5月上旬、広島2軍の現場を訪れると、ほとんどの関係者が「タイガ」の話をしてきた。「タイガがすごい」「タイガがやばい」「タイガが化けた」-。最初はNHKの大河ドラマ「べらぼう」のことかと思ったが、そうではなかった。話題の主は、入団3年目の育成選手、広島辻大雅投手(20)だった。
勝負のシーズンとなる育成3年目、滑り出しはつまずいた。3月15日のウエスタン・リーグ阪神戦では1回2失点。25日同ソフトバンク戦では1回5失点。平均球速は138キロにとどまった。その後、出力向上を目的に2軍を離れ、強化重視の3軍で調整することとなった。
3軍での2週間が、辻を大きく変えた。肉体改造をしたわけでも、フォームを大きく変えたわけでもない。変えたのは、軸足となる左足の使い方と意識。昨季限りで現役を引退した野村3軍コーチ兼アナリストの助言によるものだった。
「基礎的なことしか言っていません。まだ体重が(軸足に)乗る前に投げ始めようとしていたので、“それじゃ出力出ないよね”と。もちろん、100の力をそのまま伝えるのは難しいんですが、タイガの場合は50も使えていなかった」
野村コーチはそう語る。下半身の力を溜めることもできておらず、さらに投球動作の中でもその力をうまく伝えられていなかったのだという。
2週間後、2軍に復帰。2度の実戦登板をへて、由宇での紅白戦では、それまで140キロにも届かなかった直球が、自己最速を大きく更新する150キロを計測した。「あの2週間から取り組んできたことが、自分のものになってきた。まさかあんな数字が出るとは思っていなかったので、自分が一番驚きました」。その後は遠征にも同行し、登板数を着実に増やした。平均球速は、3月25日の138キロから直近6月22日では146キロにまで上がった。わずか2週間の別メニューをきっかけに球速が約10キロも上がり、奪三振は増え、与四球は減少。4月11日の中日戦から6月22日まで、13試合連続無失点を継続している。
昨季まで2軍通算16試合登板が、今季はすでに15試合に登板している。6月20日には2軍ながら初セーブも挙げた。「2週間という短い時間でしたけど、あの期間がなければ、今の自分はいません。でも、感覚的には、まだまだいける気がしています」。まだ20歳。成長途中にある若き左腕が描く成長曲線は「べらぼう」な急カーブを描いている。【前原淳】