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Re:見つけましたよ、杏山カズサ|あにまん掲示板
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Re:見つけましたよ、杏山カズサ

  • 1二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 00:19:14

    ここだけ15年前に行方不明になった杏山カズサを探し続けていたレイサがいる世界。
    なお、カズサには30分程度道に迷ってたぐらいの認識しかない。

  • 2二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 00:20:13

    Reってリメイク? リスタート?
    前あったの途中で読むのやめたんだけど、完結したのか、一回落ちて期間開けて再復活のどっち?

  • 3二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 00:20:58
  • 4二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 00:23:33

    とりあえず保守

  • 5二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 00:24:08

    なに、SSでもかけたの?

  • 6二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 00:24:31

    ご無沙汰してます。

    初代スレ>>18からSS書き散らかして途中で吹っ飛んだ者です。

    最後に投稿したのは1月の終わり頃でした。保守スレまで作っていただいたのに、一切音沙汰も出さず、すみません。


    こっそり短編SSなどを書いて、エミュを勉強しつつ調子を整えたりしていたら、半年近く経ってしまいました。

    もう一度書かせていただきます。わしが始めた物語じゃ。完結させるぞい。ずっともやもやしてたから。


    なお、投稿していた分は勝手ながらすべてリライトしました。15万文字ぐらい。

    書いていた時点までのストーリーの流れや設定に変更はありません。読みやすいよう整え、ちょっと加筆し、演出を変えたぐらいです。

    なので、心機一転もう一度、初めから投稿させていただこうと思います。すみません。


    憶えている方は懐かしんでいただき、初めての方は>>1の概念から始まるSSスレだと認識していただければ幸いです。


    ではもう一度。

    どうぞよろしくお願いいたします。


    >>2

    というわけで、リメイクです!

    もともと完結していませんが、投稿分を読みやすいよう書き直したので、初めから投稿させていただきます。

  • 7二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 00:25:17

    そんだけSSの文字数あるなら渋か笛に投下する方がいいのでは……?

  • 8二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 00:26:21

    >>7

    ここで始めた物語だからね。

    ここで終わらせる。

  • 9二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 00:27:14

    頑張れ~

  • 10二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 00:27:55

    待ってたずっと待ってたよマジで

  • 11二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 00:28:06

    さすがに一気に投稿はできないのでゆっくりお付き合い下されば幸いです。
    では投下しまーす。

  • 121825/06/19(木) 00:30:14

    <スケバンNo2145:’画像を送信しました’>

    <スケバンNo2145:これってもしかして、宇沢さんが言ってた人ッスか?>


     夕暮れ、夕方、夕間暮れ。人通りの多い繁華な目抜き通りを歩いているときに受信したメッセージ。


     画像を確認した私の全身が粟立つ。


     黒髪のボブ。大きな猫耳。ちらりと見えるピンクのインナーカラー。オーバーサイズの黒いパーカーに、コンビニ袋を提げた、一人の生徒の後ろ姿。


     画質は荒いけれど、その姿はまさに。


     人の流れの中だろうとかまわず立ち止まり、食いつくようにスマホの画面を見て。拡大して、穴を開けるほどに見つめる。


     両手で短く素早く。送信まで4タップの文字を打つ。


    <宇沢:場所>

     

     返信は5秒と経たず。


    <スケバンNo2145:’マップ共有-KIVOTOS MAP-’>

     

  • 131825/06/19(木) 00:32:11

     歩き出す。

     前を歩く人を片っ端から追い抜かし、時には体を当て逃げするように。

     歩みは小走りに。

     駆け足に変わっていく。

     走りにくいパンプス。タイトなスカート。いい値段したポシェットバックをぶんぶんガチャガチャ振り回す。
     
     夕方、夕暮れ、夕間暮れ。薄暗い町。点き始めた街灯。高級店のショーウィンドウの灯りは眩しく、街路樹に羽を休める小鳥たちを騒がせた。

     信号? 周り込め。

     渋滞? 飛び越えろ。

     人ごみ? 身体をねじ込め。

     商業地区を抜け、シャッターの閉まったオフィス地区を駆け抜け。落書きされた自販機や放置自転車に目もくれず。

     走る。

     走る。

     足が浮いてるみたい。地面を踏みしめていないみたい。心臓は早鐘。前髪はめくれあがって。脱げそうになるパンプスのせいで指先に力が入り、余計に疲れる。

     住宅街の片鱗。部屋着で買い物帰りの学生たちがこちらに手を振ってくれたり、声を掛けてくる。でも返事もできない。大口を開けて呼吸するからのどが張り付く。残暑の残り香に、体はどんどん湿っていく。

     迷路のような住宅街の小径のひとつ。線路わきの、人通りが無い路。線路を照らす真っ白な照明に集る小虫と、ジイーっという漏電のような音。

  • 141825/06/19(木) 00:34:25

     ――背中。

     私の足は止まる。目の前の光景を脳が処理しきれていない。くらくらする。

    「はぁっ、はあっ……はあっ……」

     その人はけだるげな歩き方でスマホを高く持ち上げてみたり、くるっと回ってみたりして。一人で踊っているかのようだった。薄暗いとはいえ、私のことも視界に入ったはずだけど、気にする風ではなく。

     きっと景色の一部としてぐらいにしか認識されていないのかもしれない。

     膝に手を置き、それでも顔は下を向けたくない。間違いない。何度も何度も肩を落として来たけれど、今度こそ。私の細胞は、あの人を、あの人だと言っている。認めてる。

     私にとって彼女は景色の一部なんかじゃない。

     あの人を求めてきた。ずっと。

     ずっと!!!

    「はぁ、はぁっ……。見つけ、ました、よ……」

     息絶え絶えな、蚊の鳴くような声。未だくるくるとスマホを掲げる彼女はもちろん気付いていない。

     私は。大きく息を吸って、久々に。

     全力で、声を出す。

    「見つけましたよ、杏山カズサ!」

     ビクリと肩をすくませて。杏山カズサは、私の姿をようやく景色から拾い出した。

  • 151825/06/19(木) 00:37:55

     今まで掲げていたスマホを下ろし、片手をポケットに突っ込んで見返った動きは。"あの頃"と寸分違わない、杏山カズサの仕草。

    「なんだ宇沢か。いきなり大声はやめろって言って――」

     ちょっとウザがられるあの声色。逆光だけど私には判る、面倒そうなあの表情。懐かしい。とても。思い出にしないよう努めてきたけど――懐かしいと、思ってしまう。鼻の奥がツンとして、下まぶたに涙が溜まるのがよくわかる。

     けれど、表情は一転し。

    「あんた、誰?」

     声が警戒心を隠さない低いものに変わる。

     杏山カズサは言った。私に、誰? って。

     奥歯を噛み締める。漏れようとする嗚咽を閉じ込める。分かってた。覚悟したじゃないか。私はいくつになった? ちっとも嬉しくない誕生日を、何度重ねて来た?

     まとめていた髪を解く。頭を振って無理矢理ほぐす。一日中まとめていた髪はくにゃくにゃで、そんなの構わず。

     おろした髪を手で二つにくくって不格好なツインテールを作って。あの頃みたいに。のどを嗄らすつもりで叫んだ。

     あの頃みたいに!

    「『元』! トリニティ自警団のスーパースター、宇沢レイサ! 15年後の姿で推参です!!」

    「……は?」

    「やっと見つけましたぁぁああ!! うわぁぁぁあああん!!」

  • 161825/06/19(木) 00:39:17

     もう抑えられない。

     洟も、涙も。

    「ちょちょちょ、なになになに! 待った待っ――ぐへっ!」

     タックル同然に抱き着いた。もろとも吹っ飛び、それでも。がっちり抱きしめた私の腕は杏山カズサを捕まえている。ぎちぎちと締め付ける。二度と離さないように。

     文句が頭の上から飛んでくる。ぽかぽかと頭が叩かれる。
     
     絶対離さない。絶対。絶対!

     頭を叩かれるリズムはやがてゆっくりになり。しゃくりあげて泣き続ける私にドン引きしたのか。

     するりするりと髪を梳かれる感覚。涙でぐしゃぐしゃの顔で、杏山カズサを見上げた私に。

    「わかったわかった……。なんかよくわかんないけど、とりあえず、落ち着け?」

     あの頃と。

     15年前と変わらない顔。変わらない声で。かわらない温かさで。杏山カズサは、私に微笑みかけてくれていた。

  • 171825/06/19(木) 00:43:00

    ■D-Day -28
      
    ――……。

    「ぐずっ……。失礼しました」

     私の胸から顔を離した宇沢は痰を払うように咳払いする。垂れた髪と、夜に片足を突っ込んだ時刻のおかげで、うつむいた顔は見えない。今までくっつかれていたところの温かさが残暑も落ち着きを見せ始めた、秋口の夜に冷やされていく。

     ていうか、絶対鼻水だのこすり付けただろ。このやろう。その場所を触る気にはなれないけど。なんか気持ち、じっとりしてる。

     しなしなの柳みたいにぺたんと座る宇沢を。あぐらを掻きながら背中をさすってやろうとして。いつもみたいに昼寝してたら、怖い夢でも見たんかな、なんて思って。

     ふと気づく。

     縛っていない宇沢の髪はずいぶん長い。これはわかる。ほどいているところは珍しいけど、たまに見るから。

     というか、最初に見たときも珍しいまとめ方してたな。お団子なんて。

     ……ではなく。

     くすんだワインレッドのブラウス。黒色のタイトスカート。そこからすらりと伸びる足には薄い黒のストッキング。片足に引っかかった地味なパンプス。そして、乱雑に散った長いパステルカラーの髪。

     ……。

     なんていうか、宇沢ってこんな……。

     大人っぽい恰好するっけ?

     私の頭の中に”?”が生まれたとき、背後から足音がした。

  • 181825/06/19(木) 00:45:41

    「ちィーっす」

     場違いに明るい声。前時代的なつっぱりロングスカートをばすんばすん足に当てながら、こちらに向かって歩いて来たのは。

     スケバンだ。

     このあたりに縄張りはなかったはずだけどな。それとなく、近くに転がっていたマビノギオンに手を伸ばす。因縁を付けられたら話なんか通じない。そうなったらさっさと撃って、宇沢を抱えて逃げるに限る。

     自警団任務です! とか言って巻き込まれるのは勘弁。
     
     しかしスケバンは、チラッと見るだけで、私を通り過ぎる。

     通り過ぎて、予想外の言葉を吐いた。

    「その様子なら合ってたっぽいッスね。宇沢さん」

    「う、宇沢”さん”?」

     地面に散らかった宇沢の靴や、ポシェットバッグなどを拾い集めながらスケバンは「ほんとに居たんスね」と私の顔をじろじろと見てくる。

    「いやあよかったよかった。また見間違いだったらどうしようかと。他の姉さんたちにゃ連絡しました?」

    「いえ」宇沢は洟をすすり、痰を払った。「まだです。もうちょっと待ってください。私から連絡したいので」

    「ん、りょーかいっス」

     そのまま、まるで従者かのように。宇沢の後ろでスケバンが荷物を抱えて立っている。任務中にでも知り合ったのだろうか。趣味悪いから付き合うの止めなよ。とは思ったけれど。口には出さない。私が口を出すことでも――ないと思う。うん。行き過ぎたらそれとなく注意すればいい。
     
     バチッ、と。電気が弾けるみたいな音がした。

  • 191825/06/19(木) 00:48:14

     まなじりと目頭をぎゅ、ぎゅ、とハンカチで押さえた宇沢は、ミニライト付きのコンパクトミラーで自分の顔を確認している。ぐしぐしと手でこするわけではなく、化粧を気にして。

     ……気にして? なにを? 宇沢が、化粧を?

    「えっと……ほんとよくわかんないんだけど。ねえ、宇沢」

     私は言った。喉が渇いている。

     私はコイツに振り返ったとき感じた違和感を。疑問符と一緒に。もう一度、吐き出す。

    「あんた、宇沢……だよね?」

     顔を上げた宇沢は、長い髪が顔に掛かり、散らばり。泣きはらしてけだるげになった目元に、鼻頭は赤く。その姿は、私が良く知る宇沢の容姿とは似ても似つかないほど、大人びていて。

     いや。いや。

     もはや大人びているというより……。

    「あ、もしかしてハロウィン?」

     幼児体型みたいな宇沢。足も手もお腹もぷにぷにして柔らかくて、顔もまだ丸いはずの宇沢。

     月末のハロウィン祭の仮装をいち早く私に見せに来たのか。『どうですか杏山カズサ!』なんて。スズミさんとか、自警団のメンツとかに服を借りたり、化粧をしてもらったりしたのかもって。

    「へえ。めっちゃ似合ってるじゃん。あんたって意外とそういうのイケるんだね」

     言って。とっくに気付いていることから目を伏せたことをを自覚する。

  • 201825/06/19(木) 00:51:03

     ……化粧でここまで変わる、か?

     胸の裏っ側にあるしこり。違和感。認めなきゃいけないのに認められない心の相反に気分が悪くなる。

     すらりとしたシャープなフェイスライン。肩が小さく、細い体。胸とお腹はしっかり分かれていて、体つきにメリハリがあって。タイツに包まれた足は細く。いつだって膝小僧に絆創膏が似合っている宇沢にはらしくない。

     体つき、まで。変わるか?

     こみ上げてくる不安を消し飛ばすように。飲み下すように。大げさに言った。

     言おうとした。

    「あははっ。今日の昼に会ったときは普通だっ――」

     しかし、通り抜ける電車の轟音に、私の声は途中でかき消されてしまう。

     轟音の中で宇沢は苦笑いし、スケバンは通り過ぎる電車を、ぼうっと横目に見た。

     電車によってかき回された世界の空気が風となり、湿気を孕みつつも肌寒い風が私と、宇沢と、スケバンの髪を巻き上げる。

     「……今日の、昼」

     電車が通り過ぎてから、ぽそり、と宇沢が言った。

     閑静な住宅街。いつもは通らない裏道。使ったことのない、視界には入っていただろう、なんてことのない道。学生たちの声は近くて遠く何かを話しているけれど、何を話しているかまではわからない塩梅の路。

    「そうそう。ほら、アイリたちとご飯食べてる時にあんたがまた突っ込んできたじゃん。え、嘘だ。忘れちゃったの?」

     笑う。からかうように。嘲りにはならないように。腐っても知り合いだから。わざわざ傷つける真似はしたくない。いつものように。いつものように――。

  • 211825/06/19(木) 00:52:59

    「今日の昼。私はトリニティ総合学園が主催するハロウィン祭の会議に出席しました」

     ばくん。

     心臓が高鳴った。何かがわたしを見つけた。赤黒く目を光らせ。にたりと歯を見せ。私を、認識した。
     
     宇沢の言葉は、いつも通りとは、ほど遠く。

    「食事も、ティーパーティの『子たち』から食事会に招かれ、ええ。そちらでいただきましたね」

     服にこびりついたのは鼻水だけか。涙もだ。

     そして――香水の匂い。

     誰の?

     宇沢のだ。
     
     私のじゃない。私はこういう、甘い系の香水は好まないし。なにより今日は……香水を振っていない。

    「な、んで。宇沢がそんなことやってんの……?」

     喉がひりつく。何かが一歩ずつ私に近づいてくる。正体はわからない。だけど、とても嫌な気分になる。刃物を見せつけられ、一歩ずつ近づいてくるのを。椅子に縛り付けられて鏡越しに見させられているみたい。

    「トリニティの案件は私が受け持っているんです。とくにこの時期は忙しくて。ハロウィン祭もそうですし、修学旅行もありますからね。明日は百鬼夜行の方へも赴かなければいけませんし」

    「いや、だから昼はあんた、アイリたちと一緒に……」

    「15年なんです」

  • 221825/06/19(木) 00:57:10

    「もう直せませんね……」と呟き、スケバンからバッグを受け取った宇沢はクレンジングシートを取り出した。崩れに崩れたメイクを、いま、目の前で落としている。宇沢が。宇沢が、だ。あの宇沢が香水をつけ、フォーマルな格好をして。化粧をしてる。そして、なんだか、”ぽく”ないことを言っている。

    「いやいや……」

     けくっ。カラカラの喉が、奇妙な音を立てた。

    「スケバンの方たちとコネクションを築いたのは正解でした。思い付きから始まったお付き合いでしたが――」

    「待ってよ!!」

     大声を出さずには居られなかった。なんでかは知らない。見たくない。聞きたくない。子供が駄々をこねる様に。気に食わないことがあって、それを覆い隠すような感情の発露を、私はやってしまった。

     怖い。怖いんだ。そう。怖くて。

     何かが近づいてきてても、私は動けない。じわりじわりと何かが、にちゃりと口をゆがめた音を出しながら近づいてくる。ギラギラと光る刃物を見せつけ。私はそれを。直接見ることはできなくて。

     私の声に宇沢は、化粧を落としていた手を一瞬だけ止めたが、ちらりと私を見て。また、崩れた化粧を落とし始める。

     目をシートで擦りながら、けふん、と。一つ咳をする。

    「す、すごいじゃん。それ、誰にやってもらったの? スズミさん? スズミさんでしょ。へえ、宇沢ってメイクするとそんな感じになるんだ! にあ、似合ってんじゃん!」

     声が裏返った。

     宇沢は言った。さっき。へんな数字を口に出していた。

     なんて言ったっけ。いくつだっけ?

     あれ、わかんなくなっちゃった。あれ? ついさっきのことなのに。

  • 231825/06/19(木) 01:00:20

    「その服は誰に借りたの? スズミさんっぽくないけど……。あんたって他に友だちいたんだね。あ、いやごめん、そういうつもりで言ったんじゃなくてさ……。もしかして自前で買ったとか! ハロウィン用に? すごいすごい、似合うよ。びっくりしちゃった。あんたのクラスってそういう、コスプレ的な出し物やるんだ?」


     スケバンは表情を変えず私を見、宇沢の後ろに佇んでいる。


     使い終わったクレンジングシートをポケットに詰め込み、鏡で自分の顔を確認して。ポケットから取り出したくしゃくしゃのマスクを取り出し、顔に掛ける。ノーメイクでそこら中を駆け回り、あちこち生傷を作っていた宇沢が見せる仕草は、私が今まで一度もみたことのないもので。


     それが、私に近づく何かのおぞましさをもっともっと強めていく。


    「ねえ、写真撮って良い? アイリ達にも共有しないと。あはは――スマホ、スマホなんだけどさ。この辺電波悪いよね。さっきから電波通じなくて」


     ねえ。


     助けてよ。


     困ってる人を助けてくれるんでしょ? 


     トリニティのスーパースター。


     ねえ!

     

    「だってわたし、さっきそこのコンビニで買い物して……。近道するつもりでこの路地に入ったらちょっと迷っちゃって……。さっきの話だよ? 見てよ、買ったのだってまだ冷たいまま……! ねえ! 見て! 触ってよ! ほら、冷たいでしょ! 触ってってば!!」


     宇沢に押し付ける。がさがさとビニール袋をひっくり返して。新発売のチョコミントドリンクを。どうせアイリは見つけたら買うんだろうけど、先んじてやろうと思って。家に帰ったら写真を撮って<お先に>の一言と一緒にグループチャットに投げてやろうと思って買ったものを。


     震える手で押し付けたものを受け取った宇沢は「冷たいですね」と。さっきまで感情を大爆発させていたとは思えないような冷静さで。現実味のない、私には理解できない話をした。

  • 241825/06/19(木) 01:01:54

    「この辺りは数年前に区画整理されました。私がむかし自警団をしていた頃……『杏山カズサと同い年だった』頃に、この道はなかったんです」

    「そんなこっ、ことない……。確かに見たこと無い路だけど……。でも、私はあっちから、確かに、確かに、迷っただけで――」

     ドリンクを超え。私の手を、宇沢の手のひらが包む。ちょっとカサついた手は温かくて、細い指で。

    「私たちはありとあらゆる情報を集めました。その中で唯一、あり得なくとも真実ではないかと疑える話を、百鬼夜行の伝承から知ることができたんです。当初は頭の片隅に留める程度でしたが……。のちに古書館で、似たような話があると教えてもらいまして。魔術師の跡を継いだシミコさんから。同級生の。そしてその疑念は、事象は。今日この日、この時を持って確証を得ることになりました」

     なに言ってんの?

     なに言ってんの!?

     わかんない。わかんないよ!

     わめく。頭の中が。ぎゅうんと視界が狭まる。私の目には宇沢しか見えてない。

     宇沢みたいな顔をして。宇沢みたいな声で。宇沢じゃない話し方をする人しか、見えない。

    「杏山カズサはまず、自身の置かれた状況を理解しなければなりません」

    「あ、あ、アイリは? ナツは? ヨシミは? ねえ、先生は!? ねえ、宇沢!!」

    「神隠し。Spirited Away。――杏山カズサ。あなたは15年間、私たちの前から……キヴォトスから。消えていたんですよ」

     ひやりと。

     私の首筋にナイフが当てられた。

     チェックメイト。紙パックが鈍い音を立てて落ちる。

  • 251825/06/19(木) 01:07:20

     ――……。

     音が遠い。夜が来る。

     風がそよぐ。少し肌寒い。
     
     喧騒は遠く。
     
     世界が黙りこくっている。
     
    「……消えてた?」

    「はい」
     
     短い肯定。

     ピリリ。ピリリ。
     私は自分のスマホを確認した。いつものロック画面。スイーツ部の面々と、どこかのお店で撮った、何気ない写真。ヨシミが半目でおもしろい写真。

     目線を上げると、宇沢が自分のスマホの明かりに目を細めていた。
     
     私の手を握ったまま「すみません」と一言ことわって、宇沢は電話に出る。
     
     何を言っているのか。全く耳に入らない。わたしに向けられていない言葉は、音は、すべてが遠い。

  • 261825/06/19(木) 01:10:02

     宇沢の手。私の手。
     宇沢の足。私の足。
     宇沢の身体。私の身体。
     宇沢の服。私の服。

     ひとつひとつを意味なく見比べた。見比べて、見比べて。見比べて……見るのをやめた。

     泥を付けて横倒しになっている紙パック。街灯に照らされるチョコミント色のパッケージ。蟻が一匹。目の前にある甘いモノに気付かないで、ジグザグに歩いている。

     視界の隅で。無機質な灯りが消えた。

    「失礼しました。仕事の電話が……」
     
    「……宇沢。あんた、いま何歳?」

     ふと口を衝いて出た言葉に、少し間を空けてから、宇沢が答えた。

    「31になりました」

     31。

     31。

     ――はは。笑えない。

    「三十路ってやつです。去年はお味噌づくりに行ったんですよ。こう、しゃもじで『ぺしぺし』ってするんですけど、知ってました?」
     
    「どうでもいい」

  • 271825/06/19(木) 01:15:36

     宇沢は、横倒しになった紙パックを立てて、また地面に置いた。レンガ敷の道はひんやりと冷たくごつごつしていて。薄いタイツ一枚の私の足や、お尻から熱を奪っていく。立ち上がる気も起きない。宇沢も同じなんだろう。同じように体温を奪われて、座り心地が悪い思いをしているはず。

     そうであって欲しい。せめて。せめてなにか同じものを感じて欲しい。一人にしないで。お願いだから。

     私の首筋から浸食してくる影は、卑屈さと焦燥を排泄しながら、頭蓋のその内側をじわじわ染め変えていく。のんきに電波通じねーなんて気楽に考えていた私は一体どこにいってしまったんだろう。

     繋いでいる手。すりすりと、揉むように動く、宇沢の手。少しの間のあと、後ろに控えていたスケバンに向けて、宇沢が言った。
     
    「丁重にASS-C4のセーフハウスへご案内してください。私ものちほど向かいますので、セキュリティは解除したままで」
     
    「いつもんとこッスね。ケツ爆4」
     
    「その通称はやめてください」

     マスクの下で苦笑いをする宇沢。マスクの下で笑うスケバン。 

     宇沢。私を見て。お願いだから。怖い。

     私は握られている手を通して。じいっと地面を見つめながら。頭で思い続ける。

     気づいて。気づいて。

     代わりに私に言葉を投げたのはスケバンだった。「にしても」と私の目の前に不良座りをして、地面にへたり込んだ私と視線を合わせ、言う。
     
    「あなたが伝説の怪描キャスパリーグッスね。お会いできて光栄ッス!」

     耳を疑った。私はゆっくりスケバンを見る。

  • 281825/06/19(木) 01:20:42

    「かつてトリニティを恐怖に陥れ、ティーパーティを私物のように扱い、シャーレにすら牙を剥いたっつーお話は伺ってます!」

     はちみつみたいにドロドロしていた頭の中にわんわんと飛び回るワード。とても聴きたくないワードが耳から脳みその奥にぶっ刺さる。
     
     暗いものが一気に押し返され、世界に色が戻る。視界がぎゅうんと広がって、同時にカッと頭が熱くなる。

    「宇沢ァ! あんた……! 宇沢ァ!!」

     胸倉をつかんで食って掛かった。宇沢は抵抗するわけでもなく「んああぁあ~」と揺らされるまま。

    「うぁあぁあぁ。懐かしいですねえぇえぇえぇえ」
     
    「姿を見た子は泣き叫び、人はかしずいて道を譲り、眼光一つで当時の正実のトップを失禁させた伝説のキャスパリーグ! あたしらの間じゃあ、マジで崇拝してるやつ多いんスよ。後でサインくださいね!」 

    「ツルギさんになんて尾ひれつけてんだ宇沢ァ! 殺されるよホント!!」
     
    「うへぁあぁあぁあ~」

     しばらく振り回していると、宇沢は私の二の腕をガシリと掴み、抵抗を見せた。

     くらくら目を回したあと、ぶんぶん頭を振り回して、言った。
     
    「あぅあぅ。うあー、世界が回るぅ。――けほん。あー、私は、ひとまず仕事に、えー。戻らねばなりません。移動中でしたので……。こちらのスケバンさんに杏山カズサの案内をお願いしますので、着いて行ってください。よろしくお願いします」
     
    「了解っス!」
     
     座ったまま片手で敬礼の仕草をしたスケバンは立ち上がり、ググっと腰を伸ばす。薄汚れたスニーカーと猫のイラストが描かれた靴下がちらりと見える。さあ、と言わんばかりに、差し出しだされた手を握れば「んよいしょぉ!」という掛け声とともに、私と宇沢の体が引っ張り上げられた。

     すっかり忘れていた紙パックを宇沢が拾い上げ、「うわ、賞味期限15年前……。これで新品なのがまた、不思議ですねぇ」とぼやきながら、私の手首に掛かったままだったビニール袋にがさりと入れる。

  • 291825/06/19(木) 01:24:24

    「あ、ありがと……」何ら気負うことも、なにも考えず出た言葉はきっと、気が緩んでいたから。消したい過去の呼び名が伝わっていたという衝撃は、それほどのもので。

     それとも、これは実は――なんて考えが。ちょっと、横をついて出て来たっていうのもきっと。「だって」「そんなまさか」なんて考えてしまうのは。おかしくないはずだから。

    「案内ってどっか行く感じ? 泊まりになるなら荷物取ってきたいんだけど」
     
    「荷物ですか?」
     
    「ちょっとコンビニ行くだけだったから。お泊りセット持ってこないと」
     
    「残ってるわけじゃないですか。杏山カズサの部屋は、とっくに違う方が住まわれていますよ」
     
     頭を殴られた気分。
     
     そうだ。
     
     そうだよね。
     
     当たり前だ。

     きっと乾いた笑みを浮かべていたであろう私の手を再び握り、宇沢は言った。
     
    「今晩中にお伺いします。必ずお伺いします。遅い時間になってしまうとは思いますが……。積もる話がたくさんあるんですよ? ちょっとは頑張りを聞いてください。でなきゃ報われませんったら!」
     
    「わ、わかったよ……。――で、あのさ」
     
    「はい?」

     私は、先ほど自分の恐慌から出た言葉を憶えている。

  • 301825/06/19(木) 01:26:58

     というか。スマホのロック画面を見たときから気になっていた。

    「あのさ……みんなは?」

     15年だと言う。

     本当かどうか。目の前の宇沢ぐらいしか、現実がないから。確信は持てていないし、自覚もないから。もしかしたら全部ドッキリで、今から行くところにはみんな揃っていて、私に一泡吹かせるサプライズかなにかなんじゃないかって考えが、まだ片隅にある。最後の希望みたいに、弱い光を放ってる。みじめったらしく。まだ、捨てられないその思い。

     聞きたかった。

     この”設定”では、みんなはどうしてるのって。
     
    「……っ」
     
     苦虫を。
     
     かみつぶしたような顔を。
     
     宇沢が。
     
     それで、その表情で。初めて見る、宇沢のそういう顔で。

     そうか。そういう”設定”なんだ。

     大成功だよこのサプライズ。私いま、足に力が入らない。
      
    「宇沢さん」体を支えてくれたスケバンが諫めるように名前を呼んだ。
     
    「隠せることではありません。杏山カズサは、強いので。強いんです。だから、大丈夫です」

  • 311825/06/19(木) 01:28:52

     私の耳元でスケバンがため息を吐いた。
     
     身体を入れてこようとしたスケバンをやんわり断り、力の入らない足で何とか立ち続ける。面白いぐらいに笑う膝はどうしようもない。
     
    「では、また夜に。いいですか、ぜったい手を離さないでください」 
     
     私の手を強く握り、スケバンにしっかり受け継いで。
     
     くるりと背を向け、宇沢は行ってしまった。
     
     何度も振り返り、私に手を振って。何度も。何度も。確認するように。少し駆け足気味で。

     角を曲がった宇沢の背中が見えなくなってから。
     
    「参りましょう」

     スケバンが、私の手を引いた。

  • 321825/06/19(木) 01:30:58

     私はなんとか自分を納得させようとする。

     ねえ。どっち? 私の中にいくつもの感情や考えが生まれては消え、生まれては消える。サプライズを期待するもの。言われたことを受け入れるもの。ねえ、どっち。わかんない。ほんとに。わかんない。
     
     15年だと言う。15年。私が生まれて、育って、荒れた中学時代を過ごし、キャスパリーグなんてイキって、”普通”に憧れてトリニティ総合学園に入学して。
     
     ――みんなと出会った。

     15年とはそういう時間。
     
     私の存在は青春の始まりの、たった数か月を一緒に過ごしただけの、通り雨。私がいなくなったことはみんなの青春の一幕。誰だって自分が一番で。自分の舞台を彩るのが、他人で。

     私は、みんなの舞台を彩る物語の端役。端役ごときが主役たちの物語を変えることなんて。
     
     ない。
     
     宵闇の世界。
     
     弾き出された、居場所のなくなった世界の中を。
     
     よちよち歩きの子供みたいに、スケバンに手を引かれ、歩いていく。

     道の途中、とあるキャンペーンの広告が貼られていた。いくつもの告知が貼っては剥がされた跡のある掲示板。緑の布に画びょう留めされた、祭りに出店するカフェのポスター。きらきらしたスイーツの写真がセンス抜群なレイアウトで紹介されている。冬を先取りしたような、ほんわりあたたかそうなデザインで。

     掲載されている店舗は、テーマとして食材を揃えるらしい。

     誰か哀れと聞かざらん。
      
     ”私の今年”からちょうど15を足した年のテーマは、マシュマロなのだそうだ。

  • 331825/06/19(木) 01:33:29

     ――――
     ――
     ―

     ワンコール、ツーコール。
     
     プツッ。
     
     電話の主は、長くても3コール以内に。たとえ就寝時間であっても、かならず電話を取る。染みついたクセだと言っていた。
     
    「お疲れさまです。すみません、もしかしてそっちに連絡行っちゃってましたか? いま急いで向かっているところです」
     
     パンプスの中で足が滑る。でも親指だけは滑らない。これは破れてますね。アキレス腱あたりのこの痛みは靴擦れができているんだろう。きっとお風呂が染みる。やはり、お堅い靴で全力疾走などするものじゃない。
     
     でも、そんなのはどうでもいい。
     
    「――見つかりました! 本人です間違いありません! やっと見つけました! やっと!! 見つけられました!!」
     
     私の足は重くない。痛みすら心地いい。軽やかで、このままどこにだって走って行けそうな気がする。
     
     気がするだけで息がすぐ上がって、やっぱり歩くことにした。
     
     仕方ない。30は一つの山だと言う。毎日動き回って、時間があれば怠けようとする身体と頭に鞭打ってジムにも通いつつも、最大値が減ってしまっていてはどうしようもない。運動するつもりではない服装が原因というのもある。そのはず。私はまだ若い。若いんだ。ちくしょう。

  • 341825/06/19(木) 01:34:35

     
     私の声に道行く人が振り返って、何人かは私に手を振ってくれた。今度は私にもリアクションをする余裕がある。あの子も、あの子も、話したことがある。モモトークのアカウントだって知っている。
     
     こちらに手を振る人に、ちぎれんばかりに手を振り返しながら、電話口に話し続ける。
     
    「はい、今から連絡します! ――私を、私を置いていただいてありがとうございます。おかげでもう一度逢うことが出来ました! 本当にありがとうございます! 先生!!」
     
     世界が歌っている。世界が歌っている。
     
     見つけた、やっと見つけたんだ。諦めなかった。また会うために。くじけなかった。ギリギリだった。バッドエンドなんかクソ食らえだ。また会えた! 粘り勝ちだ。私たちの勝ちだ! 見たか世界め! 見たか! ざまあみろ! 悔しかったら囃してみろ!
     
     ハッピーエンドが始まる。
     
     あの人たちの青春の最終幕が、ようやく始まった!! 


    ――
    ――――

  • 351825/06/19(木) 01:40:02

    (キリがいいので今晩はこのぐらいで……)
    (ご無沙汰してますの方もいらっしゃるようですね……)
    (またゆっくり「そういえばこんな話だったなあ」なんて思い出していただけると幸いです)
    (読みやすくなってるはずですがあくまで当社比なので、ご勘弁)

  • 36二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 01:54:34

     あなたのこの作品に影響を受けて物書きを始めた者です。ファンレターだと思って下さい。


     「15年」、カズサとレイサ達の間に生まれた5000日以上の隔たり。現実に起こり得ない乖離、取り戻せない「時間」という壁。作れなかった思い出、共有していない記憶。その全ての現実が、道に迷った30分の間に流れ過ぎ、手の届かない過去へ流れ去って行った事実を、唐突に突きつけられたカズサの恐怖。受け入れがたい現実が、何処を向いても視界に入って来る焦燥。取り零した物の在った痕跡を見つける度、軋む心の震え。


     登場人物の主観で描かれる心情の流れが実に綺麗で……。読み手と人物の距離感が近いからこそ、カズサの抱く恐怖や不安に同調して「15年」という時間の重さを実感させられたり、諦めず走り回り遂にカズサを探し出したレイサの喜びから、その裏に滲んだ彼女の15年の努力と奔走が垣間見えたり。そして、カズサを見つけたレイサの、世界に向けた高らかな勝利宣言を締めくくる言葉。彼女の15年の根幹であっただろう一言、>>あの人たちの青春の最終幕が、ようやく始まった!!

     ……皆の為に頑張ったんだねレイサ……。それがようやく報われたんだねレイサ……。


     前スレ初読時の私はこの冒頭でがっつり惹き込まれて、そのまま当時の最新まで一息に追っかけたのを覚えてます。あれはふぇす直前でした。三周ぐらいしました。覚えてます。

     更に綿密に、どこか詩的に、すっと心を揺さぶる言葉選びが体の芯まで響き渡ります。いずれ癌にも効くようになるでしょう。

     憧れの作品のリメイク、その公開にリアルタイムで立ち会えた事を、心の底から嬉しく、光栄に思います。今までもこれからもずっと、応援しています。このスレの更新がここ暫くの楽しみになりそうです。


     長々と大変失礼いたしました。お邪魔でしたら消して頂いて大丈夫です。どうかお身体を第一に、無理なく完結まで辿り着けます事を、切にお祈り致します。

     文章変だったらごめんなさい!!テンション上がってるんです!!寝れそうにないです!!

  • 37二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 05:42:29

    >>36

    (このお話をちまちまリライトしてたところに、六月の初め、シュガライベが始まって)

    (直後、人づてに聞いたスレで、心臓止まる思いをしました)

    (こういう偶然もあるんだなあって、尻を引っ叩かれた気分でしたよ)


    (違ったら申し訳ないけど)

    (あなたの作品読ませていただいたことあるんです)

    (あの狐をここまで書ける人おるんか……って愕然としたのと)

    (ミカが眠れないところ。あんな鬼気迫る表現できたらって羨ましかった。今でも悔しく思います)

    (というか、あのSSの影響でこっそりティーパーSS一本書きましたよちくしょう)

    (それ書き終えてこれを「書き直そう」の意思が固まったので、そりゃ心臓止まりますわ)

    (……あなたに敬意を表します。化け物文豪め)


    (ありがとね。ほんと、冥利に尽きるの一言です)

    (そして寝てくれ)

  • 38二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 12:51:11

    ss読みました
    めちゃくちゃ面白かったです
    続き待ってます

  • 3918(夜までほ)25/06/19(木) 15:45:18



    ――……。
     
     見たことのない通り。見たことのある通り。見たことのないお店。テナントが変わってるお店。

     街の中を手を引かれ歩いていく。

     見たことのある駅名。降りたことのない駅。高架をくぐり、歩道橋を上り。電車の通過音が遠くなる。

     こびりついたガム。枝葉が詰まった排水口。フェンスの向こうのオレンジ色の街灯。ヘッドライトとテールライト。

     すれ違う人は学生だったり大人だったり様々。様々な様相で、私の脇を通り過ぎていく。気にも留めずに。

     そういう景色を視界端に流しながら、顔を上げずに。交互に現れる自分のスニーカーを。チョコミント色の差し色が入ったスニーカーを見ながら歩く。私を知らんぷりする世界なんて見たくない。私はこの世界を歩いている。歩いているのに浮いている。

     コンビニの明かりを踏みつけて。

     ポイ捨てされた薬莢を蹴とばして。

     スケバンの影を踏む私の靴をぼんやりと眺めて。
      
    「こっちの方って来たことあります?」
     
     ずっと黙って手を引いていたスケバンが話しかけて来た。

     そこで初めて顔を上げて辺りを見渡した。私の『元』家がある、アパートやマンションが集合住宅ではなく。一軒家がメインになる、学生街からはちょっと外れたエリア……だと思う。ビルや商業施設も。あまり目に入らない。

  • 40二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 16:36:48

    >>1

    ヒナちゃとセイア様の感想のスレで未完なのがお二人から惜しまれていたが復活とはめでたい!

  • 41二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 21:35:10

    >>40

    それな!

  • 42二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 21:40:50

    待ちかねたぞスレ主ィ!

  • 43二次元好きの匿名さん25/06/19(木) 23:54:12

    嬉しい…

  • 441825/06/20(金) 00:19:19

    「知らない」

     愛想もへったくれもない私に「あー」とか「うー」とか。困っていますというのを隠さない唸り声のあとに、絞り出したかのような。今の私にとってはどうでもいい話題が投げられた。
     
    「歩かせちゃってすみません。ウチ学校行ってないんで、あんまカネ持ってなくて」
     
     大きな窓のカーテンの向こうの灯り。ぎゃあぎゃあ騒いでいる声がうっすら聞こえた。庭付き、鉄柵付き。綺麗に整えられた庭木の一本。何人かのシェアハウスなのかも。きんもくせいが薫る。灯りの向こうにいる子たちを想うだけで。その光景を想像するだけで……。

     目を逸らした。ぽてぽてと進む景色。その灯りを通り過ぎ。

     ……聞いてみようと、ふと思った。
     
    「あんたさ。何歳?」

    「ウチッスか? 16才です。学年で言うなら1年生ッスね」

     私は返事もせず。

     歩く。

     歩く。

     いくつもの家を通り過ぎ。青白い外灯が立つグルービングされた坂を上り。側溝を流れる”いい香りの排水”が、湿度と一緒にまとわりついてくる。
     

  • 451825/06/20(金) 00:26:45

     葉擦れ。ぬるい風。
     
     褪せたアイアンフェンス。
     
     衣擦れ。
     
     足音が二人ぶん。

    「名前は?」

    「わたしの、ッスか?」

    「他に誰がいんの」

    「あー……」私の苛立ちを含んだ声色にスケバンは口ごもる。

     いいよ。言わなくったって。興味ないし。ただ、聞いただけだし。

     じり。じり。

     ずじっ。ずじっ。

     二人分のスニーカーが舗装路を踏みしめる音。

     上る。上る。

     歩幅を小さく、坂を上る。電柱の灯りと、少しの月明り。

     目線を上げて。左側のガードレールの向こう側を眺めてみる。

  • 46二次元好きの匿名さん25/06/20(金) 00:30:37

    このレスは削除されています

  • 471825/06/20(金) 00:33:25

     さっきまで――きっとあの明かりのどこかにいた。夜景は目抜き通りに沿って線を描き、現代アートみたいな秩序的で無意味な景色を縫い上げている。航空障害灯がぴかぴかしていたり、比較的暗いあたりを走る車のヘッドライトが動きを出しているぐらいで。

     あの中に居るであろうたくさんの学生たちの呼吸も、笑い声も。なにもない。見えない。聞こえない。

     じり。じり。

     ずじっ。ずじっ。
     
     このあたりの人通りもない。広い庭の家が増えてきて。人気も、ない。
     
    「タミコ」

    「ん?」

    「ウチの名前。タミコです。あんま好きな名前じゃないんスけどね。ババアっぽいし」

    「タミコ」

    「はあ」

    「……」

     16才。

     勝手に親近感覚えて。

     15才下。

     勝手に疎外感を感じた。

  • 481825/06/20(金) 00:41:05

     じり。じり。

     ずじっ。ずじっ。
     
     秋の虫が鳴いている。ころころ。じいじい。私は自分のスニーカーを見る。影を見る。

     このまま。

     このまま、ずっと歩いていればなにも考えずに済むのにな。

     足を交互に出すだけで生きていけるのならいい。何にも考えないで、なんにも感じないで。思い出なんかぜんぶ忘れちゃって。ただ、前に向かって、知らない景色の中を歩くだけの生き物になれたら、どんなに楽だろ。

     無心に。ただ無心に。交互に現れる左足と右足を見ているうちに。ぽろぽろと”杏山カズサ”を落として歩いて行けたなら。

     すべて終えられるのならば。

     足音が止まる。

    「わぷっ」

     タミコの背中にぶつかった。急に止まんな。
     
    「っとと。お疲れさまです、到着ッス」

     くだらないことを考えていたら突然訪れた終着点。落としたつもりの”杏山カズサ”が追い付いて来て、毛穴中から入り込んで、また私を作り上げていく。

     舌打ちしたくなる気持ちを押さえて、視線を上げて。

     見上げた。

  • 491825/06/20(金) 00:49:02

    「……なにここ」
     
    「家ッス」

     でっかい鉄扉。私が縦に二人分ぐらいの門の向こうには外灯。門柱にも外灯。レンガ積みの壁の奥は、丸みをつけて剪定された木が並び植えられていて、門以外の場所から中はうかがえないようになっていて。

     は? なにかの施設、だよね?

     いやでも、今タミコは家って言った。

     家。嘘だろ。
      
     鉄扉脇に設えられた、人間サイズの門にカードか何かをかざして鍵を開けたタミコは。その鳴る耳障りな金属音に「油差さなきゃダメっすね」と、私の手を引いて、もはや屋敷と言いたくなる敷地に、引っ張り込む。
     
     広い庭。広すぎて隣の家が見えない。きれいに整えられたトリニティ・ガーデンには低木高木、花壇がさまざま整備されていた。花の香り。石畳。敷地内に外灯? 公共の施設じゃん。ミニチュア・トリニティ・スクエアって言われても信じるっつーの。ただでさえ静かな高級住宅街の中で、ひときわ人の気配を感じない。俗世から離れたおとぎ話の世界。
      
     繋いだ手が震えている。
     
     震えているのはもちろん、私の手。

    「くっくっく」スケバンが喉を鳴らした。 
     
    「笑うな! 誰だってビビるからこんなん!」
     
    「いや、だって、私らはキャスパリーグの伝説を聞かされてますから。それがこんなんで……くくくっ」
     
    「やめろその呼び方! これを家って言うような金持ちの敷地に入ったのなんか初めてだから!」

  • 501825/06/20(金) 00:59:41

    「あ、もいっこ聞きたかったんスけど、ティーパーとシスフにケンカ売って三日三晩戦い続けたってマジっすか? ここが和平交渉の戦利品って話とか」
     
    「できるかそんなもん! 一瞬で消し炭になるっつーの!」
     
    「でしょうね、あっはっは」
     
     秋の始まり。月は高く。
     
     コンビニ袋を提げて歩くには場違いすぎる庭をたっぷり3分ほど歩いて、曲がりくねった、演出された小径の先に辿り着いた森の中の一軒家。縦にも横にも、控えめでありながら。

     ……それは私の認識がバグって来てるからで、十分でかい。屋敷。私が住んでたアパートを二軒繋げて上にもう一個乗せたぐらい。

     庭そのものがこの建物を演出するだけの道具だとするのなら、持ち主は一体どんな金持ちなのか。

     ……。

     宇沢。あいつ……。
     
     もう一度取り出したカードキーを玄関脇の機械にかざすと、重い音が小さく鳴る。さっきもそうだったけれど、こういうところは意外と近代的なんだな、と妙な関心をしてしまう。
       
    「しっかりついてきてください。マジで汚ったねーんで。あー、掃除しときゃよかった」

     言われて、タミコの匂いを感じられるほど近くまで体を寄せた。ほんのり汗の匂い。どっちの匂いだろう。それとなく袖の匂いなどを嗅いでみる。だって、ほんと長く歩いたから。

     外灯と月明りの世界から無灯の屋内。夜目は効く方だけど、急に暗くなったせいで、ほとんど視界は闇。

     ごつんごつんと家具に腰を当て、足を当て。床に散らかる何かに足を引っかけ。何かを踏んだり、蹴ったり、引きずったり。お香とかポプリの香りに混ざるむわっとした生活臭。匂いは混ざると悪臭。それは、体育の授業のあとなどの更衣室と同じ。それよりももっと濃い生活の匂いは、正直顔をしかめたくなる。というか。鼻をつまんでしまった。

     見た目と中身が乖離しすぎでしょ。忙しくて掃除できなかった時の私のアパートよりひどいんじゃない。この家。

  • 511825/06/20(金) 01:10:46

    「スイッチ奥なんスよね」と愚痴をこぼしたタミコは、真っ暗な廊下を進む。

     しばらく進んでから電気がパチンと点けられる。無機質な蛍光灯に照らされた部屋は、キッチンで。

     ……いや、厨房。一人暮らし用のまな板すら置けない水場なんかじゃない。シンク台や作業台がきちんとあって、コンロも何口あるんだろ。フライパンや調理器具が壁にいくつも掛けてある、足元の収納にはサイズ様々な鍋やボウル。吊戸棚まで完備と来た。これは家じゃない。断言する。施設だ。

    「喉乾きましたよね。……っはぁ。カズサさんはどします? それ飲みます? けぷっ」

     水切りカゴに置いてあったグラスで水道水をごくごく飲んだタミコはげっぷを一発かまし、私が手首に掛けていたビニール袋を指さす。

     確かに、買った時までは、部屋で飲む気満々だったけれど……。

    「今は、甘いの飲みたくない」

    「りょーかいッス。んじゃそれは冷蔵庫入れときますか。紅茶でいーッスよね」

     ビニール袋ごと冷蔵庫に突っ込んだ後、お尻でドアを閉めた。タミコは私の手を離さない。宇沢との約束を、律儀に守っている。

     ――いいですか、ぜったい手を離さないでください。

     じんわり汗をかいているのはどちらだろう。それぐらい、私たちの手は繋がれっぱなし。こんなに長く人と手を繋いでいるのなんて、今までの人生にあったかどうか。

     カップと、ポットと、お茶葉と。棚から取り出した缶クッキーに、電気ケトル。「とりあ飲みます?」と差し出された飲みかけの水道水が入ったコップを片手に、お湯が沸くのを待った。冷たいともぬるいとも言えない水道水は、私の舌と喉をぬるりと湿らし、カルキの匂いを置いていく。

  • 521825/06/20(金) 01:19:17

    「ここってさ」

    「はい?」

     水を飲んですこし落ち着いた私は、黙りこくっていた間に蓄えたいろいろを出力しようとしたけれど、そのどれもが喉から先に出てこなかった。

     だから、目の前の。今、目の前にあって、ありのままを聞けばいいことを、タミコに聞く。

    「ここって、宇沢の家なの?」

     茶葉の入った缶をしゃかしゃか振りながら「んー」とタミコが天井を仰ぐ。

    「家っつーか、管理してるっつーか。ウチらは宇沢さんに雇われて、整備だ補修だを任されてるんス。宇沢さんは宇沢さんでマンション借りてますね。街ナカの方に」

    「管理……」

    「敷地でっかいんでねー。草刈りだけで一週間かかるとかもう……。いやはや、今日来客があるってわかってんなら、せめて広間ぐらいは掃除しといたんスけど。へへへ。」

    「住んでるわけじゃないけど、生活はしてるってこと?」

    「まあ、泊まりに来られますけど……。住んでる人らもいるんスよ。今はちょっと空けてますけど、たぶん近々帰ってくんじゃないですかね?」

    「よくわかんないけど、宇沢は住んでないってこと?」

    「ちょっと街中まで遠いんで。使いづらいっつって」

     そりゃそうか。ここまで歩いてくるのもかなりの距離だった。歩きはないとして、原付なんかで移動するにも。買い物にも。明らかに使い勝手の悪い家。

     ……だとしたら、貸し出してんのかな。これだけのお屋敷だし、どっかの部活とかに。じゃないと、あの生活臭はちょっと、説明つかない。

  • 531825/06/20(金) 01:29:36

    「――ごめん。やっぱちょっと寝たい」

     ごぼごぼ音を立てたケトルを持ち上げたタミコは「準備できましたけど?」ときょとんとした顔をする。でも今は。甘いものを飲みたくないとか、温かいものを飲んで心を癒やしたいとか。

     そういうのは、ちょっといいや。

     いじけた子どもみたいな事を言い出した私に肩をすくめ、持ち上げたケトルをもう一度台座に戻して「んじゃついて来て下さい」と。手を引く。

     真っ暗な廊下を歩き。

     月明りが差し込む大きな天窓のある階段を上り。

     パッと。明かりがついた。急な明るさに眉をしかめる。

     わけわかんないツボやら、絵画やら、高そうな調度品が並べられている長い廊下。等間隔に並ぶ扉。敷かれた毛足の短い絨毯は、それだけでただの廊下を豪奢に思わせる。

     ほんとなんなんだこの家は。こんなもんの管理任されるって、宇沢。どこにキャラ捨ててきちゃったのさ。

     その一番奥の一室を「ご自由にお使い下さい」と明け渡されて。

     たぶん、今日一番表情が無くなったと思う。いや。乾いた笑いは出たけども。鼻で笑うような。そんな、表情のない笑い声が。

  • 541825/06/20(金) 01:42:12

     いま。私の目の前にある部屋は。ここに再現されているのは。

     私の、部屋だ。

     握られていた手を離そうとしたら強い力で握り返され。それを力を込めて振りほどいて、ベッドに座り込んだ。ベッドの感触すら。いいや。もしかすると、ほんとにそのまま持って来たんじゃないかってぐらいの軋み具合は。

    「ここまでする?」

     黒いシーツには埃もなく。黒い掛布団カバーにも、埃がない。ひんやり冷えたシーツ。さらふわな肌触り。これは、みんなと遊んだついでに入った寝具店で見掛けて、一目惚れで買ったセットのシーツで。
     
     ECサイトで買ったサイドテーブルも、その上に置かれたガラス管温度計も。ベッドライトも、目覚まし時計も。安もののテーブルも、メタルラックも。買ったCDも、DVDも、本棚も雑誌もBDも。アイリに貰ったチョコミント色の傘も、ヨシミに貰ったカフェの整理券も、ナツに押し付けられた鉄で出来たモンブランの置き物も。モノクロで統一しようとして途中で飽きた無秩序さも。

     全部が全部、私が”さっき”家を出たままみたいに。読んでいた雑誌や、マグカップまで。テーブルの上にそのまま。

     再現、されていた。

    「掃除してますよ。ちゃんと。私の先輩も、その先輩も。この部屋はほんと、レイアウトは絶対変えるなって厳しく言われてました」

     そう言いながらタミコは、家を出る直前まで私が座っていた椅子に腰かけ。「こういうのもね」と、見せられたマグカップの底には、埃ひとつ溜まっていない。

    「服もそのままあるそうです。虫干しも定期的にやってますけど、見落としあったらすんません」

    「はは。きもい」

     ぱさりとベッドに倒れ込む。枕に顔を埋めても私の匂いなんか飛んじゃってて。洗剤の匂いと、ちょっとの埃の匂いしかしない。

  • 551825/06/20(金) 01:50:43

     風で窓が鳴る。秒針の音。呼吸音。二人分。

     ベッドから見る光景も、私の部屋のまんま。天井はこんなに高くなかったし、窓ももっと安っぽかったけど。それでも、あるものは。光景は。そのまま。

     ネットで買ったお気に入りの時計。しっぽが二本ある黒猫の時計。その下のコルクボード。みんなとの写真が私なりのセンスで飾ってある。あれ見られたのはちょっと恥ずかしい。

     恥ずかしいけど……恥ずかしがる相手も、もう。

     ……みんな、いなかった、し。

     ……。

     あ。

     一つだけ瑕疵を見つけた。

     間違い探しを無意識にしていた自分に驚いたけど、それでちょっと嬉しくなってることにも驚く。

    「間違いみっけ」

    「ウチは言われた通りにしてただけなんで、元々はわかんないッスけど……。なんかありました?」

     なんでかはわからない。なんで嬉しいんだろ。

     まるで。この部屋はあくまで再現された部屋なんだって。ほんとの私の部屋じゃないんだって。一番居心地がいいはずの我が家じゃないから。だから、お前は。

     杏山カズサは。あの日の杏山カズサがいなくなったってのを、ちゃんと叩きつけてくれたからかもしれない。それが答えなんだって。ハッキリ教えてくれたから、かな。

  • 561825/06/20(金) 01:55:18

     腕で目を隠して。

    「教えない」

     続けて言う。

    「出てって。寝るから」

    「すんません。それは宇沢さんに怒られ――」  

    「出てって!」

     思い切り枕を投げつけた。

     投げた枕を顔面で受け止めたタミコは、大きくため息を吐いて「……っかりました。下に居るんで、何かあったらお申し付けください」と。ベッドに枕を投げ戻して、部屋から出て行った。

     ごめん。

     八つ当たり。

     腕の向こうから漏れる蛍光灯。

     疲れた。疲れたな。

     ベッドの上で腰を曲げ、丸くなる。

     目を瞑っても、耳を塞いでも。布団をかぶっても。

     頭の中がうるさくちゃ、眠って逃げることすらできやしない。

  • 571825/06/20(金) 02:01:20

    『一年生の時にカズサっていたじゃない』

     ヨシミがフラッペに刺さったストローをくわえながら言う。

    『忘れるわけなかろー。まったく、失踪なんてロマンチストなロッカーだったよ、ヤツは』

     ナツがシュガーグレイズされたアーモンドドーナツを頬張りながら言う。

     アイリが、少しうつむいたあと。

     笑顔で言う。なんの憂いもないような。眩しい。私が好きな、あの屈託ない笑顔で。

     『私たちもカズサちゃんに負けないぐらい、もっと全力で楽しまないとっ!』

     私の席はそこにない。私の姿はそこにない。

    『充分楽しんだって。もう卒業よ? 私たち』

    『今年の夏はどこへ行くー? ヨシミの油断したお腹を拝めるのは夏だけだし、やっぱ海かな?』

    『はぁ!? あんたにだけは言われたくないわ!』

    『あはは……。冬で油断しちゃったもんね。頑張って戻していこう! 体重!』

    『わたし変わってないから! あんたたちと一緒にすんなバーカ!』

  • 581825/06/20(金) 02:05:17

     ……。

     玄関を開けたとき、私はもう、諦めた。

     いなかったから。”ドッキリ”を仕掛けてくれると思っていた友だちは。

     ベッドの。

     ベッドの足元。間違い探しの答え。私が言わなかった秘密の答え。

     ギター、ないんだよ。

     放課後スイーツ部。

     SUGAR RUSH、とかさ。

     ……。

     私がいなくなってからのみんなは、笑って、卒業してくれただろうか。

     ……はは。

     枕を被って、きつく、押し付ける。

     所詮私は、みんなの青春の彩りでしかないんだから。そうだよ。私は。ただの彩り。添え物。そんなもの。分かり切ってるっての。

  • 591825/06/20(金) 02:06:45

     きらきらした世界。

     私が憧れた、普通の、きらきらした世界。

     あの時は一歩を踏み出す勇気だけが必要だった。

     髪を切って、染め直して、メイクを変えて。服をおとなしくして、言動に気を付けるだけで、その世界に入れた。

     でも今は……。

     ……。
     
     枕をさらに押し付ける。

     情けない声が漏れないように。

  • 601825/06/20(金) 02:15:18

    (キリのいいとこですので今晩はこんな感じで……)


    >>38

    (ありがとうございます! ゆったりお楽しみください~)

    >>40

    (続きからじゃなくて初めからで申し訳ねえ。にしても……ありがてえです……)

    >>42

    (ご無沙汰しております。憶えてていただいて、もうほんと感無量だでぇ……。ただ、すべての功績は初代スレ主だけどなガハハ!)

    >>43

    (はわわわ。こちら様もご無沙汰ですぅ。憶えててくださってありがとうございます!)

  • 61二次元好きの匿名さん25/06/20(金) 06:13:37

    復活待ってた
    バンドイベ復刻直後の今見るとまた見え方変わってくるなあ

  • 62二次元好きの匿名さん25/06/20(金) 06:50:08

    カズサ辛いなぁ

  • 63二次元好きの匿名さん25/06/20(金) 08:59:34

    熱量持った友人からオススメされて、初稿の分と合わせて並走して読んでます。
    とても面白くて続きが待ち遠しい!

  • 64二次元好きの匿名さん25/06/20(金) 12:15:07

    復活おめでとう
    以前のも最後まで追ってた(Part5の128レス目とか)から純粋に嬉しいよ

  • 6518(よるまでほ)25/06/20(金) 16:02:10

    >>59

     ※

     

     ……どれぐらいそうしてたんだろ。


     頭の中のアイリ達が止まんなくて。押し込めても閉じ込めても漏れてきて、どうしようもなかった。すればするだけ目から生暖かい液体が出てくるし。


     鼻水をすすって起き上がったら、23時をちょっと回ったぐらいになってた。


     ……。


     泣くって、人間に備えられた最強の防具だ。


     ぼうっとした頭の芯は、アクが抜けたみたいにすっきりしている。部屋を見渡し、いくつかある扉を開けてトイレとシャワーを見つける。さすがに。間取りまでは同じに出来なかったか。よく見れば間違いだらけ。


     すべきものを済ませ、少し悩んだけど、シャワーを浴びようとして。シャンプーもボディソープも無いことに気付いて、顔だけ洗った。コンビニ行くだけだったから化粧はしてなかった。宇沢はともかく、タミコみたいな、初対面の人と会うとわかっていたならと後悔するけど。まさかこんなことになるなんて、想像だに出来るはずない。


     がしがしと顔を拭いて、すくなくとも目元から赤みが引いたのを確認。むくれてブスな顔はどうしようもない。


     汗が気になるパーカーと制服を脱ぎ、丁寧に畳んでテーブルの上に置いて。部屋着を探す。適当なTシャツと短パン。なんか薬品臭いけどたぶん虫よけの薬なんだろう。仕舞われていた服は。確かに、私のものだ。

     

     下着も変えようか。どうしようか。


     いいや。あとでちゃんとシャワー浴びよう。こんだけ大きな建物なんだし、確実にあるでしょ。最悪食器用洗剤でいい。泡立てばなんでも。


     よく軋む椅子に腰かけてスマホを点ける。裸足になった足も座面に乗せる。


     やっぱり圏外。


     モモトークを開こうとしても、ホーム画面の時点で通信が必要だったせいで、端末内に保存されているメッセージしか見られなかった。その中の一つ。一番上にきていたグループチャットを開こうとして――やめた。ベッドにスマホを投げつける。ぼふんと1回バウンドして、壁に当たって。固い音をさせながら、ベッドと壁の隙間に落ちてった。

  • 66二次元好きの匿名さん25/06/20(金) 23:26:12

    ⭐︎

  • 671825/06/21(土) 00:20:20

     喉乾いたな。

     部屋を出て階下に足を向けた。

     ああ。もうしょうがない。しょうがないんだ。

     私の世界はもうすべてが変わってしまった。悲しもうが嘆こうが、そうなってしまったならしょうがない。そういう風に生きるしかない。

     なんかの映画みたいに、読んだ日記の日付に飛べるような時間遡行ができればいいんだけど。残念ながら、私に日記をつける習慣はなかったから。

     だから認めるしかない。歩くしかないんだ。この。私を振り回してくれた世界の中を。

     幸い宇沢はいるわけだし。まっさらな状態じゃない。キャスパリーグの名前が生きているのはクソほど腹立つが、それすらも、未だ私がこの世界の一部である証拠なのだと言うのなら受け入れよう。

     ……。

     先生は、居る、のかな。

     言ってくれるかな。おかえりって。

     じわりと目元が熱くなった。

     なしなし。今は考えるな。階段を踏み外してこの世とオサラバなんてそれこそ笑えない。

     階段を下りると、一階の廊下の灯りも点いていた。照明一つとっても凝ったデザイン。百合の花のようなカバーに暖色の電球。上と同じように調度品が置かれた廊下。広間の方からは、スマホのスピーカーから流しているような粗悪な音が響いていた。動画でも見ているんだろう。みょんみょんした妙なギターサウンドが聞こえる。

  • 681825/06/21(土) 00:26:26

     広間に近づくほど、強くなるあの生活臭。そして。

     床に落っこちてる、服。

    「タミ……コ?」

    「んお。起きました?」

     服を拾いながら広間に入れば、タミコはスマホを見ながら足をおっぴろげて、ソファに寝っ転がっていた。
     
     私は思わず。大きな声を出してしまう。
     
    「なにこ――きったな!」

     歩いたときになにか踏みながら歩かされた時点で。生活臭がハンパなかった時点で。掃除しきれてないんだろうなとは思っていたけど。

     度を越えている!

     テーブルの上や椅子の背もたれには、服が何層にもなっていた。さらに散らかったコンビニの袋。もちろん中にゴミが詰められて丸くふくらんだものが、そこら中に投げ捨てられている。ペットボトルの量も尋常じゃない。明らかに飲んだらそのまま投げ捨てたような状態で床のあちこちに落っこちている。
     
     タミコが寝っ転がるソファも。なんなら洗濯物を枕にしてくつろいでやがった。しわくちゃになった服は洗濯されているのかされていないのか知らないけど、どちらにせよ、そのまま着られるものじゃない。

     私はもう一度言った。
     
    「きったな!」

  • 691825/06/21(土) 00:35:39

    「きったねーッスよね。わかりますわー」

     ぼりぼりとお腹を掻きながら言うタミコに愕然とする。このゴミ屋敷で平然と暮らせるタイプか、あんたは。

     ぜったいこれ普段から掃除してないじゃん! 何日分だよこのゴミ! 沸くぞ虫!

    「とか思ってるんでしょうけど」私の頭の中を覗いたかのようにタミコはだるそうに言う。「ここ半年ぐらいは出たり入ったりで生活されててですね、居る間はもう片付けるのも億劫で。ちょうど今朝がた出てったんで、一週間は戻ってこないと思ってたんスよねー」と、手近にあった洗濯物を持ち上げ、落とした。

    「いやいや、これはちょっとヤバイって……」

     ちょっと進むとぐにぐにした感触。また服を踏んでしまったか、と思って見て見れば。

     パンツだった。

    「うっげ! きったな! マジでさあ!」

     淡い緑色のパンツは私の靴に踏まれ、くしゃくしゃになっていた。というか、もう何度も踏みつけられていそうな感じがする。くるくるに丸まったパンツは薄汚れていて、それだけ。床を磨いてきたことを誇らしげに見せつけてきているような気がした。

    「あんたさ! こういうのは洗濯機に入れときなよ! きったないなあ!」とパンツを指さしたら、キレ気味に返された。

    「あたしのじゃねーし!!」

    「管理してるって言うなら掃除しなって! 魔窟じゃん! ゴミ屋敷じゃん!」

    「明日まとめてやるつもりだったんスよ!」

    「明日やろうはバカ野郎って聞いたことないの!?」

    「この屋敷の掃除してんのウチだけなんだからそんぐらい多めに見てくれたっていいでしょうが!」

  • 701825/06/21(土) 01:00:51

     くだらない。不毛な言い争いで余計に喉が渇いた。

     一度、場を仕切るために大きくため息を吐いて。手近にあった椅子の洗濯物をとりあえずどかし、どっかり座り込んで、言った。

    「とりあえずお茶飲ませて。喉乾いた」

     お尻に違和感。

     引っ張り出してみるとかたっぽだけの靴下。猫の柄の。

     適当に放り投げる。

    「あー……。結局あんたもそっち側じゃないスか……」

     ぶつぶつ言いながら厨房へ向かうタミコに「私はきれい好きだから!」と怒鳴っておく。

     ったく。誰だか知らないけど、これは宇沢の管理不足だ。賃貸するにしろ、なんというか、もっとちゃんと人としての質がいい人に貸し出せばいいのに。せっかくのお屋敷なんだから!

     と、部屋の汚さに目を奪われて気付かなかったところ。私が座る椅子からはちょうど影になる辺りに、目を疑いたくなるものが置いてあった。

    「――待って」

     がたん。

     私は立ち上がる。椅子が鳴る。吸い寄せられるようにそこへ足が進む。空になったペットボトルを蹴っ飛ばし、脱ぎ散らかされた服を踏みつけて。出しっぱなしの手りゅう弾も転がして。

     重厚な本棚だかキャビネットだかわかんないものの影。ゴミと洗濯物に埋もれた鈍い光沢。

  • 71二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 01:12:23

    このレスは削除されています

  • 721825/06/21(土) 01:13:45

     私は、その。

     部屋の端っこに縮こまるようにして置いてあったものの前で、絶叫した。

    「な、な、なんスか!? ゴキちゃん出ました!?」

     ガチャガチャと駆け足にティーセットを持って来たタミコは、テーブルの上に散らかった化粧品やスプレー缶などをお盆で落とした。床に落ちる固いもの。でも服やらなんやらがクッションになって音がしない。私の立っている位置を見て「ああ、それ――」と納得したような声を出したタミコに、噛みついた。

    「これやったの誰!? あんた!?」

     黄色のボディのタムに掛かった、よれよれのTシャツを掴み、ぶん投げる。

     私の形相に少し身を引いて、引き攣った顔でタミコが答えた。

    「ち、違います」

    「じゃあ誰!?」

     ピンクのボディにひっかかってたブラジャーをむしり取り、投げ捨てる。

    「違いますって! ウチそんなサイズじゃねえっしょ!」

    「じゃあ誰だよ!」

     キーボードバッグの上に積まれていたコンビニ袋や、壁との間に挟まっていたペットボトルを投げ捨てる。

  • 731825/06/21(土) 01:20:00

    「これは――これはさあ!」

     ムカつく。クソムカつく。

     汚された気がして。

     でも。でも。

     青いボディの私の私物には。なんにもなくて。それがまた。また。

     そのまま、ピカピカのボディを、私に見せてくれてる。弦は全部外されていたけど。てっきり売られたかと思ってたけど、ここに移されていた、私の。唯一の。

    「これはさ……」

     貼られたステッカーもそのまま。劣化して薄くなってるけど、まぎれもなく。私が貼ったまま。

     ドラムと、ギターと、キーボードと。

     ベース。

     今の私は、こういうのクるんだって。ダメなんだって。

    「ムカつく、ムカつく! なんでよ! こういうの私に見せんなよ! あんたこれが何か知ってるんでしょ!? 私を知ってたんだから!!」

     タミコに怒ったってしょうがないのに。当たり散らすのを、止めらんない。

  • 741825/06/21(土) 01:30:41

    「すいません、配慮が足んなく――」

    「足りないなんてもんじゃないでしょ!! なに、これをインテリアなんかにしてたの今まで!!」

     シャツをタミコに向かって投げ付けた。ぐるっと握りつぶしただけのぺらっぺらのTシャツは、タミコに届く前にパッと開き。床に落ちる。

     悔しい。ムカつく。悔しい。悔しい!

     そうだよ。知らない奴からしたらそんなもん。ただの楽器だもん、そんなもんだよ。

     でもさ!

     ……せめて、私しか残ってないんだから。

     宇沢。お前、そういうところだぞ。

     私しか残ってないんだから、私がこれ見たらどう思うかとかさ、考えてよ……。

     数少ない、あいつらとの、思い出なんだから。

     友だちとの数少ない思い出なんだから、大事にしてくれてたって――!!

     感情が目から溢れようとしたとき。葉擦れと虫の声だけ聞こえていた静かな外から、世界が裂けるような音が聞こえた。鉄がひしゃげ、固い地面に叩きつけられ、引き摺られるような。閑静な高級住宅街でテロが起きたって言われても信じるぐらいの、耳障りな音が。

  • 751825/06/21(土) 01:43:48

    「まさか」弾かれたようにタミコは、ガンラックから銃を手に取り、玄関を開けて叫ぶ。

    「あ”あ”あ”あ”ああああ!! ふっざけんじゃねえ! それ直すの誰だと思ってんだコラァ!!」

     巨大な牛とか馬が唸ってるようなエンジン音は、甲高いタイヤのスリップ音をアクセントに猛スピードでこちらに近づいてくる。あまりの重低音に戦車か何かかと疑う。私は窓の外で暴れる、バカみたいに眩しいライトをただ茫然と眺める。

     銃を手に取るべきか?

     バキバキと木が折れ、鳥が慌てて飛び立っていくけたたましい鳴き声。「やめて! せっかく秋桜咲いたのに!!」ガンガンとライフルを撃つタミコだけど、声は震えていて、なんだか湿っぽい。もしかして泣いてる? わたしの涙はすっかり引っ込んでるけど。

     ぎゃりぎゃり。泥とか石とか鉄とか、なんかよくわかんないけど固いものを挟みながら、重いものが。玄関の目の前に停まった。腹の底を震わせるエンジン音と鼻を衝く排気臭。車なのか戦車なのかわからない車の扉が蹴り開けられ、耳を塞ぎたくなるほどの音量の車内音楽が私の耳に届いて――。

     弾丸みたいに人が飛び出て来た。

     あまりの勢いにタミコは慌てて飛びのくのも間に合わず吹っ飛ばされる。

     飛び込んできた人影と目が合う。くりくりとした緑色の瞳と、目が合う。

    「――ふグッ!」

     みぞおちに思い切り飛び込まれたせいで肺の空気が全部出た。ぎりぎりと締めあげられて呼吸もままならない。新しい酸素が入ってこない。さっきと同じだ。宇沢に飛び疲れた時と同じ。ただし、こっちは力に一切の加減を感じられない。

     なんとか倒れず踏みとどまる。ずるずると。全体重を私にあずけてくるのを、なんとか支える。腹に力を込める。全力。

    「カズサちゃん、カズサちゃん、カズサちゃん!!!」

    「バカァァァァ!!!」

     しかし。もう一回の衝撃で。首目掛けて飛びついて来た金髪のせいで。いよいよ私は吹っ飛び、ソファの角に思い切り後頭部を叩きつけた。

  • 761825/06/21(土) 01:49:43

    「まっ……お、苦し……」

     腰に回された腕。みぞおちに押し付けられる頭。

     首に回された腕。喉を潰す勢いの頭。

     あ、死……。

     喉を震わすだけの空気すら吐き出せない私の顔に影が掛かった。視界は暗くなった私には、それが影なのかもわからなかったけれど。

     ぼんやりした視界の向こうに、ショートカットの女の形が見える。

    「ボーカルが失踪するとかさー? そんなロックなこと、しなくてよかったんだよ。――ほんと、ばかだねぇ」

     震えた声。熱そうな、震えた吐息。袖で目を拭うシルエット。

    「はっはっはー! びっくりしました? どうです、びっくりしました!?」

     この声。

     心底嬉しそうな、ムカつく大声。薄れる意識に差し込まれる、ぶっとい針みたいな声。

    「う、うざ……たす……死……」

    「あー。まあ、感動の再開を引っぺがすほど、私も野暮ではありませんので」

  • 771825/06/21(土) 01:51:34

     視界はいよいよ真っ暗になり。すうっと、苦しみが消えていく。心地よさすら感じる、オチる手前。

     腹と首筋の判別不能な言葉と、顔に落ちて、床に垂れていくなにかを感じながら。

     ……。

     三人の。三人によって。いや実質二人のせいで。私は意識を手放す。

     これが最期なのだとしたら――。

     ま、幸せ、かも?

  • 781825/06/21(土) 02:07:42




    (キリが良いので今晩はこの辺で)


    >>61(お待たせしてすみません、ありがとうございます! バンドイベを実際にプレイするのは今回の復刻が初めての、DJサオリからの先生です。よろしくお願いします)

    >>62(たとえ数か月しか一緒におらずとも、憧れの世界に引き込んでくれた子たちが居なくなってるってのはキツかろう……。好き。この概念)

    >>63(ええ!? 紹介とか、そんなパターンもあるんですか……。並走されると脳みそ掻きむしりたくなりますけど、そういう楽しみ方もあるかもしれません。初稿を楽しんでいただいたからこそのご紹介ですからね!)

    >>64(数日前です。怖くて開けなかったPart5を見られたのは。また見つけていただいて、ありがとうございます!)

  • 79二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 06:43:16

    私の言葉をどれだけ並べても、貴方様のこの作品の良さを紹介するには足りません
    ですが、この言葉だけは言わせてください

    『伝説が……はじまる。』と!

  • 80二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 07:04:00

    待ってました。本当に待ってました。
    このカタルシスよ...。うぁあ好き...。

  • 81二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 10:10:35

    まってた、続きを待ちわびていたかんしゃぁ

  • 821825/06/21(土) 16:16:51

    >>77

    ■D-Day -27 

     

     ――この音は知ってる。


     アンプを通さない鉄弦の音。『押さえやすいならそれが一番じゃない』と言って買ってた、EXライトゲージの弦の音。


     目を開けると視界が真っ白になって。思わず「まぶし」と声が出た。


     「起きた!」


     顔の上から騒々しい声が聞こえたと思ったら。頬っぺたを潰され、むりやり横を向かされる。


    「痛っ、いだだだっ!」


     首の筋がピンと張って、脳みその奥に直接痛みが走る感覚がして。あわてて手を振り払い、私の顔を掴んでるヤツの体を押しのけた。

     

     が、どすんと。今度はみぞおちに重いものを乗せられた。硬い。痛い。


    「こんのバカズサ……! あんた私らがどれだけ心配したと……!」


    「お、おも……腹はやめ……」


     ぎりぎりと重みを掛けられ、同時にぎゃりぎゃり弦が擦れる音が続く。身体を捻ってなんとか抜け出して、起き上がろうとして。

     

     引き倒された。後頭部を打ったけれど下がソファだったから。痛くもなんともない。ぼふんとバウンドするだけ。押しのけたはずのヤツらもまた、まとわりついてくる。


     照明に被さった逆光の。さかさまの顔がにんまり笑って、言った。


    「かくして演者はそろい踏む。 世界の理はチョコドームのように溶け割れたのだ。……ってね~?」

  • 83二次元好きの匿名さん25/06/21(土) 23:10:26

    おお…!

  • 841825/06/22(日) 00:40:35

     ああもう。

     顔がにやける。

    「いいからどけ、バカども!」

     手足を振り回してまとわりつくヤツらを散らした。

     今度こそ体を起こせば、強く首に腕を回され。けれど締まるほどではないぐらいの力加減で。真正面から抱き着かれる。

     すっきりしたフルーティな香り。

     ……ちょっと汗の匂いも。

    「カズサちゃん」

    「はいはい」

     さらりとした長い髪。いくら手で梳いても終わりが来ない。首元にかかる吐息がくすぐったくて、身を捩る。

     ずいぶん伸ばしたね。

  • 851825/06/22(日) 00:47:52

    「元気だった?」

    「元気だよぉ!!」

     耳元で。私の鼓膜を破らんばかりのアイリの声に、思わずのけ反った。まあ、のけぞっても、ぴったりぐっつりくっついているから意味はないんだけど。

    「『元気だった』はこっちのセリフよ。ほんと今までどこにいたの!」

     ただでさえちょっと吊り目でキツかった目元をメイクでさらに強調し。真っ赤な瞳をさらに赤くして、歯をむき出している。八重歯は健在。ああ。

     ヨシミが立てかけたギターに手を置いて、私をにらみつけていた。

    「私が聞きたいよそれは」

     ヨシミの睨みを反射してぶつけるように、私は宇沢を睨んだ。うそつきめ。

     目が合った宇沢は「いひひ」と笑い「ドッキリ大成功です? 信じました? みなさんいなくなってるって思っちゃいました?」と。心の底から湧き出すうきうきを、声に乗せて言う。

    「あんたあとでマガジン一個分ぶちこむから」

    「き、杏山カズサの得物でそれやられると命の危険があると思うのですが」

    「ふっふっふ。かつての凶暴性は失われていないようで、われわれも心強く思うよ。また新しい伝説を共に作ろうではないか!」

     体を捻り、肩を組むように。後ろにいたナツの胸倉をつかんで、顔を引き寄せる。私は。キスするぐらいの距離で、ナツに笑いかける。首に腕を掛け。絶対に逃がさないようにして。

    「タミコに適当な事吹き込んでたのは、あんたか? ナツ」

  • 861825/06/22(日) 00:56:35

    「……はっはっはー」

    「ふ・ざ・け・ん・なァ!!」

    「宇沢さーん……とりあえず入口にゃロープ張ってきましたが……」

     ナツの頭に拳の骨を当ててぐりぐり痛めつけていると、玄関から半泣きのタミコが、黄色と黒の虎ロープの束を肩に提げて入って来た。みんなが「おつかれー!」なんて明るく言うと、タミコは静かに中指を立てる。
     
    「ありがとうございます。業者さんには明日連絡で。請求は全部シュガラ宛でお願いします!」
     
    「なんでよ! ここの補修代は全部トリニティ持ちって約束じゃない!」
     
    「劣化の補修と破壊の修復は違うんですよ? 派手にやらかしといてずいぶんな要求じゃないですか。ふざけないでください」
     
    「アルバム制作中でお金ないって知ってるくせに!」
     
    「信用書は書いてあげますから。ローン組みましょう」
     
    「んああああ! ムカつく! ナツもなんか言ってよ!」
     
    「あだだだだっ。カズサそれだめ、穴開く、頭に穴開くぅ!」

    「あれ直すのとんでもなく高いわよ。前に壊したときは60万ぐらいしたんだから! タミコ。いいからなんか飲み物持ってきて! あーもう腹立つホント!」

    「んー、カズサちゃん! あむっ」

    「ひぃええっ。バカ! 舐めるな! 耳を咥えるな!!」

     散らばった洗濯物が宙を舞う。ペットボトルだコンビニ袋だがガサガサぱっこん、にぎやかさを追加する。ゴミ屋敷の饗宴。

  • 871825/06/22(日) 01:15:03

    「まじうっせぇ……。だから嫌いなんスよこいつら」

     タミコの言葉は、誰にも受け取られることはなく。虎ロープを提げたまま、とぼとぼとキッチンの方へ消えていく。

     みんなとは今日の夕方の早い時間。学園近くのカフェで別れたばかりのはずなのに。なんだかずいぶん久しぶりな気がする。それが嬉しい。『再会』を『再会』として認識できてる自分が嬉しい。おんなじ気持ちで居られてる。だから嬉しい。宇沢の嘘もこうなっては感謝せざるを得ない。あの落差が、この嬉しさを作ってくれたんだから。

    「貯金崩さないと」と大きくため息を吐いたヨシミに声を掛ける。

    「ん? なに?」

    「ツインテやめちゃったんだ?」

    「……三十路越えてツインテはさすがにイタいっつーの」

     変わらない吊り目で私を睨む。赤いアイシャドウとバッチバチのまつ毛のおかげで目力が増していて。でも、ふわふわのくせ毛はそのままで。身長も……。まあ。なんというか、そういうもんだよね。高一であの身長だったんだし。

     私が延々と拳を捻じ込んでいるナツも。サイドテールに出来るほど長かった髪をバッサリ短くして、私と同じぐらいのボブで。目測、一番変わったのはコイツかな。ピアスなんかじゃらじゃら付けちゃってさ。あんたが求めたロマンって、ほんと。どこにあるんだか。

    「アイリ。大丈夫だからそろそろ離れない?」

    「カズサちゃーん……」

     もはや『カズサちゃんbot』と化したアイリの髪は、あの頃と一緒。ロングヘアのまま。すっごく伸びていて、お尻が隠れそうなぐらいになってるけど。

  • 881825/06/22(日) 01:23:44

     私はナツを解放し、もう一度。宇沢を睨んだ。
     
    「……~♪」

     ヘッタクソでスッカスカな口笛を吹いてるけど、まさかそれで誤魔化したつもりか?

     はぁ。

     ――いるじゃん。

     放課後スイーツ部。

     全員!

    「まあ、この様子ならば大なり小なり、私たちの予想は当たっていたということです。杏山カズサに非はありません」

     宇沢はのっそりと壁から離れて椅子に座った。座面に乗っていた洗濯物なんか気にせず。慣れたように背中で潰して。

    「もう大丈夫なんだよね? ほんとに大丈夫なんだよね? ここに居てくれるよね?」

    「はいはい、どーどー。カズサにゃどうしようもなかったってことだよ」

     再びぐずり始めたアイリの肩を、ナツが撫ぜる。でもアイリは私から離れない。
     
     本当に。ずいぶんと苦労をかけたらしい。
     
    「宇沢。今度は嘘無しで教えて欲しいんだけど」

     とんとんとアイリの背中を叩きながら笑顔で言った。心当たりありありであろう宇沢は「うへ」と不味そうな顔をして「なんですか?」と。隠していた余罪を追及される子どもみたいな顔をした。

  • 891825/06/22(日) 01:36:43

     すっと鼻から息を吸い。

     口から細く吐き出して。

     一拍おいて。質問。
     
    「先生は?」
     
    「元気ですよ?」
     
     宇沢はあっけらかんと答えた。

     宇沢の目をじっと見つめる。宇沢も、私の目をじっと見つめる。

     ……。
     
    「そっか。――そっかぁ」

     肩の力が抜けた。

     なんだ。15年後とはいえ。私の周りっていう条件で言えば、そこまで大差ないのかも。「私たちより先生ってこと!? この色惚け女!」とがうがう吠えるヨシミに、近くにあったパンツを放り投げる。絶叫。
     
    「お年は取られましたけどね。今は、かつての卒業生も職員としてお手伝いしているんですよ」
     
    「もしかして宇沢も?」
     
    「連邦生徒会に胡麻を擦って、うちの生徒会に強権振るってもらって。卒業の日に『雇ってくれなきゃ死にます』って土下座してなんとか。ちなみに初代職員です。いぇい」
     
    「……そっか。てことはみんなもそうなんだ?」

  • 901825/06/22(日) 01:49:42

     土下座。そっちは妙に想像しやすいけど、でも。人付き合いがそんな得意じゃない宇沢がティーパーティと関わりを持ったり、連邦生徒会なんかに出入りしている姿はぜんぜん想像がつかない。ほんと。苦労をかけたんだなって。腐れ縁。そんなもんでしかなかったし、優しくなんか。したことなかったのに。

     ナツを見る。こいつらが、先生の手伝いか。へんなの。と思ったけれど、ナツは首を縦には振らなかった。振ったのは横。
     
    「え? じゃあなにか別の仕事してるんだ」
     
    「みなさんまだ女子高生なんです。トリニティ生。トリニティ総合学園の一年生」
     
    「……は?」

     みんなをぐるりとみる。かじりついて離れないアイリも引きはがし、その顔を見ようとすると、長い髪で自分の顔を隠すように横を向く。

     ヨシミはパンツを投げ捨て文句ある? とばかりに鼻息を噴き。

     ナツは……タミコが持って来たお盆から紅茶の茶葉を奪い、スナック菓子のようにかじっていた。
     
    「さすがにうそでしょ。なんで?」
     
     留年何年目?

     そんなの、別に私なんかほっといて進級して、普通に卒業してれば――。
     
    「……一緒に卒業したかったからに決まってるじゃん」
     
     アイリが言った。呟くような小さな声。でも、その言葉は。私には横っ面に9mmパラベラムをぶちこまれたような衝撃だった。

     ぐずぐずと鼻を鳴らし、髪で顔を隠し。どこかとげとげしい言い方をしたアイリの表情は見ることはできなくて。

     『もっと全力で楽しまないとっ!』? 『ただの彩り』? 『添え物』?

  • 911825/06/22(日) 01:56:52

     頭の中のバカな妄想が塗りつぶされていく。鉛筆で跡形もなくなるように、ぐじぐじと。がしゃがしゃと。ページが真っ黒になるまで。そんな恥ずかしい想像をしてしまった私の頭の中を、塗りつぶしていく。二度と読めないように。考えないように。

     みんなは信じててくれた。待っててくれた。私はなんだ? すぐに諦めた。恥ずかしい。申し訳ない。そんな、私のつたない語彙では表現しきれないぐちゃぐちゃな気持ちが目から溢れようとする。のを。歯を食いしばって耐える。

     ヨシミが足元に座った。身体がふわりとバウンドする。
     
    「卒業してあんたを待つって選択肢も確かにあった。けど、ま。満場一致でそういうことになったってわけ」
     
    「さすがに寮にお世話になりっぱなしってのもできないし、お金の問題もあるから、普段はみんな一緒にお仕事してるけどね~」

     鼻をすする。だいじょぶ。涙は零れてない。震える声を抑えるのに腹に力を込めて、咳払いをひとつして。言った。
     
    「じゃあ、みんなはどんな仕事してんの? 会社を立ち上げたとか?」

     努めて明るく。純粋な、祝福の気持ちを込めて。
     
     私の知らない大人の世界。
     
     そこに踏み込んだみんな。
     
     私が尋ねると、みんなは答える。
     
     でも。返って来た答えは。同じ仕事をしていると言ったはずなのに、別々だった。
     
    「インフルエンサーだよ」
     
    「バンドマンでしょ?」
     
    「キヴォトス史上、最強最悪のテロリストだぜ! ひゃっはー!」

  • 921825/06/22(日) 02:07:36

     ……。 

     は?

     よく見ればピアスの他にも、パンキッシュなシャツとだぶっとしたサルエルみたいなファッションの今のナツに言われると、妙な説得感がある。どうせいつもの適当なバカ話であるにしてもだ。

     一瞬で引っ込んだ感動に、宇沢の声が差し込まれた。

    「とりあえずみなさん、顔でも洗って来たらいかがです。それこそハロウィン祭にはまだ早いですよ」
     
    「どういう意味よ!」
     
     吠えたヨシミに宇沢はコンパクトミラーを投げ渡した。鏡をじいっと見つめ、ヨシミが言う。
     
    「こりゃまずいわ」

     後ろから覗き込もうとしたナツに「あんたはそんなに変わんないからいいよ見なくて」と、アイリの顔の前に鏡をかざす。
     
    「やば」

     私と同じように、一瞬で涙も感動も吹っ飛んだようにアイリが私を見た。うるうるとした緑色の瞳。よりも気になる、その周囲。

    「やばくない?」

     顔をこすり付けていた顔は、なんというか。涙でただでさえひどいことになっていたであろうメイクが、びよんと引き延ばされていて。絵の具が付いた指を顔で拭いたみたいになっていた。

     服を見れば置き土産がべっとり。お腹に。胸に。見えないけどきっと首筋にも。べっとり。

    「夜道で向こうから歩いて来たら悲鳴上げるレベル」

  • 931825/06/22(日) 02:16:53

    「あー! ひっどーい」

    「いいから顔洗ってきてください。杏山カズサは私が見張っておきますから」

    「見張るってなんだよ」
     
    「ナツー。私は足持つからあんた上持って」

     ズアッとアイリの体が沈んだ。私の服で顔を擦りながら。「熱い! 顔が熱い!」と摩擦で擦れた顔を抑え悶えてる。私のくたびれた白いTシャツに化粧の轍。もうこのTシャツ捨てよ。洗っても落ちないでしょ、これ。

    「ちょっとごめんねー」と滑り落ちたアイリの脇にナツが手を差し込み合図をすると。

    「せー」

    「のっ!」 
     
    「うわぁ!」

     アイリの体は宙づりになった。
      
    「おお……。豚の丸焼きスタイル」
     
    「いま豚って言った!?」
     
     そのまま三人は廊下の方へ消えていった。「豚っていったの訂正してよ!」というアイリの叫び声を残して。床に散らばる洗濯物など気にせず、通った道を道にしていく。屋内に獣道つくるなよ。

     ――インフルエンサー。バンドマン。テロリスト。
     
     三者三様の答え方ではあるけれど、なんとなくわかる。ナツの回答は無視。あいつの話を真面目に聞くと馬鹿を見るのは、きっと今でも変わんないんだろうな。

  • 941825/06/22(日) 02:25:16

     ヨシミが壁に立てかけていったもの。私が大事にしてほしかったと慟哭した、ピンク色のボディの、ギター。
      
     たった一回、たかだか学祭で演奏しただけなのに。べつに。ただそれにしただけで、なんでもよかったものなのに。
     
     まさか続けているなんてね。
     
     ピリリ。
     
     さっきも聞いたシンプルな着信音。宇沢が電話に出る。私をちらりと見たうえで。
     
    「もしもし、お疲れさまです、先生。ああ、あはは。ありがとうございます。なんとか生きてます。はい、合流しました」
     
     私の耳はピンと立つ。
     
     一言二言話したあと、スマホの画面を袖で軽く拭って、私に差し出してくる。
      
    「どうぞ。先生です」
     
     スマホの画面。『先生』という表示と通話時間。
     
     わたしは。スマホを耳に当てる。
     
    「……もしもし」
     
     間があった。返事は返ってこないけど。――息遣いは、聞こえる。
      
     もう一度繰り返した。
     
    「もしもし?」

  • 951825/06/22(日) 02:28:55

    「”――久しぶり、カズサ”」
     
     私が聞き慣れた声より低くなった声は、震えていた。

    「私からしたら、一週間前に手伝い行ったばかりなんだけどね」
     
     とす。私はソファに寝そべる。
     
     まぶしい照明。腕で目を覆う。
     
     わたしからしたら別に久しぶりじゃないんだけど。昨日だって、メッセージのやりとりしてたし。
     
     そう。別段久しぶりでもない。
     
    「”そうだね。一週間ぶり”」

     だから、無理して笑ったような先生の声に。鼻の奥がツンとする。
     
     電話口の向こうで洟をすする音。
     
     わたしも。洟をすする。
     
    「そうだよ、先生。元気だった?」
     
    「”元気だよ。カズサは? 身体は大丈夫?”」
     
    「ぜんぜん平気。平気だよ」

     低くなって、ちょっとがらがらしているけど。まぎれもない、先生の声。

  • 961825/06/22(日) 02:30:06

     ああ。

     この世界は、確かに私の世界。私が居た世界。
     
     点と点。結ぶ線はないけれど。

     私はいま、みんなと同じところに。

     ”また”。

     点を置けている。

  • 971825/06/22(日) 02:49:21

     ※
     
     ――……。
     
    「”じゃあ、明日はシャーレの方に顔を出してくれるの?”」
     
    『うん。朝から行ってもいいかな』
     
    「”いいよ。待ってるね”」
     
    『……ごめん。みんな戻ってくるっぽい。いったん切る。あ、宇沢に戻す?』
     
    「このまま切ってくれて大丈夫だよ。お疲れさまって伝えておいてくれるかな”」
     
    『おっけ。……じゃあ、おやす――ぐえっ』
     
    『んー! カズサちゃんカズサちゃんっ』
     
    『まっ……まだ電話切ってないから……っ』
     
    「”あはは……。おやすみ”」

     また明日、という前に通話は切れた。いい。これでいい。これが、いい。

     ――。

     スイーツ部。放課後スイーツ部。

     SUGAR RUSHと聞けば別に懐かしくもなんともない。今でも一ヶ月に一回はどこかで見るし、だれかから聞くけれど。でも、放課後スイーツ部と言うならば。ひどく懐かしい。

  • 981825/06/22(日) 02:58:17

     あの世代の、唯一の気がかりだった。
     
     ティッシュを1枚引き出して、眼鏡を外して目を拭い、洟をかむ。喉に詰まった淡を咳払いで追い出す。幸い、この時間のオフィスには誰もいない。「おじさんくさーい」なんてからかってくる当番の子たちも。
     
     カズサ。
     
     杏山カズサ。
     
     そういえばあんな声だった。あんな性格だった。忘れたことは一度もない。毎日毎日、傷口をほじくって、かさぶたすらできないように努めていたつもりだったけれど、それでも。人間の記憶というのは、こうも簡単にコーティングされてしまう。時間に彩られてしまう。
     
     あの頃の私はキヴォトスに訪れて間もないころ。
     
     ……。

     かつての生徒が大人になる。
     
     杏山カズサ。
     
     かつての生徒が、かつての生徒のまま。
     
    「英雄譚の怪描が見つかったようですね」
     
    「”……黒服”」
     
    「おめでとうございます。そして申し訳ありません。私は、貴方との契約を正常に履行できませんでした」
     
     いつの間にそこにいたのか。

     生徒の休憩のために置いたソファに、黒服が足を組んで座っていた。

  • 991825/06/22(日) 03:06:31

     丸めたティッシュをゴミ箱に放る。
     
    「先生と私の間に交わされた『杏山カズサさんの発見』は果たされなかった。残念です。ともに行動できることを楽しみにしていたのですが。ええ。これで。いよいよゲマトリア再興という私のささやかな願いは、儚くも崩れ去ったわけです。残念。とても残念ですよ先生」

    「”本当にカズサは――そう、だったんだね”」
     
    「我々ですら観測できない事象の外側。時すら超える次元のはざま。クックック……。まったく、この世界は面白い。惜しむらくは、虚実の哀狐が協力的であれば、もっと効率的に仕事を行えたのですが」
     
    「”それでも、君に協力してもらったのは確かだから”」
     
    「ええ、ええ。その通りです。先生。この十数年間、私は先生の依頼を優先して参りました。我々外の世界の存在にとって時間は有限。私の命題である研究よりも貴方の依頼を優先してきた補填は、していただかなくては報われません。私が」
     
     心を開いたつもりはない。
     
     しかし、協力体制を提案し、懇願したのは、事実。
     
     取り返しのつかない条件で。彼は私を殺すつもりはなかったようだが、もし。カズサが見つかっていれば、非人道的な実験に手を貸す必要も生まれたかもしれない。そうなったら首を括ってやろうという覚悟が無駄になったのは、良しとすべきかもしれないが。

     だから自然に消え、自然に現れ。私や黒服の感知できないところで見つかったカズサは。
     
     すなわちそれは、”大人”の全ての力を持ってしても見つけられなかったという現実。
     
     敗北。
     
     私たち大人は、敗北した。何にだ。私たちは何と闘い、何に敗けたのか。それすら明かしてもらえない。
     
     歯噛みする。敗北の代償を払うのは、私じゃない。黒服でもない。
     
    「”私は……なにもできなかったよ”」

  • 1001825/06/22(日) 03:12:47

    「おやおや。随分と高慢なことをおっしゃる。事象すべてに関与するのは、生徒たちへの冒涜だとおっしゃっていたではありませんか」
     
    「”彼女たちの願い事は叶えてあげたかった。約束していたから、ね”」
     
    「口約束と言えど契約。確かに先生、あなたは、生徒と先生。大人と子供。彼女たちとの間に交わした契約を果たすことができなかった。あなたは失わなければならない。それが信用なのか、また別のものであるのか。私にはわかりませんが」
      
     カツン。
     
     革靴を鳴らし、黒服が立ち上がった。

    「”もう決めてるよ”」

     私は、もはや長い付き合いとなった黒服の崩れた顔に。自嘲の表情を見せつける。その顔を見た黒服はしばらく、そのニタついたヒビを動かさなかったが。ゆっくりと、話し始めた。
     
    「私は先生を得る権利を得られませんでした。ですが、私はあくまで研究者です。今回の件、一部始終すべてを観測をさせていただき、それを補填と充てさせていただきます」
     
    「”……観測、ね”」
     
    「先生も観測対象ですのでどうぞご自由に。手だしはいたしませんとも。ただし、最前線の一等席から観覧をさせていただきますよ。テクストからの逸脱。神秘の膨張。テクスチャの更新を行わなかったハブの末路。ある程度の予想はつきますが……。予測に過ぎません。観測されて初めて、事象は定義される」
     
     カツ、コツ。
     
     オフィスのガラス戸へ歩いた黒服は、振り返り。
     
     大仰な仕草を持って、会話を締める。

  • 1011825/06/22(日) 03:15:41

    「『彼女たち』がどのような末路を迎えるのか。私の予測が正しいのか。先生は奇跡を起こすのか。しっかり見届け――」
     
    「下郎が。いますぐ失せなさい」
     
     返事を待つわけでもなく黒服が居たあたりに爆炎が上がる。警報機が鳴る。スプリンクラーが作動する。机の上に置いてあった書類が水浸しになる。PCの電源が落ちる。爆風で棚のガラスが割れ、ファイリングされた書類が吹っ飛ぶ。
     
     飛んできた破片が目の前で弾けた。壁に阻まれたように。
     
    『うわわわっ。セェーッッフ!! おはよーございます!? はややや!』
     
    「”ありがとうアロナ。助かったよ”」
     
    『私が……アロナ先輩に負けた……』
     
    『ふっふーん! とっさの瞬発力には自信があります! プラナちゃんも考える前に行動できるよう精進すべきです!』
     
    『子供って反射神経いいですからね』
     
    『なんだとー!?』
     
     耳のすぐ脇で発砲音。アロナバリアは火薬の匂いは防がない。
     
     いままでどこに潜んでいたのか。

     弾切れまでしっかり撃ち込み、犬歯を剥きだした彼女は舌打ちを一つ。銃を肩に担いで忌々し気に言い放つ。
     
    「逃がしましたわ」
     
    「”そういうやつだよ、あれは”」

  • 1021825/06/22(日) 03:20:43

    「本当に、ゴキブリより性質が悪い」
     
     銃を下ろし、彼女は犬歯を薄い唇の下に仕舞う。
     
     スプリンクラーから出る水が散るカルキ臭い部屋の中でも、ふわりと。着物に焚きしめられた香が香る。
     
    「たまたまおそばに控えていたから良いものを。いい加減、あれと関わるのはおよしになってくださいませ。では、私はこれで失礼しま――」
     
    「”待って、ワカモ”」
     
    「はい! あなた様がお望みとあれば、私は夜伽でも!」
     
    「”今晩は眠れないよ”」

    「――っ! は、はいぃっ♡」

    「”更衣室にジャージあるから着替えてきて。あとバケツと、ビル中のありったけの雑巾も持ってきてほしいな”」
     
    「は?」

     警報機。スプリンクラー。水浸しの書類。うんともすんともいわないPC。吹き飛んだ扉。焼け焦げた壁。前髪を伝って水が滴る。今日はまだ、シャワーを浴びていなかったからちょうどいいかもしれない。
     
     明日の朝にはカズサが来る。15年ぶり……一週間ぶりに。ここに。

     私は年をとってみずぼらしくなってしまったけれど、せめてオフィスぐらいはきれいにしておきたい。彼女の記憶にあるオフィスを。彼女の時代とつながる場所として、演出してあげたい。
     
     今、オフィスには私とワカモしかいないんだから。
     
     いまここで、逃がすわけにはいかなかった。

  • 1031825/06/22(日) 03:26:42




    (キリがいいので今晩はこの辺で)

    >>79

    (私も一言だけ……『拷問されてるヨシミ好き』。冗談です。こないだのイベで初めて、想像以上に『伝説が……はじまる』しか言わないんだなって知ってちょっと面白かったです)

    >>80

    (感情ジェットコースター、カズサと一緒に味わって頂ければ幸いです!)

    >>81

    (あばばば、想像以上にいろんな方に見ていただいていたのですね……。すみませんでした)

  • 104二次元好きの匿名さん25/06/22(日) 09:13:53

    元々面白かったけどリメイクもやっぱ面白いな

  • 105二次元好きの匿名さん25/06/22(日) 09:32:15

    前は途中で読むのが大変すぎてバンド練習云々筋肉痛あたりで読むのやめたから楽しみ

  • 106二次元好きの匿名さん25/06/22(日) 15:39:31

    おお

  • 10718(よるまでほ)25/06/22(日) 16:37:49

    >>102


    「ねむいぃ……。朝陽が憎いぃ」

     

    「さすがに寝ないとキツいわね……。ふあぁ……」


     私が居なくなってどんなことになったのか、とか。みんなの仕事の話とか。宇沢の話、とか。


     身振り手振り、写真に動画を使ったみんなの”今まで”を聞いていたら、気付けばもう朝で。シャワーを浴び、服を着替え。先生に会いに行く身支度を済ませて、食べ散らかしたご飯にお菓子に飲み物に頭を抱えるタミコに手を振って、屋敷を出た。


     『一緒に卒業したいから学生のままで』と言っても、本当に見つかるかわからない人を待つと言うのは常識的ではない。学園史上前例のない特別措置を勝ち取るまで、努力と言っていいのかわからない行動をひたすら続けたみんなの非常識は、正直。――ナギサ様たちの苦労が偲ばれる。

     

    「えへへ、徹夜とか何年振りだろうね? カズサちゃんは大丈夫?」

     

     私は答えられない。口は真一文字に引き絞られている。眠気など感じない。感じる暇がない。雑にビスで留められた金具に繋がるぶっとい綱に、命のすべてを預けるつもりでしがみ付く。そうでもしてないと頭が、体が、ドアに叩きつけられる。放り出される恐怖がある。

     

     先生との約束通り、シャーレに向かうこの道中。


     戦車みたいにゴツい車は、ぐぉんぐぉんエンジンを唸らせ道を往く。ハンドルを握るのはナツ。私は助手席。みんながみんな、あの頃とは変わったトリニティの街並みをぜひ見て欲しいと、ここに座らせた。

     

    「……――!」悲鳴すら出ない。

     

     たった今、3人組の女生徒が横っ飛びに車を避けた。悲鳴と怒号と銃声がドップラー効果で消え去っていく。歩道は道じゃない。道だけど、車が走って良い道じゃない。

     

     カーブをすればタイヤが鳴き、ブレーキを踏めばタイヤが鳴く。カラーコーンは宙を舞い、ラバーポールは刈り取られ、低木の植え込みはぺしゃんこになり、道行く人たちはアクション映画さながらに飛びのいていく。


     しかし全てがひっくり返るような車内でアイリとヨシミはのんびり化粧をしているし、ナツも、パック牛乳のストローをくわえたまま総菜パンをもそもそ食べる”いつも通り”を見せつけていて。

  • 108二次元好きの匿名さん25/06/22(日) 23:45:04

    ⭐︎

  • 1091825/06/23(月) 01:37:42

     アイリたちと一緒に後部座席に座っていた宇沢は、目を固く瞑って、胸の前で手を組んでいた。
     
    「主は私の牧者であり私に乏しいことはない主は私を緑の牧場に伏せさせ憩いの水際に伴われる主は私の魂を――」
     
    「宇沢ぁ! それ縁起でもないからやめて!」
     
     ようやく出た声。宇沢が唱えるのは主に捧げる祈りの言葉。今際の際の、だ。誰のためのものだ。自分か、轢かれるかもしれない人のためか。
      
    「ナツちゃーん、ちょっとコンビニ寄れる?」
     
    「二秒早く言ってよー。戻ろうかー?」
     
    「あ。ヴァルキューレ来たわよ」
     
    「戻るのなしなし。発煙弾投げといて」
     
    「あー……切らしちゃってるわ。小麦粉ならあるけど、どうする?」
     
    「練ってよし、溶いてよし、焼いて良し。ならば撒いてもよしのはず~」
     
    「なんでっ……小麦粉がっ……ひええぇ」
     
     声が上ずる。自分でも聞いたことのない声が出る。
     
     ガバン。

     リアガラスが開いた。なぜか、トランクじゃなくてリアガラスが。車内の空気がぎゅんぎゅん入れ替わる。
     
     開けたその向こうにアイリが手を振る。

  • 1101825/06/23(月) 01:57:48

    『止まれっつってんだろこの暴走車! てめぇら道交法って知ってんのかオ――シュガラじゃねーか! 止まれぇ!』

     間近で聞くサイレンはけたたましく、拡声器はびりびりと車内を震わせ。それでも”慣れたもんよ”と、空になったパックをずるずる吸い続けるナツは、エアコンを調節しながら。グリルガードに引っかかった生垣にぶつぶつ文句を言っていた。
     
    「なんか切れるものある?」
     
    「眉ハサミならあるよー」
     
    「あー。ま、切れればなんでもいいや」
     
     袋に切れ込みを入れて、そのまま中身を撒いた。
     
     ……ヴァルキューレの車両が派手にガードレールに突っ込んだ。のんきにハイタッチをするアイリとヨシミ。宇沢は隠れているつもりなのか、窓より下に身体をひっこめている。
     
     こいつらの”今まで”。

     新陳代謝が常の世界で、私の名前を世界に留め続ける手段。探し続けてくれた、その方法。
      
     それはバンド活動。名前を売り、発言力を持ち、メッセージを飛ばすことができて。
     
     キヴォトスのどこに隠れていようが炙りだしてやる。知っている人がいるなら私たちに教えて。

     歌にメッセ―ジを込め、世に転がす。

     たった一回の学祭で披露しただけの”バンド活動”を引っ張り出し、磨き、世界に対して見せつけてきた。活動15年目の今となってはSNSのフォロワーも八十万を超え、ライブ配信をすれば同接4万はくだらない。コラボ商品やCMにまで出たことがあるってんだから、かなりのものだと思う。思うってか、実際すごい。

     音楽をやってるやつなんて掃いて捨てるほどいるキヴォトスでそこまで有名になるなんて。頑張ったんだねと涙ながらに言った私は、その感動を全部返してくれとすぐに懇願する。

  • 111二次元好きの匿名さん25/06/23(月) 02:12:46

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  • 1121825/06/23(月) 02:15:39

    『すごいじゃん、大ヒットしてんじゃん』

    『まあね。だってさ――』

     一年生に留まり続けても退学にならず、学園史上前例のない特別措置を勝ち取るためにみんなが採用した、非常識的な手段の方は。

     無期限の停学。 
     
     停学になれば学年が進まない。かつ、キヴォトスのどこにでもメッセージを届けられる最良の方法であるバンド活動を組み合わせた結果。

     テロもどきのゲリラライブを敢行する、化け物バンドが誕生した。

     事件を起こせばクロノスが勝手にニュースで宣伝してくれる。ヴァルキューレが勝手にビラを作って撒いてくれる。足を止めない街行く人が注目し、ムリヤリにでも耳を傾けざるを得ない状況を作り出し、競合が存在しないから独占市場。指名手配書には自ら撮影したアー写を送り付けて『貼るならこれで!』と煽り散らす。

     その評価は0か100。熱狂的なファンか、熱狂的なアンチしか存在しない。

     SUGAR RUSH。
     
     今や他の自治区でも指名手配となったバンドの消えたフロントマンとして。”杏山カズサ”の名前は語り継がれているらしい。
     
     何してんのホントに! と怒鳴った私に、ヨシミは満面の笑みで言った。

    『でも見つかったじゃない、オールオッケーよ! ほんとやっててよかったー、SUGAR RUSH!』

  • 1131825/06/23(月) 02:26:15

     ……。
     
    「手土産ってやっぱり必要だよね?」
     
    「そりゃそうね。ここからで……今の時間なら……『EK』ってちょうど仕込み中じゃなかったっけ?」
     
    「ナッちゃん、行ける―?」
     
    「アイスケーキはいい。賞味期限20分の刹那の芸術。腕が鳴るねぇ~」
     
     タイヤが鳴る。身体が傾ぐ。どころかたたきつけられる。頭が窓にぶつかる。外からは悲鳴。怒号。銃声。たとえ銃弾が撃ち込まれるも、装備をかなりいじってあるというこの車はびくともしない。私は遠慮なくビビるけれど。
     
    「カズサは食べたことないわよね。何年か前に新しくできたお店なんだけどすぐ人気になったとこで――」
     
     こいつらの頭の中は15歳のまま。身体こそ大人になっていても。いや、経験を重ねた子供ほど厄介なものはないのだと学んだ。
     
     それが嬉しいのか哀しいのか。

     考えている余裕と余韻をかみしめる時間は享受させてもらえない。もちろん。景色など葉のひとひらすら頭に入ってこない。視界には入っているけどもだ。

     こいつらの常識は、放置されたアイスケーキのごとく。とっくに溶けて形を失くしていた。

  • 1141825/06/23(月) 02:39:58

     ※

     「――おえっ」

     ビルの入り口に続く階段の前。堂々と横止めした車から這う這うの体で降りた。世界は、未だ、揺れている。追いついて来た吐き気に、ゴツいサイドミラーに体重を預けてえづく。
     
     背中をさすられ、文句を言おうと振り返ったところに立っていた宇沢は。朝陽の中ですらくすんだ、悟った表情で言う。
     
    「慣れますよ」
     
     宇沢の目も表情と同じ。何も映さずよどんだ色。
     
     ビルの入口から誰かが出てくる。なぜか両手に瓦礫やガラス片が沢山入ったバケツを提げて。ゲヘナの校章を着けた生徒はこちらを一瞥し、二度見し。バケツを放り投げてこちらに銃を向ける。
     
    「げえっ。今度はSUGAR RUSH!」

     ああ。この子はきっと、アンチ側。
     
    「今度はってなんですか……。また誰か?」
     
    「あ、レイサさんもいらっしゃったんですか。お疲れさまです!」

     おお。宇沢はセーフなんだ。なんか。ほんとにS.H.C.A.L.Eの人って感じがして感動。

    「聞いてくださいよ、当番に来たらオフィスがもうぐっちゃぐちゃで! わたし、初めてで楽しみにしてたのに!」
     
    「……慣れますよ。そのうち」
      
     ちんちくりんで子供っぽいと思っていた宇沢が、ここでは一番の『大人』に見える。警戒心を隠さないその子の横を通り、じろじろ見られながら。私たちはビルへ入った。

  • 1151825/06/23(月) 02:49:21

    「今のシャーレってそんなに治安悪いの?」
     
     ほとんど変わらない、一階のフロア。コンビニもそのまま。さすがに働いている子は変わっていたけど。知らないカフェのテナントが入っていたり、置いてあるものも違ったけど、”一週間前”とほとんど同じ。ちょっと汚れが目立つかな。汚れと言うより、経年のものなんだろうけど。
     
     エレベーターで、私も知っている、オフィスがある階のボタンを押した宇沢は。ぽりぽりと頬を掻いて答えた。
     
    「そんなことはないのですが……。まあ大方予想は付きます。このビルの中で銃器を好き勝手ぶっ放す方なんて一人だけです」
     
    「じゃあたぶん、ワカモさん居るんだ」
     
    「あの人いっつもいない?」

    「だれ? ワカモさん」
     
    「私たちの師匠だよ~。3こ上」
     
     三個上……。

     私たちの頃にはもう卒業生とか?

     ああ、留年っていう線もあるか。

     留年。師匠。

     なんか嫌な感じがする。
       
     ポーンと音が鳴り、なめらかとは言い難い動きで扉が開く。
     
     15年後のS.C.H.A.L.Eのオフィスがあるフロアの匂い……は、建物の匂い、というより、工事現場みたいな埃っぽさとカルキの匂い。これはさすがに予想外。

  • 1161825/06/23(月) 02:58:16

     エレベーターホールの目の前に散らばる、DIYで使いそうな工具類。唸る業務用扇風機。積み上げられた瓦礫。下で会った子が運んでいるのはこれだ。コンクリ片とガラスが、綺麗に分けられている。あとひしゃげた鉄。

     なんだなんだ、リフォーム中? にしてはやり方が大雑把。
     
     オフィスの方からは、聞きなれない女性の声と、聞き慣れた声。
     
    『うぅ……ぐずっ……ずびばせん間に合いませんでしたぁ~。ワガモが至らないばっがりにぃ~……』
     
    『”えっ。うそ、もう来ちゃったの!?”』
     
     ぱしゃぱしゃ。
     
     おおよそ室内を歩く音とは思えない足音が近づく。
     
    「なにこれ。せんせー? なにこれ、ラーメンでもこぼしたのー?」ヨシミが敷き詰められた大量の布を遠慮なく踏みながら。こちらに向かっているであろう先生に声を掛ける。そんなわけないだろ。どんだけスープだよ。
     
     足音が近づく。ばしゃばしゃ。

     オフィスへ至る曲がり角から人影。
     
     上によれたワイシャツ。下はハーフパンツ。たぶん、どっかの学校のジャージ。
     
     しっとりしてくちゃくちゃな髪。眼鏡の奥の目が、かっと見開いた。

  • 1171825/06/23(月) 03:09:04

    「”カズ――!!”」
     
     飛び出した人影。飛び出してきた勢いそのままに、敷き詰められた布で滑り、思い切りすっ転んだ。
     
     先生?
     
    「”う、ぐうぉぉおお……”」
     
     手を付こうとしてひねったのだろうか。

     びしゃびしゃの床の上で右手を押さえてもだえ苦しむのは間違いなく。

     間違いなく。
     
    「あーあー……。今日の当番の子、救急医学部なので。ちょっと呼んできます」

     ため息を吐きながらくるりと踵を返した宇沢はそのままエレベーターホールに戻った。『下に参ります』という機械音声が悶える先生の声に重なる。

    「ふっ」

     つい笑ってしまった。

    「”あ、あはは……。ごめん、カッコ悪いとこ見せちゃった”」

     びっちょびちょの雑巾を纏い、わけわかんないカッコして。脂汗なのか床の水なのかわかんない、汚れた顔をしてるけど。白髪もすこし出てるけど。

     先生だ。私の知ってる先生だ。

  • 1181825/06/23(月) 03:14:10

     あんな醜態を見せたくないから。滑らないようにゆっくり先生に近づき。濡れた床に膝をついて、外れて吹っ飛んでしまっていた眼鏡を掛けてあげて。

     言った。

    「15年ぶり、です。先生」

     ぐっと。唇を引き絞った先生は一度顔を伏せる。ぐっ、と。何かを押し込めるような声が漏れる。

     でも、痛みに脂汗を浮かべながらでも。歪んだ唇は隠せずとも。声が震えていようとも。

     しっかり私の顔を見て。笑ってくれた。

    「”おかえり、カズサ。一週間ぶりだね”」

  • 1191825/06/23(月) 03:16:24







    (キリがいいので今晩はこの辺で)

  • 120二次元好きの匿名さん25/06/23(月) 05:57:35

    素晴らしいSSをありがとう

  • 121二次元好きの匿名さん25/06/23(月) 10:41:18

    感動をありがとうございます!!!!
    あまりにも良かったから初稿の方も一気読みしてしまった……

  • 12218(よるまでほ)25/06/23(月) 16:24:34

     正午を過ぎ、おやつの時間が見えてきた頃。

     襲撃に遭ったとしか思えない事務所の片づけの、ひとまずのひと段落を感じた私たちは。そろって腰を伸ばした。瓦礫や、壊れた家具などの運び出しを手伝っているうちに、ゲヘナの医学部ちゃんもそれなりに。警戒を解いてくれた。
     
     濡れてしまった書類や壊れたPC、壁ごと吹き飛んだ扉は……どうしようもない。けれど、データのほとんどはクラウド化されているというし、手間が増えるだけで大ごとにはならないというから一安心。しばらくはワカモさんとやらが泊まり込んで、人力セキュリティをするようだ。
      
     湿りっぱなしのソファに座る気にはなれず、視聴覚室から持ってきたパイプ椅子に腰を落ち着ける。

    「”ほんとーにごめんっ。なんだかんだ手伝ってもらっちゃった”」
     
    「いいよ。変に感動のご対面ーってされるよか。なんか”ぽい”っていうかさ。へへ」
     
     先生からもらったペットボトルのお茶を一口。キンキンに冷えたお茶の飲み心地は、硬い。
     
    「”改めて。『15年ぶり』。カズサ”」
     
    「ん……。『一週間ぶり』。相変わらず弱いんですね。センセ」
     
     手首の骨にヒビらしい。利き手に包帯を巻いた先生が苦笑いする。
     
    「少し太ったんじゃない?」
     
    「”うっ……。仕方ないんだよ。代謝が落ちたから”」
     
     宇沢は「午後から予定があるので」と、昼前には外へ出て行った。先生も、担当の仕事はまかせっきりにしていると言っていて、タブレットで予定表を確認してようやく「あ、そっか。百鬼夜行だった」と。ふにゃっと笑った。

  • 123二次元好きの匿名さん25/06/24(火) 00:16:32

    完結を期待して保守

  • 12418(よるまでほ)25/06/24(火) 01:38:18

     S.C.H.A.L.Eの業務形態はだいぶ変わったんだと。先生は教えてくれた。

     卒業生から職員を雇ってる、ってのすら驚きだけど、他にも非常勤の、予備員みたいな扱いの人も多数居ると言う。各自治区に創った出向所に数人の正規職員と非常勤職員で、簡単な問題ならば解決する。無駄な移動時間も省けるし、なにより。慣れ親しんだ土地で暮らしながら仕事をしてもらえば、ローカルな情報も手に入るうえ、モチベーションも上がるだろうからと。

     当番と先生だけで回していたS.C.H.A.L.Eとはまったく違う。あの仕事量を間近で見たことがある人間としては、改善されたのなら良いことだ。うん。ほんとに。あんなん続けてたら死んじゃうもん。

     そして宇沢は正規職員。S.C.H.A.L.Eトリニティ支部の、責任者だと言う。初代職員と豪語したのは伊達ではない。

    「”だからこうして、デスクワークに専念できてるんだ。みんなから上がってくる報告をまとめるだけだからね”」
     
    「だから太るのよ。はいこれ、お世話になりましたーのアイスケーキ。冷凍庫入れといたからガッチガチのはず! ちょっとあんた、お皿と包丁とお湯持ってきてよ」
     
    「人使いが荒いなあ……」

     救急箱を片付けていた医学部の子がヨシミを睨んだ。睨んだ後。私をちらりと見た。

    「ネットでしか見たことないけど、この人が例の探してた人ってやつです? 写真撮って良いですか?」とスマホを構えようとしたのを、ナツが私の目の前に立って、言った。
     
    「アイスケーキは刹那の芸術。きみもキヴォトスで女子をしているならば知ってるよね? 『Elphin Knight』のトリプルベリー・ミルク・アイスケーキを。この貴重な甘味を、溶かして飲みたいとでもいうのならば、我々と今ここで殴り合いをしてもらわなければならないよ?」
     
    「えるふぃ――! 少々お待ち下さいませっ!」

     慌てた様子で給湯室の方へ走って行く子に鼻を鳴らしたナツは、私に見返ってピースをする。なんで?

    「写真がネットに上げられてもみなさい。顔隠さずに外歩けなくなるから」

     どっかりとソファに座り足を組んだヨシミは、暗いブラウンのジャケットを羽織った見た目も相まって、どこぞの女社長のようだった。さっきまで床に這いつくばっていたとはとても見えない。

    「そ、そんなに?」

  • 1251825/06/24(火) 01:48:35

    「”SUGAR RUSHの影響力を舐めちゃいけないよ。カズサ。アイリの発言ひとつでレッドウィンターの政権が変わったことだってあったんだ”」

    「政権が変わったぁ!?」

    「『チョコプリンも美味しいよね』って言っただけだよぉ。変わったって言ったって3日で元に戻ったし」

    「”普段は1週間は同じ政権が保つのに、それがアイリの発言と同時にクーデターが起きたんだ。これは恐るべきことなんだ”」

     いや、それなら大したことなくない? っていうか1週間おきに政権変わるってなにさ。あんまりレッドウィンターの方は知らないけど。なんか寒いとこってぐらいしか知らない……。だから、15年前からそうなのか、最近そうなったのかがわからない。

     それより。

     さっきからずっと悪寒が止まらない。原因は分かってる。

    「……」

     先生の後ろで静かに腕を組んでいる女性。ジャージをいつの間にか着替え、百鬼夜行の着物を着て。静かに、何も言わずに。微動だにもせず立っている一人の女性。

     仮面を着けている。狐の顔のような仮面を。だから顔は見えないんだけど、間違いなく。

     間違いなく、私を見ている。殺気を放ちつつ。

    「お皿と包丁とお湯お待たせしましたァ!」
     
     ガチャガチャとお盆を鳴らしながら帰って来た医学部ちゃんは、私たちの目の前の、来客用のテーブルに。一式を叩きつけるように置いた。
     
    「ふっふっふ。では、アイスケーキ大明神と呼ばれた、不肖この柚鳥ナツ。感謝の第一刀を任されてもよいだろうか?」

    「さっさと辞めちまいなさいよそんな神さま。てかワカモさん、ケーキ食べます?」

  • 1261825/06/24(火) 01:57:35

     ケーキの箱を開けながらヨシミが言った。薄紫色のチョコがコーティングされた、なめらかなアイスケーキが。周囲の空気を冷やしながら、煙を上げている。
     
     アイリたちが気さくに話しかけてもワカモさんとやらは返事もせず。けど放つ殺気はただ者じゃないって、”そういう”経験が警鐘を鳴らす。

     けど。

    「……なんか言いたいことあったら言ったらどうです?」

     わたしたちの三つ上だと言う。本当なら三十四歳。こちとら花も恥じらう十六歳。ダブルスコアだ。身体能力なら圧倒的なはず。

     ヨシミの言葉には反応しなかったけれど、私の挑発染みた物言いに。

     動いた。

     コツ、コツと。着物に合わせたブーツがゆっくりと近づく。銃はガンラックに立てかけてある。得物を持っているようには見えない。

     ……近接戦ならちょっとは。

    「――杏山カズサ」

    「!?」

     まだ距離があると思ったのに! 少なくとも十歩以上は。

     いつの間にか。ワカモさんは私の顎を持ち上げていた。狐面が私の鼻に当たるぐらいまで腰を折り、その向こうで、くもぐった声。
     
    「先生はずっとご執心だったのですよ……本当に、歳を取っていないのですね」

     冷たい。冷たい、冷たい。冷たい声。

  • 1271825/06/24(火) 02:08:01

     だめだ。だめだこの人は。ぎりぎりと顎を上げられ、私の体は意に反して立ち上がる。持ち上げられる。こめかみから汗が垂れる。ダメだ。この人は。平然と”や”る人だ!

    「ワカモさん」ヨシミがナイフの刃先をワカモさんに向けていた。

     待った待った! 修羅場るまでが早過ぎて付いてけないって!

    「うぅ……。ワカモさん……」

     アイリも、ちゃっかりフォークをワカモさんの手の甲に当てていた。不安げな顔とバイオレンスな状況がなんともミスマッチ。

    「あれ、ケーキカットアプリどこやったっけなー?」
     
     ……ナツはもう、それでいいや。

    「”ワカモ”」
     
    「はい、あなた様」

     囲まれても微動だにしなかったワカモさんは、先生の一言であっさり私を解放した。投げ捨てるように。私はパイプ椅子にどすんと腰を下ろす。軋む。

    「私もケーキ、いただきますわ」

     くるりと身を翻したワカモさんはそのまま。定位置のように先生の斜め後ろに控えた。天辺を過ぎた太陽がちょうどシャーレの大きな窓から差し込んでいる。逆光に思わず目を細める。

    「ヨシミ―。ナイフ温まってる? 上からカメラ構えてるからはよはよー」

    「あんたが切るんじゃないんかい。どこ行ったアイスケーキ大明神」

     何事もなかったかのように二人はケーキカットに移る。段ボールさえ敷いてあればどこでも座れるとでも言いたげに、じっとりしたソファなど全く気にせず。立ち上がったヨシミの服は、確かに濡れてはいない。

  • 1281825/06/24(火) 02:13:34

     ひとつ咳払いをして、修羅場った空気が霧散していく不気味さを、一人で感じていた。
     
     こそこそと。隣にパイプ椅子を並べていたアイリが耳打ちしてくる。
     
    「ワカモさん、先生ラブなんだよね。大丈夫、私もやられたし、二人もやられたよ。もちろんレイサちゃんも」

     私も、なるべく小さな声で。口元を隠すようにして話した。

    「いや、ヤバすぎっしょ。当番地獄じゃん」

    「当番の子にはやらないらしいよ? どういう線引きなのかはちょっとわかんない。でも、ほんとはとってもいい人なの」

    「いやごめん、信じらんない……」
     
     切り分けられたケーキが配られ、紫と緑のマーブルな断面が見事に顔を出している包丁さばきに、みんなスマホで写真を撮った。聞けば予約を一切取らない店で、手に入れるには店頭に赴くしかなく。まして並びも禁止されているから、買えるのは運でしかないのだという。

     裏口から入って「一個くーださいっ」で売ってもらってたのは、なんだったんだ。

     写真を撮り終わり。スマホをテーブルに置いて。

     アイリが口を開いた。

    「先生。本当に、お世話になりました」

     深々と頭を下げる。耳に掛けていた髪がさらりと落ちる。

    「”……お礼を言われる資格がないよ。見つけてあげられたわけじゃないし”」
     
    「学園に繋いでおいてくれたじゃない。しかもレイサをS.C.H.A.L.Eに置いてくれたし。私たちがそれでどれだけ助かったか。せめて事実に対する感謝ぐらいは、素直に受け取ってよ」

  • 1291825/06/24(火) 02:21:43

     切り終わったナイフを白湯の中に戻しながら言ったヨシミに。それでも先生は、渋い顔をしていた。

    「”でも……”」

    「一切の雑味のない、砂糖そのものなんだよ、私たちの気持ちは。おいしくはないかもしれないけどー……なんにでも変身できるから。受け取ってくれても損はないんじゃない?」

    「”意味がわからないよ、ナツ”」

    「あれ?」

    「はいはい! 食べましょ! まっすぐ、偽りなく、雑念も無く! 先生には感謝していますってこと! この気持ちにでももテロもないわ! はい、いただきまーす」

     パキリ。

     ヨシミのフォークがチョコを割った音をきっかけに。

     それぞれがフォークをケーキに刺していく。
     
     パキリ。パキリ。

     チョコが小気味よく割れていく。

     冷たくて酸っぱくて、なのにまろやかに甘いアイスケーキにほっぺがじゅんじゅん悦ぶ。……でもやっぱり、フォークを突き立てたままの先生に笑顔はなくて。

     それがなんだか、ちょっとイヤだった。

  • 1301825/06/24(火) 02:32:39

    ■D-Day -26
     
    「安全運転でお願いします。ほんと。本当に! ナツにだけは運転させないで!!」

     私の全力の命乞いのおかげで、ハンドルはヨシミが握ることになった。ちゃんと信号守るし、歩道なんて走らないし、人が飛びのいて避けることもない。法定速度内でゆっくりした運転に、私の脳は快楽物質をどばどば出してくれる。幸せ。誰も轢きそうにならなくて、綱に命を預けなくてもいいこの運転が、たまらなく幸せ。

     シャーレから帰ってきてすぐ、私たちはスイッチが切れたように爆睡した。再現された私の部屋で、狭いベッドの上、折り重なるように。ほんと気絶するみたいだったから、寝苦しいとか。そんなのも一切感じなかった。正直言って帰り道の記憶もない。おかげでびっくりするほど心地のいい寝覚めだった。

     窓から差し込む陽の光に目を細め、みんなと再会出来た新しい世界の夜明けだ! とさわやかな気持ちで迎えたのは。

     朝じゃなかった。

     夕方だった。

    「ねー遅いって。アビドスまで何時間かける気? 私なら2時間で行けるのにー」

     うっさい。黙れ。

     乗り出してきたナツの頭を後部座席に押し戻して、頬杖をつき足を組む。古そうなロック・ミュージックがゆるやかに流れる車内に暴走は合わない。

     ハイトーンのシャウト気味なボーカルにカラっとしたアコースティックサウンド。失恋した女の子を口説いてる、みたいなつまんない歌詞。車窓の向こうでスマホをいじりながら歩いている生徒がつまづき、カップコーヒーをぶちまけている。ああいう光景が歌詞になってたほうがなんぼか面白い。

     ゆっくりと景色が動き始める。前を見れば、信号は青。

    「復学、か」

     ぼそりとつぶやいた言葉は誰にも受け取られず。「あ、ちょうど紫関からクーポン出た」とアイリが嬉し気に言う。

  • 1311825/06/24(火) 02:49:43

     寝起きでぼさぼさの頭のまま「アビドスに美味しいラーメン屋さんあってさー。カズサも食べたいでしょ? 朝ごはんそこにしよー」と言い、シャワーをさっさと済ませて車を走らせた。髪も乾かさないまま。メイクもしないまま。広間に散らばった服から比較的きれいなものを見繕って。

     やっぱ散らかしたのあんたたちかよ。じゃあ私が踏んだパンツは誰のだったんだ。

    「ちょっとご飯食べてくるわ」と、屋敷の修繕に追われるタミコに手を振れば。「二度と帰って来ないでください」と、中指が返って来た。

     とはいえ車の中にはコンセントも付いていて、まさに今。後部座席では交代交代にドライヤーが使われている。外も中も。ずいぶんいじくりまわされている。生活できるぐらいの装備は整えてもらった、と言っていた。誰にだかは知らない。怖くて聞けない。

     環状高速道路のゲートをくぐり、エンジンが唸ってあっという間に流れに乗る。

     アビドス。私は、行ったことがない。

    『”トリニティへの復学だけど”』

     昨日。ケーキを食べ終わってから先生が言った時の、あの顔。

     そしてみんなの沈黙。

     ……。

     なんだか、またへんな気持ちになってる。私。

     車間距離キープのための標識をいくつか数えて窓を開けた。車内ミュージックが消し飛ぶぐらいの風の音。カラッとした秋の風が、時速90kmの外から吹き込んで私の前髪をまくり上げる。アビドス中央まで430kmという看板が通り過ぎていく。4時間強、5時間弱ってところか。着くころにはすっかり夜だし、というか、帰って来れるのか?

     ホテルにでも泊まるのかな、と考えていたら、ずっただずっただとリズムよく座席が叩かれ視界が揺れた。ナツが。私のヘッドレストでドラムをしている。

  • 1321825/06/24(火) 02:59:00

     ……。

    「うーっとうしいっての!!」

    「音楽が聞こえなーい」

     ガガガガガっとロール。舌打ちして窓を閉めた。カーステから流れる曲は打って変わって激しい曲になっていて。『俺をレイプしてくれ』なんてクソみたいな歌詞に顔が引きつった。ナツは完コピしたような手慣れたドラムを私のヘッドレストで演奏する。

     まあ、ドカドカ叩かれるよかマシ。静かな時はドラムないし。この曲。

    「みんなさ」

    「んー?」

     ヨシミが歌を口ずさむのを止めて返事した。そんないい声で『レイプしろよ』なんて歌わないで欲しい。

     運転の時は、と掛けている眼鏡が、余計に妖しい女社長染みた姿を演出している。とんとんとハンドルを指で叩き、リズムをとっているヨシミの横顔を少し見つめて、前を見て。

     言った。

    「みんなは、私と卒業するために待っててくれたんだよね?」

    「そうよ。言った通りね。なに、そこ疑うっての?」

     ――じゃあなんで。

    「……あんがと。ほんとに」

     びゅんびゅん車を追い抜かしていくのを見てスピードメーターを覗き込むと、さっきまで90だったデジタル表示は170に上がっていた。制限速度は80km。運転の講習は受けてないけど、二倍はたぶんダメだ。街中よりはマシか、なんて思ってしまう私も。じわじわとこいつらの常識に浸食されてる気がして、冷や汗に背中がじっとりする。

  • 1331825/06/24(火) 03:12:05

     曲が終わる。次の曲に代わり、どろどろした、同じアーティストの楽曲が流れたけれど。

    「次なに聴く―?」

     ナツがヘッドレスト・ドラムを止めてスマホをいじった。

     アイリが「あれ聞きたい!」と歌詞を口遊むと、ナツは「いいねぇ」とぽちぽちスマホをいじった。今度は軽快な民族音楽。アコースティック・ロックにグランジ・ロック。そして次はフォーク。選曲の落差に耳と頭が混乱する。

     すらすらと歌詞を暗唱しながら歌うアイリはとてもノリノリで楽し気だし、メロディも可愛いもんだったけど。

     ……軍隊を盛大に馬鹿にする歌だった。弓と槍を持つ相手に大砲で戦ったお前たちはなんて勇敢なんだ、と皮肉たっぷりに煽り散らかしている。

    「食べる?」

     差し出されたプレッツェルを受け取りかじる。〈何をして勲章をもらったのか女房に聞かせてやれよ〉と小気味いい罵倒を聞き流しながらぽりぽりと前歯でゆっくりかじっていると、急に車線変更してきたバンに、ぎゅわん、とタイヤが唸る。窓に頭をぶつける。

     ヨシミはすぐさま横づけし、クラクションを鳴らした。「危ないじゃない!」とわざわざ窓を開けて怒鳴った。で、サブマシンガンが火を噴いた。隣を走っていたバンがあっという間に消え去る。後ろは振り向きたくない。

     帰りはアイリに運転させよう。

  • 1341825/06/24(火) 03:16:26

     ……。

     わかんないな。考えても。
     
     先生の表情の意味が。みんなの表情のあの意味が。

     『”トリニティへの復学だけど”』

     みんな、同じような顔をしていた。

     ……わかんないな。

     頬杖付きながら眺める景色。切通しの道が開けた。夜景が始まりかけている。

  • 1351825/06/24(火) 03:24:00








    (キリがいいので今晩はこの辺で)

    (あはぁ……レスありがとうございます。どちゃ嬉しいです)
    (とりあえず手元では、初稿で切れたところよりも進んでいますので……)
    (ちなみにこの作品の直前に書いていたSSで、キヴォトス内には私たちの世界の音楽が普通にあるっていう設定で書いてて)
    (その設定を踏襲してるので、車内で流れた音楽は全部現実にあるものです……)
    (ご了承ください)

  • 136二次元好きの匿名さん25/06/24(火) 05:57:18

    復学、ねぇ……

  • 137二次元好きの匿名さん25/06/24(火) 13:02:33

    宇沢レイサです!!!!!!

  • 13818(よるまでほ)25/06/24(火) 16:29:08

    >>134


    「はいこれ被って」


     ヴァルキューレにぶちまけた小麦粉袋を被せられて車から降りる。都合3時間で到着した理由は語るまい。目と口のところには、雑に穴があけられているから、視界は明瞭かつ呼吸も楽。多少粉臭いだけ。

     

     虫が集るコインパーキングの灯りの下で「カズサが見つかったっての、今はちょっとバレたくないのよね」 とストレッチをするヨシミが言う。医学部ちゃんも先生から口留めされてたし、なんでそうなるかの理解はできるけどさ。せめてもうちょっとマシなものを用意して欲しい。


     一応ニット帽持ってきてよかった。髪を粉まみれにされたらキレるとこだった。


     コインパーキングから徒歩5分。黄色い明かり。締め切った窓から漏れてくる笑い声。砂まみれの歩道。


     汚れたのれんを開けると、むあっとした湿気と、脂と醤油と、麺の匂い。

     

    「おはよー! 朝ラー食べに来たよーセリカちゃーん!」


    「おおー。SUGAR RUSHじゃない! いらっしゃい! いま夜だけどね!」


     手ぬぐいを巻いた、ちょっとふっくらした女性がそう言うと。店内のすべての人たちが振り向いた。

  • 139二次元好きの匿名さん25/06/24(火) 16:54:46

    追加シーンあるやん!

  • 140二次元好きの匿名さん25/06/24(火) 17:03:18

    ちょっとむっちりしてるセリカ…!

  • 141二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 00:10:43

    オカンセリカ…

  • 1421825/06/25(水) 01:51:19

    『マジ? シュガラ?』
    『初めて会えた! ウワサ通りじゃん! サインくださーい!』
    『セリカさん勘定! まだ死にたくねえ!』
    『お、レイサちゃん先生こんばんわー』
    『てめェら職場壊しやがってクソァ! どうしてくれんだよぉ!』
    『もしもし、ヴァルキュ――あっ。か、返してよジョーダンだからさ、へへへ……』

     にわかに沸き立つ店内。ヴァルキューレに通報しようとしていたスマホを取り上げたセリカさんは「奥奥! 奥入って! てか来るなら連絡しなさいよ!」と。勝気な笑顔で、奥に続く廊下を親指で差す。

    「んへへ。みんなまたね~。サインはセリカが書いてくれるよ~」

     それはダメだろ。

     掴みかかって来た客の一人を銃床で沈めながら、みんなの後にぴったりついていく。0か100か。ファンかアンチか。そのるつぼのような状況。私はアイリの服の裾を掴み、なぜか私を宇沢と勘違いしている人に、とりあえず手を振っておく。

     廊下を少し進むと畳敷きの座敷があって。喧騒は幾分か、静かになった。
     
    「ほんとに人気なんだね……」

     隅に積みあがっていた座布団を二枚敷きにして。日に焼けた畳は汚れた黄土色。べた付くテーブルはいろんな傷がついている。コップの痕もまあるく残ったまま。ナツは勝手にクーラーを動かして、蒸し暑さの残る室内に冷風を混ぜ込む。

    「アビドスには頻繁にライブしに来てるの。夏と冬は大きなフェスもあってさ」と、私が被されていた紙袋を取って、ニット帽についた小麦粉を叩きながらアイリが教えてくれた。

     アビドスでフェス? 聞いたことがない。

    「はいこれメニュー。ご飯ものでおススメは紫関ラーメンの麺柔め高菜トッピング。頼んじゃいけないのはチャーハン」

    「チャーハンって不味くなることある?」

  • 1431825/06/25(水) 02:13:26

    「背油と塩っけの暴力。うま味爆弾。そのくせ軽い口当たりでおかわり余裕。結果……地獄を見るわ。まあ、とりあえず飲み物かな。カズサはオレンジジュースでいい? ナツよろー」

    「あいあい。セリカ―。ジョッキ3つとオレンジジュースー。あと三種盛り4つー」

     はーい!

     向こうの客席がまた騒がしくなった。

     一挙手一投足に人が沸き立つって、なかなかだぞ。

    「あ”」

     ヨシミがだみ声を上げた。「かーっ。これだから考察厨は嫌いなのよ!」とテーブルの上にスマホを投げ捨てると、アイリがその点きっぱなしの画面を覗き、苦笑いを見せる。

    「あー……。まあでも、顔は隠してるからいくらでも言い訳できるよ」

    「そりゃそうだけど」

    「なになに?」

     私も画面をのぞき込むと、知らないSNSではあったけど、まさにいま店内に入った私たちの写真が、知らないアカウントによって投稿されていた。『シュガラ with Rちゃん in Abydos』というコメントと共に。こうして見ている間にもリアクションの数字はリアルタイムで増え続けている。

     その投稿についたコメントの一つが、おそらくヨシミたちが問題視していることで。

    『一緒にいるのレイサちゃんじゃなくない? 体型違う』。

     このコメントのリアクションも、もりもり増えている。

  • 1441825/06/25(水) 02:38:22

    「宇沢とSUGAR RUSHが一緒に行動するのってフツーなの? よく考えたら、あんたらみたいなのにS.C.H.A.L.Eが関わってるってヤバくない?」

     テーブルに置いてあったレモン入りの水を全員分用意しながら聞く。

    「それどころか、仕事の手が空いてるときとか、おっきなライブの時は手伝ってもらってるわよ。正規メンバーってわけじゃないけど、一応ギターも出来るし。私とツインギター」

    「……へぇー。宇沢が。へぇ」

    「ま、カズサちゃんの言う通りで……。私たちに肩入れしてるってのはいろいろと、その、アレだから。カズサちゃんみたいに被り物してるんだ。バレバレだから意味ないけど。あはは」

     ああ、だから私を宇沢と間違えたのか。なるほどね。

     それよりなにより、気になることがある。

     時間経過で真っ暗になったスマホの画面。その向こうの、投稿についていたハッシュタグ。

    「この、『#出てこい杏山カズサ』って、なに?」

     スパンッと勢いよくふすまが開いた。

    「はいジョッキ三つとオレンジジュースとお通し! 三種盛ははちょっと待って! 今日バイトちゃん居なくて手が回んないの!」 

     畳には上がって来ずお盆ごと入り口に置かれて。ふすまはまた、勢いよく閉められた。

     ジョッキ三つ。オレンジジュース一つ。

     ……聞きたいことがまた一つ増える。

  • 1451825/06/25(水) 02:47:18

    「ねえ、ジョッキって」

     オレンジジュースはわかる。氷が入ったグラスと安っぽい果汁一パーセントぐらいのジュースのビン。目に痛いほどのオレンジ色の液体を、「ほいよー」と、ナツは私の目の前で注いでくれる。ああ、ありがと……。

     ヨシミがまとめて三つ、テーブルに置いたもの。重そうに。ごとんって。

    「じゃなくて、これって……ねえ! まさか!?」

     ネットで見たことある。違う種類なら、お菓子作りにも使われてるって言うけど。そういうお店のお菓子は、まず一般トリニティ生ごときじゃ手に入らない。だから興味持たないようにしてたし、そもそも扱ってる場所も普通の人じゃわからない。

     キヴォトスで学生をやっていれば全員が全員、これに手を出したら不味いって知ってるもの。スケバン時代ですら、ウワサでしかなかったもの。

     黄金色の炭酸飲料。七:三の割合で盛られた泡は見事な黄金比。

    「あ、カズサは飲んじゃだめだからね。まだ未成年だし」

    「やっぱり――」

    「アウトローたるもの、道なき道を往かずしてなんとするのだ。すっかり優等生になっちまったようだねー。キャスパリーグよ」

    「あ”?」

    「ど、どうどう」

    「もう三十越えてるし、多少はね?」

     ビールだ。

     お酒だ!!

  • 1461825/06/25(水) 02:54:05

    「そのタグはね、私たちの合言葉だったの。例えばこんな感じで」ヨシミがメガネを外して言う。ジョッキの持ち手に指を通して。

    「はいみんな、グラス持ったわね? カズサもほら、持って持って。――それじゃ、SUGAR RUSH、15年ぶりのメンバー再集結を祝って!」

     出てこい! 杏山カズサ!!

     ガチン。

     ジョッキ同士が割れんばかりの勢いでぶつかり合った。泡がこぼれ、テーブルに垂れていく。乾杯の合図に。目の前に私がいるのに。あのハッシュタグを、堂々と宣言する。何度も繰り返されたかもしれない文句。みんな違和感なく、まるでいつものことのように。

     私も。さすがにジョッキほど頑丈には思えないグラスを、軽く優しく、ジョッキに当てた。

     一息にがぶがぶとジョッキの半分ぐらいを飲み干した三人は、「くぁー!」と、白髭をつけた素晴らしい笑顔を見せた。

    「ね?」

     にっかり笑ったヨシミが私の肩を抱いた。オレンジジュースがちょっと零れて指につく。

     「……ん。ありがと」
     
     私はオレンジジュースに口を付ける。あぐらをかいて、肩を縮こませて。指に付いたオレンジジュースを、温かいおしぼりで拭く。

     あれだけ嬉しかったみんなとの再会。みんなからすれば、見える景色が全て変わった状況、というのは。ずっとべったりくっついてくる今までで、なんとなくわかる。逆の立場だったら私も同じことするだろうなっていうのは、理解できてはいる。

     でも、なんだか。私は。この15年後の世界で、みんなと最初に会った時よりも、嬉しさを感じることができなくなっている。ささくれが気になるっていう感覚に近いかもしれない。

  • 1471825/06/25(水) 02:57:23

    「あ”-。やっぱ朝イチのビールはキくねぇ」

     たった二口でジョッキを飲み干したナツは二杯目を注文しようと、四つん這いでふすまに手を掛けた。

    「やっぱりビールは苦手ー。ナッちゃん、アレキサンダーズシスター頼んで」

    「そういうのは柴関にはないって。あ、カシスウーロンならあるよー、前飲んだし」

    「じゃあそれにする! 誰かビール飲んでくれる人ー!」

    「そこ置いといて。飲むから」

     ぽちぽちとスマホをいじるヨシミは、一口を小さく飲んでいる。

     私は。

     オレンジジュースに浮かぶ氷をくるくる回している。かろんかろんといい音をさせて氷は回る。

     回る。
     
     回る。

     私が汲んだ水は、誰も口をつけない。ただ汗を掻いて、みんなの前に置かれている。

  • 1481825/06/25(水) 03:06:41

     ※

     ――……。
     
     どれぐらい時間がたったろう。

     私はすでに、時間の感覚が壊れてる。1分が1時間に感じる。
     
    「だぁかぁらぁ! あン時のティーパーの首席がねぇ!? カズサぁおぼえてんでしょお!? ほんっっっっとに優しくしてくれてぇ!」

    「あ、うん……。その話10回目……」

    「だぁッさい! あのおうちまで貸してくれてぇ……うくっ……。ナギサさまぁ……。お元気かなぁ……?」

     臭い。

     肩を組んでくるヨシミの息が臭い。これが”酒臭い”か。地獄だ。

     ナツのスマホがバリバリ本体を震わせながら〈俺を止めないでくれ!〉と叫んでいる。BGMにと掛けられたものだったけど、今となってはこの地獄を先導するバグパイプに他ならない。

    「あひゃひゃっ。ナッちゃんいい体~。よっ! トリニティのカブトムシ~」

     アイリは座布団にくるまってなんかよくわかんないこと言ってる。ぱたぱたと足をぱたつかせ、畳というものをフル活用して全力で寝っ転がりながら。腹見えてるぞ。

     その”トリニティのカブトムシ”は、下着一丁になって、ひたすらマッチョポーズをキメていた。

    「彫刻の美は筋肉と裸体にこそ宿る……。ならばかつて甘味に美を求めた我々はなにに惹かれていたのか? 甘味と筋肉は相容れぬもの。健康診断に引っかかったこの体を曝け出してこそ、我々は真なる美にたどり着けるのではないか。否! 美とはそれそのものの定義を持たぬ! なればこそ人の定義たる原罪を捨ててこそ――〈私はぶっ飛ぶ寸前のセ.ックスマシーンだ!!〉」

    「わーバカバカ! 脱ぐな! それは脱ぐな! ここは家じゃないから!」

  • 1491825/06/25(水) 03:15:50

    「カズサぁ! あんたあたしらがどんだけ苦労したのか分かってんのぉ!? ちっとぁ聞きなさいよぉ!」

     話が巻き戻った! 11回目! S.C.H.A.L.Eに行く前に聞いたのも含めれば12回目!

    「かしうーおかぁーりぃ。えへへ。カズサちゃーん」

     テーブル下を転がって来たアイリは、あぐらをかいた私の太ももにぐりぐりと頭を押し付けてくる。くすぐったくて変な声が出る。この場において。席から動いていないのは私だけ。お行儀がいいのは私だけだ。

     今日、今、心に刻む。私は大人になってもお酒は絶対に飲まない。味見だけで終わらせる。私の人生にお酒はいらない。こうはなりたくない。

    「ちょっと、もうとっくに閉店の時間なんだけど!」スパン、とふすまが開き。セリカさんがキンキン高い声で怒鳴った。

    「セリカ、見て見てー? どうだね私の美は!」

    「かしうーーー!」 

    「セリカちゃんだってほぉーんと苦労してぇ! 大将がお店畳むっつーったときにぃ……きけカズサぁ!」

    「あー……」

     額に手をやってかぶりを振ったセリカさんは「こりゃもう向こうに帰るの無理ね」と、前掛けと頭に巻いていた手ぬぐいを外した。ぺったり潰れてしまったショートカットをわしわしとかき乱し、この惨状から目を逸らす。

    「かしうーー!! おかーりー!」

    「いいわもう、今日は無礼講。お祝いだもんね」

    「あ」

     そう言えばすっかり紙袋を忘れていたことに気付く。「私はウザワレイサです」と言い訳する私に「いいわよ。言いふらすつもりなんてないもの。というかレイサちゃん知ってるし、私」と、手招きをされた。

  • 1501825/06/25(水) 03:30:52

    「お腹空いてるでしょ。ラーメン作ったげるからカウンターに来なさい。ここじゃ落ち着いて食べらんないだろうし」

     おつまみに数切れのチャーシューとお漬物の三種盛。焼きモツ、チューリップの唐揚げ、餃子。その全部をシェアしながら数時間を耐えていた私にとっては、渡りに船の提案。浴びるように酒を腹にぶちこんでいたみんなは、ちょっとつまめればよかったんだろうけど。

    「他のお客もみんな帰ったから大丈夫。ほら、こっちこっち。そいつらはほっといて良いわ」 

     アイリの頭を落とし、ヨシミには私の肩の代わりに素っ裸のナツを抱かせてふすまを閉めた。『なんだぁこのだらしない腹はぁ!』『なにおう!?』と、閉めたふすまの向こうに声が聞こえる。

     きれいに片付けられてしんとしたカウンター。冷蔵庫の唸る音。換気扇の回る音。

     アイリのお代わりを座敷に運んで来たセリカさんは「ああなったら記憶も飛んでるから気にしなくていいわよ」と、コンロの火を点けた。

    「――お酒って、こんな簡単に出しちゃっていいものじゃない、ですよね?」

     よっぽどげんなりした声だったのだろう。クックックと厚い背中で笑うセリカさんは、どんぶりにお湯を注ぎながら、わずかに見返り。赤い目で私を見た。

    「カズサちゃん、でいいんだよね」

     私はセリカさんを知らないけれど、セリカさんは私を知っている。

     知らないうちに有名人になった気分だけど、複雑。

    「何年か前からね、お酒が手に入りやすくなったの。そりゃ、スーパーやコンビニで買えるわけじゃないし、学生が入れるお店での取り扱いはすごく厳しいけど……。旧い友だちに出すぐらいじゃ、別になんともないわ」

    「友だち……」

    「聞いてない? あなたの捜索活動に、キヴォトスの主要校はほぼ全校参加しててさ。あはは、いくらか助成金も出たから、私たちも飛びついて。その頃からの知り合い」

  • 1511825/06/25(水) 03:34:40

     それは。

     聞いた。 

     本当に、キヴォトス中が動いたんだって。

     生徒一人が行方不明になるくらい別に珍しいわけじゃないと思う。スケバンやヘルメット団に身をやつしたり、ブラックマーケットや人気のない場所でこっそり生きる人だっているだろうに。

     でも。みんなはとにかくいろんな人に頼み込んで、私を探してくれた。

     トリニティからティーパーティ。ティーパーティから先生。先生から、連邦生徒会。他自治区の分校にも足を運んで、とにかく小さな。私の服のボタンひとつ、髪の毛一本も見落とさないように、血眼になって探してくれたって。

    「それも、もう結構昔だからね……。別に捜索を辞めたわけってじゃないけど、あの時みたいに。自治区として積極的には動かなくなっちゃったから。うん。『昔の話』になっちゃってたかな、最近は」
     
    「……」

     大きな寸胴鍋に麺が入れられた。ふわりと小麦の香り。

     一人のために動く限界。もちろん。そういうのはある。

     S.C.H.A.L.Eだって。他の学校だって。いつだって一人のためにすべての時間を使うわけにはいかない。いずれ。いつか。私は「消息不明の生徒」の一人として、書類の束の中に埋もれていった。

     その中で、長期戦を覚悟して。キヴォトス全土で、熱量のかわらない捜索を続けるため、傷口から血を流し続けるために。

     ただ、私と一緒に卒業するためだけの手段を実行し続けて来たスイーツ部。……SUGAR RUSHは。

    「はーい。余りものスペシャル! 残したら罰金だからね!」

  • 1521825/06/25(水) 03:49:30

    「……わお」

     私の顔ぐらいまで積み上げられた野菜の周りに、チャーシューのきれっぱしが土手を作っていた。卵が二個。目に痛いほどのオレンジ色のとろとろを見せつけてくる。

    「私も食ーべよ。背脂丼」

     背徳的すぎる響きのメニュー。お鍋からべちょべちょとよく煮込まれた背脂をもりもりご飯の上に盛っていく。見てるだけでお腹いっぱいというか、げっぷが出てきそう。

    「ほら、伸びちゃうから早く食べて」

    「い、いただきます……」 

     野菜の下から麺を引っ張り出してすすると、見た目に反して意外とあっさり。に見せかけたこってり。わしわしした太麺がスープを絡め。野菜と一緒に口に入れれば、しゃきしゃきしたもやしとキャベツが、咀嚼のリズムを作る。

    「――おいしい、です」
     
    「ふっふっふ。でしょ。私が学生時代から見続けて来たラーメンだからね。代替わりしたって、『味が落ちた』なんて文句は言わせないわ!」

     がぶがぶと背油丼をかっこむセリカさんは私と同じ獣人で。丸い頭にちょこんと飛び出た耳が、ごはんを掻き込むたびにひくひくと動いている。

     年齢を聞けばみんなと同い年。つまりは、同学年。

     額に飾られた校章。すこし油に輝きが鈍ったアクリル板の向こうに、アビドスのと、百鬼夜行のと。二つが並び。その隣に、同じく額に入れられた……真っ赤な覆面? アビドスは覆面文化とかあるのかな。
     
     百鬼夜行連合学園自治区との姉妹校提携という、今までにない形の自治区の在り方を作り出したアビドス。だからこそ、観光業、とりわけお祭りはもちろん、大規模イベントなどに土地を貸し、興行そのものを得意分野として。自治区内には姉妹校の百鬼夜行の生徒のための施設まで作り、とにかく。廃れたアビドスに人が出入りする環境を作り上げた。

     その基盤が出来上がったのはセリカさんがまだ一年生の頃。廃校寸前のアビドスを立て直した七生徒の一人、なんて言われてると、自慢げに語ってくれた。そして現・柴関店主で、S.C.H.A.L.Eアビドス支部の非常勤職員。

     ……。

  • 1531825/06/25(水) 03:52:40

     話を聞きながらもそもそとラーメンをすする。食べても食べても減らない麺に若干冷や汗が出て来るけど。

     ……。

     私の耳は、セリカさんの話を聞きながら。別の考え事が、しこりのように頭のすみっこにある。

    『”トリニティへの復学だけど”』 

     先生は言った。あの顔で。みんなと同じ、あの顔をしながら。

     アイリは言った。みんなだってそう言った。

    『……一緒に卒業したかったからに決まってるじゃん』
     
     じゃあなんで。

     なんで。

     一枚だけ入っていた、形の残ったチャーシューをかじる。

     ……なんで、宇沢と同じ顔したの?

     嘘ついたときの宇沢と同じ顔。

     苦虫を噛み潰したようなさ。

     味のよく染みた豚バラは、ぷるんと柔らかい。

  • 1541825/06/25(水) 04:02:22








    (キリがいいので今晩はこの辺で)

    (あ”あ”あ”あ”追加シーンでごめんなさいセリカ太らせてごめんなさい)
    (い、一応アビドスにラーメン食べに行った描写あったから盛ってもいいかなってぇ……!)
    (でも太らせたかった。むっちりセリカ。#いっぱい食えセリカ)

  • 155二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 04:21:16

    改めて読んでいくとカズサだけが何もかも失ってて理不尽
    やっぱり妖精だの神だのってクソ

  • 156二次元好きの匿名さん25/06/25(水) 10:01:42

    過ぎ去った時間を感じさせるなぁ

  • 15718(よるまでほ)25/06/25(水) 16:26:00

    ■D-Day -24

     セリカさんの好意で一晩を柴関で明かした翌日。みんなは泥とかそんな感じのモノだった。酒臭いし頭痛いってうるさいしずっとおえおえしてるし顔パンッパンだし。

     挙句、免許を持ってないのにアビドスからトリニティまで運転させられて。キヴォトスでの無免許運転は厳重注意で済むにしろ、高速なんか乗ったことないから怖いのなんの。全員まともにサポートしてくれるわけもなく。「ここDにしてそっちのペダル踏めば動く」だけで運転できた私の才能を褒めて欲しい。ブレーキは自力で覚えた。

     少しだけ片付けられた屋敷に戻り、タミコにため息を吐かれ。「その辺転がしといてOKッス」と慣れたように言うあたり。別に珍しくはないのかもしれない。

     とにかく一日中。みんなは泥だった。
     
    「……ほんとにいいの?」

     隣をのそのそ歩くナツに恐る恐る言う。ナツは秋物のロングカーディガンのポケットに手を突っ込み、キャスケット帽を目深にかぶって他人から顔が見えないようにしている。

     アビドスよりも寒い、カラカラの風に肩を縮こまらせて。「気にしないで」とナツが言う。

     私の手には新品のスマホ。ハイエンドモデル。値段は20万。

     自分が使う分ならともかく”奢られる”金額としては、さすがに。

    「だってお金ないでしょ? スマホないと不便じゃーん」

    「そりゃ、そうだけど……」

     一日中ひっくり返ってたくせに、まだ頭が痛むらしく、ときおり唸っている。ほんとに。なんでお酒なんか飲むんだろ。自分で体壊してるようなもんじゃん。

     15年が経っていても、たとえばホログラムで全部完結するとか、頭に電極埋め込んで考えるだけで操作できるとか。目ん玉にディスプレイが浮き出る、みたいな進化はしていない、なじみのある端末の形。

     コインパーキングに停めた車の前で「口座生き返ったら返してくれればいいよー」と運転席に乗り込もうとするナツの腕を引く。いい。私が運転する。もう慣れたから。

  • 15818(よるまでほ)25/06/25(水) 16:28:58







    (今日の深夜投稿はお休みさせていただこうと思ってます……。ちょうど一週間目なので。えへへ……)

  • 159二次元好きの匿名さん25/06/26(木) 00:09:07

    保守

  • 160二次元好きの匿名さん25/06/26(木) 00:40:44

    アビドス立て直しまでの話も詳しく聞きたいね

  • 16118(ひるまでほ)25/06/26(木) 02:18:56









    (保守ありがとうごさいます!)
    (過去アビドスは……砂祭りを起点として百鬼夜行と姉妹校提携で盛り返した、という以上は、本筋からズレてしまうので……)
    (現メンバーでは提携まで。出店や興行、場所代で資金を稼ぎつつ人の流れをつくり)
    (セリカ、アヤネが3年時に、ささやかでありながらも砂祭り復刻第一回を開催、という流れですかね)
    (7生徒は、ユメ先輩とクロコもカウントされた上での7生徒です)
    (一応)
    (TIPS書くとなると長くなるので、現状はこんな感じでご勘弁を……)
    (誰か書いてくれてもええやで)

  • 162二次元好きの匿名さん25/06/26(木) 08:36:29
  • 163二次元好きの匿名さん25/06/26(木) 15:34:51

    凄く考えてるね

  • 16418(よるまでほ)25/06/26(木) 16:17:28

     >>157


     私の学籍に紐づいた口座は凍結されていて決済ができなくなっていた。凍結ぐらいならすぐに解除を、と銀行にも行った。


     けど、本人確認ができない。先生に用意してもらった書類が通らない。「生まれがこの年で、現在31才……? 口座開設時のお写真とお変わりが……。大変失礼ですが、ご本人様ですか? 委任状はお持ちで?」。ああそうだよ。16才が31才だと言うのは無理がある。分かってる。まったく、キヴォトスには『15年世界から消えていた生徒』への配慮が足りない! 

     

     凍結されているのは学生証も同じ。他に身分証明できるようなものなんて持ってない。思いのほか、私の身の上は面倒くさいようだ。


     いや、当たり前か。ボタンでエンジンを始動させる。どるん。見た目通りの厳つい始動。お尻が震える。これがいい感じのマッサージになって、アビドスからの長距離運転も腰に負担はあまりかからなかった。


     支払いを済ませたナツが助手席に乗り込み「ほんとトリニティの駐車場って高くてヤんなるよ」とぶつぶつ文句を言う。


    「スーパー寄ってから帰ろー。スタジオの周り、なーーんもないからさ」


    「ん。じゃあ道案内よろしく」


     サイドブレーキを解除して、アクセルを踏む。


     ぐぉん。エンジンが唸って、タイヤが輪留めを乗り越えた。


     キャスケット帽を目深にかぶり、マスクをしたナツ。


     ニット帽とマスクの私。


     ポケットで。もろもろの機能をアップデート中のスマホが熱を持っている。


    『お姉さんの名義でしたら家族割と二台目割が適用できますよ』


    『いえ、母です』

  • 16518(よるまでほ)25/06/26(木) 16:20:45

    『あら……それは失礼しました。ではお母さま、こちらの書類に目を通していただいて――』

     身分証明が出来なければ、もちろんスマホだって契約できない。
     
     人目のあるところで目立つことができないナツは目を剥いて抗議していたけれど。

     店員さんは、私とナツを同級生になどみなかった。当たり前だ。スマホの代金と名義を借りて契約をするっていうのも。まずその状況が、同級生同士ではありえない。年の離れた姉妹。めちゃくちゃ早くに産んだ子ども。真実は同級生だと言っても。どちらを信じるかと言えば。当たり前。

    「そこ左ー」

     言われた通りにウインカーを出して、大通りよりも車線が一つ減った道に入る。

     ゆったりしたアルペジオが浮遊感のあるサウンドで流れ始めた。ボーカルもまたふわふわしていて。これ聴きながら夜の高速走りたいな、なんて思う。横目にナツがスマホをいじりながら鼻歌しているのを見て、ため息。

     はぁ。

     エイリアンになった気分。

  • 166二次元好きの匿名さん25/06/27(金) 00:08:48

    ほしゅ

スレッドは6/27 10:08頃に落ちます

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