マスタリングエンジニア:“音楽制作の最後の砦”として理想の音を探求し続ける
2025.10.24
さまざまなエンタテインメントビジネスを手がけるソニーミュージックグループで、専門的な知識とスキルを持って働く技術者(エンジニア)に話を聞く連載企画。
第21回は、ソニー・ミュージックソリューションズ(以下、SMS)が運営するソニー・ミュージックスタジオ所属のレコーディングエンジニア・奥田裕亮に話を聞いた。
目次
奥田裕亮
Okuda Hiroaki
ソニー・ミュージックソリューションズ
――まずは、奥田さんのソニー・ミュージックスタジオでの勤務歴を教えてください。
2006年1月に入社したので、もうすぐ20年になりますね。ソニー・ミュージックスタジオに入る前にも、東京のスタジオを経験していて、レコーディングエンジニア歴としては24年目。その大半をソニー・ミュージックスタジオで過ごしていることになります。
――続いてレコーディングエンジニアの業務内容も教えてください。
スタジオでアーティストの皆さんがレコーディングをされる際、楽器やボーカルを録音するためのマイクをセッティングし、それぞれの音色を調整しながらレコーディングを実施。
録音した音の素材を、アーティストやディレクターがイメージしている音に最大限近づけるために“ミックス作業”を行なって、リスナーに届けるための下地を作る、というのがレコーディングエンジニアの主な仕事になります。
――技術職なので専門の学校で学んだとしても、すぐに実務に就ける職業ではないと思いますが、どういうステップを踏むとレコーディングエンジニアになれるのでしょうか。
大きく3つのステップがあります。まずは、レコーディング現場をよく知るための下積み期間で、現場で使われる用語や機材の種類、レコーディング準備のやり方といった基本をここで覚えます。
業界では、アシスタントエンジニアをアシストするという意味で“アシアシ”と言われていて、人によって異なりますが、だいたい1年半から2年くらいこの下積みを経験します。
次のステップがアシスタントエンジニアで、メインエンジニアのサポートをする役割。主にメインエンジニアの指示のもとで機材のセッティングを手伝ったり、レコーディング時には録音、編集のPCツールであるDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)のオペレーションを担当したりもします。
ちなみに、ソニー・ミュージックスタジオでは、プロの現場でスタンダードとなっているアビッド・テクノロジー社の「Pro Tools」というDAWを使って制作を行なっています。
最後がスタジオのレコーディング・コンソールの前に座るメインエンジニアで、これが世の中で一般的にイメージされているレコ―ディンエンジニアという職業ですね。私もこの3ステップを経て、現在に至ります。
――アーティストの音楽制作には欠かせないレコーディングエンジニアという職業ですが、音楽クリエイターやミュージシャンと違い、表に出ることは少ない仕事だと思います。奥田さんは、どうしてレコーディングエンジニアを志したのでしょうか。
もともと音楽、特にテクノとかハウスミュージックが好きだったので、中学生時代から独学で鍵盤楽器をやりつつ、PCを使って音楽制作をする、いわゆるDTM(デスクトップミュージック)をやっていました。
そこで音楽を作る喜びや楽しさを感じていたんですが、作曲をしたり、自分で楽器を演奏したりするよりも、元の音に対してエフェクトを駆使して、音色を作るほうが好きになっていって。高校生のころには、将来、音楽や音響を創るサウンドエンジニアの仕事に就きたいと思うようになりました。
――サウンドエンジニアも専門が分かれていますよね。
レコーディングスタジオで言えば、ミックス作業が完了した音源を最終調整するマスタリングという工程を担うマスタリングエンジニアの職種がありますし、コンサートや舞台などでは、ステージ音響システムを手がけるPAエンジニアという職種もあります。
そのうえで私は、アーティストと相談しながら音楽を作り上げるスタジオエンジニア、なかでもレコーディングエンジニアが自分に向いていると思いました。そこで地元、名古屋の専門学校に入り、この道を志望しました。
――録音機材の使い方などは、その専門学校で勉強したのですか。
はい。当時はレコーディングシステムもまだアナログとデジタルが混在していた時代で、業界全体に「Pro Tools」が行き渡っていなかったんです。
ですが、私が通っていた専門学校の講師の方が東京のスタジオで「Pro Tools」を使っていて「これからはPro Toolsの時代だから、とにかくこれを覚えなさい」と、いち早く教わることができました。
実際、卒業後に上京して、最初のスタジオに就職したころには「Pro Tools」がレコーディングスタジオの標準装備になり始めていましたね。新人の私が、10歳上の先輩に「Pro Tools」の使い方を教えることもあって、学校で教わったことが役に立ちました。専門学校の講師の方には、今でも感謝しています。
――最初に就職したスタジオを辞めて、2006年にソニー・ミュージックスタジオに転職したきっかけはなんだったのでしょうか?
最初のスタジオには3年半ほど勤めていて、順調にアシスタントエンジニアにもなれたのですが、そこはスタジオのレンタルを事業の軸にしていていました。
レンタルスタジオとなると、レコーディングに訪れるアーティストの多くは、既に担当のメインエンジニアがいるので、私たちは主にその方のサポートをすることになります。
でも、私がなりたかったのはメインエンジニア。将来のことを考えたときに、音楽レーベルとも直結しているソニーミュージックグループのスタジオで、アーティストの音楽制作にじっくり向き合える環境がとても魅力的に思えたんです。
そこから、いろいろなご縁が重なってソニー・ミュージックスタジオにアシスタントとして入社し、その後、メインエンジニアになることができました。
――これまでたくさんのレコーディングに携わってきて、特に印象に残っているアーティスト、レコーディング現場を教えてください。
ボーカリストで言うと、アシスタント時代に担当した石井竜也さんのレコーディングに衝撃を受けましたね。
ボーカリストがマイクを通して歌うとき、一般的にはエンジニア側でも調整を入れるのが常なんですが、石井さんはレコーディングで2、3回しか通しで歌われないのに、一発目から“石井竜也の声”になっている。ボーカルだけで言えば、もう、このままCDにして発売できるクオリティ。あまりの歌唱力の高さに、驚きましたね。
――ほかに印象的だった方はいますか?
デビュー前の貴重な現場にも立ち会わせてもらえたという意味で、いきものがかりも印象深いです。いきものがかりが、まさに今、お話しさせてもらっているこのスタジオに籠って楽曲づくりをしながら、瞬く間にステップアップしていく過程を見てきました。
実際、私もメインエンジニアとして何曲かレコーディングに携わらせてもらいましたし、メンバーとも20年くらいの付き合いになります。つい先日も「お互い年を取ったよね」なんて話を、水野(良樹)さんとしました(笑)。
“いい曲を一緒に作りたい!”という想いを共有して、アーティストが目指しているものをより良い音で具現化するのが私たちの仕事。音楽を通じてプライベートの友達ともまた違う、クリエイティブな交流ができるのは、この仕事の醍醐味であり、やりがいだと感じています。
――ちなみに、たくさんのアーティストの現場に立ち合ってきた奥田さんは、レコーディングの段階でヒットの手応えがわかるものなのでしょうか?
「もちろん、わかります!」と言いたいところなんですが……正直なところ、これがわからないんです(苦笑)。
例えば、いきものがかりは水野さんが曲を書くことが多いですが、楽曲制作のスタートは水野さんの鼻歌で、当時はピアノやアコースティックギターで起こしていくというスタイルでした。
そこから楽器の音を録り、吉岡(聖恵)さんの歌が入り……と、実際のレコーディングが進んでいくとようやく曲の全体像が見えてきます。そこで“これは映える曲になりそうだ”と感じることはありますし、“アーティストの思う通りのサウンドが実現できた”という手応えを得ることはありますが、それが実際ヒットにつながるかどうかは、また別の話なんですよね。
YOASOBIの「アイドル」ではREAL AKIBA BOYZの皆さんのガヤコーラスを担当したのですが、こんなに大ヒットするとは思わずビックリしました。やはりヒットするかどうかというのは、楽曲がリスナーの皆さんに届いてからのことなんだなと実感します。
――たくさんのレコーディングに携わっていて、難しいと感じることはありますか。
アーティストそれぞれに個性があるように、レコーディングエンジニアにも“色”があって、同じスタジオで同じアーティストの音を録っても、エンジニアが変わると音もガラリと変わります。
そのためレコーディングエンジニアの仕事は、基本的にアーティスト側からの指名制になっています。指名してくださるということは、そのエンジニアの音を求めているということなので、そこは信頼してもらいつつ、それぞれの楽曲のイメージを理解するためにもアーティストとうまくコミュニケーションを図って、より良い楽曲にしていきたいと常に考えています。
――レコーディングエンジニアによる音の違いは、なぜ生まれるのでしょうか。
楽器やボーカルを録音するときに、使うマイクが違えば、当然、音は変わりますし、同じマイクを使ったとしても、マイクを立てる位置や距離がほんの少し違うだけで音は変わってきます。
そして録音した音をアーティストやディレクターのイメージする音に近づける方法も、エフェクトをかける、エコーをかける、特定の楽器の音だけ持ち上げるといった具合に、アプローチの方法がエンジニアによって異なります。だから、同じ音は絶対に録れないんです。
例えば、それぞれの楽器単体の音で聴くとすごくいい音だけど、曲としてまとめてみると、“あれ、なんか違うな?”なんていうことがあります。どうしてそうなるのかは、20年以上キャリアを積んでもわかりませんね(苦笑)。
――そこでどうバランスを調整するかで、エンジニアの技量が問われるということですね。
楽曲をどう彩るかはサウンドエンジニアの個性が大きく影響します。極端な話、ある1曲を違う演奏者で録音したとしても、レコーディングエンジニアが同じであれば、そのエンジニアの音にすることができます。
その曲が持つ本質的な魅力とはベクトルの異なる話しですが、レコーディングの現場ではエンジニアの個性がそれぐらい影響するので、当然、合う、合わないが出てくる。だから、指名制になるのもわかる話なんです。
――キャリア20年以上となる奥田さんが、もっと磨きたいスキルはありますか?
まだまだありますね。音づくりには、“これが正解”という明確な答えがありません。ただ、ゴールは明確にあって、それはアーティストやディレクターが納得し、満足してもらえる音が完成したとき。我々は、それを迎えられたときに達成感ややりがいを感じます。
でも、おそらくレコーディングエンジニアのほとんどが、自分の音づくりに満足はしていないと思います。ドラムのスネアの音をひとつ録るにしても、もっといい音、もっと自分が狙った音で録りたいと常に思いますし、どんな楽器、歌声でも自分のイメージした音を完璧に録音で再現したい。特に生楽器は、マイクの立て方、録音方法、演奏者を同じにしても、同じ音は絶対に録れませんから、やっかいですよね(笑)。
――まさに生モノですね。
そうなんです。だから、例え“同じ音にならない”としても、それを追求することに面白さを感じながら、そして試行錯誤しながら、理想の音のイメージに少しでも近づけられるように、もっともっとスキルを磨きたいですね。
――これからレコーディングエンジニアを志望する人は、どんなスキルを習得しておくといいですか。
最初にお話しした「Pro Tools」は、レコーディング現場に限らず、音楽制作のあらゆるシーンで使用されるツールなので、基本的な使い方は覚えておくといいと思います。
ただ、この仕事の現場で、重要になってくるスキルは、実はコミュニケーション能力なんです。レコーディングエンジニアは、アーティストの要望を上手く汲み取り、咀嚼し、相手が納得できる説明をして、音づくりを進めていきます。
そしてレコーディング現場では、欲しい音を感覚的にオーダーされることもよくあります。「もっとキラキラさせたい」とか「もっと懐かしい感じにしたい」と言われたときにどう対処したらいいか。
音という目に見えないものを扱っているからこそ、そこには必ず抽象表現が入ってきます。そのときに「言ってることがわかりません」とは言えないですし、そんな言い方をしたら作業がそこで止まってしまいます。相手が抽象表現で求めている音を具体化するために、言葉のキャッチボールをする。だから、コミュニケーション能力が重要になってくるのです。
私も昔はかなりの口下手でしたが、学生時代にアルバイトをしていた遊園地で、お喋り好きの年輩の皆さんと交流するうちに、コミュニケーション力が自然と磨かれました(笑)。学生時代のうちに、色々な人と交流することも、きっとこの仕事の役に立つと思います。
――奥田さんは、どんな人がレコーディングエンジニアに向いていると思いますか?
技術的なスキルや専門知識は現場で身につけられるので、音楽を作る、いい音を作るということに情熱を持って取り組めるかが、向き不向きの境になると思います。あとはジャンルを問わず、音楽が好きであること。さまざまなジャンルの音楽を扱う仕事なので、いろいろな音楽に興味があるといいですね。
また、レコーディングエンジニアは細かい作業を積み重ねていく仕事です。そして最初にお話ししたように、この職種は下積み期間が重要でありつつ、その期間に覚えること、やらなければいけないことは、非常に地味だったりします。そこでくじけず、ひたむきに働ける人でないと、大成するのは難しいと思います。
逆にそこに向き合い、乗り越えられる人なら、知識、スキルがゼロでも大歓迎です。“好きを極めたい”という人にうってつけの仕事だと私は思っています。
文・取材:阿部美香
撮影:干川 修
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