大伯母が英語を話さなくなった。 彼女のことを知らない人に話すときには「大伯母」と言うが、そんな機会は滅多になく、だから僕はそう口にするたび、「そうかこの人は大伯母だったのだよな」などと思う。彼女は親戚のあいだで「ジェシカ」と呼ばれている。僕もそう呼んでいる。本名ではない。アメリカに渡ったときに自分でつけたあだ名である。 ジェシカは、当時の日本人女性としてはかなり珍しいことに、三十近くまで結婚せず服飾デザインの仕事をしていて、それから単身アメリカに渡り、あれこれ仕事をしたのち雑貨商になって、成功したというほどではないのだが、少なくとも自分を食わせて自分の家を買うくらいには稼ぎ、いちど遅い結婚をし、その相手を亡くし、またボーイフレンドを作るというような生活を送って、いまや九十、えっと、いくつだったかな、とにかくまだ百ではないが、百に近い。子どもは産んだことがあるが、正式にはいないことになってい