NHK「あんぱん」の視聴率が上昇傾向にある。漫画家やなせたかしさんと妻の暢さんをモデルにした物語は、どのようにして生まれたのか。NHKチーフ・プロデューサーの倉崎憲さんに、朝ドラを愛するコラムニストの矢部万紀子さんが聞いた――。(前編/全2回)

形を変えながら「何をして生きるのか」を問うている

NHK連続テレビ小説「あんぱん」(毎週月曜~土曜午前8時~8時15分、NHK総合他)の第76回(7月14日放送)、ヒロイン・のぶ(今田美桜)は東京で高知出身の代議士・薪(戸田恵子)にこう尋ねられていた。「おまんはこれから何をしたいがで?」。

この問い、形を変えながら、「あんぱん」を貫いている。のぶ、未来の夫・嵩(北村匠海)、そして視聴者に「何をして生きるのか」を問うのが「あんぱん」だ。最終回への折り返しを過ぎたところで、チーフ・プロデューサー(CP)の倉崎憲さんに問いに込めた思いをインタビューした。

――問いが最初に登場したのは第11回(4月14日放送)、嵩の伯父・寛(竹野内豊)が嵩と弟・千尋(中沢元紀)にこう語りかけた。「2人とも今からしっかり考えちょけ。何のために生まれて、何をしながら生きるがか」。3週目早々に示したテーマ。そう理解したと伝えると、倉崎さんは「アンパンマンのマーチ」(やなせたかし作詞)を歌った日の話をした。

2025年度前期の朝ドラのCPをしないか、と声がかかったのが2022年12月、もうすぐクリスマスという頃でした。2011年にNHKに入って制作局ドラマ番組部に配属されて以来、ずっとドラマ作りをしてきて、いつか朝ドラのCPをしたいと思っていたから、率直に嬉しかったです。

連続テレビ小説「あんぱん」より
写真提供=NHK

雨のなか4時間歩き、考え続けた

当時、局から徒歩で30分ほどの所に住んでいました。ですが、その夜は4時間近く歩きました。小雨が降っていて、傘は持っていなかった。気づくと、「アンパンマンのマーチ」を口ずさんでいる自分がいたんです。「なんのために生まれて なにをして生きるのか こたえられないなんて そんなのはいやだ!」。そこのフレーズを無意識のうちに、ぼそぼそ歌っていました。

朝ドラのCPをする日がいつ来てもいいようにと、自分の中の引き出しにいくつか題材を準備していました。仕事の合間に、本を読んだり取材をしたりしていたら、現実にオファーされた。その高揚感と同時に、個人的な大きな悩みを抱えていたんです。

ある映画配給会社から転職のオファーをいただいていました。映画のプロデュースもしてみたかったし、生涯1つの会社だけでいいのかという思いもあり、真剣に悩んでいました。転職について考えていたこと、朝ドラのCPをオファーされたこと、朝ドラなら題材は何か。そんなことを考えているうち、何が現実かわからないような感覚になりました。

そこで口をついた「アンパンマンのマーチ」に、自分が問いかけられているように感じました。自分は何のために生まれて、何のためにドラマを作っているんだ。そう問いかけた時、日本のドラマでたぶん一番見られている「朝ドラ」という枠で、人の心を揺さぶるものを届けることが自分のすべきことで、したいことなんじゃないか。そう思え、帰宅した深夜、転職をお断りするメールを送りました。