セキュリティエンジニア:Webサイトの品質管理とセキュリティ対策を支える“守り”のかなめ
2026.02.25
2026.01.23
さまざまなエンタテインメントビジネスを手がけるソニーミュージックグループで、専門的な知識とスキルを持って働く技術者(エンジニア)に話を聞く連載企画。
第25回は、ソニー・ミュージックソリューションズ(以下、SMS)が運営するソニー・ミュージックスタジオ所属のカッティングエンジニア・堀内寿哉に話を聞いた。
目次
堀内寿哉
Horiuchi Toshiya
ソニー・ミュージックソリューションズ
――カッティングエンジニアの業務内容を、具体的に教えてください。
ひと言で表わすと“マスター盤”と呼ばれる、アナログレコードの原盤を作る作業をしています。アナログレコード用のマスタリング(音源の最終調整)を経て自分のもとに送られてきたマスター音源を、アルミの板にラッカー塗料が塗られたラッカー盤に「カッティングレース」という専用の機械を使って音の溝を刻んでいく作業です。
アナログレコードは、盤の溝に刻まれた凹凸をレコードプレイヤーの針で読み取り、再生する仕組みですが、マスター盤はプレス工場(ソニーDADCジャパン)でアナログレコードを量産する際に使用する商品の素になるもので、カッティングエンジニアはそのマスター盤を制作するエンジニアということになります。
――ソニー・ミュージックスタジオには、現在、何名のカッティングエンジニアが在籍しているのでしょうか?
実は、私ひとりだけなんです。ソニー・ミュージックスタジオにカッティングルームが新設された2017年からほぼひとりでやっています。
――貴重な職種ですね。
そうですね(苦笑)。最近はブームも相まって、アナログレコードならではの温かみのある音を求めるリスナーが増えたり、アーティスト側からアナログレコードが再評価されていたりと、需要は増えてはいますが、アナログレコード自体が流通する機会はまだまだ少ないです。
そもそも、国内でカッティングレースを所有しているスタジオや専門会社が数社しかないので、カッティングエンジニアという職業を生業にしている人も、非常に少ないのが現状です。
――堀内さんはどういう経緯でカッティングエンジニアの職に就いたのでしょうか。
僕の場合は、かなり特殊だと思います。まず、音響エンジニアの多くは、専門学校などに通って、PAなどのコンサートエンジニアやスタジオのレコ―ディンエンジニアなどを目指すのが定番ですが、僕は専門学校ではなく大学の理工学部に通っていたんです。
大学へは総武線で通っていたんですが、車窓から市ヶ谷のCBS・ソニー本社ビルがよく見えたんですよね。当時バンドをやっていたこともあり、将来は音楽を作る仕事に就きたいという思いはあったのですが、大学にはそういう募集は来ません。それなら自分で就職先を見つけるしかないと、大学3年生のときに履歴書を手に、ソニーミュージックの信濃町スタジオに“何か仕事はないですか?”とアポなしで飛び込みました。
――今だと、絶対にやってはいけない行動ですね(笑)。
当時は、インターネットで仕事を探せる時代ではなかったですから(苦笑)。そして、フェイストゥフェイスが基本だったので、運良くスタジオの担当の方の時間が空いていて、話を聞いてもうことができたんです。
最初は漠然と「レコーディングエンジニアになりたいんです」と伝えたら「今は、募集していない」と言われてしまって。それでも諦めきれず、何度かお願いをしていたら、大学3年生の夏休みに面接をしてもらえることになって、アルバイトとして入社できることになりました。
――ますます今では考えられない入社の経緯ですね(笑)。入社してからは、どのように仕事を覚えていきましたか?
予備知識もなく熱意だけで入ってしまったので、すべて現場で覚えました。当初はレコーディングエンジニアを志望していたんですが、「マスタリングエンジニアは、どう?」と言われて見学させてもらったら、同じレコーディング音源でもマスタリングという作業でこんなに音が変わるんだ! という驚きがありまして。そこでマスタリングエンジニアの道に進むことになりました。
――入社当初は、どんな業務を担当していましたか。
最初の仕事は、アナログテープの編集作業でしたね。昔は歌番組で使うカラオケ音源を専用のテープで納品していたので、フルサイズの伴奏が録音されているテープを切り貼りして短く編集するんです。その後、洋楽の音質チェックだったり、楽曲をセレクトして1枚のアルバムを作るコンピレーションを組んだりという作業をやっていました。
そこから、マスタリングエンジニアの道に進んでいくことになるんですが、マスタリングエンジニアにはアシスタント制度がないので、先輩の仕事を“見て覚える”ことができません。
そこで上司に頼み込んで、アシスタントとしてマスタリングの作業に立ち会わせてもらって、いろんなことを学んでいきました。そのなかで仕事先の音楽ディレクターと知り合いになり、少しずつマスタリングの仕事を発注してもらえるようになりました。
――マスタリングエンジニア時代に印象に残っている仕事はなんですか?
印象的なのは、ゲームのサウンドトラックと当時爆発的に流行っていたドラムンベース、テクノ系のコンピレーションですね。特にゲーム音楽は印象深くて。
ゲーム業界を代表する音楽家、すぎやまこういち先生をはじめ、『パラッパラッパー』などの音楽ゲームを制作されていたPSY・Sの松浦雅也さんのサントラをよく担当させてもらいました。
サウンドトラックは、クラシックからロック、ラテン音楽、ジャズと、さまざまなジャンルの音楽が1枚のCDに入っています。それらの音をバランス良くまとめる作業は、すごく勉強になりましたね。多様な音楽の手法をマスタリングという仕事のなかで学べたのは、自分のキャリア形成において大きく影響しています。
――その後は、どのような業務を行なっていましたか。
2001年にできた、乃木坂のソニー・ミュージックスタジオで1年間マスタリングを担当したあと、一度、マスタリングエンジニアの職を離れることになりました。当時、ソニー・ミュージックエンタテインメントが、過去のマスターテープのデジタルアーカイブを新規事業として始めたことをきっかけに、アーカイブルームに異動し、10年ほどマスター音源のアーカイブ作業に従事していました。
現在は、ほとんどの作業が自動化しているのですが、当時はすべて手作業。音源の何分から何分までを指定し、フェードアウトをつけて1曲ずつ切り出す、という作業を地道にやっていましたね(苦笑)。実は、そのころに始まった「着うた」の立ち上げにも携わっていて。振り返ると、いろいろな仕事をやらせてもらっていますね。
――そこからどういう経緯で、カッティングエンジニアの道に進むことになったのですか?
アーカイブ作業に目処がついてチームが解散となり、2013年ぐらいにソニー・ミュージックスタジオに戻ってきました。2年ほどは、再びマスタリングを担当していたんですが、2015年に、世間でアナログレコードの魅力が見直されブームになりつつありました。
そこで、ソニー・ミュージックスタジオにも「カッティングレース」を導入して、約30年ぶりにアナログレコードのマスター盤を制作するという話が持ち上がったんです。そうして新たにカッティングエンジニアが必要となり、自分が担当することになりました。
実際にレコード制作がスタートしたのは2017年春。初めは、マスタリングとカッティングの仕事を両立しようと思っていましたが、実際やってみるとカッティングという作業は機械の扱いがセンシティブで、技術的にも覚えることが多い。とても片手間ではできないとわかって、カッティングエンジニアに専念させてもらうことにしました。
――それまでカッティングの経験は……。
もちろんありません(笑)。また、アナログレコードを収集するほど好きだったわけでもなかったので、まずは改めてアナログレコードを聴き込むところから始めました。
――実際、国内のスタジオでアナログレコードのマスター盤の制作まで行なっているところは、少ないですよね?
私が知る限り、大手レコード会社直轄スタジオで4社ですね。マスター盤を持ち込んでカッティングからプレスまでを行なってくれる専門会社が1社と、あといくつかのスタジオでできるくらいで。実際、CDの時代になり音楽制作がデジタル化してからは、「カッティングレース」という機械自体が世界中で製造されなくなっていたので、物理的にも導入が難しくなりました。
ソニー・ミュージックスタジオにある「カッティングレース」も、1970年代にドイツで作られたノイマンの『VMS70』というマシンを、世界中で探して中古で購入したものです。貴重なものなので、絶対に壊わしてはいけないけど、メンテナンスができる人もどんどん減ってきていて、綱渡り状態が続いているというのが正直なところです(苦笑)。
だから、カッティングエンジニアの横のつながりは強くて、会社の垣根を越えてサポートし合う関係性ができています。“お互い頑張ろう”って(笑)。
――技術的な部分はどのように習得しましたか。
機材の使い方は、信濃町スタジオ時代のマスタリングエンジニアの先輩に教えてもらいました。ですが、商品化できる音を切れるようになるかは、また別の話なんです。そこからはひたすら独学。世の中はデジタルに移行していますから、入門書のような技術書もなく、とにかくレコードをたくさん聴いて“アナログレコードの音というのは、こういうことなのかな?”と探って学びました。
――マスタリング済みの音源を、アナログレコードにより最適な音になるように調整するのも、カッティングエンジニアの仕事だと聞きましたが、CDや配信用の音源とレコードに刻む音には、どんな違いがあるのでしょうか。
わかりやすいところでいうと、どこまで高い音、低い音が収録できるかという周波数の違いや、ダイナミックレンジ(音量)の違いがあります。
特にレコードでは、メディアの構造上、高い音、低い音はどうしても響きを得にくいのですが、その分、中間の音がふくよかに感じられるのが特徴です。そこが「アナログレコードは、音に温かみがある」と言われる理由だと思います。
当然、CDのほうが幅広い音を収録、再生することができるんですが、そういう制約があるなかで、レコードでもCDと同等の音楽性を成立させなければいけません。そのために、カッティング前にクライアントとどういう音響にしたいのかを話し合いながら、調整していきます。
――カッティング作業で、特に苦労する点はどこでしょうか。
音源のなかには“カッティングが非常に難しいもの”があります。アナログレコードを出すアーティストは、音に対してのこだわりが人一倍強い方が多い。レコーディングの際、あえて工夫をして作り上げた、こだわりの音響をそのままカッティングしようとすると、音の溝と溝の間が極端に細くなって、刻めなくなってしまうんです。
でも、そこがその曲の音づくりのキモだったりするので、コントロールしすぎると、今度は音楽としてつまらなくなる。なるべく、こだわりの部分はいかしつつ、物理的に音楽の溝として成立させるにはどうしたらいいかを考えるのは大変ですが、その分やりがいもあります。
――カッティングエンジニアとして、堀内さんが最も大切にしていることは何ですか?
先輩から“プロフェッショナルとは、限られた時間で今の実力の75%以上を出し続けること”と教わりました。いくらでも時間をかけることができれば、限りなく100%に近づけることはできるけど、限られた時間内で常に100%を出し続けるのは難しいと思うんです。もちろん単発で100%が出せたとしても、次が50%ではダメ。今出せる力の75%以上を確実に出し切り、その75%の底上げをしていくことでステップアップしてゆく、そこはいつも心に留めています。
――カッティングエンジニアは国内でも限られた人数しか担い手がいないということですが、後継者についてはどう考えていますか?
次世代を育てることは急務だと思っています。先ほど言った通り、カッティングエンジニアは業界内で横のつながりが強いので、ほとんどが顔見知りですし、よく集まって情報交換をするのですが、必ずそういう話になりますね。
――カッティングエンジニアに向いている人の特徴や、志望者が習得しておくといいスキルはありますか。
言い方は難しいのですが……基本エンジニアはキッチリした人が良いとは思うんですけど、ちょっといい加減な部分ももった人のほうがいいのかもしれません。特にカッティングエンジニアは、物理的にCDとレコードに音の差があることを認められないと、そこを追求しすぎて行き詰まってしまうので。
あとは、音楽以外の経験をたくさんしてほしいです。音楽が好きでないとなかなか続けることが難しい仕事ではありますが、音楽以外の分野も広く見ておくと、必ずどこかで仕事につながりますから。
――堀内さんが思うカッティングエンジニアという仕事の醍醐味は?
自分が目指す音が実現できたときの喜びもありますが、やはりクライアントからの“楽しく聴けるね”という言葉が一番の達成感ですね。スタジオのエンジニアは届ける相手がいてこそ、成り立つ仕事なので、アーティストやクライアントの意見に、どれだけ自分の意見を近づけられるかだと思います。
――ちなみに、アナログレコードの需要が増えている実感はありますか?
ありますね。2020年ごろから、どんどん増えてきているというのが実感です。特に周年を迎えたアーティストが、過去音源の復刻アナログ盤を作る例も格段に増えました。オアシスのデビュー30周年記念の7インチ・シングルBOXや浜田省吾さん、平井堅さんの周年企画盤なども担当させてもらいました。
――最近は、プレイヤーを持っていない人が、ファンアイテムのひとつとして新譜や旧譜のアナログレコードを購入するケースも多いですよね。
そうですね。そうしてレコードを身近に感じていただけるのは、ありがたいです。でも、カッティングもこだわって作っていますので、飾るだけでなく、実際、聴いていただけると、なおうれしいですね(笑)。
幸いアナログレコードが注目されるようになってからは、カッティングエンジニアになりたいという人も増えつつあるので、これを一時的なブームで終わらせず、技術も音も次の世代につなげていくことが大切だと思っています。
映像メディアは、アナログテープの時代からデジタルへと移り変わっていますし、クオリティ的にもそれがアナログ時代に戻ることはほぼないに等しいと思います。しかし音楽は、レコードのような古いメディアが復活し、これからも残り続ける可能性が高い。そういう豊かな音楽文化を絶やさないよう、我々も努力していきたいと思います。
文・取材:阿部美香
撮影:干川 修
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