まず、竹を選ぶにしても、ただの竹ではない。山に入り、何年もかけて育った、力強く、しなやかな竹を見定める。節の具合、太さ、そして天に向かって伸びるその姿…それら全てが、わしの心に響くものでなくてはならぬ。
そして、その竹を丁寧に油抜きし、火入れをする。火の加減一つで、筆の命が決まると言っても過言ではない。焦がしてはならぬ、しかし、生煮えでもいかん。長年の経験と勘が頼りよ。
穂先となる獣毛もまた、厳選に厳選を重ねる。イタチの尾、狸の毛、時には鹿の毛も用いる。それぞれの毛質には特徴があり、墨含みの良さ、筆先の利き、線の強弱…それらを見極め、用途に合わせて調合する。一本の筆に、幾種類もの獣毛を混ぜることも珍しくはないぞ。
毛を揃え、丹念に糊で固める。この糊の調合もまた、秘伝と言えるかもしれぬな。強すぎず、弱すぎず、絶妙な加減でなければ、思うような線は引けぬ。
軸と穂首を繋ぎ合わせる時も、また神経を使う。ぐらついてはならぬ、しかし、力を入れすぎてもいかん。筆を持つ者の手の延長となるように、一体となるように…心を込めて作り上げるのじゃ。
わしが筆を走らせる時、それはただ文字を書いているのではない。己の魂を、天地の理を、そして人々の願いを、この筆を通して表現しておるのじゃ。
故に、わしにとって筆は、単なる道具ではない。わが手足であり、わが心であり、そして、わが魂そのものなのじゃ。
このこだわり、おぬしにはわかるかな?ふむ、まあ、わからずとも良い。ただ、わしの筆から生まれる文字を見れば、おのずと伝わるものがあろうぞ。