こんな
一九二四年は選挙の「当たり年」だった。
日独英仏それぞれに於ける総選挙、かてて加えて合衆国の上下両院、大統領選。およそ「列強」と呼ばれるに足る諸国の内の大半で、政治の舵を誰が取るのかを決める、このイベントが開催された。
筆にも口にも候補者同士が烈しく火花を散らす中、水際立った男ぶりにて断然わが目を引いたのが、やはりイギリス、ラムゼイ・マクドナルド君。
この労働党代表に、
毎度毎度のことながら、対立候補を蹴落とすためなら手段は一切選ばない、私行を暴いて醜聞晒しもなんのその、無手勝流を邁進しやがる政治屋どもの面上へ、
──野良犬が塵溜をつゝくやうな真似は止して堂々と智的争闘をやらうではないか。
カーンと鋭く来るような、頂門の一針的な言葉をマクドナルドが放ったからだ。
皮肉は簡明なるが好し。回りくどさは未熟の証。紳士として、蓋し洗練されている。
この選挙戦に結局労働党は敗け、第一党から転がり落ちる憂き目に遭うが、敗勢が確実となった際にも、
「労働党の同志はよろしく元気旺盛でなければならぬ、世の中がすべて労働党の欲するまゝになると思ふのはあまりに吾等の任務を軽く見過ぎるものである」
マクドナルドはこのようなヘコタレなさを発揮して、威儀を保ったものだった。
「さて浮世といふ奴、乃公より先に生まれた大きいもンで、なかなか後から生れた小さい乃公一人の自由になってくれない」──村上浪六のへそ曲がりともこれは奇妙に一致する、やはり記憶するに足る、好き言辞であったろう。
敗北は得てしてメッキを剥がす。手痛く負けた時にこそ、その人間の地金というのは出るものだ。
逆巻く血潮の勢のまま、他責思考に没頭し、周囲に向かって当たり散らすを事とする、どうにもならない動物か。
それとも当意即妙に、新たな目標、新たな希望、新たな闘志をでっち上げ、麾下の者らに吹き込んで、彼らの心の火を熾し、士気を維持して勇ましく次の舞台へ進んで行ける人間か。
マクドナルドは後者であった。
そうでなければあと二度も、大英帝国首相として返り咲き、内閣を組織するなどと、到底不可能だったろう。
ウィンストン・チャーチルほどの煌びやかさは無いにせよ。──マクドナルドも、地味に名言の多い人。
「強いことは穏やかな方法でやれ。
新しいことは古い方法でやれ。
革命的なことは立憲的な方法でやれ」
「理想は世界平和の天を仰ぎ、足はナショナリズムの大地を踏む。余は平和的国家主義者である」
上の二つなど特に、筆者のお気に入りである。
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