、事業の見直しが必要な時期に来ていました。

 そこで、父になぜこの事業をやっているのかと問うたところ、「日本の食の安全・価値を守る」という志を持って仕事に取り組んでいたことを知り、この思いを引き継ぎ「一次産業の価値と安全を高める」ことを自らの使命と定めました。

 そして、家業が持つ生産者のネットワークや農業知識生かし、グローバル市場で安全な食品の需要に応えるため、2011年に家業から切り離した新会社「ジャパン・ファームプロダクツ」を設立します。

 直後に東日本大震災が発生し、当初の事業構想は白紙となりましたが、カンボジアを訪れた際に、途上国支援と農業を組み合わせるという「ファウンダー・マーケット・フィット(Founder-Market Fit):創業者が自身の知識、熱量、実体験にもとづいて、取り組む市場や課題に適合すること」を見つけ、カンボジアでの事業展開を決意しました。

静岡県産三ヶ日みかんをカンボジアでドライフルーツにする工程(ジャパン・ファームプロダクツ提供)

 カンボジアでは農業生産や農業技術の普及に加え、農産加工業にも挑戦。家業の知識・現地で培ったネットワークをもとに安全性の高い原材料を確保し、高品質なドライマンゴーの開発に成功しました。その品質は、東京・上野のアメ横の老舗ドライフルーツ専門店にも認められるほどだといいます。

 事業を拡大するなかで、カンボジアの農業事業のオペレーションが崩壊する、急拡大により事業資金が枯渇しそうになる危機に見舞われますが、組織づくりを見直し、資金調達をすることでなんとか乗り越えてきました。

カンボジアでドライフルーツの原料となるマンゴーを育てている農家のみなさん(ジャパン・ファームプロダクツ提供)

 2018年からは奈良に戻り、日本と途上国を結ぶ事業を拡大しており、カンボジアで加工するドライフルーツは、クイーンズ伊勢丹やナチュラルローソン、イオングループなどに広がっています。

 長く海外を経験してきた阿古さんから見ても、奈良は「非常にポテンシャルのある場所」だといいます。

 たとえば、インバウンドの視点から見ると、奈良には歴史的な遺産があり、かつ大都市へのアクセスが非常に近いという点が、魅力的です。

 隣の京都府が抱えるオーバーツーリズムの問題を念頭に置きつつ、奈良県は観光客数増加にこだわるのではなく、奈良ならではの高付加価値な体験を提供することで、富裕層などのターゲットを絞ったインバウンド戦略が有効ではないかと考えています。

 ただし、都市部と比べると、新しい事業に挑戦する人が少ないという課題があります。これに対し、阿古さんは「チャレンジャーが少ない地方だからこそ、東京や大阪では得られない地元企業間の連携や支援の輪があります」と話します。

 阿古さんも奈良に戻ってきてから、県内の銀行からの融資や商工団体の出展サポート、経営力向上計画の取得支援、奈良県SDGs企業認証の取得など、多岐にわたる公的支援を受けているといいます。

 「地道にものづくりに取り組んできた事業者が多いからこそ無限の可能性を秘めている」と話す阿古さん。アトツギや支援機関と協力して奈良県を「アトツギの社会変革とイノベーションの集積地」にすることを目指しています。

 地方からそんな機運を生み出そうとしているのが、全国からアトツギが集う「アトツギ甲子園」です。家業の既存の経営資源を活かした新規事業アイデアの提案がどんどん生まれています。

 中小企業庁は、中小企業の後継者の育成と早期の事業承継促進に向け、「第6回アトツギ甲子園」のエントリーを募集しています。また、支援者向けには地方大会や決勝大会の観戦を案内しています。

 このイベントは、39歳以下の後継者(代表権を持たない後継予定者に限る)を対象とし、既存の経営資源を生かした新規事業のアイデアを競い合うピッチイベントです。中小企業庁は、新規事業を通じた戦略立案能力、発信力、実行力の向上、すなわち後継者の経営能力の育成を重視しています。

 エントリー期間は11月26日18時までです。経済産業大臣賞、中小企業庁長官賞に加え、第6回から技術優位性や新規性の高い者に授与される「イノベーション・環境局長賞」を新設し、製造業をはじめとした自社技術を使い、新規事業に取り組む後継者をさらに後押ししています。また、イベントの魅力発信や地域でのコミュニティ形成のため、「アトツギ甲子園地域アンバサダー」も活動中です。