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関谷正徳とは? わかりやすく解説

関谷正徳

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2026/02/14 03:02 UTC 版)

関谷 正徳
せきや まさのり
生誕 (1949-11-27) 1949年11月27日(76歳)
日本静岡県
職業 レーシングドライバー
実業家
配偶者 あり
補足
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関谷 正徳(せきや まさのり、1949年11月27日[1] - )は、日本の元レーシングドライバー。ル・マン24時間レースにおける日本人初の総合優勝者。

経歴

デビュー

静岡県安倍郡井川村(現在の静岡市葵区)出身[2]。血液型はA型。常葉学園橘高校出身[3]。同校を卒業後静岡マツダ(マツダの静岡県における販売ディーラー)に入社する。

静岡マツダの社員だった1972年にレースデビュー。「ファミリアロータリークーペ」や「カペラ」、「サバンナ」をドライブし活躍した。1976年には富士グランチャンピオンレース(富士GC)併催のスーパーツーリング選手権でシリーズ2位となり、翌1977年にはシーズンチャンピオンを獲得した。

1978年には富士グランチャンピオンレースにステップアップし、1981年まで参戦した。1982年には渡英し、イギリスのフォーミュラ・アトランティック選手権に参戦し、6戦中5戦で入賞する活躍を見せた。

トムスとレイトンハウス

トヨタ90C-V(1990年)
トヨタTS010(1992年)
カストロール・トムス・スープラ(1997年)

イギリスから帰国した1983年には、トヨタ系の名門チームのトムスと契約し、1984年には全日本耐久選手権に参戦した。1985年にはトムスよりル・マン24時間レースに参戦し、その後合計11回参戦する。

1987年のル・マンでは決勝の前日に、当地の教会において、チームのサービスサポーターだった葉子夫人(当時34歳)と結婚式と披露宴を挙げる。結婚証明書はル・マン市長から渡された。日本人初の総合優勝を果たした1995年のル・マン24時間レースでは、夫人は8月に第二子を出産予定であったため、初めてル・マンを欠席した[4]

フランスに残る、1995年優勝者の手形

1986年レイトンハウスイヴァン・カペリの代役として起用され、全日本F2第7戦にスポット参戦、F2デビュー戦で6位に入賞する[5]1987年以後もレイトンハウスからトップカテゴリーの全日本F3000選手権全日本ツーリングカー選手権全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権(JSPC)などに参戦した。

1989年には、JSPCとル・マン24時間レースにレイトンハウスのポルシェ・962Cで参戦し、同年の富士GC最終戦では最後の勝者となるなど、トムス及びレイトンハウスの顔として活躍。しかし、バブル景気が崩壊し、1991年9月11日にレイトンハウスのオーナーの赤城明が「富士銀行不正融資事件」で逮捕され[6]、レイトンハウスの活動は同年を持って休止となった。

ル・マン24時間レース優勝

1995年ル・マンの表彰台の頂点に立つ関谷(左)

翌年も全日本F3000選手権に参戦しつつ(1993年まで参戦)、1992年のル・マン24時間レースではトヨタ・TS010をドライブし総合2位の成績を挙げた。また、1994年には、全日本ツーリングカー選手権(JTCC)にトムスからトヨタ・コロナで参戦し、初年度のシーズン優勝を獲得する。

1995年のル・マン24時間レースでは、ヤニック・ダルマスJ.J.レートとチームを組んでマクラーレン F1 GTRをドライブした。24時間で4,055km[7]を平均速度168.992km/h[7]で走って総合優勝し、日本人初の総合優勝を果たした[2]

全日本ツーリングカー選手権優勝

インタープロト(2015年)

その後も、JTCCや全日本GT選手権(JGTC)などの日本のトップカテゴリーで活躍するとともに、1996年には国際ツーリングカー選手権にスポット参戦した。

1998年には、JTCCの最終年度のシーズン優勝を獲得する(トムス/トヨタ・チェイサー)。これにより関谷は、同シリーズの開幕年度と最終年度にシーズン優勝を飾る形となった。1999年には、JGTCのGT500クラスでシーズン2位を獲得した(トムス/トヨタ・スープラ)。2000年10月のSUZUKA GT 300kmでレーシングドライバーを引退した[2]

引退後

引退後は古巣のトムスチームの監督や、最も古いJAF公認クラブのトヨタ・モータースポーツクラブ(TMSC)の会長を務めるほか、フォーミュラトヨタ・レーシングスクール(FTRS)の校長を務める[1]など、若手レーシングドライバーの育成やモータースポーツの振興に努める。

2013年には富士スピードウェイで開催されるワンメイクレースインタープロトシリーズ」を主催するとともに、専用マシン「Kuruma」の設計監修を行った。また、2017年には女性限定レースシリーズ「KYOJO CUP」を設立するなど、日本のモータースポーツの振興にも活躍している。

2025年にはこうしたドライバー育成やモータースポーツ発展への貢献が評価され、文部科学省スポーツ功労者顕彰(プロスポーツ分野)を受賞した[8][9]

レース戦績

フォーミュラ

全日本F2選手権/全日本F3000選手権

チーム シャシー エンジン タイヤ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 順位 ポイント
1986年 LEYTON HOUSE RACING TEAM マーチ・86J ヤマハ B SUZ FSW NIS SUZ SUZ FSW SUZ
6
SUZ 13位 6
1987年 マーチ・87B
ローラ・T87/50
コスワース B SUZ
Ret
FSW
6
MIN
Ret
SUZ SUZ
5
SUG
Ret
FSW
Ret
SUZ
5
SUZ
4
10位 32
1988年 ローラ・T87/50
マーチ・88B
無限 B SUZ
Ret
FSW
3
MIN
6
SUZ
3
SUG
Ret
FSW
Ret
SUZ
4
SUZ
2
4位 18
1989年 マーチ・89B B SUZ
3
FSW
3
MIN
3
SUZ
Ret
SUG
Ret
FSW
4
SUZ
8
SUZ
2
5位 21
1990年 マーチ・89B
レイトンハウス・90B
B SUZ
9
FSW
Ret
MIN
Ret
SUZ
Ret
SUG
19
FSW
Ret
FSW
Ret
SUZ
14
FSW
Ret
SUZ
Ret
NC 0
1991年 ローラ・T90/50
ラルト・RT23
レイトンハウス・90B
B SUZ
4
AUT
15
FSW
17
MIN
10
SUZ
Ret
SUG
11
FSW
9
SUZ FSW 17位 3
Team Le Mans ラルト・RT23 B SUZ
9
FSW
Ret
1992年 ハギワラレーシング レイナード・92D ジャッド B SUZ
18
FSW
8
MIN
8
SUZ
10
AUT
Ret
SUG
11
FSW
Ret
FSW
12
SUZ
Ret
FSW
13
FSW
Ret
NC 0
1993年 TOM'S レイナード・93D コスワース B SUZ
10
FSW
7
MIN SUZ
Ret
AUT
C
SUG
23
FSW
C
FSW
4
SUZ
18
FSW SUZ
Ret
16位 3

ツーリングカー

全日本ツーリングカー選手権(JTC)

チーム コ.ドライバー 使用車両 タイヤ クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 順位 ポイント
1985年 ミノルタレーシングチーム 鈴木利男 トヨタ・カローラレビン B Div.1 SUG TSU NIS
3
SUZ
4
トムス 鈴木利男 トヨタ・カローラFX B FSW
8
1986年 ミノルタチームトムス 鈴木利男 B Div.1 NIS
2
SUG
Ret
TSU
1
SEN
1
FSW
Ret
SUZ
Ret
1987年 小河等 B Div.1 NIS SEN TSU SUG
Ret
FSW
4
SUZ
Ret
1988年 小河等 トヨタ・スープラ B JTC-1 SUZ
3
NIS
4
  FSW
2
小河等 トヨタ・カローラレビン B JTC-3 SEN
Ret
TSU
Ret
SUG
3
1989年 トヨタチームトムス 小河等 トヨタ・スープラ B JTC-1 NIS
2
SEN
6
TSU
3
SUG
4
SUZ
Ret
FSW
2
3位 116
1990年 小河等 B JTC-1 NIS
5
SUG
7
SUZ TSU
8
小河等 トヨタ・カローラレビン B JTC-3 SEN
6
FSW
2
1991年 小河等 B JTC-3 SUG
8
SUZ
Ret
TSU
Ret
SEN
1
AUT
2
FSW
Ret
43
1992年 ピエール=アンリ・ラファネル B JTC-3 TAI
5
AUT
Ret
SUG
3
SUZ
Ret
MIN
7
TSU
6
SEN
4
FSW
4
14位 52
1993年 ピエール=アンリ・ラファネル B JTC-3 MIN
2
AUT
2
SUG
8
SUZ
DSQ
TAI
3
TSU
3
TOK
Ret
SEN
5
FSW
Ret
8位 65

全日本ツーリングカー選手権(JTCC)

チーム 使用車両 タイヤ 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 順位 ポイント
1994年 TOYOTA TEAM TOM's トヨタ・コロナ B OAR1
2
OAR2
3
SUG1
17
SUG2
Ret
TOK1
2
TOK2
1
SUZ1
4
SUZ2
3
MIN1
Ret
MIN2
2
TAI1
Ret
TAI2
5
TSU1
1
TSU2
1
SEN1
6
SEN2
3
FSW1
6
FSW2
3
1位 135
1995年 トヨタ・コロナEXiV B FSW1
3
FSW2
2
SUG1
1
SUG2
1
TOK1
2
TOK2
4
SUZ1
5
SUZ2
4
MIN1
22
MIN2
3
TAI1
1
TAI2
3
SEN1
4
SEN2
11
FSW1
Ret
FSW2
5
2位 117
1996年 M FSW1
5
FSW2
3
SUG1
3
SUG2
2
SUZ1
Ret
SUZ2
15
MIN1
20
MIN2
3
SEN1
Ret
SEN2
7
TOK1
7
TOK2
14
FSW1
NC
FSW2
9
7位 55
1997年 トヨタ・チェイサー M FSW1
C
FSW2
C
TAI1
13
TAI2
7
SUG1
11
SUG2
Ret
SUZ1
12
SUZ2
9
MIN1
Ret
MIN2
DNS
SEN1
Ret
SEN2
3
TOK1
9
TOK2
6
FSW1
18
FSW2
8
13位 25
1998年 M FSW1
8
FSW2
2
TRM
1
SUG1
1
SUG2
3
SUZ1
4
SUZ2
1
MIN1
1
MIN2
1
TAI
1
FSW
7
1位 128

スーパー耐久

チーム コ.ドライバー 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 順位 ポイント
2000年 TOM'S SPIRIT 土屋武士
荒聖治
トヨタ・アルテッツァ N+ MIN
4
SEN
Ret
SUZ
Ret
TAI
Ret
TOK
TRM
Ret
FSW
2
SUG
1

グランドツーリング

全日本GT選手権

チーム コ.ドライバー 使用車両 タイヤ クラス 1 2 3 4 5 6 7 順位 ポイント
1995年 Castrol TOYOTA TEAM TOM'S ミハエル・クルム トヨタ・スープラ B GT1 SUZ
6
FSW
6
SEN
1
FSW
Ret
SUG
7
MIN
4
6位 42
1996年 TOYOTA Castrol TEAM ペドロ・デ・ラ・ロサ B GT500 SUZ
5
FSW
2
SEN
3
MIN
Ret
SUG
9
MIN
Ret
8位 38
1997年 鈴木利男 B GT500 SUZ
3
FSW
6
SEN
3
FSW
3
MIN
3
SUG
4
3位 64
1998年 TOYOTA Castrol TEAM TOM'S ノルベルト・フォンタナ D GT500 SUZ
6
FSW
C
SEN
3
FSW
8
TRM
3
MIN
16
SUG
Ret
7位 33
1999年 黒澤琢弥 M GT500 SUZ
4
FSW
9
SUG
1
MIN
10
FSW
4
TAI
4
TRM
1
2位 73
2000年 土屋武士 M GT500 TRM
Ret
FSW
12
SUG
9
FSW
5
TAI
14
MIN
Ret
SUZ
9
17位 12

全日本GT選手権(ノン・チャンピオンシップ戦)

チーム コ.ドライバー 使用車両 タイヤ クラス 1 2
1996年 TOYOTA Castrol TEAM 片山右京 トヨタ・スープラ B GT500 CEN
4
1997年 片山右京 B GT500 TRM1
Ret
TRM2
5
1998年 TOYOTA Castrol TEAM TOM'S ノルベルト・フォンタナ D GT500 TAI
Ret
1999年 黒澤琢弥 M GT500 AUT
6
2000年 土屋武士 M GT500 SEP
4

国際ツーリングカー選手権

チーム 使用車両 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 順位 ポイント
1996年 ヨースト・レーシング・オペル オペル・カリブラ HOC
1
HOC
2
NUR
1
NUR
2
EST
1
EST
2
HEL
1
HEL
2
NOR
1
NOR
2
DIE
1
DIE
2
SIL
1
SIL
2
NUR
1
NUR
2
MAG
1
MAG
2
MUG
1
MUG
2
HOC
1

15
HOC
2

13
SAO
1
SAO
2
SUZ
1

20
SUZ
2

DNS
28位 0

スポーツカー

全日本耐久選手権/全日本スポーツプロトタイプカー耐久選手権

所属チーム コ.ドライバー 使用車両 タイヤ クラス 1 2 3 4 5 6 7 順位 ポイント
1983年 トムス 星野薫 トムス・82C/トヨタ B C SUZ
(2)
10位 15
松本恵二
星野薫
トムス・83C/トヨタ B SUZ
2
FSW
(9)
1984年 中嶋悟 トヨタ・カローラ B Gr.5 SUZ TSU
3
 18位  12
中嶋悟
松本恵二
童夢・84C/トヨタ B C1 SUZ
Ret
童夢 エイエ・エリジュ D C1 FSW
(7)
1985年 トムス 中嶋悟 トムス・85C/トヨタ B C1 SUZ
Ret
FSW
(7)
FSW
2
SUZ
2
FSW
3
FSW
Ret
6位 36
1986年 ジェフ・リース B C1 SUZ
4
28位 12
ジェフ・リース トムス・86C/トヨタ B FSW
Ret
FSW
Ret
SUZ
Ret
FSW
9
FSW
Ret
1987年 トヨタ・チーム・トムス ジェフ・リース トヨタ・87C B C1 SUZ
ns
FSW
1
FSW
Ret
SUZ
1
FSW
Ret
SEN
C
FSW
Ret
5位 40
1988年 ジェフ・リース トヨタ・88C B C1 FSW
6
SUZ
Ret
FSW
6
29位 12
ジェフ・リース トヨタ・88C-V B FSW
Ret
SUZ
11
FSW
22
1989年 レイトンハウスレーシングチーム 岡田秀樹 ポルシェ・962C B C1 FSW
4
FSW
5
FSW
1
SUZ
Ret
FSW
(7)
9位 38
1990年 トヨタ・チーム・トムス 小河等 トヨタ・90C-V B C1 FSW
1
FSW
C
FSW
Ret
SUZ
DSQ
SUG
6
FSW
Ret
14位 26
1991年 小河等 B C1 FSW
3
3位 85
小河等 トヨタ・91C-V B FSW
3
FSW
1
SUZ
4
SUG
10
FSW
2
SUG
2
1992年 トムス ピエール=アンリ・ラファネル トヨタ・92C-V B C1 SUZ
5
FSW
5
FSW
2
SUG
2
FSW
2
MIN
3
4位 73

世界耐久選手権/世界スポーツプロトタイプカー選手権/スポーツカー世界選手権

所属チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 順位 ポイント
1982年 マツダスピード マツダ・RX-7 254 GTX MNZ SIL NÜR LMN SPA MUG FSW
6
BRH 70位 6
1983年 トムス トムス・83C/トヨタ C MNZ SIL NÜR LMN SPA FSW
9
KYA 85位 2
1984年 童夢 童夢・84C/トヨタ C1 MNZ SIL LMN NÜR BRH MOS SPA IMO FSW
7
KYA SUN 4
1985年 トムス トムス・85C/トヨタ C1 MUG MNZ SIL LMN
12
HOC MOS SPA BRH FSW
3
SHA 6
1986年 トムス・86C/トヨタ C1 MNZ SIL LMN
Ret
NOR BRH JER NÜR SPA FSW
9
2
1987年 トヨタ・チーム・トムス トヨタ・87C C1 JAR JER MNZ SIL LMN
Ret
NOR BRH NÜR SPA FSW
Ret
NC 0
1988年 トヨタ・88C C1 JER JAR MNZ SIL LMN
12
NC 0
トヨタ・88C-V C1 BRN BRH NÜR SPA FSW
22
SUN
1989年 ポルシェ・クレマー・レーシング ポルシェ・962C C1 SUZ
9
DIJ JAR BRH NÜR DON SPA MEX 2
1992年  トヨタ・チーム・トムス トヨタ・TS010 C MNZ SIL LMN
(2)
DON SUZ
Ret
MAG NC 0

ル・マン24時間レース

チーム カーナンバー コ・ドライバー 使用車両 クラス ラップ数 順位 クラス
順位
1985年 トムスチーム 36 中嶋悟
星野薫
トムス・85C-L-トヨタ C1 330 12位 12位
1986年 トムス 36 中嶋悟
ジェフ・リース
トムス・86C-L-トヨタ C1 105 DNF DNF
1987年 トヨタチームトムス 37 ティフ・ニーデル
星野薫
トヨタ・87C-L C1 39 DNF DNF
1988年 36 ジェフ・リース
星野薫
トヨタ・88C C1 351 12位 12位
1989年 ポルシェ・クレマー・レーシング 11 岡田秀樹
ジョージ・フーシェ
ポルシェ・962CK6 C1 42 DNF DNF
1990年 トヨタチームトムス 36 ジェフ・リース
小河等
トヨタ・90C-V C1 347 6位 6位
1992年 33 ピエール=アンリ・ラファネル
ケネス・アチソン
トヨタ・TS010 C1 346 2位 2位
1993年 36 エディ・アーバイン
鈴木利男
C1 364 4位 4位
1995年 国際開発レーシング 59 ヤニック・ダルマス
J.J.レート
マクラーレン・F1 GTR GT1 298 1位 1位
1996年 チームサード・トヨタ 57 光貞秀俊
影山正美
トヨタ・スープラLM GT1 205 DNF DNF
1997年 ガルフチームダビドフ
GTCレーシング
39 レイ・ベルム
アンドリュー・ギルバート=スコット
マクラーレン・F1 GTR GT1 326 DNF DNF

脚注

  1. ^ a b 有吉正徳 ルマン24時間、時速300キロの死闘 14日スタート 2014年6月12日 朝日新聞
  2. ^ a b c 岡本耕治 【静岡人語り】元プロレーサー 関谷正徳さん(65)(中) 2015.2.6 07:02 産経ニュース
  3. ^ 第91回全国高校野球選手権大会 サンケイスポーツ
  4. ^ 関谷正徳、ルマン24時間日本人初制覇/復刻
  5. ^ 「SNAPVOICE 関谷正徳」『Racing On No.008』武集書房、1986年12月1日、27頁。
  6. ^ 「レース活動に暗雲、大揺れのレイトンハウス」『GPX 1991ポルトガルGP号』1991年10月12日、31頁。
  7. ^ a b 『ルマン 伝統と日本チームの戦い』pp.224-231「資料2」。
  8. ^ 令和7年度スポーツ功労者顕彰(プロスポーツ分野)受彰者の決定について』(プレスリリース)スポーツ庁、2025年12月12日https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/houdou/jsa_00213.html2026年2月14日閲覧 
  9. ^ KYOJO CUPの関谷正徳代表が文部科学省スポーツ功労者顕彰を受賞”. autosport.web. 2026年2月14日閲覧。

関連項目

外部リンク

タイトル
先代
ヤニック・ダルマス
ハーレイ・ヘイウッド
マウロ・バルディ
ル・マン24時間優勝者
1995 with:
ヤニック・ダルマス
J.J.レート
次代
マヌエル・ロイター
デイビー・ジョーンズ (レーサー)
アレクサンダー・ヴルツ




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