【閲覧注意】広「完成した」【俺なら見ない】

　辛いことは楽しい。苦しいことは嬉しい。難しいことに挑んでいるとき、努力しても歯が立たないことに阻まれているとき、わたしは"生"を実感する。
　けれどそれは。今わたしが直面しているそれは。
　"ままならない"と片付けるには、些か大きすぎる出来事だった。

「ふふ、できた」
「うんうん、上手に出来たね、広ちゃん！」
「うん……ありがと、莉波」
「どういたしまして。広ちゃんのプロデューサーさん、喜んでくれるといいね！」

　ある晴れた金曜日の放課後、わたしは莉波の部屋にいた。暇つぶしに読んでいた雑誌に書いてあった、大切な人への贈り物という記事。その記事の中でたまたまわたしの目を惹いた、『ミサンガ』を作るため。
　ミサンガを作ってプロデューサーに送りたい。そう思い立ったはいいが、あまり手先の器用な方ではないわたしには難しく、ままならない作品ばかりが積み重なっていった。
　そこでわたしは、なんとなくそういうのが得意そうな莉波に声をかけた。
　莉波は快く引き受けてくれて、こうして自分の部屋に招いて隣で作り方を教えてくれたのだ。

「ふふ、渡すの楽しみ」

　手作りのミサンガを握りしめて、わたしは莉波の部屋を後にした。部屋を出る前に声をかけたんだけど、お礼にと渡したケーキに夢中になっていたから、聞こえていなかったかも。

　週が明けた月曜日、わたしはミサンガを手にプロデューサーの元へ駆け寄った。
　土日にも渡す機会はあったが、せっかくだから可愛くラッピングしたかったのだ。
　わたしから小さな包みを受け取ったプロデューサーは、少しだけ目を丸くして、それから優しく微笑んだ。

「開けてもいいですか？」
「ふふ、ダメだったら、渡さない」
「確かに。では遠慮なく」

　プロデューサーは光沢のある赤い不織布を丁寧に解いて、中のミサンガを取り出した。三色の糸を編んだ、シンプルなもの。わたしのファーストシングルの衣装をイメージしたカラーリングにしてあるのがこだわりポイントだ。
　これは？　と、プロデューサーは聞いてきた。

「ミサンガ。願いを込めて、手首につけるの。自然に切れたとき、そのお願いが叶うんだって」
「そんな素敵なおまじないがあるんですね。ありがとうございます」
「結んであげる、ね」

　本当は足首でも良い──というか、結構多くの人は足首に巻くらしいけれど、わたしは敢えてそれを言わず、まるでこれが正解だとばかりにプロデューサーの左手首にそれを結んだ。指一本分の余裕をもたせて。
　どうしてか？　簡単だ。プロデューサーはわたしのものだっていう、マーキング。左利きのわたしとお揃いの、左手首に、ね。

「お願い事は、なににしたの？」
「そういうものは人には言わないのが相場では？」
「大丈夫。神様はそんなにケチじゃない」
「それは信じる神によると思いますが」
「ふふ。わたしのファンは、わたしのことを女神様って呼ぶ。わたしの一番のファンは、プロデューサーだよ、ね？」
「……照れくさいから一度しか言いませんよ。……『ずっとあなたの隣にいられますように』と、そう願いました」
「……ふふ。やっぱりわたしは女神様だね」
「その心は？」
「その願い、わたしが叶えてあげる」
「それは、頼もしいですね」
「でも気をつけてね？　願いが叶うのはあくまで自然に切れたときだけ」
「自然じゃなく切れたら、どうなるんですか？」
「願いは叶わないんだって。それどころか、正反対の方向へ転んじゃうかも」
「では、気をつけなくてはいけませんね」
「うん。絶対、だよ」

　その日の夜、わたしはプロデューサーに会った。ベットに横たわり、顔に白い布をかけられていた。
　死んでいるかのように、深く眠っていた。
　まるで生きているかのように、ほんのりあたたかかった。
　
　交通事故の起こる確率って、どのくらいだったっけ？

　わたしは日本を出た。初星学園に入る前に通っていた海外の大学に、わたしのために用意されたラボがある。そこなら住み込みで研究できると思い、すぐに連絡を取った。
　今日からわたしは、そこに住む。

　研究は難航した。難しかったし、苦しかったし、辛かった。大変だった。ままならなかった。
　当たり前だ。全人類が一度は夢見て、けれど誰も叶えようとしなかった夢のような研究を、わたしは完成させようとしている。簡単であるはずがない。
　けれどわたしは、絶対に諦めなかった。
　生まれてはじめて、辛くて苦しくて、なのに全く楽しくないことに、わたしは何よりも没頭した。

　何年経ったろう。最後にカレンダーを見たのはいつだろう。覚えていない。覚えている必要がない。今のわたしには、そんなものは関係ないからだ。
　ついに完成した。時間遡行のできる機械。
　これであの日に戻って、プロデューサーを救うんだ。
　わたしはスマートフォンを開き、数年ぶりにカレンダーを見た。何年分も遡っていくと、ある一日にだけ、フラグアイコンが付いている。わたしが戻るべき日の、目印。

　次に目を開くと、そこは15歳のたった一年間だけ過ごした懐かしい景色だった。
　近くのコンビニに入り、入り口そばの新聞を手に取る。20XX年X月X日──あの日の日付が、日本語で書かれていた。
　間違いない。成功した。

　わたしは歩き出した。悲惨な事故が起こった場所へ、一目散に。

「──見つけた」

　数十メートルほど先に、その人はいた。
　わたしの記憶の中の、そのままの姿で。
　得も言われぬ感情と衝動が、お腹の底から胸へ込み上げて、それは涙になって溢れてきた。
　やっと会えた。また話ができる。またあなたと、一緒に歩くことができる──。

　服の袖で涙を拭いた。
　冷静になって考えたら、号泣している成人女性に声をかけられるなんて通報案件だ。泣いてる場合じゃない。久しぶりに会うときくらい、笑っていなきゃ。
　今なお止めどなく湧き上がる感情をグッと抑え込んで、わたしは前を向いた。
　ふふ、足が震えて、うまく歩けない。

「ね、そこのお兄さん」

　振り返った彼の顔を見て、わたしはまた泣きそうになった。
　わたしの大好きな人が、そこに立っていた。

「はい？　俺ですか？」
「うん、あなた。こんなところでなにしてるの？」
「……別に珍しいところにいるつもりはありませんが」
「ふふ、確かに。ね、わたしと少し話さない？」
「あいにく忙しいので、と言いたいところですが……あなたからは、何か不思議なものを感じます。俺の、一番大切な人と、よく似たなにかを」
「……へえ、それって、どんな人？」

　うん、うん。そうなんだ。奇遇だね、わたしもそういう人、一人だけ知っているよ。
　もしかしたらおんなじ人かも、ね。　
　それはない？　ふふ。うん、そうかも。
　ね、もう少し話そうよ。もう少しだけ。

「そっか、そんなことがあったんだ」
「はい。俺はそのとき思ったんです。もし彼女と──って、マズい。もうこんな時間だ。すみません、俺もう行きます」

　プロデューサーがチラッと腕時計を見ると、慌てたようにそう言った。
　もうだいぶ時間は稼げたから、きっと大丈夫。事故を防ぐことはできた、と思う。
　けど、もう少しだけ、話していたかった。

「ちょっと待って──」

　だから。咄嗟に、手が伸びていた。走り去ろうとする、彼の左手に。

「え──」

　わたしの手は、彼の腕を掴み損ねた。代わりに、指先に何か引っ掛かる。
　それは、彼が歩く力に引っ張られるようにして、プツリと千切れた。
　彼は咄嗟に振り返ろうと身を翻し──縁石から足を踏み外した。

　彼の体が、スローモーションのように傾いていく。車道側に、ゆっくり、ゆっくり。
　クラクションの音が響く。
　誰かが悲鳴をあげた。
　何かに強い衝撃が加わって潰れるような音が聞こえた。
　目の前が、赤くなった。

　わたしは、自分の指先に引っかかる千切れたミサンガを見て、立っていられなくなって。
　アスファルトに、膝が落ちた。
　彼を。プロデューサーを殺したのは────。




おわり。

くぅ〜疲！

新ジャンル、時をかける曇らせです。（？）

実際広がタイムマシンを開発できるかどうかは知りませんが…… The World Below……そんなことはどうだって宜しい。

じゃあ、スレ主の許可得れてある程度固まったら、立ててみます
駄文だけど許してね

>>57

そんなことを気にする人はいないよ

書いてくれてありがとうの気持ち