- 11825/10/04(土) 01:13:06
- 21825/10/04(土) 01:14:26
初代スレ主≠現スレ主
見つけましたよ、杏山カズサ|あにまん掲示板ここだけ15年前に行方不明になった杏山カズサを探し続けていたレイサがいる世界。なお、カズサには30分程度道に迷ってたぐらいの認識しかない。bbs.animanch.com--------------------
リメイクスレ(こちらから読んでいただければ大丈夫です)
Re:見つけましたよ、杏山カズサ|あにまん掲示板ここだけ15年前に行方不明になった杏山カズサを探し続けていたレイサがいる世界。なお、カズサには30分程度道に迷ってたぐらいの認識しかない。bbs.animanch.com前スレ
Re:見つけましたよ、杏山カズサ 6|あにまん掲示板ここだけ15年前に行方不明になった杏山カズサを探し続けていたレイサがいる世界。なお、カズサには30分程度道に迷ってたぐらいの認識しかない。bbs.animanch.com - 31825/10/04(土) 01:15:47
-登場人物-
■栗村アイリ SUGAR RUSH 30才
バンド活動を提案した元凶。妖怪キーボード。初めてみんなとお酒を飲んだ日、アマレットにハマり一瓶明け、カウンターをゲロ塗れにした。改造ベースキーボード+シンセ+キーボードはダンスの感覚で弾いているがコピバン殺し構成のため人気の広がりにストップかけている原因。ファンが一番多くグッズはすぐ売り切れる。好きなことをしないなんて人生の浪費だよ。
■伊原木ヨシミ SUGAR RUSH 31才
バンドの方向性を変えた元凶。アナログオカルトギター女。ナツにキレられてもデジタルには絶対しない。シューゲイザーにバカハマりしてからの傾向のため、初期曲は意外とフツー。ファンが頭を撫でてくるのが本当に嫌い。その度蹴散らしてたらファンが減った。グッズが最後まで売れ残る。子供であることをやめるってことは物事に興味を失うってことよ。
■柚鳥ナツ SUGAR RUSH 30才
バンドをテロリストに変貌させた元凶。要塞ドラマー。でも全部使えてるわけじゃない。ぶっちゃけシンバルは10枚もいらないと思っている。”バンドマンは遊ぶもの”として、適当なファンとホテルに入るも何もわからず恥をかかせて罵られ何もせずに解散となり、挙げ句SNSで拡散されて『ファン食いのカス』と炎上し、一番アンチが多い。燃やされる用にグッズが良く売れる。私が成すべきプレイは音楽が導いてくれる。
■杏山カズサ SUGAR RUSH 16才
ボーカル。15年消えていました。 - 41825/10/04(土) 01:16:50
-登場人物-
■宇沢レイサ S.C.H.A.L.Eトリニティ支部 31才
S.C.H.A.L.Eに就職直後、慣れない仕事と、相談できない自分と、もういない先輩と、怖いアケミと、ぜんぜん進展がないカズサ捜索に情緒ぐちゃぐちゃになり毎日部屋で泣いていたら、いつの間にか自宅がSUGAR RUSHの避難場所&暴動ライブ後の打ち上げ会場に使われるようになったのでおちおち泣いてもいられなくなった。『セーフハウスでやってくださいよ』と文句を言うと『ナツが”レイサん家の方が狭くて汚くて落ち着く”って言うから』と言われ、また泣かされる。
■エリナ S.C.H.A.L.Eトリニティ支部 23才
トリニティ支部正規職員。レイサの子飼い。トリニティの支援を受けているが、あくまで独立自治区を宣言しているアリウス出身。神学を修めるためにトリニティのシスターフッドに部活動のみ参加。経典の解釈について誰彼構わず論戦を挑み、らちが明かなければ正式に武力決闘を申し込む辻斬り御免タイプ”だった”。一つ上のシスターフッドの元長と仲が良い。トリニティの怪談”エリナの亡霊”と神秘上で同一人物。
■和泉元エイミ S.C.H.A.L.Eミレニアム支部 31才
ミレニアム校に捜索されているヒマリとリオがどこにいるか唯一知っている人。二人がいればいくらでもブレイクスルーが起きるだろうに、”学校には関わらない”の一言で雲隠れし、そのくせ生活に必要なインフラも食材も全部ミレニアムから盗んでいる二人に、ほとほと愛想を尽くしている。ちなみに一緒の空間にいるわけではなく、めっちゃ近いとこで別々に過ごしているのも知っている。バカじゃないの? - 51825/10/04(土) 01:18:01
-登場人物-
■小鳥遊ホシノ S.C.H.A.L.Eアビドス支部 32才
最近は激しい曲や、きらきらした恋愛ソングが全部同じに聞こえるようになってきた。ちょっと昔に流行った曲を聴くと胸が締め付けられる。これが年を取ることかぁ、と黄昏るも、年を取ることができなかった先輩のためにこの世界の”いろいろ”をちゃんと見て憶えていたい。でも無理はしてない。そういう生き方もいいよね、程度。
■十六夜ノノミ カイザーコーポレーション 32才
砂祭りとアビドス-百鬼夜行間の鉄道事業で返り咲いたネフティスを弄してカイザーを買収させ、そのトップにあっさり座った。ホシノとシロコとアヤネが暗躍済み。親会社のネフティスとはバチバチにやり合っているが、上述の鉄道権利をしっかり握られているので強く出れない。内部は旧カイザーとはまるで違うものの事業は継続・拡大中。PMCだけは離反し自然消滅したため、スケバンに追いやられていたヘルメット団を正規雇用して一から組み直した。養子縁組している子がいる。
■砂狼シロコ S.C.H.A.L.Eアビドス支部 32才
さすがに銀行強盗はしなくなった。自転車は続けている。シロコ*テラーと同じぐらいまで髪を伸ばしたら周りからそれとなく『そういう嫌がらせはダメだよ』と言われたけど、区別をしないで欲しいと言ったテラーの言う通り、区別されないためにシロコなりに考えたこと。アイツが”あっちの世界のシロコ”を辞めたのだから、自分もこっちの世界の”砂狼シロコ”を辞めてあげるという理屈。なんだかんだ仲はいい。 - 61825/10/04(土) 01:19:05
-登場人物-
■シロコ*テラー S.C.H.A.L.Eアビドス支部 33才
髪の一件には気付いている。泣いてしまったほどうれしかったけど、正直そろそろ短くしたいと思ってる。”自分ってこんな雑だったっけ”と傷んでるシロコの髪を見るたびいつ言おうか悩んでいる。だから事故に見せかけて火をつけようと画策中。自分の世界の廃校対策委員会の命日にはシロコと一緒に砂漠にお花を供えに行く。
■黒見セリカ 柴関 31才
柴関を引き継いだ直後は常連に「味が変わった」と言われ続け、メニューを食べまくり、記憶と実際を擦り合わせていたら2ヶ月で30キロ太った。脅迫的に一日10杯食べることも。過食症気味になってしまったある日、大将が一ヵ月も毎日食べに来て「俺より美味ぇじゃねえか」と常連たちを睨み続けたところ、文句を言う客はいなくなり暴食は落ち着いた。それはそれとして食べるのは好き。
■奥空アカネ 柴関 31才
コンタクトにしたら砂が目に入って地獄を見たので、アビドスに居る限りメガネから逃れられない人生を悲嘆している。みんなに頼られると言えば聞こえがいいけど結局面倒を後輩に押し付けてるだけじゃんと、アビドス支部の中で一番酒量が多い。週末の閉店間際に柴関に行くと泣きながらセリカにクダ巻いてるアヤネが見られる。でも誰もアヤネレベルの仕事ができないから詰んでる。 - 71825/10/04(土) 01:20:18
-登場人物-
■先生 S.C.H.A.L.E連邦捜査部 40代中ごろ
S.C.H.A.L.Eが支部化してから本部の”当番制”を廃止しようとしたが、連邦生徒会の方から辞める意味がないと言われ、続けている。ただ、各支部で手伝ってくれた子が内申と公休のために本部も手伝いたいと言ってくれてるだけ、というのはなんとなくわかっていて、ちょっと寂しい。アロナとプラナには今回の一件、すべて説明済み。
■狐坂ワカモ S.C.H.A.L.E連邦捜査部 34才
結局3年留年した。卒業する条件にしたことは、先生から離れる=二度と会えなくなるものだと思い込んでいる。自分をずっとそばに置いてくれているのだからそばに居てもいいというコミュニケーション不全。仕事終わりには一緒に飲みに行くし、休日にも一緒に出掛けたりする。護衛ではなく。話すのはほぼ業務的なものになってしまうけど、その時間が大好き。その時のレシートをファイルにまとめて眺める時間も好き。
■栗浜アケミ キヴォトス乙女連合 34才
乙女連合を立ち上げたと同時に、スケバンのための自治区を作ろうと、それまでぼんやりした想いだったものを形にし始めた。レイサに頼まれ、カズサ捜索のために組織したはずがいつのまにかそっちがメインにすり替わっていったことを、幼馴染の副総裁だけがわかっている。ちなみに組織は”目、耳、鼻、口”から成る『アタマ』と”右足、左足、右手、左手”の『ドウ』で構成されている。アケミは”脳”で副総裁は”脊髄”。
■タミコ キヴォトス乙女連合 16才
裏切ったとしてもアケミのことを姐さんと呼び続けようと決めている。世話になったことは実際だし、SUGAR RUSHと関われたのも、自分にこういう選択が訪れる機会を与えてくれたのも、全部アケミのおかげだっていうことは理解している。それはそれとして、いまの傷だらけの体でみんなにちやほやされるのがちょっと嬉しい。主役になった気分。大人の会話の時に置いてかれてるのはちょっとむっとしている。 - 81825/10/04(土) 01:21:19
-登場人物-
■陸八魔アル 便利屋68 31才
社長。酒が弱いのを必死に隠しているが、全同世代にはバレている。『ボロが出るからあんまり喋らないで』とカヨコに言われて以降、自分以外の誰かが場にいるときはあまり口を開かないようにしている。おかげで威圧感があると思われ、もろもろがうまくいくようになった。本人はまんざらでもない。内心ドヤってる。『ハルカちゃんにすら舌戦で劣るって言われてるんだよー』とムツキに笑われたときは、酔いつぶれていた。
■鬼方カヨコ 便利屋68 33才
課長。アルが望むアウトローの現場に、アルの性格は絶望的にミスマッチだと判断したから”喋るな”と言った。だいたいの黒い部分はカヨコとムツキが片付けている。『影で支える便利屋68を陰で支える』二重構造が楽しい。STANCE RUSHの初にして唯一の限定配布CD-Rを買えなかったことが地味にコンプレックス。本人たちからもらうのは違うと必死に自分を説得するも、オークションサイトではプレ値がついてとんでもないことになっているので悲しい目をしている。出品者はSTANCE RUSHのメンバーだと言うことは知らない。
■浅黄ムツキ 便利屋68 32才
室長。ハルカと共にゲヘナ退学組。音楽にはそんなに興味がない。けど、流行り曲はSNSをひたすら漁ってリサーチ済み。これに付いていけなくなったらいよいよ終わりだと思っている。若くいることが全てではないと理解しつつ、それでも抗うこともまた”きらきら”の一つだと思っている。ちなみに20代はエナドリとお酒をぶち込みながら必死に仕事をしていた。それもいい思い出。クラウドストレージは最大で契約している。写真や動画がたくさんあるから。
■伊草ハルカ 便利屋68 31才
平社員。ムツキと共にゲヘナ退学組。夢中を歩み続ける現実が自分の人生だと、20の誕生日に飲み下してからちょっと自信を持てた。毎年貰っている誕生日プレゼントの包装はレジンで固めて暗所で保存している。雑草趣味はもうないけど、その代わり誰かをお世話したい欲がものすごい。アルに貰った給料でアルたちに料理を振る舞うのが趣味。給料はすべて便利屋メンバーへの奉仕に消える。でもそれ以上のお返しが返ってきていることに微妙に気づいていない。 - 91825/10/04(土) 01:22:49
-登場人物-
■ミツル STANCE RUSH 24才
SUGAR RUSHのコピバン。オリジナルもある。ベース。音楽に興味のない優等生だったけれど、中学の頃にシュガラのゲリラライブに遭い、清楚な長い髪を振り乱し、汗を飛ばして叫ぶアイリに目を奪われ。そして生まれて初めて”音を浴びる”という経験をしてからずっぽり。その日のうちにディグり、”SUGAR RUSHの存在意義”を知り。トリニティにまで行って資料を漁って、”初代SUGAR RUSH”に行きつき、アイリのわけわからん楽器構成の意味を理解して、彼女が目指すベーシストを目指すことに決めた。いつか代わりにベースやらせてくれないかな、なんて思いながら。受験失敗して望みの高校に入れなかったので、バンド一本に突っ走ってるうちに停学→退学。
■ツキカ STANCE RUSH 24才
SUGAR RUSHのコピバン。オリジナルもある。ギター。弾き語り界隈勢。絶望ジャイアン。自分の配信が晒されていることに気付いてビビって音楽ができなくなっていたところ、路上でベースをストロークして歌うミツルを見た。指さされ、笑われながらも毅然と『私は今、音楽しているんです』と言い放ったミツルに、野次をぶちのめし、その場でバンド結成を持ちかける。SUGAR RUSHはミツル経由でファンになっている。ミツルと同じ時期に、いっしょに退学。
■コウ STANCE RUSH 23才
SUGAR RUSHのコピバン。オリジナルもある。ドラム。ナツのカルトファン。ライブで毎回『抱いて捨てて』というボードを持っているのでナツは認知しているし、炎上を思い出して胃が痛くなるので辞めて欲しいと思われている。いわゆる”どもり”で小さい頃から虐められていたが、雑誌で見たナツのわけわからん根拠のない自信に憧れ、河川敷でドラム……ではなくナツの真似事をしていたところ、練習に来たミツルとツキカに見つかり、人生で初めて”友だち”ができる。それもこれもナツのおかげ。『ヴァンデ』はレア曲として好き。実は歌わせたら一番うまい。ミツルと同じ時期に、いっしょに退学。 - 101825/10/04(土) 01:24:14
■
(区切り用)
(キャラ紹介コピペしたらアヤネが柴関のままだった草) - 111825/10/04(土) 01:46:20
>>(https://bbs.animanch.com/board/5585961/?res=99)
濃いバニラ香の、まさに紫煙の副流煙を嗅ぎながら。私は髪をかき上げた。
「いいえ。――必要なのでしょう。あの子たちの”反抗”には」
わたくしには。もはやどこからが先生の意思で、どこまでが先生の意思なのか計りかねる。先生は。あの人間は。あの”外の”人間が何をどうしたいのか。
私はあの夜、本気だった。本気で、戦争の火ぶたが切って落とされるものだと思っていた。D.Uには喧嘩部隊を待機させていたし、なによりわたくしがD.Uに潜伏している以上、多くの幹部連中もこの狭いD.U中に散って潜らせている。少しでも。少しでもだ。少しでも懐に手を入れるような仕草をすれば、すぐにでもあのビルを襲撃させる準備は整っていた。
でも、しなかった。やらなかった。”できなかった”ではない。やらなかったんだ。
「反抗ねぇ……」
ぶわっと。部屋に肺を経由した煙がまあるく拡がっていく。匂いも。
「お前の夢は叶う。わたしらの夢が叶う。――なあ。お前は一体なにが気に食わねえんだ?」
A.R.O.N.Aは言った。先生の持つ”シッテムの箱”のOSだと言う彼女は、あっさりとわたくしたちの夢をかなえる可能性を提示してきた。先生も。あっさりと道を示し、丁寧にラッピングされたプレゼントを用意してきた。あまつさえ『バックドアを仕掛けたので、以降、この端末は変更しないでください。特定作業は手間ですが難しくはありません』と。あの白髪のアバターはすました顔で言った。
……ああ。すべて、手のひらの上だった。わたくしがこうして隠れる意味など。もはやない。
ああ! ああ!!
力の限りテーブルを叩きつける。べきべきと。木材が持つ弾性で拳をわずかに跳ね上げ、しかし自身は衝撃に耐えられず。針山のような断面をわたくしに向けてテーブルとしての機能を失った。上に載せていた酒も。アイスペールも。撃ち抜かれたスマホも。書類も。銃器も。すべて床に落ちる。
「ジャリみてえなことしてんじゃねえよ」
ぶわっと。隣でまあるく煙が吐き出される。
- 121825/10/04(土) 01:56:21
扉前に立たせていた護衛に「気にすんなよ! アケミが寝返り打っただけだ!」と怒鳴った副総裁はそのまま。零れた酒で煙草を消して立ち上がった。
「どちらにせよこれで仕舞いだ。S.C.H.A.L.Eが連邦生徒会に掛け合っていた以上、酒の販売の合法化はもう決定的。日陰モンたちの仕事は陽に照らされる。寝耳に水だぜ。来春にゃ施行とはな」
「……」
「ったく”耳”のヤロウどもめ」副総裁は舌打ちをした。これもだ。これも手のひらの上。わたくしたちの情報を司る部位すらこの体たらく。先生の発言を聞いてしどろもどろになった彼女はきっと。わたくしのヤキ入れを恐れたのだろう。
そういう、組織になってしまったと。いうことだ。
「いいことだよ。いいことだろ? 仕事にあぶれるヤツも最小限。夜を駆けずりまわっていた奴らも、これからは大手を振ってお天道様の下を歩ける。私らも矯正局にぶち込まれずに済むってよ。いいことだらけじゃねえか。――だからもう私にゃわからねえ。お前がそうやって駄々捏ねる理由が」
「駄々……」
いいことだ。とてもいいことだ。そんなことは解っている。退学者に対する保護法が施行されたときもそう。いいことだというのは解っていた。解っていたとも。
”でも”。”けれど”。
解っているとも……。でも。けれど。
こんなちっぽけでみずぼらしいワガママなんて。あの子たちの輝きには敵わないなんて。そんなこと、解っているとも。
部屋を出る前。副総裁は振り返らずに。
吐き捨てるように言った。
「仕舞いにしようぜ。”みんな”のために」
かちゃ。ぱたん。 - 131825/10/04(土) 02:21:03
「――……」
ぎぃん、と。鉄筋コンクリートの部屋に振動が飛び回る。伸ばした右腕を叩き落とした音。自分の行為に愕然とする。去っていく友の背中に手を伸ばすだなんて。そんな少女染みた行為をするなんて。
ため息を一つ。おおきく、吐く。
ああ。解っているとも。お仕舞いだ。わたくしはこの条件を飲まざるを得ない。それほどの見返りをS.C.H.A.L.Eは用意してくれた。勝ちだ。わたくしがこれまで積み上げてきたものは。盤面上では勝ちだ。判定勝ち。レフェリーは私の腕を掴み、歓声を浴びるのは、わたくしだ。
わたくし、なのに。
髪を掻きむしる。腹立たしい。悔しい。悔しい!! この鍛え上げた体は所詮見せ筋。なんの役にも立たなかった。わたくしは闘わずして勝ってしまった。結局。スケバンは”保護”されてしまう。わたくしはもはや自分の足で舞台に立っていない。用意された喝采を浴びるだけの人形。わたくしの役割はだれでも良い。わたくしでなくとも。それこそ、そこらの犬だって。
――……。
わたくしは、挑戦したかった。
闘いたかった。手に入れたかった。与えられるのではなく。慈悲を受けるのではなく。わたくしは、自分の手で勝ち取りたかった。
なのに……!
スケバンは”保護”される。犬や猫のように。陳腐化した文化のごとく。ほかでもない。わたくしが人生を賭して”反抗してきた”と錯覚していた、S.C.H.A.L.Eによって。先生によって。”キヴォトス”によって。
羨ましい。妬ましい。あの子たちが。
未だ反抗し続けてる、あの子たちが。
ブラインドから漏れる陽が。埃一つ舞っていない絢爛なガラクタを。
割れた瓶を美しく照らしている。 - 141825/10/04(土) 11:54:45
■
(保ぁ) - 15二次元好きの匿名さん25/10/04(土) 18:09:48
そろそろ保す
- 16二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 02:12:39
更新乙
- 171825/10/05(日) 04:22:00
※
「零れてるよカズサちゃん」
「……あ?」
股が冷たい。でも私の脳は現象に対して対処するのを忘れている。巡行ミサイル級のカミングアウトに、麦茶は、だばだば私の股に。浴衣の薄い生地を通り越し、尻と畳を濡らしていく。
押し入れに積み上げられた布団に顔を突っ込んで叫んでいる宇沢の尻。何言ってるかわかんないけど、とりあえずヨシミに対してブチ切れてるのは理解できる。
「うざ……え? ごめん、ちょっと待って。いや待たないで。マジ? は? マジで?」
布団の中のくもぐった罵倒を聞き取ったヨシミは、宇沢の揺れる尻をぺしんと引っ叩き、言った。
「全員知ってるのにカズサだけ仲間外れはダメでしょ。というわけで、このヘタレども、この期に及んでなんの進展も無いからいい加減にしろって話でさ」
「えっ……待って待って。いつから? マジ? は? え? ごめん、ちょっと頭から水ぶっかけてくんな――冷たッ! ほんとに掛けんなバカ!」
「あんたがかけろって言ったんじゃない!」
顔面から滴る麦茶。もう浴衣は上も下もびっちゃびちゃ。
ヨシミは空になったコップをちゃぶ台の上に置いてため息を吐く。
「いつからかは知らないの私も。それでもまあ、ここ数年は見てりゃわかるレベルだったし、そりゃ本人も気付くわよ」
冷蔵庫から拝借した糠漬けをぽりぽりとかじり、緑茶をすすったアイリも言う。「ナツちゃんが炎上したときには既にだったと思う。あの時のレイサちゃんの怒り方、私たちと違ったもん」
ハルカさんと一緒に、バンドTのデザインを街場のTシャツ屋に持って行ったナツはこの場に居ない。さすがにドラマーなしで練習はできないんだから、なんでわざわざナツをハルカさんと一緒に行かせたんだろうって思っていたけど……。こういうことか。 - 181825/10/05(日) 04:31:19
「なに炎上って」私が聞くと、かいつまんで話された衝撃の事実。
――なんだよバカじゃん未成年淫行未遂ってダッサいな。いやいや。それどころじゃない。
それどころじゃない!!
「マジで……?」
ずず。
アイリがお茶をすすって立ち上がり「もー。今更だってレイサちゃん」と言って。腰を掴んで一気に宇沢を引き抜いた。もはや痛みなんか忘れて顔を手で覆った宇沢だけど、乱れた髪から覗く耳の色は真っ赤で。
あーあー。確定じゃん。絶対そうじゃん。ほんとじゃん。
引き抜かれてもなお。ギャーギャーとマンドラゴラみたいに騒ぎ散らかす宇沢が、私に叫ぶ。
「お願いします!! ヨシミさんを撃って私も撃ってください! 死にます! 私死にます!! そこのデリカシー皆無の大馬鹿女を道連れにしますぅ!!」
「えー……。ていうかマジで?」
「死ぬなら一発ヤってからくたばれこの意気地なし!」
「うわぁああああ!! このひともうやだぁ!!」
……うわぁ。
ちゃぶ台に肘をついて寄りかかって。ごろごろと畳の上を転げる宇沢と、それを足蹴にするヨシミを見ている私の顔は一体。どんな顔なんだろうか。とりあえず口は開きっぱなし。なんならちょっと顎震えてる。30才だろこいつら。 - 19二次元好きの匿名さん25/10/05(日) 10:08:59
ていうか。
「”聞きたいことは聞きたい”ってそゆこと?」
私が言うと。天井を仰いでいた顔を、今度はうつむかせ。「う”ぁあ”……」なんてきったない唸り声。はい答えいただきましたー。
先に言っておく。先回り。先置き。こいつは絶対そう言うし、思ってる。絶対。
「謝ったら殴る」付け加えてもう一つ。「罪悪感持ってたら蹴る」
「ぁああ……横暴なぁ……」
指の隙間。顔は真っ赤。
そりゃ半分の16年しか生きてない私が言うのはマセてるとか思われるだろうさ。それでもだよ。さすがに30過ぎてそんな乙女やってるなんて夢にすら思わないっての。なんていうかな。こう、そういうドキドキも大事だけど、なるべくしてなってる感っていうかさあ。顎を持ち上げられても「なに? 今更?」なんてニヒルに笑えるような関係みたいなさあ!
変わんないじゃん。ベッドの中で、モモトークの返信に一喜一憂するみたいな、私ですら経験した想いと!!
はぁ。
「アホくさ……」
「なんですかアホって!! 杏山カズサ! それ聞き捨てなりませんよ!!」
「アホだからアホって言われるんでしょーが!!」 - 201825/10/05(日) 18:01:31
■
(いったんほしゅ) - 21二次元好きの匿名さん25/10/06(月) 00:25:20
一応保守
- 22二次元好きの匿名さん25/10/06(月) 06:00:35
人生経験の差ァ……
- 231825/10/06(月) 14:30:23
びりびり窓ガラスが揺れるぐらい遠慮なく座り込み、「その通りよ」と。ヨシミが、ちょっと顎をしゃくれさせて言った。
「この期に及んで照れるだぁ恥ずかしいだぁ、アホの極みじゃない。そういうのは今までさんざんやってきたと違う? かーッ。全身がかゆいっつーの!!」ばりばり全身を掻く仕草を挟んだヨシミは宇沢に詰め寄り、人差し指を突きつけた。
「あのね。”それ今やること?”」
「……あぅう」
ため息が鼻から漏れてしまう。アホっつーかバカ。わかってたんじゃないの。こんな瀬戸際に。
そうだよ。瀬戸際とか。この期に及んで、とか。そんな言葉が出て来ちゃう状況だってわかってたんじゃないの? あらかじめ。私が聞くよりずっと前から。
「私に遠慮とか、あんたらしくないからやめろって」
「……」
言っていいんですか? みたいな目。
いーよ別に。あんたが言ってたんじゃん。そこらでウワサになってましたしーって。恥ずかしいけど。いいよ。もう言ったって。
息を吸って。ヤケクソ気味に言う。
「私が! ……先生を好きだってのはさ。もーいいって。”昔のこと”でしょ。つか宇沢にカンケーないし」
やっぱね、みたいにこっちを見てにやにやするヨシミに、茶櫃の蓋を投げつけた。あっさり叩き落とされた蓋は、敷かれっぱなしの布団の上に落ちた。
大雑把な花の絵が描いてあるその蓋をもう一度テーブルの上に置いて。アイリが「それはそれで大事な話だけど」と、私から宇沢に視線を移す。 - 241825/10/06(月) 16:44:02
べッッッつに。もう、大事な話じゃないし。アイリのこういうとこちょっと苦手。いいんだよ本人がもういいって言ってるんだから。
「大事な友だちが後悔を抱えたままになっちゃうってわかっているなら……。背中突き飛ばすぐらいは、するよ!」
「ちょいちょい。押すぐらいにしときなさいって」
宇沢の顔色は、朱色からだんだんと、普通の色に戻っていく。火照った顔を扇ぐことは出来ず。今頃思い出した肘関節の痛みか痺れかに顔をしかめて、「しかし……」と、まだ、口ごもる。
この期に及んでだぞ、マジで。
「あのさぁ……。はぁ。――全部レイサのおかげだって言ってたよ」
「なにがです?」
ついこないだ。つい昨日。知らんおっちゃんの軽トラの荷台で聞いた、ナツの独白。ナツの”今まで”。”これから”がないナツの。
膨大な”これから”が存在しない、こいつらの”今まで”は。残り少ない”これから”に繋がなきゃいけない。私にその援けができるのならば。
……こんなんで借りが返せるとか。微塵も思わないとしても。やられっぱなしは、イヤだからね。
「私が見つかったのはレイサのおかげだって。もうべた褒め。宇沢ん家で引きこもってたときだってそう。宇沢がカヨコさんを引っ張ってきてくれたからって言ってた。アイツの今までは、あんたのおかげだってよ。もうあんたナシの人生考えらんないって」
盛れるところは盛っていけ。間違ったことは言ってない。
「あれ聞いたの!」ヨシミが目を丸くした。「ナツの黒歴史よそれ。あっはっは! 懐かしー。消火栓からホース繋いでナツ狙い撃ちにしたの、動画撮ってあるから、31日に見せたげる。その後も本気で殺されると思って必死に命乞いするナツがね……くくくっ。懐かしー。あれ以降、アイリは本気で怒らせちゃダメって暗黙の了解が生まれたのよね」
「むっ。初めて聞いたなー、それ」
「あんときのナツはウザいし臭かったもの。仕方ないわ! 髪なんかぎっとぎと顔もぼろぼろでさあ。口を開けば憎まれ口ばかり。ああ思い出した。『車の匂いが取れない』つってカヨコさんに清掃代請求されたっけ」 - 25二次元好きの匿名さん25/10/06(月) 23:00:08
アイリの、感情が爆発したら一周回ってスンッっとなりそう感はガチ。
- 261825/10/07(火) 07:18:49
- 27二次元好きの匿名さん25/10/07(火) 08:55:46
- 281825/10/07(火) 08:56:09
「あはは……うん。懐かしい」
「へえ。ナツが自分でそれ言ったんだ」
「私が『ヴァンデ』で詰まってるから教えてくれたんだと思う。これ、その頃の話でしょ?」
「そうそう。なにもかも行き詰ってた時。ほんとあの頃は……」
言葉は尻切れ。そして少しヨシミの目が、ぼやけた。焦点がどこにも合っていないみたいに。
浸るほどの思い出は私にはないもの。ヨシミが思い出す場面に私はいない。
でも、”これから”には私が居る。居させる。焼きつける。それでいいし、いま大事なのは、私じゃない。
「ともかく、宇沢に対してめちゃくちゃ大きな想い持ってるよ。ナツは」
”私しか知らない”ことはこれぐらいしかない。それぐらいしか知らないからこれ以上はなんとも言えないけど、プラスにはなるはず。お膳立てはする。背中だって押す。カミングアウトには驚いたけどマイナスな感情なんてない。むしろ良いことだ。なんなら成就させてあげたい。別にナツだって悪い気はしてないでしょ。だって、わかっててあんだけ仲良くしてたんだもん。
てかそもそも。こういう話がキライな女ってこの世に存在する?
けれど。けれどだ。私が出した名前がまさに問題だったようで。
「カヨコさん……」
宇沢がつぶやく。唇をつんととがらせて。眉根を寄せて。
「カヨコさん、カヨコさんって……。ほんとみなさん、カヨコさんのことお好きですよね」
……。 - 291825/10/07(火) 16:20:14
……。
お?
「そのときだってそうです。私がなに言っても聞かなかったくせにカヨコさんにはあっさり引っ張り出されて」
斜を見てさえずる宇沢の声が。おだやかな午後の部屋の駄弁り部屋に、余韻を残して消えた。私だけじゃなく。ずっと一緒にいたはずのアイリとヨシミすら驚くように宇沢を見る。
吹っ切れたように宇沢は声を張って。ただし、私たちとは決して目線を合わせずに言った。
「ヒマだから映画観に行こうって連れ出されるのはカヨコさんのおススメだって言うし! これコピろって送られてくる曲はカヨコさんが好きな曲だし! いいお店見つけたはカヨコさんの行きつけ! と思ったらさっきの淫行未遂ですよ! ホテルまで連れ込みやがってくださいまして!! そんなバカ相手に私が入り込む余地ってあったんですかねぇ!?」
また顔を赤くして。宇沢は「ビールないんですかビール!」と高らかに言い放った。
あのバカ……。つい口を衝いて出そうになる言葉を飲み込む。代わりに出てくるのは鼻から漏れる失笑。だめだアイツ。そんときは宇沢の気持ち知らなかったとしてもだよ。なんでいちいち言うかね。あ。もしかして三角関係? ちょっと楽しくなってきた。
「飲んでもいいけど、酔ったからって逃がさないからね?」アイリが笑って立ち上がった。
尻を滑らせて私の隣に来たヨシミは、こっそりと。宇沢に聞こえないぐらいのささやき声で耳打ちする。「一回ヤケ起こさせたらこっちのもんよ」と、八重歯を見せて。
ついた頬杖を解いて立ち上がる。濡れた浴衣の帯を外し、宇沢の部屋に置いてあった浴衣に着替えた。「てことはその事件の時には、もう好きだったの?」15年経ってもほとんど身長が変わらないコイツの浴衣のサイズは、私といっしょ。浴衣、よく濡らされるなあ、なんて。余計な考えが頭の隅っこに浮かび上がった。
「あれは20半ばだから――」
「23の時ですよ! S.C.H.A.L.Eの支部化が施行されてドタバタしてるときに余計な面倒起こしてくださったのでよぉぉぉッッく憶えています!」
「その節はとんだご迷惑を……」
「本当です!」 - 30二次元好きの匿名さん25/10/08(水) 00:32:13
色々苦労人だなぁ……
- 311825/10/08(水) 06:46:00
■
(しっかりもののレイサすき)
(……もともとしっかりものか) - 32二次元好きの匿名さん25/10/08(水) 08:38:38
まだ彼女らのことを知るにはまだまだではあるけど、確実に少しは知ることができた気がする
- 331825/10/08(水) 16:33:27
思い出したらムカついてきました!
がるがる唸る宇沢を苦笑いで見ながら。私と入れ違いで頬杖を突いたヨシミが言う。「じゃあアイリの言う通りなんだ。その時にはもうって話はさ」。なので、私は少しだけ。あくまで国語的なものだけど。「それよか前なんでしょ」とヨシミを補足した。成績は私の方がよかったからね。
ちょうちょ結びに帯を締め、合わせが崩れないように座ると。
ぱたぱたぱた。カーペット敷きの廊下を、すりきれたスリッパが叩く音。二つの夜空色の缶を摘まむように持ったアイリが、にこにこしながら入って来た。
ヨシミが見返って言う。
「お、ありがと」
「え? ヨシミちゃんも飲むの? ……じゃあ半分こしよっか」
いい音させたプルタブ。一つは宇沢の前に。もう一つは、アイリもヨシミも。残っていた麦茶を私のコップにあけて。「アイリがビールなんて珍しいじゃん」ヨシミが言うと、もいちど、プルタブを良い音させて「だってこれかウイスキーしかないんだもんここ」なんて、さっきの宇沢と同じように、唇をとんがらせた。
金色の炭酸が。控えめに泡を出しながら。注がれる。
……私はぬるくなった麦茶に口を付けた。二人をじっとり見ながら。
「で、いつから?」
表情を戻してアイリが言う。
……。
へぇ。
蚊の鳴くような声。蚊の鳴き声なんて知らないけど。でも。宇沢の声はまさにそのぐらいで。「あぁ? 聞こえない」と耳に手をやるヨシミおばあちゃんの、まさしくデリカシーの無い一言は放っといてだ。 - 341825/10/08(水) 16:35:27
聞こえたよ。私は。
顔がほころんだ。イヤミな気持ちなんて一つも出て来ない。からかってやろうとか、そんな気持ちも沸いてこない。純粋に。嬉しかった。
アイリも聞こえていたんだろう。にこにこ顔なのは変わんないけど、うん。そのにこにこは、とっても優しくて。ただ一人。聞き取れなかったヨシミが「だからいつから?」と、顔を伏せている宇沢に耳を近づけている。
私はヨシミの襟首をつかんで引き寄せて。言う。
「なら、なおさら伝えな。いくらでも手伝うから」
「……ごめ」
「謝ったら蹴るっつったよね?」
「すみま――ぁ痛っ。痛っ! まっ、ほんと痛いんで!」
げしげし蹴りながら、私の顔はほころびっぱなし。締まりのない顔っていう自覚がある。
隠す気もないよ。嬉しいんだよ。私が先生に対して失恋したとか、だからそういう気持ちを持っていることが私に対して心苦しいとか、言われればわかる。ちょっと遠慮しちゃう気持ち、わかるよ。
でも本当に。嬉しい。わかるってことがさ!
「私たちはカヨコさんのこと尊敬してるし、慕ってるけどね?」アイリが言う。小さく一口ビールに口を付け、一瞬顔をしかめる。「いやいや、そんなラブ的な意識は一切ないって」
「師匠よ師匠。でもま、ナツが私らよりも懐いてるのは否定しないかな。なんてーか、んー……。カヨコさんには申し訳ないけど、似た者同士なのね。波長っていうか、そういうのが合ってるっていうか?」 - 35二次元好きの匿名さん25/10/08(水) 23:59:36
一人の友人のためにここまで話し合える。素晴らしい関係。
- 361825/10/09(木) 08:32:46
「それ、すっごいわかる!」
「むしろ話が通じるようになったのがカヨコさんの真似っていうか。結局”ロマンを求めし者”なのよ、カヨコさんも」
「あははっ。そうそう」
あー……あはは。そっちはわかんないや。
盛り上がり始めた二人を見て。鼻息を漏らす。声を張る。
「ナツはカヨコさんを、きっかけをくれた恩人だって言ってたよ。私だけじゃない。あんたたちと活動を続けるためのきっかけをくれた恩人だって。昨日聞いた話はね。あくまで主体は宇沢。それからアイリ。ヨシミ。あんた達だった。宇沢はナツがカヨコさんのこと好きなんじゃないかって思ってるんでしょ? ないない。断言する。矢印の向き――だって。おいしいものは好きな人と共有したい。ね?」
わたしが。二人に目配せする。
SUGAR RUSH――もとい。『放課後スイーツ部』の仲間に。
美味しいものはみんなで共有するから美味しい。1人で希少な高級スイーツ食べたって美味しくないもん。好きな人に自分の好きなものを分かってもらいたい。共有したい。おいしいスイーツを作ってくれるお店はもちろん好きだし尊敬する。
だとしても、大事なのはだれとそのお店のスイーツを食べたいか。そっちなんだよ。
『そのためには伝わることを、伝わるようにしなくちゃ。”前回の柚鳥ナツ”は伝えようとする努力を怠っていたから』
アイツも。わけわかんないこと言いつつも、共有したいからスイーツ部やってたはず。そんなやつが宇沢に対してそういうことしてたってんなら。恋愛感情じゃないとしても、ナツの中で宇沢は”好きな人”だったと思う。
「だね!」アイリは。放課後スイーツ部の創始者は強気に。親指を立てた。
「私が言っちゃうのは反則だからこれ以上は言わないわ。大丈夫よ。とりあえずぶちまけなさい。セッティングはしたげるから。……ていうか、いつからなの結局。ぜんぜん聞こえなかったんだけど。ほんとにあんた達は聞こえてた?」
「……ヨシミおばさん」 - 371825/10/09(木) 16:17:02
「あーんだってぇ!?」
「あはははっ! やーめーてーっ!」
「たぶん高1からだってさ」エグいぶっこみをしたアイリにつかみかかった、ヨシミに言う。
わかるよ。
私に絡みに来てた宇沢だったけど。
なんだかんだ、いろんなことにフォローを入れていたのはナツだって。
くすぐったい笑いが出る。まるで。自分のことのように。宇沢とナツの関係が嬉しい。宇沢はつぶやくときに”ちゃんとはわからないですけど”って前置きしたけれど、だ。その始まりを私は見ていた。理解できる。
だって私はその現場を見て、聞いていたから!
「15年越しの想いをこのまま漬物にすんなって。ちゃんと食べてもらいな」
「うわっ。杏山カズサもヨシミさんみたいなキッショいこと言ってる……」
「うくくっ。うっさい」
と。ぬか漬けに手を伸ばして。頭に何かが深く刺さった感覚があった。
「……カズサちゃん?」
「あー……」 - 381825/10/09(木) 16:19:52
繋がっていく。何かが。わかんないけど、何かが。繋がる。ひらめき。天啓。そんものが頭の中を駆け巡り。繋がっていなかったものが繋がっていく。
「ちょっと。迷い箸は行儀悪いわよ」
「箸持ってないし手づかみの時点で行儀もなにも……ま、いいや。で、宇沢」
「はい?」
「アイツのどこを好きになったの?」
私と交代で固まった宇沢に。「たしかに! ちゃんと教えてもらってないねそれ!」とアイリが詰め寄る。アイリに組み付いていたヨシミも必然的に引っ張られて。
あんたの気持ちをからかうつもりはないけど、それはそれ。これはこれ。こんな話。女であるわたし達がほっとくわけがない。掘り下げないわけがない。私の失恋云々はもういい。女として。生き物としての性だ! 一から十まで。あんたの気持ちを丸裸にして、私たちを重ね合わせて。共感してぎゃーぎゃー騒いで!
この気持ちだ。この気持ち。刻み込め。そのために宇沢。あんたの気持ちをぜんぶトレースさせてもらう。こっちだ。”私”じゃない。そして、私も経験不足だった。私は、ここまで気持ちを熟成させられてなかった。
さんざ。夜にナツとハルカさんが帰ってくるまで。宇沢はストローからちゅうちゅうビールをすすり。途中からはウイスキーの水割りに変わって、茹でたエビみたいに真っ赤になりながら。しかし決して逃がそうとしない私たちの尋問は続けられ。終わりの日。直近にあったというカヨコさんの失恋。溢れた焦燥。宇沢は決して言葉にしなかった恐怖と絶望。諦観。それらを凌駕する想いのエネルギー。
そのときの、仮住まいにしている宇沢の部屋はたしかに。放課後にカフェで駄弁っていたあの時と同じ匂いで満ちていた!
午後練の代わりの夜練。あまり時間は取らずに”煮詰まったところ”に差し水を入れる日と割り切って。明日の予習と『彩キャン』の合わせ。あと、今まで不合格を食らっていた曲を最後に1回だけ通そうと提案した。いくらやってもダメそうだったから、アイリが吐きながら歌うと覚悟していた曲の試験で。
”私”を探す歌じゃなくて。単なる厨二曲としてじゃなくて。私は、宇沢から聞き出した気持ち全部を乗せて歌った。
『ヴァンデミエールと消えたキミ~太腿ニ刻ンダ貴女ノ真名~』
もぎ取った。もぎとってやったぞ。
合格を!! - 39二次元好きの匿名さん25/10/09(木) 23:36:32
足りなかった「何か」が埋まったのかね
- 401825/10/10(金) 07:26:33
■
(出すつもりなかったけどせっかく書いてあるので)
(アイリが吐き、ヨシミが顔を真っ青にし、ナツが呆れ、カズサが「エロじゃん」と言い放ったヴァンデの歌詞置いときます)
- 411825/10/10(金) 15:17:04
■D-Day -5
もそもそと朝食を摂っていたとき。タイヤが庭の駐車場に敷かれた砂利を噛む音がした。肚の底に響くような重低音。
私はこの音を知っている。
遅れて入って来たもっと軽い車の音も知っている。ばたん。ばたん。扉が力任せに閉じられ『ちゃんと紹介するから待ちなって!』という、これまた聞き慣れた声も。「誰か来たねぇ」。ナツが朝陽の差し込む縁側に体を傾がせた。
すべりの悪くなった玄関の引き戸がけたたましく叫び、知らん女の声が廊下からかしましく響いて。
ふすまが開いた。
「アイリさんっ!!」
「……ふぁい?」
昆布巻きの汁を唇につけたまま。アイリは、唐突な来客に、微妙な笑顔を作った。
崩れた浴衣で、長い髪を括らずぼさぼさのまま。というか、私ら全員、まさしく寝起きのままのひっどい姿。宇沢なんて昨日の深酒のせいで顔ぱんぱん。半分目開いてないし、大声に眉をしかめて舌打ちまでかました。「ぅるさぃ……」。びびるほどガラガラで低い声だった。
入って来た人もまた負けず劣らずの容姿。とりあえず整えてきました感がすごい。Tシャツなんか皺だらけ、首元だるだる。部屋干しの……言葉を選ばないなら臭い匂いに、ひさびさに櫛通したんだろうなってのがわかるような、潤い皆無の砂漠みたいな髪。その人はしかし、クマのひどい目をきらきらと輝かせ。こくんと昆布巻きを飲み込んだアイリに、足を踏み鳴らした。
「アイリさんだ! ホンモノのアイリさんだ! ああああああレア!! 浴衣アイリ!! はぁぁああッ――キスしますのでお尻、失礼します!!」
「なななっ、なになになになに!?」 - 42二次元好きの匿名さん25/10/10(金) 22:36:16
……うん、エロじゃん
- 43二次元好きの匿名さん25/10/11(土) 05:43:40
なんかアイリのことをひっじょーに好きそうな子が来たんですが?!
- 44二次元好きの匿名さん25/10/11(土) 14:32:02
レイサの醜態……笑
- 451825/10/11(土) 16:24:58
ヘッドスライディングの体制を取ったソイツに。私は帯に挟んどいた、宇沢のハンドガンを構えた。手のひらサイズ。取り回しのいい銃は、ソイツの体が敷居を越えた瞬間。火を噴く。
一発。二発。
三発。
んー……。まあ、”ナリ”だな。「こんなんじゃどうしようもなくない?」ぶんぶん銃を振って煙を飛ばしつつ立ち上がる。反動も軽いけど威力もない。「キス……お尻にキスを……!」と、弾をぶちこんだ脇腹を抑えながら畳を這う銀髪を蹴り飛ばして、広間の向こうの方に遠ざけといた。
「百鬼夜行って猟友会かなんかないの? 連絡しといてよ。ここ山近いから降りて来ちゃうんだって」
「急に……撃たないでください……。頭に響くので……」
「飲み過ぎたのが悪いんじゃん。ランニングから帰ってきたら風呂入るから、あとで一緒に入ろ」
「ヨシミィィァアアア――がふっ!!」
「ぅるさぃいいい」
叫びながら入室を決めこもうとしたヤツにも正面から顔面にぶち込んでおく。もんどりうって倒れる短髪のチビはそれでも。満足げに笑っていた。
アイリ、ヨシミと来て。それなら当然いるだろう。
開け放たれたふすまの影に体の大部分を隠して。でも顔だけはひょっこり出して。目にまでかかるモップみたいな黒髪の隙間から覗くのは青い瞳。視線の先は、ナツ。
その手には焦げや弾痕が生々しく歴戦を物語る鉄板製プラカード。見た目からは想像つかない荒々しい筆致で。『抱いて捨てて』ときた。
「……マジでなんなの?」
ナツを見ると手を震わせながら。ソイツと決して目線を合わせずに味噌汁をすすっていた。見られてない私すら感じる強烈な視線と熱意は、ナツの精神をガリガリと削っているようにも見える。 - 461825/10/11(土) 16:26:25
えぇ。
なにこれ。
ナツの頭に掴む。「私は知らない……」知らないじゃねーよ。あんたのなんかだろアレ。昨日の今日で『抱いて捨てて』は見過ごせないんだよ。
ただ一人あっさりと。広間の隅に積んであり、私が蹴り飛ばした銀髪が散らかした座布団を箸で指しながらヨシミが言った。「遠いとこご苦労さま! いいから座んなさい。ご飯食べる? ハルカさーん! ごはーん!」
「ごはーん! じゃないよ。どんだけハルカに甘えてんのあんたら。同い年でしょ」
「あ。おかえりなさいませ。ご飯食べますか?」
「……食べる。なんか問題あった?」
「いえ。こちらは特に」
「そっか。お疲れハルカ」
「カヨコさんも。お疲れ様です」
いたって自然に。呼吸するように。さらりとカヨコさんと拳を合わせたハルカさんはそのまま。厨房の方へぱたぱたと向かった。広間の隅で声がする。「アイリ……さん……!」もう一発撃ち込んでおく。
いよいよ黙った銀髪のよれT女は、潰れた蛙のようにひっくり返り。手だけをアイリに伸ばしたまま、動かなくなった。
「あー……。もしかしてミツルちゃん?」
「ァァアああ! アイリが私の名前を!!」
……頑丈だなぁ。動かなくなったと思ったらあっさりと。畳の上で足をバタ足をして、全身で喜びを表している。 - 471825/10/11(土) 16:27:55
もちろん、ナツは誰とも視線を合わせずに。冷奴を悪戯に崩している。
「で、持ってきてくれた?」
「……」
親指で外を指し示すカヨコさんは。表情のない顔にうっすらと。”得意げ”を浮かばせた。
「さっすが!! よっしゃ、これからはもっともっと本腰入れられるわよ!!」
「ヨシミさぁ……」
STANCE RUSHとの打ち合わせをしていたのはヨシミだったから。
言葉の代わりに大きなため息を吐き出したナツは「で、なに持って来たって? 車はわかるけど」と、崩した冷奴の皿を口に付け。一気に飲み込んで、むせた。
ふふん。
いつもの。勝気な笑みを浮かべて「あのままでも頑張れたけど、やっぱ、ぶっつけ本番って言うのは現実的じゃないからね」と前置きし。
高らかに。嬉し気に。言った。 - 48二次元好きの匿名さん25/10/11(土) 16:31:58
このレスは削除されています
- 491825/10/11(土) 16:32:59
STANCE RUSH。今回の協力者。狼煙を上げてもらう役割のバンドマン。カヨコさんが「保証する」と言ってたって、アイリたちからが話しているのを聞いたけど、どちらかというと、スラムの端っこの瓦礫みたいなやつらだった。不摂生の権化みたいな三人はずりずりと畳の上に体を引きずり。かしこまりながら、私たちといっしょに卓を囲む。
ナツの隣にいじらしく座った黒髪の――コウ、さんとかいう人。目つきが怖い。ガチ捕食者の顔してる。……で、宇沢がずっと睨んでる。もう隠す気なくなったんだな。まあ、全員知ってるっていう暴露されれば、ね。
「スタジオに置きっぱなしにした機材! 楽器! いくらか持ってきてもらったのよ! ドラムとかエフェクターボードとか――アイリのもね!」
「やったぁぁぁあああー!!」
絶叫に近いアイリのよろこび。今までずっと、心を殺して口ベースをしていたアイリは「やっと解放される!」と。箸を持ったまま、もろ手を挙げて喜んだ。
「追加料金貰うからね。ムツキと調整するの大変だったんだから」
さらりと言ったカヨコさんの言葉は。ヨシミやアイリではなく。宇沢に向けられた言葉で。
わかりましたから……いいから……静かにしてください。
ゆっくりした動きで味噌汁をすすりながら。宇沢は唸った。 - 501825/10/12(日) 00:35:53
■
(ふふふ……)
(保守替わりにどうでもいい小ネタを自ら解説するみじめさを曝け出すと)
(「ケツにキスをする」は最近再結成して世界を騒がせているとある伝説バンドの発言オマージュです……)
(「ジョン(レノン)に会ったら全身舐めまわしてやる」)
(学生時代うっさかった宇沢が)
(二日酔いでうるささに頭を痛める逆転シーンすき) - 51二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 09:12:36
そりゃ今まで共にしてきた楽器が帰ってきたら思わず叫んじゃうさ
- 52二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 09:29:30
このレスは削除されています
- 531825/10/12(日) 09:47:57
※
早く帰ってきなさい、とヨシミに言われた。もともとそのつもりだった。日課にしているランニングは、いつも朝食前にこなしていたけど。昨夜に『ヴァンデ』の合格に満足して今朝は、見事に寝坊したから。
いつもの半分。途中の田んぼの中のブロッコリーで引き返した。
私たちが潜伏する旅館は山間に位置していて。最寄りの駅から車で30分以上。パンフレットでもよく見かける百鬼夜行の観光地へは、山を2つ3つばかし越えなければいけない。このあたりには学校もなく。あるのは、平場に広がる田んぼ。山沿いの畑にビニールハウス。点在する農家。インフラはかろうじて。
人がいない。学生が居ない。百鬼夜行の治安維持組織すら、こっちの方へはわざわざ来ない。
つまりだ。つまり。
「……おーおー。やってんなぁ」
旅館までまだ少しあるところで。空気の振動を感じ取って、180の走りを歩きに変える。乱れた息を吐き出す腹に、リズミカルな低音を感じる。
カヨコさんが回収して来た車は。私も知ってる、あのゴツい車。リアガラスだけが開き、戦車みたいなグリルガードが付いていて。かつ、みんなの活動をサポートしてきた車。半月弱見てなかっただけで。私は別になんの思い入れもないけれど。それでも、懐かしいって感じた、あの車。
ヨシミが「せめて」と言ったエフェクターボードは配線まで含めてフルセット。ナツが「足りない」と言ったドラムセットはシンバルが1枚追加された。愕然と「顧客が求めたものはこれじゃない……」って言ってたけど、実際、カヨコさんには「全部持って来たってそもそも活用してないじゃん。誤魔化してもバレてるから」と一蹴されていた。
なにより、なにもかもが足りず絶望していたアイリのキーボード類が、ぜんぶ。
アンプにもなるという、あの車。
空気が震えている。
ほぼいつも通りを取り戻したみんなは。みんなは……。
それぞれが真骨頂を。この山間のボウルのような地形に。なみなみと注いでいた。 - 541825/10/12(日) 09:49:24
■
(「『いつも』朝食前に~」の『いつも』が抜けてて訳わかんなくなってたので、ちょっと直しました) - 55二次元好きの匿名さん25/10/12(日) 15:28:59
なんというか、本当の「日常」が戻ってきた気がする
- 561825/10/12(日) 23:36:43
部屋でひっくり返っていた宇沢を担いで脱がして温泉にぶん投げ、音出しや調整、今までの鬱憤を晴らすかのような音を聞きながら汗を流して。ほかほかの体で、秋風涼しい庭に出ると、だ。
そこには、音楽があった。
鋭く、それでいて恍惚としたような表情でアイリたちをみるSTANCE RUSHのメンバーはその場で直立不動。体が揺れるとか、リズムを取るとかもない。目を。まばたきすらなく。アイリたちを、食い入るように見ていた。
「大丈夫?」
肩を貸していた宇沢の耳に口を近づけて言った。今朝がた、大声に顔をしかめていた宇沢は、その数倍の音量音圧を浴びながらも、眉一つ動かさず。それどころか心地よさそうに目を閉じ「聴き慣れすぎてもはや子守歌です」と、鼻歌をした。
小さい身体に不釣り合いな大きいギターをかき鳴らし、動と静。荒々しく動いては勇ましく構えるヨシミ。
表情なく冷静に。全体の呼吸器となったナツのバスドラが音ではなく空気の衝撃として伝わる。
全身を使い、長い髪を揺らしながら踊るように。アイリは無塗装の楽曲にキーボードと中層の低音を、リアルタイムに着色していく。
私は。私の肺は勝手に息を吐く。私の喉は勝手に響く。私の舌が勝手に音を作り、私の口は勝手に歌を出す。宇沢の声が私の声と混じる。私は主旋律を。宇沢は慣れたように私より高い音程で、和音を作る。
ロスキャ。Anohi Lost Cat。合格した曲の一つ。今までの練習とは違う、乾いた木の枝が折れた時のような音作りのギターが刻まれ。口ベースではない、しっかりと土台が作られた曲を。私と宇沢はただ、口遊む。
……♪
……♪
……。
……。
「……なん、ですか?」 - 57二次元好きの匿名さん25/10/13(月) 04:51:23
憧れる人たちにカズサはどう映るか
- 58二次元好きの匿名さん25/10/13(月) 13:23:47
まぁ、カズサはタチな見た目だしなぁ…
- 59二次元好きの匿名さん25/10/13(月) 21:41:55
このカズサとレイサの口ずさむ姿も絵になりそう
- 60二次元好きの匿名さん25/10/14(火) 01:13:01
自然と口ずさんでしまうほどの曲……さぞ魅力的なんだろう
- 611825/10/14(火) 03:13:27
肌で音を感じる場所。アイリ達が他の音すべてを飲み込んだ場所で私の声が聞こえたかどうかはわからないが。
ふと目を開けた時、直立不動だったはずの3人のうち、銀髪の変態――ミツルさんが見返って。どぶみたいな目つきの奥できらきらと紫色の瞳を輝かせ、カサカサな唇に薄い笑顔で私を見ていた。口遊むことを止めた私に”どうぞ続けてください”とでも言いたげに。また、顔をみんなの方に戻す。
「気になるっつーの……」
ねえ宇沢。
私が言うと、宇沢も苦笑いしていた。
私が知る曲の終わりでもシンバルは余韻に変わらない。上に下に流れるキーボード。メロディアスなベース。そしてガシャガシャとかき鳴るギターに重なるピロピロした単音。「あーー! 気持ちいい!」というヨシミのきんきんした高い声。
拍手はなく。あるのは興奮。好き勝手鳴らされ続ける楽器と、声。
「――ぅうう! 3ヶ月ぶりの生シュガラッ! っぱたまんねーよ!! ヨシミ! 私だー!! 結婚」
「しないから!!」
ガシャガシャと車から溢れたギター。そのままエフェクターボードの何かが踏まれ、ギターの音は開放弦の、なんの意味もない”音”に代わり。押しつぶされていた車のエンジン音が表に出てきた。
私も知っている、そして運転もしたことのあるゴツい戦車みたいな車は。「そこが開くの」と失笑してしまう形状に変わっていた。助手席側の後部座席のドアが”縦に”スライドして……座席は取っ払われている。フロントやリアのフェンダーにはスピーカーが埋め込まれていて、空いた後部座席の中に固定されたドラム。中から飛び出ているポールに付けられているのはアイリの周辺機器。メインのキーボードだけは、私も良く知る台座に置かれて。ギターはリアバンパーの下から伸びるシールドで繋がれている。
「あれライブ前――金曜日の夜は、中のもの全部取っ払わなきゃいけないから、大変なんですよねぇ」
「私ん時はスタジオに機材おきっぱにしてたから、車してたんだ。なにあれ。原型ないよ」
「ちなみにホイールの中と正面のグリルの下もスピーカーなんです。ホイールの方はいま壊れてますけど。ナツさんが嫌がるんで外しましたが、サンルーフからも――」
「そういう兵器じゃん、もう」 - 62二次元好きの匿名さん25/10/14(火) 03:18:19
このレスは削除されています
- 63二次元好きの匿名さん25/10/14(火) 03:21:16
私の失笑に。忘れていた頭の痛みに唸る宇沢は「車内から出られないナツさんはずーっと耳栓しててですね。イヤモニっぽく誤魔化して。ちょっとした小ネタです」と笑った。
「そ、そそ、そウなの……?」
胸の前で手を握りしめたまま。じっとりナツを見つめていたコウさんが振り向いて、にちゃりと笑った。「ヒひ……レア情報げっと……ィひひ」
お、おう……。なんかツルギさん思い出すな……。
「”杏山カズサ”さん」
頭から灰をかけられたようなまだらの銀髪。STANCE RUSHのリーダーは私より少し背が高い。けれど体重は確実に私の方が上だって言えるぐらい細い。今朝、いっしょにテーブル囲んだときに。朝食を貪るように食べていた姿がすべてを物語っていたと思う。みんなに対するあの態度。この視線。
なにより『STANCE RUSH』という、バンド名。
……ここで引くな、杏山カズサ。
虚勢でいいから。胸を張れ。
軽く。咳払い。
「なんか文句ある?」
「……」
吸い込まれそうだ。堕ちそうだ。じいっと見つめてくるどぶみたいな目つき。その奥の薄い紫色の瞳。病的に白く、調子の悪そうな肌。
宇沢がわずかに身じろぎするのを感じる。声を出そうかどうか。悩んでいるのかもしれない。ただ頭痛いだけかも。
しばらく見つめ合ったあと、私の耳から足元までをじろりと流し見て。長いまつ毛のまぶたを下ろした。 - 64二次元好きの匿名さん25/10/14(火) 03:29:08
「本当に、見つかったんですね」
「……似たようなこと、聞き覚えあるな。それ」
タミコに言われたなあ。そういえば。ここが15年後の世界だって告げられたあの黄昏の中で。震えていた私にタミコに投げられた言葉もたしかこんな感じだった。ああ。ワカモさんにも言われたか。
SUGAR RUSHの公式SNSアカウントの、固定投稿には私の写真があったから。顔は、かなり知られているというのはわかっている。だから、私を知っていることそのものには驚きはしない。驚くのはむしろミツルさんたちだ。だって。そのまんまのカッコだし。事情はある程度カヨコさんが説明してくれたらしいとはいえ。常識の外の話。
「おかげさまで」と私が言うと。ミツルさんは口を開き。閉じた。薄い唇が震え、引き絞られる。握られた拳も唇と同じように震えている。ぱさぱさの髪が。目元を隠す。
「――なんで」
「スタラー! ちょっとこっち来てー!」
ヨシミが叫んだ。
振り返る前。最後に私を見たミツルさんの顔。……わかんない。なんか。いろんな感情がごちゃごちゃになった顔をしていた。怒ってそうにも見えたし。泣きそうにも見えた。叫び出しそうな顔にも見えたし。無表情にも見えた。
空いた方の手で耳の付け根を掻く。そんな顔されたって私にはどうしようもない。
「あいつらにもいろいろあるんだよ」
「うわっ」
いつの間にか隣にいたカヨコさんは「ハルカもこっち来な」と。縁側で飲み物を準備していたハルカさんを手招きして呼ぶ。「いろいろなら負けませんけどね」。私が言うと、心から面白そうに笑って言った。
「なんとなく感じたでしょ。憧れってさ。狂気の種なんだよね」
「……」 - 65二次元好きの匿名さん25/10/14(火) 03:37:36
招集されたミツルさんたちとみんなの声がする。「はいこれ」ヨシミが気軽に渡したものに。ツキカさんは膝から崩れ落ちそうになって、慌てて足を踏ん張っていた。
「ちょっと演ってみて。私らの曲コピってんでしょ?」
「ちょぉおお!? ええっ! 待っ……弾いていいんすか!? 自分の持ってきてますけど!」
「だって本番これ使ってもらうもの」
「これぇ!?」
いちいちリアクションが大きいツキカさんに「練習だと思って」と。ここで、いつも練習の時に使っていたあの頃の。ピンクのボディのギターではなく、”こいつらのSUGAR RUSH”でメインギターにしていた、虎模様のようなギターのストラップを、ツキカさんの肩に掛けた。「うん、似合う似合う。背格好似てるから調整もいらないわね」とばしばし肩を叩きながら言う。ギターを渡された本人は泡吹きそう。
スティックとドラムの椅子を譲られたコウさんの方も、だ。が、こっちはナツが気まずそうにしている。「キミなら使いこなせるはずだ……」と言い。ナツはそそくさとこっちに逃げて来た。
「あー……」
ただ一人。渡すものもなく立っていたアイリが言う。
「キーボードはいないんだっけ。ベースはミツルちゃん、だよね」
「はい」ミツルさんが、もう1台の――カヨコさんたちの車のトランクを開けて、声を張った。「ボーカルやってもらった子と去年逃げました。でも大丈夫です」取り出されたのはエフェクターボード。綺麗に丸められたシールド。使い込まれたソフトケース。
ケースの中からは。
もちろんベース、なのだけど。
擦れた青いボディ。どろどろに汚れた、元々白かっただろうピックガード。削れたような痕があるヘッドにはかすれたLUSSEKATTERのメーカー刻印。
耳栓を抜き、私の足元にしゃがみこみながら。ナツが「おー、ほっほっほー」と気持ち悪い笑い声を出した。 - 66二次元好きの匿名さん25/10/14(火) 03:46:40
「アイリさんの譜面は”自分用”に作り替えてあります。完コピはできませんが、役割は果たせますよ」
「それ……」
「はい。”第1期SUGAR RUSH”の動画はもちろん履修済みです」
取り出されたベースは、おんなじ。
私が使っていたベースとおんなじ。私があの楽器屋で。なにもわからず、とりあえず選んだやつとおんなじ。
けど。その使い込まれたベースは。
私の、ほぼ新品のまま経年劣化したものとは。まったくの、別物。
「……そっか」アイリは。まるで挑戦を受け取るように。誰の代わりか。私の代わりか。強気な笑みを浮かべて。キーボードや。周りに設置された機材の電源を切っていく。
機材をセットしていくミツルさんに、ツキカさんは「マジ? え、マジでシュガラの前で演んの!?」と、両手を挙げてギターに触れずに困惑をぶつけた。でもミツルさんは「こんな機会もう一生ないんだから」と笑い。どたむん、とコウさんがスネアとタムを回した。ナツよりもすこしばかり背の高いコウさんは椅子を調整し。バスドラを何発か打ち、シンバルの位置を整えた。言動とは裏腹にこっちは入り込むのが早い。
「じゃあ、せっかくだから、いま私たちがやった『ロスキャ』弾いてもらおっかな。テストとかじゃないよ。カヨコさんが選んだバンドだもん。信頼してる。ただ、あなたたちの演奏を聴いてみたいだけだから気楽にね。いいよね、ヨシミちゃん」
アイリは。ベース用に使っている改造キーボードからシールドを引き抜いた。
「あんな手遊びの演奏と同じ曲で? もっと難易度高いやつを……。んあー、面目潰さないでよね。50回ぐらいミスること! 別に私ギター上手くないから!」
「あははっ、予防線ー。あ、これ、このままOUTに挿せば大丈夫だから。アンプとかスピーカーとかミキサーとか、ちょっと特殊な構成だし、気に入らないかもだけど……」
「……私はゲリラライブでSUGAR RUSHに。アイリさんに”飲み込まれた”んです。この時、この場は、光栄でしかありません。それに」 - 67二次元好きの匿名さん25/10/14(火) 04:00:54
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- 681825/10/14(火) 04:12:12
シールドを受け取り。しゃがんで。ジャンクションボックスらしい機材に挿して、チューニングが始まれば。私と同じベースなのに、まったく違う音が鳴る。
一通り準備が済んだころ。間近で作業を見ていたアイリを見て。ミツルさんは言う。
「憧れのバンドを前にして。――”気楽”になど、できませんよ」
ツキカ、コウ。
ミツルさんが声を掛けると観念したのか。ツキカさんはネックを握った。慣らすらすみたいに指を動かし、何度かピックで弦を弾いて。音を止める。2回、3回。深呼吸。
呼吸が。空気が。合わさっていく。
その雰囲気を楽しむように肩を回しながらこっちに来たアイリとヨシミは「すごいね」と言って。私と宇沢の間に。ナツの隣にお尻をつけて座った。
張り詰めていく。研ぎ澄まされていく。エンジン音があるのに。万籟の音だってあるのに。私は、静寂を感じている。
だんだん”なにか”が整っていく。抑揚のないエンジンの音で頭がぼうっとしてくる。まばたきを意識しなくちゃならない。ぎゅうんと、視界が狭まる。宇沢の重みが左肩にある。アイリ達の体温が、足にうっすら温かさをくれる。
呼吸。呼吸。
静寂が、間に変わる。
……。
……。
スティックが打たれた。 - 69二次元好きの匿名さん25/10/14(火) 08:44:49
過去のシュガラに憧れてた子達なのに、自分とは違って積み重ねが違うとかカズサは感じたのかな
- 701825/10/14(火) 16:17:25
※
丁寧なノックがされた扉に返事をする。
ぎぃ、とスプレーをサボっていた扉が鳴き、つぶやくような「失礼します」と共に想像通りの人が入ってくる。
「いらっしゃい。話は聞いてるよ。そこに置いてあるやつがそうだから」
整いすぎて不気味さすら感じる顔に”所在なさげ”を浮かべたワカモは、少し惑ったあと「ありがとうございます」と。水が流れるようななめらかさで、部屋に入ってくる。がらごろと。見た目に不似合いなスーツケースを転がしながら。
「……」
話は聞いていた。ゲヘナの支部から「明日はミレニアムだって」って連絡があった。段ボール7箱分。支部化する前のシャーレの対応事例。初期の記録にはアリスやデカグラマトン事変関連の。今思えば懐かしい。ぶち……ヒマリさんに振り回された学生時代の記録も。システマチックに記載された資料。
何に使うかは知らないけど、もともと先生の持ち物だ。デジタル化もしてある。ここにあろうがなかろうが仕事に支障はない。なにより、今とはまたやり方が違うから、あくまで目安程度にしか使えないし。
「……」
それはそれとして、だ。
見ている。見つめている。睨んでいる。会わせないようにするのが人情ってもんなんだろうけど、ぶつけた結果どうなるかを知ってみたいというのもまた、抗いがたい欲求。
自分のデスクの隣で。明らかに入りきらない量の書類をスーツケースに移しているワカモさんを。トリニティ支部のレイサの部下が。子飼いが。エリナちゃんが、じいっと見つめている。 - 711825/10/14(火) 16:20:38
「……」
「……」
「……」
「……」
「……先生元気?」
耐えかねて声を出してしまった。ワカモさんは揺れる瞳で私をちらりと見たあと。同じ方向に居るエリナちゃんから逃げるように目を逸らし。「はい」。短く答えた。
「そ。ならよかった」
「……」
「……」
……。
今この場にムツキがいないことが悔やまれる。モモイ達でもいい。最悪ヒマリさんでもいい。この空気をどうにかして欲しい。わかった。私が悪かったよ。失敗。このテストは失敗。組み込んじゃいけないもの合わせちゃった感がすごい。いたずらに。表計算ソフトの文字入力欄に「asasasasasasasasasasasasas」なんて、中指と薬指を交互に動かしてるだけの謎文字列をぎゅんぎゅん増殖させていく。
私がため息を吐いたと同時に。エリナちゃんが、言った。
「謝罪の一つもないんですか」
私だってワカモとは会ったことがある。忘年会でも。新年会でも。納涼祭でも、ここ数年はやってないけどS.C.H.A.L.Eの親睦旅行でだって。なんだかんだ長い付き合い。話したことはほぼなくとも、私も口数が少ない自負があるから、なんとなく人となりはわかっていたし、親近感だって持っていた。
――こんなに自信なさげなワカモを見るのは。こんなに弱弱しいワカモを見るのは。人生で初めてでちょっとビビる。ムツキとアビドス支部の会議は横から見ていたけど、こうして実際に見ると、余計に。 - 72二次元好きの匿名さん25/10/14(火) 16:23:15
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- 731825/10/14(火) 23:08:17
いつだってぴんと背筋を伸ばし、存在・所作そのものが威嚇になっていたようなワカモは。肩を丸め。仮面を着けていない顔を髪で隠すようにうつむき。いたたまれない雰囲気にいますぐにでも逃げ出したいという焦りが全身から溢れている。
止まった手はふるふると震え。エリナちゃんは、ワカモに対してさらに敵意をぶつけていく。
「”あなたが”やったんですよね。あなたの思想でないにしろ」
「……はぃ」
「宇沢先輩に、異なる信仰を持つ方に自身の信仰を押し付けることは高慢だと教えられました」
「……」
「なので今だけ。私は私の主義を忘れます。『先生に大怪我させた人を前にしたら、あなたはどう思われますか』」
「……」
「『どう思われますか』」 - 741825/10/14(火) 23:11:51
■
(描写の矛盾に気付いてしまったので訂正しました)
(仮面付けてないワカモなのに仮面描写してしまった)
(ふひひ……)
(このカズサとレイサなら……片方が歌い始めたら、きっといっしょに歌うだろうなって……) - 75二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 08:40:44
保守
- 76二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 08:45:40
つ、詰めが怖い……
- 77二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 16:14:56
沈黙。
沈黙。
私は、利き足に意識をつぎ込む。力を少しだけ入れておく。お尻を少し浮かし、デスクのいろいろをいつでも飛び越せるよう、準備をする。
急にスイッチ入る子なんですよ。
いつだったかなぁ。レイサと飲みに行ったときに聞いた話。仕事はできるし、シスターフッド出身でコミュニケーションも”基本的には”問題ない。正規職員をとらず。本部と同じで当番制で支部を回していたレイサが採った、初めての正規職員。もちろん。S.C.H.A.L.E全体の集まりにも来ている子だから、ワカモだって、彼女とレイサがどういう関わりなのか、知っている。
「すみませんでし――」
あのワカモがだ。謝罪を口に出そうとした瞬間。エリナちゃんは立ち上がると同時に、愛銃のショットガンを振りかぶ――。
……るだろうなってわかっていたので。デスクを飛び越えダッシュでバレルを掴んだ。力任せに振り下ろされる手には何もない。私の手には、ハンマーとなり、ワカモの頭をカチ割る予定だったショットガンがある。腕だけが振り下ろされた勢いの風で。ワカモのしっとりと黒い髪が揺れた。
それでも動かないワカモに。さらりと。言う。
「私は『こうします』」
レイサに聞いといて良かった。ほんとよかった。引き合わせてみたのはカンッペキに私のミス。せめて誰かほかの人といっしょのときにするべきだった。やっぱ人間関係ってのは”やってみよう”でどうこうするもんじゃないね。反省するよ。
「はいはい、どうどう。ワカモもいろいろあるんだから解ってあげなよ」
「”いろいろ”で片付けられる中に組み込まれる私の気持ちも考えて欲しいものです」
「……それはそう」
ほんと口達者。 - 781825/10/15(水) 16:18:52
すとんと腰を下ろしたエリナちゃんはそのまま。肘をついてガラ悪く。うつむくワカモの顔を下から見上げた。とりあえずショットガンは私が持っておく。ダブルバレル。モノは大きい癖に素材のおかげかずいぶん軽い。そしてやたらカラフル。エリナちゃんの性格的にこんなカラーリングのカスタマイズするはずないから、レイサあたりにいじられたんだろう。ワカモは再び。書類をケースに詰める作業に戻る。
あー。急に動くと体があっつくなる。
うちとの一通りの調整が終わり。クロノスのミレニアム放送局所属の生徒との打ち合わせも済ませたムツキは「カヨコちゃんのほう手伝いに行くねー☆」とあっさり去って行った。こっちはもう、あとはエンジニア部にスケジュール通りに進めてもらえばいいだけの段階。アビドス……というかノノミがハイランダーに掛け合ってくれたおかげで、楽器輸送に使うドローンのバッテリー問題も解決。スピーカーを町中に浮かせろとかいうバカみたいな依頼は、まあ。リオさんに頼んでどうにかなったし。
2人とも向こう半年ご飯作れっていう条件出して来たから嫌々飲まされたけど……。なんで私が……。いい加減にしてほしい。ほんと。しかも食卓は一緒に囲まないってんだからめんどくささ2倍だ。便利屋とSUGAR RUSHとレイサ、どこに請求してやろうか。ほんとに。
音声の同期問題は私とカヨコさんでなんとかする。レコーディングはクロノスの機材を貸し出してもらう。あとはSUGAR RUSHが場に立つだけで成立させられる。少なくとも、SUGAR RUSHの一件はこれにて落着。本人たちのライブの出来不出来はこっちの関わることじゃない。
そういえば。ムツキが言ってたこと。
気になるので、聞いてみた。
「アリスがここ数日どっかに出かけてるって聞いたけど、なんか知ってる?」
「……」
「何日も掛かるような外出でユズたちと一緒に行かないのは珍しくてさ」
「……」
「……ま、カンケーないか」 - 791825/10/15(水) 16:21:33
見た目から性格まで、何一つ変わらないアリスは。しかし何年か前、体のパーツを組み替えられませんかと相談を受けたことがある。あの子もあの子で。天真爛漫、天衣無縫。そういう子でも、なにも考えていないわけじゃない。シリコンで胸を盛ってあげると大喜びして。以降、手足をすらりと伸ばしたり、特殊メイクで大人っぽい顔にしてあげたり……。成長しないというのも。きっと辛い。そのたびモモイから『私よりスタイル良くしないで!』なんてお叱りの電話が掛かってくるのは、もはや様式美。
ま、これも私が主体の話じゃない。ケイを残してアリスだけが出かけたって言うから、ちょっと違和感を感じただけ。あの2人が日を跨いで離れるのは、本当に珍しい。
ケースの8割ほどまで書類を詰めたワカモの手が止まった。段ボールはまだ3箱残っている。
「ちょっと待ってくれればUSBにデータコピーしてあげるけど? ていうか他の自治区はどうしてたの。だいたいの量は同じぐらいだよね」
「アリスさんは本部に見えています」
「……へぇ」
あとでムツキに連絡しとこ。
ショットガンを杖にして寄っかかり、言った。
「いいの? 言っちゃって。ぶっちゃけて言うと戦力だよね。ムツキが『知らない』って言ってたってことは、ユズたちも知らない話ってことでしょ」
「いい、のです」
間があった。良くないだろうね。それはそう。そう、だから。
アビドスの連中に簀巻きにされたあの日から。ワカモはきっと、意識して変わろうとしてるんだって、わかった。一匹狼に。派閥も作らず、力で先生の側に侍っていた女が。今、私たちと目線を合わせようとしてる。
あの日は、決定的な情報を溢しはしなかったワカモ。そもそも『なぜ』がわからないからこその苦しみと混乱。あの日は、きっとワカモにとって、特別な日だった。 - 801825/10/15(水) 16:25:33
盲目的だった。狂信的だった。なんでそうなったのか本人もわかんないって言ってたけど、大体の恋ってのはそんなもん……って、映画でも漫画でも、言っている。私にはわからない感覚。でも、理解はしてあげられる。
そりゃあ、こうやって迷惑掛けられてるわけだし。今まで威嚇されたり、ボコられたりしたヤツもいるから、ワカモがすぐに好意的に受け入れられるかって言ったらそんなことないと断言できる。エリナちゃんみたいに。急に殴りかかられたり、罵られたりするかもしれない。ニュースでも言われていた通り。ワカモは先生の護衛でS.C.H.A.L.E本部の警備統括。世間から見れば暴力担当、S.C.H.A.L.Eの地位を守るための恐怖の象徴。そういうのは、たしかに必要。
そんな象徴を続けて来たワカモとこうして相対して話して見れば。変わろうとしているっていうのが。伝わってくる。だって、今零した情報は。まさしく、先生に対する裏切り。アリスがユズたちにすら伝えなかったことを。ワカモは零したのだから。
なにより。
私は、一歩踏み出そうとして。その行為を止めようとして、やめた。
「大変」
「……」
「大変、申し訳ございませんでした」
こんな時でも香が焚き染められた百鬼夜行の装束。金糸や銀糸。小物や銃器を鳴らしながら、豪奢な着物と長い髪が床に散らかっている。縮こまるように体を丸め。床に頭をつけている。
「……」
土下座。まさしく。
それすらも様になるというか。美しいっていうのはほんと、こういうことを言うんだろうなという、妙な関心。
「レイサさんに怪我をさせたのはわたくしです。スケバンの方に火傷を負わせたのは私の不注意です。罪は必ず償います。ことが済めば同じことをわたくしにしていただいてもかまいません。――ですが、今は」
「神は赦されました」 - 811825/10/15(水) 16:29:07
私は、頭を掻く。だって。どう考えても”赦します”って態度じゃなかったから。膝を組み、腕を組み。デスクチェアの上から、見下ろす様な表情で。あー、まあ、エリナちゃんじゃなくてあくまで”神は”だからいいのか? シスターフッド出身者は謝られたら反射的にそう言っちゃうとかあるんだろうか。よくわかんないけど。
でも。態度とは裏腹に。
「私も赦します。宇沢先輩とタミコさんには後日ちゃんと謝ってください。約束です」
と、エリナちゃんはため息を吐いた。
吐いて。
椅子から立ち上がり。ワカモの背中に手を当てた。撫ぜるように。ぽんぽんと優しく叩く。
アリウス出身のシスターフッド。トリニティの複雑な事情はわからないけれど。それでも、元シスターフッドの面目躍如、と言ったような柔らかい声色で。エリナちゃんは静かに。言った。
「為すべきことをしなさい。私たちはまだ終わりではないのですから」
小さく。すぐそこにある床に跳ね返った、くもぐった声で。
ワカモは小さく、返事をした。 - 82二次元好きの匿名さん25/10/15(水) 23:18:56
保守
- 83二次元好きの匿名さん25/10/16(木) 08:30:59
優しみ
- 84二次元好きの匿名さん25/10/16(木) 15:49:49
それがどんな過程を経てどんな結果を生んだとしても、それは己が動いた証であり軌跡である
- 851825/10/16(木) 16:28:26
■
(寝かせた書き溜めに段差を感じたので調整させてくだせぇ)
(ちなみにS.C.H.A.L.Eの百鬼夜行支部にはすっかり落ち着いたユカリが居たりしたり)
(街場まで山2つ越えなくちゃいけないから登場はしない) - 861825/10/17(金) 00:45:45
※
「先生、先生! 本日のクエストを達成しました!」
「”ありがとアリス。ほんと助かったよ。学生の子たちに今は頼れなくてさ”」
「任せてください! ジョブ転生を繰り返したアリスには現在42の専用スキルが――」
うんうん。
アリスの話を私は、笑顔で聞いている。笑顔だ。笑っている。私も。アリスも。
何年ぶりだろう。思い出深い生徒の1人。ミレニアムからわざわざ来てもらった天童アリスが、S.C.H.A.L.Eのオフィスに、当番……ではないけれど。私とデスクを挟んで。コミカルに動いたり、ぴょんぴょん跳ねたり。床を引きずらない程度に髪が短くなってはいる。オーバーサイズジャケットの制服も着ていない。作業をするのに適したツナギ。そして、頭に巻いたタオル。
服装こそ違うけど。こうしてかつてのように。
「――んせい?」
「”ん、あ、ごめん。……やっぱりレッドウィンターの工務部で習ったの?”」
「……ふふふっ。その通りです! あと、ワイルドハントの壁面絵画技術の応用です!」
アリスは後ろ手を組んで。私の顔を見。「勇者はマルチな才能を持っているものですから!」と。天に指を掲げ。言った。
アリスはまだ。インディーズデベロッパーとしてゲーム開発を。みんなと続けている。
半年に一回ぐらいは差し入れを持って行ってた。リリースがあれば毎回購入している。遊べているかは別として。だからみんなの変化や近況は、ある程度は知っているけれど。こうしてS.C.H.A.L.Eに居る姿を見るのは久しぶり。本当に。
私の目はアリスの姿をぼやかして。その背後に焦点を合わせる。 - 87二次元好きの匿名さん25/10/17(金) 08:28:22
保守
- 881825/10/17(金) 16:33:52
ソファにモモイがいて。隣にミドリがいて。対面にユズが座っている。アリスは私の膝に座り、携帯ゲームを持って、4人プレイをしていて。
あのソファは当時からの備品。もう、中のスポンジが見えるぐらいぼろぼろ。埃じゃない、へんな匂いもするなんて文句も出てた。こないだ……。スプリンクラーの水でぐしゃぐしゃになったのを機に。さすがに買い替えた。新しいものがそろそろ届くはずだ。
あのソファには、それこそ数えきれないぐらいの思い出が座っているけれど。そろそろ。お別れ。
コンクリート地がむき出しの壁。昨日と今日と。そして明日の3日間で、壁を塗り直す予定だった。ソファと同じ。考えてみれば補修補修ばかりで、リフォームしようなんて気は微塵もなかった。ワカモが壊した扉とガラスは新品になっていたから。これで、その場所だけが浮くこともなくなるかもしれない。壁が塗り終われば床を徹底的に磨かなければ。
棚はまだ使える。資料をいったん全部出して、色が剥げた部分をスプレーで塗り直して。デスクチェアも新調する。もう、段ボールに入った新しい椅子は組み立てればいいだけ。来期の経費に響かないよう、自前の財布から、かなり奮発した。ブラインドも1枚1枚拭かなくちゃいけない。天井のシーリングファンも。
ビル全体はできずとも。このオフィスは。お世話になった場所だから。
アリスに来てもらったのは、一番、適正が高いから。いろんな自治区のいろんな部活に顔を出して、スキル習得と言っていろんな技術を身に着けているアリス。だって、言ってしまえば仕事はない。
S.C.H.A.L.Eは事実上の機能停止。ネットに開いた緊急窓口は沈黙している。だのに、ニュースではおくまでこの不祥事を取り沙汰するものばかりで、混乱を誇張する情報は入ってこない。私を突いてくる連邦生徒会にそれとなく聞いたとき、ぼやかしはしていたけれど、否定はしなかった。『ストライキを起こしたはずの各支部が機能している』ということを。
行政処理すら私が居る本部を飛び越え、連邦生徒会と直接やりとりをして、成立している。
「”……”」
「……先生?」
「”……”」
「……お腹が空きました! 先生!」 - 89二次元好きの匿名さん25/10/18(土) 01:10:14
どんどん先生〝だけ〟が、浮いていっている
- 90二次元好きの匿名さん25/10/18(土) 05:35:12
落ち着いたユカリ……今ではまだ考えもつかんな
- 91二次元好きの匿名さん25/10/18(土) 06:30:47
このレスは削除されています
- 921825/10/18(土) 06:31:49
アリスはきっとわかっている。わかった上で”かつてのように”を、わたしにくれる。
これだけニュースが流れていれば。ミレニアムの支部にすら話が行っている状況で。わたしが「”みんなにはナイショで”」なんて呼び出して、なにも思わないはずがない。なのにアリスは。この底抜けにやさしい子は。
……。
「”そうだね”」笑っている。”かつてのように”。私は、笑えている。「”じゃあ、一緒につくろっか。きっとアリスの腕には及ばないけど、手伝いぐらいならできるからね。モモイ達にもご飯、作ってるんでしょ?”」
「はい! いつもいつも、あの万年ずぼら女たちはお菓子だけで食事を済ませようとしますからね! 一年かけてゲヘナ給食部、百鬼夜行の百夜堂、山海経の玄武商会と。スキル習得のために、お休みのたびにケイと一緒に……」
後ろ手を組んで。アリスは、つま先を擦り合わせながら、私を見た。
「あのですね、先生」
「”うん?”」
「最近の業界では、闇落ち展開というものは、もはや王道なんです」
一歩。デスクに踏み出して。背の小さいアリスの目線は、座っている私と同じぐらい。
すこしだけ曇っていた表情をくるりと変えて。人差し指を立て腰に手を当て。アイコニックな”物を教える人”のジェスチャーをしながら。
また一歩。詰めてきた。
「いろいろなパターンがあります。モモイが研究してました」 - 931825/10/18(土) 06:38:57
力に溺れるとか。逆に力不足を感じてしまったとか。
劣等感があったり。唆されたり。正義感が強すぎたり。
「大事なひとを守れなかったとか。大事なものを守るためだとか。いわゆるセカイ系と言われるジャンルも、一部は闇落ちというシナリオに当てはまるのだそうです」
「”へぇ。そういえば新作のシナリオも、かなり評判よくてちょっと誇らしくなったよ。ミドリのファンも付いてるんだよね。……それを支えるユズとケイの技術も、もちろんすごいよ!”」
「むむむっ。アリスだってデバッガー技術が高じてRTA大会で世界記録をいくつも……と。ともかく、アリスはそれで言うと、きっと、闇落ち一歩手前です」
「”そんなことないよ”」
「だって、アリスはモモイたちのためなら、魔王にだってなれますから」
「”……アリスは、勇者だよ”」
「ふふっ。元勇者の魔王。新しき勇者が倒すべき敵は、前作で世界を救った勇者だった! ――古典的です。擦られ過ぎて訴求性に欠けるマンネリ展開です! ……昔からあるストーリー形態、なんです」
「”そうなんだ。最近は、あまりゲームしなくなっちゃって”」
「でもですね。”光”だったから”闇”落ちって言われるんですよ、先生。それが”エモい”からこそ、擦られ続けて来たんです」
ニコニコしながら。アリスは、私を見て言う。
「ですが、私はまだ勇者です」
「”アリスが魔王になるなんてモモイ達がぜったい許すはずがない。大丈夫。アリスはずっと、勇者のままだよ”」
「ですので今回は”勇者と魔王の共闘”ですね」 - 941825/10/18(土) 06:52:15
「”……”」
アリスはきっとわかっている。わかった上で”かつてのように”を、わたしにくれる。この子は、近いところに居るから。私と同じ。”世界を俯瞰する存在”に近い場所に。
違うのは。決定的に違うのは。アリスは”キヴォトスの住人”であること。”そのように組み込まれた生徒”であること。私とは違う。学生として世界を見て、青春の先で生きている。膨大な未来から、自ら選んだ世界を、歩いている。
私とは違う。
異物のまま過ごしてきた私とは。
「そういうシナリオもアリスは好きです。なぜならそういう作品の魔王は悪になりきれないで、どこか誤解された、人間味あふれる、魅力的で素敵なキャラ付けをされることが多くて憎めないからです。その場合、最後の敵はさらなる邪悪。形而上的な事象のカリカチュア的キャラクター化だと、モモイは分析してました」
アリスに来てもらったのは、一番、適正が高いから。
私に。堂々とSUGAR RUSHの味方をすると突きつけて。私とキヴォトスを引きはがし。銃すらも突きつけて来るであろう、アビドス支部。彼女たちは必ず来る。”彼女たち”は必ず私と相対する。私はそのためにああした。最後のわがままを希った。SUGAR RUSHの敵となることを。レイサの敵となることを。幕引きとしてはこれ以上ない。残るは最後の一手。最後の布石。
やっかいなのはホシノと、”あの人”と共に過ごしたシロコ。2人への対抗策として。アリスの”光の剣”は、まさしく『アタッカー』として、これ以上ない人選。
「得てしてそういうキャラはグッズの売り上げだって上がります。”マスコット”のように愛されるキャラにだってなるんです。魔王でありながら勇者と共に不条理を打ち破った勇者ならざる勇者として。退場を惜しまれる、人気キャラに」
ワカモは怒るだろうな。いよいよ愛想を尽かされるだろう。
私のせいでそのようになってしまったのだから。私には彼女の道を拓く責任がある。『そばに置いてください』という自分の言葉に縛られてしまっているワカモの鎖を解かなくてはならない。
アリスのように。レイサのように。アケミのように。アビドスのように。
多くの子がそうであるように。遅れたぶんを巻き返せるように。青春の――私の先を生きられるように。
私は、ワカモにも。銃を向けられなければならない。 - 951825/10/18(土) 06:57:33
「エンディングは」
デスクを回って。私の横に立ったアリスが、寂しそうな顔をする。
寂しそうな顔で、私に言った。
「みんなで手を繋ぐスチルを表示させましょう。魔王が絶対悪である必要なんて、もう、ないんですから」
ね? 先生。
短くなった髪をさらりと揺らし。差し出された手を。
……。
アリスに来てもらったのは、一番、適正が高いから。この子は、近いところに居る。私と同じ。”世界を俯瞰する存在”に、近い場所に。
意識と体。思考と行動。想いと熱量。矛盾している。毎日毎日、吐き続けている。私が守りたかったものを攻撃して。攻撃されることを望んでいる。嫌われることを望んでいる。私は私が何をしているかよくわかっていない。すべてが矛盾している。 - 961825/10/18(土) 07:06:39
いつからだったかな。
いつからだろう。
みんなとの思い出を義務感で過ごすようになったのは。みんなの思い出を一歩引いた感情でしか見られなくなったのは。
私は努めて笑顔を作る。”かつてのように”。努めて作った笑顔のまま。差し出された手を握って立ち上がった。アリスは私を見上げる。私は、アリスを笑顔で見る。
AL-1S。
ゲーム開発部の廃部危機から始まった一連の出来事を。思い出を。”2番目のメインストーリ―”。”時計じかけの花のパヴァーヌ編”と認識してしまう私は、きっともうだめだから。
私は最後に。最後として。わがままのために大人のカードを使う。
幸せな思い出をたくさんくれた世界に否定されるために。
そして。
私が育てたと自惚れて、私を育ててくれた世界の背中に。私を置いて振り返らず歩いていく世界の背中に。
素直な気持ちで祝福を送らせてほしいんだ。 - 971825/10/18(土) 07:15:30
■
(えへへ……)
(先生”だけ”が浮いてるってちょっと嬉しい表現ですね) - 981825/10/18(土) 15:11:12
■D-Day -4
ふよふよと指先で煙草を遊ばせている。
カヨコさんのケースから拝借してきた一本。火は点いてない。なぜなら――ライターを持ち出すの、忘れたから。馬鹿やった。意味がない。
アイリの悲鳴交じりの笑い声。ナツの野太い歓声。ツキカさんの絶叫。宇沢の刺さるような注意。廊下から。静寂を際立たせる少し離れた部屋で。窓の外から。人の声を聞いている。
晩御飯は全員で。ハルカさんやカヨコさんも含めて。そこから続く大宴会は”たけなわ”ってやつだ。もう1時を回ってるというに。
いつか。
まだ1ヶ月も経ってないのにずいぶんと前に感じる。柴関で。ヨシミに何回も同じ話を聞かされ、ナツが素っ裸になり、アイリがぐちゃぐちゃだったあの夜は。
……。
ごっごっごっごっ。大股に。かかとを遠慮なく地面に叩きつけるような足音が。薄い板張りの廊下に響く。足音は部屋ごとに立ち止まり。ふすまを開け、閉める音といっしょに、近づいて来た。
足音でわかる。誰かなんて。
「なぁにやってんのよこんなとこで」
私が居た部屋のふすまがすたんっと心地よく開くと同時、遠くに聞いていた声が、この部屋に直接入って来た。空気の逃げ道が生まれたことで開けっ放しにしていた窓から。網戸越しに入って来た風が、私の前髪を揺らす。
ヨシミはそのまま。どたどたと無遠慮に入ってきて。絡みついて来た。
「……重い」
そして”酒臭い”。私とおんなじ髪の匂いをさせながら。そこに酒とチーズの匂いが混じった息が。私の首に腕を回し、のしかかってくる。 - 991825/10/18(土) 15:13:32
おっこいしょ。ヨシミは私に体を当てこすりながら隣に腰掛け。並々入ったタンブラーグラスを傾けた。
「――ぷぁ。んクっ。けぷ。なに、疲れちゃった?」しゃっくり。げっぷ。やりたい放題。月明りだけ。コントラストの薄い部屋の中のヨシミの顔は、それでも赤く。吊り目の奥の赤い瞳も、とろんとしている。
そんな瞳が、私が指に挟んでいるものを見つけた。
「いーけないんだ。カヨコさんのでしょ」
「ん。でもライターパクってくんの忘れたから吸えない」
ぷいっと。回転をかけて、煙草を放った。
ぱとん。小さな小さな軽い音を立てて。畳の上を、白い煙草の棒が転がる。
「くくくっ。あんたが喫煙者だったらいまごろイライラ絶頂になってるわね。ライターが見つからない瞬間がこの世の一番のストレスって言ってたから」
「ヨシミは吸わないの?」
「あんま合わなかった。喉がイガイガしちゃってさ」
「そっか」
シャカシャカという音が聞こえ始めた。テーブルや食器なんかを叩く音も。
がらがら声の歌をしばらく聞きながら風に髪を遊ばせていると。グラスを傾けて、ヨシミが言った。
「カズサって意外と賑やかなとこ好きじゃないわよね」
「意外とってなに。意外とって」 - 100二次元好きの匿名さん25/10/18(土) 23:39:40
意外とwww
- 1011825/10/19(日) 01:14:08
■
今の気持ちは「マジカルマジかよ」です。
なんでレイサとラブがセットで来るんだ。スズミも。
ピンポイントがすぎる。
状態としては最高です。手が進みます!! - 102二次元好きの匿名さん25/10/19(日) 04:52:53
カズサとヨシミの二人だけの絡みは珍しいからたのしみ
- 103二次元好きの匿名さん25/10/19(日) 12:31:12
マジカルはマジでびっくりしたよね
- 1041825/10/19(日) 13:19:01
■
(びっくりしすぎてテンションの置き場に困ります)
(しかもスキル名が『シュガー』マジカルク『ラッシュ』ですよ『シュガー』マジカルク『ラッシュ』)
(感じる。波動を。)
(まさかラブちゃんが公式で絡んでくるとは思いませんでした)
(酒⇔煙草、アケミ⇔ラブの対比でラブちゃん名前出してましたけど、しかもトリニティ……)
(腕が鳴るってもんです)
(とはいえこのお話にマジカルな演出を追加するのは難しく……)
(ぶっちゃけてしまうと、できあがっているイメージを上塗りしたくなくて、百花繚乱の新章とオラトリオ、-ive a live復刻以降のイベストも我慢しているので……)
(いやしかし、読まざるを得まい。今回ばかりは!!)
(あと石がありません) - 1051825/10/19(日) 22:52:15
■
(ばや)
(なんならスズミとレイサも……)
(そこ補強していただくのはとても嬉しい……) - 106二次元好きの匿名さん25/10/19(日) 22:52:44
マジカルはそりゃ難しいでしょうよ
- 1071825/10/19(日) 23:55:16
■
(シンプル魔法少女知識がないというのも)
(私事ですが最近ヒロアカを初めて見まして)
(やっぱり宇沢の正義感の元はそういうヒロイックヒロインであって欲しいんですよ)
(日曜朝にテレビの前でOPが始まったら足をどたばた踏み鳴らしてる幼少期宇沢を見たいんですよね)
(変身シーンは逆に食い入るように見ちゃうんで静かになるんですけど)
(必殺技はもちろん真似して、私はそれを後ろで見ている一般人として敵役として適役なのでテルミットで焼かれたんですよね)
(小学生時代もそういう意識が強くて、行き過ぎた正義感や芝居がかった立ち居振る舞いがかっこうのおもちゃにされちゃって)
(ちょっといじめられちゃったり、学校行きづらくなっちゃったりするんですけど、でも憧れたアニメのヒロインたちを手本に、どんな辛い時でも笑顔なんですよね)
(失意の小学生時代を終えて出会うのは怪描キャスパリーグですよキャスパリーグ!)
(体も精神も大人に近付きつつある、いろんな人生の分岐点をここで感じてるんです。宇沢は、やっぱり正義感を捨てられなくて)
(もっと陰湿なことされながらも、キャスパリーグを仮想敵として、自分の柱にして、なるべくクラスの子たちとは関わらないように、自分の世界に閉じこもるんです)
(卒業が近づくんですけど、夏ごろからいないんですよね、キャスパリーグ)
(なんとなく察するんです。その時期は遅れながらもみんなが受験勉強に本腰を入れ始めるころだし、自分もそうだったから)
(わかっていつつも、卒業式の日。クラス会になんか誘われない宇沢は、もういないってわかってるキャスパリーグを探して独りぼっちで街中を帰るんです)
(卒業の日に謝ろうって決めてたのに。「付き合わせてしまってすみません」って言えないまま高校生になるんです)
(トリニティへは目的があって入ったんですよ、正実の噂を聞いてましたから)
(でも宇沢は自警団の、スズミさんの姿を見るんです。正実より疾く現場にかけつけたスズミさんの姿を)
(正式な部活動じゃないってわかってるけど、それで自警団に憧れを持つんです。テレビの中に観たヒロイックヒロインをスズミさんに重ねるんです)
(そうして訪れたのが『甘い銃撃戦』の一件なんですよね知ってます)
(文字数1000超えそうなのでもっと詳細を語りた) - 108二次元好きの匿名さん25/10/19(日) 23:57:38
解像度が高すぎる...
あと序盤で焼かれて亡くなられてるのが面白すぎる... - 109二次元好きの匿名さん25/10/20(月) 00:40:44
保守
- 110二次元好きの匿名さん25/10/20(月) 05:48:44
このスレ、メインがカズサ……に見せかけた「残されたシュガラとレイサ」のストーリーでもあると思って見てる。
残される前の彼女たちの青春の輝きを見てると「もし突然カズサが消え去ったら」のifであるこのスレも魅力的に見えてくる。 - 111二次元好きの匿名さん25/10/20(月) 13:41:02
魔法少女レイサという概念が公式から投下された以上、これを活用しない手はない…
- 112二次元好きの匿名さん25/10/20(月) 13:45:41
時間差良いよね
- 1131825/10/20(月) 16:10:36
自分でも驚くぐらい暗い声だった。疲れてる声だった。連日酷使している喉は、どこか掠れたような音を出す。
からん。グラスに氷を鳴る。視線を感じる。
静かにヨシミが言う。たぶん。察された。自信のなさを出してしまったことを。
「あんなバンドが埋もれてるなんてね。私ら、界隈とは関わりないから、よそのバンド知らないの」
「はは……。そういやライブハウスほとんど出禁なんだっけ」
「門前払いよ門前払い! ったく。……鼻高々なんて言えない。アイツらに失礼」
「ヨシミから見ても、やっぱりすごいんだ」
「テクニックなんか”当たり前”の領域ね……。震えたわ。冗談じゃなく足ガックガク。あのあと弾けって言われたら断るわ。無理よ。全部持っていかれてたもの」
「……そうだね」
さわやかな秋の日だった。高い空にうろこぐも。薄いみず色の空がわっと広がっていた、さわやかな秋晴れの日。
私と。肩を入れた宇沢が横に。足元にはアイリ達が座り込んで観客として聴いた、STANCE RUSHの演奏。
スティックが打ち鳴らされてまず鳴るのはツキカさんのギター。アタック一発、コード1つで。マジで視界が歪んだと錯覚した。同じ曲を弾いているはずなのに。同じギターを使って同じスピーカーを使っているはずなのに。音作りだって変えてなかった。キーボードじゃなくてベースが入った、ってのを考えても……まったく別の音だった。
- 1141825/10/20(月) 16:19:58
ぎゃりぎゃり耳障りとも言えるようなギター。縁の下の力持ちなんてもんじゃない、下から蹴り上げてくるベース。前列の弦楽器隊を突き飛ばすドラムだって。お互いに殴り合い、こっちに飛ばされてくるのは音じゃなくて血しぶき。ボーカルがいないのに絶叫すら聞こえてくる。メジャーコードの曲が、ぜんッぜん明るく聴こえなかった。
こっちの情緒が包丁でぐちゃぐちゃに切り刻まれるような叫声。
そういう、演奏。
でもなにより。引き攣った顔をするみんなにカヨコさんが言ったこと。
『似てるでしょ。あんたたちに』
かろん。氷が鳴る。
「明日はアイツらの前で私らの練習、とか。あんたの試験をやらなきゃなんないのよね」
ちょっと枯れたような声でヨシミが言う。
正直、すっごいイヤだ。
演奏が終わって。私を見たミツルさんの顔。塗装が剥がれて、地の部分はボロボロのくせに……。金属部分は徹底的に磨かれているような。私と同じベースのネックを掴んで。ミツルさんは私に笑いかけてきた。あの笑い方。プラスの方向にとらえろって言われても無理。明らかに。”どっちが上か”を叩きつけてやった。そういう顔だった。
私のおそらく、絵にかいたようなイヤな表情を見て。ヨシミは私の肩を軽く小突く。
わかってるって。やんなきゃなんないのは。ああそうだよ。ビビってる暇なんて”今は”ない。合格が取れているのは7曲。調子は上がってきている。右肩上がりだ。一番躓いた『ヴァンデ』は倒した。SUGAR RUSHが15年間で作った曲は24曲。残りは4日。単純計算で、一日6曲の合格をもぎ取らなくちゃならない。しかも後半はシューゲイズという、私の得意なハード系から一転した、夢見心地なボーカルが求められるジャンル。
時間が。時間がない。
「わかってるっつーの……。心配してくれてさんきゅ。大丈夫だよ。殴られたら殴り返さなきゃ気が済まないタイプだし」
「いひひっ。でしょうね。いまさらそこの心配はしてないわ。期待してる。――それにね。イヤなのはあんただけじゃない。カヨコさんに『アイツらが会いたがってるからどうしても』って言われたから、打ち合わせついでに来てもらったけど、たぶん騙されたわ」 - 1151825/10/20(月) 16:24:18
ほんとあの人、そう言うとこあるからなぁ……。
バリバリとふわふわの髪をかき分けて頭を掻きむしったヨシミは。手櫛を通しながら言った。
「私はね。レイサが言ってたとおり、私らはカヨコさんを尊敬してるの。そのカヨコさんが『似てる』って言った。アイツ等に殴られたのは私たち。カヨコさん、ぜったいわかっててそう言った。……あのね」
かろん。氷がなる。ヨシミの唇が、ハイボールに濡れている。
風が吹いた。私たちの髪を揺らす。
「あのね」もう1度調子を外したように。ヨシミが言う。「こんなこと言わない方が良いってわかってるんだけど……ここ何年か……えと……」
「諦めてた、でしょ」
私が先に言うと。ヨシミはふるふると首を振る。横に。
「べつに諦めてたわけじゃなくて……。もしかしてナツかアイリからなんか聞いた?」
「んーん。あー、まあ、直接じゃないけど、ナツが言ってたことからなんとなく」
いろいろあって。アイリ泣かして宇沢に迷惑かけて。カヨコさんに引っ張り出されて、みんなに囲まれたナツの顛末。話したくなかっただろう自分のダメなところを。アイツらしくない、きちんとした言葉で”伝えてくれた”あの独白は。
変わらない。嬉しかったことは、変わらない。
ナツがそうなら、きっとみんなもそう。私を探してくれるっていうおっきな目標があって。そこにちゃんとみんながいる。一辺倒じゃなくて。みんなはみんなで、ちゃんとみんなだった。アイリはアイリを。ナツはナツを。ヨシミはヨシミで。ちゃんとそれぞれ生きてくれていた。
私に気を遣わせないためとかじゃなくて自然に。きっと自然に生きてくれていた。それが本当に嬉しくて。
私が投げた煙草を足の親指でころころ転がしながら。ヨシミは顎を上げる。剥がれ欠けたオレンジ色のマニキュアが。月の光で、トップコートがきらきらと輝いている。 - 1161825/10/20(月) 16:28:27
「たしかに似てる。言われてハッとさせられるぐらい、私たちはぬるくなってた」
「STANCE RUSH?」
「とくにあんたが見つかってからこの1ヶ月は、とくに。あ、勘違いしないでね。見つかったからダメとかじゃないから。そこ間違えないで。また会えて私はほんとに――」
「わかったわかった。疑わないってそんなの」早口でまくし立てるヨシミを笑いながらなだめた。今さらだ。噛みつくような話し方、変わってないんだもん。
でもね。ナツが先に言ってくれてたんだよ。『長い人生をたった数か月いっしょだった人のために使うとか、正気の沙汰じゃない』。真理、なんてダッサい言葉で言い表すの……正直好きだから使うけど、真理だから。私はそれを悲しいとは思わない。思えない。
細い身体。茶羽織のざらざらした衣擦れ。石鹸の匂い。
「アイツらの音は、きっと……。えと……」
「……」
「――カズサを全力で探してたときの私たちとおんなじ。なの」
全力。
つまりね。
ヨシミが私の顔色をうかがいながら言うから。私は膝を抱えて。目で促す。努めて。意識して、微笑みを作って。安心させるために。
「私らに憧れてくれてるってのは嬉しいけど、なんか……。年取るってイヤねほんと。慣れちゃうのよ」
「私が見つからないってことが?」
「そう」 - 1171825/10/20(月) 16:38:49
なんとなくわかってた。お酒を飲んだら、アイリは笑う。もしくは寝る。ナツは脱ぐ。ネガティブになる。ヨシミは怒りやすくなる。いじっぱり。強がり。負けず嫌い。ヨシミの性格はわかりやすくて、変わってない。
よく怒るヤツって、普段はストッパーかかってそこで止まる。たまに止まらないことだってある。そのストッパーを意図的に壊しちゃうのがお酒なら。
たぶん私を探しに来たんじゃない。ヨシミも。あの場から逃げて来たんだ。
「『出てこい、杏山カズサ!』……なーんて。もうただの掛け声みたいなものになっちゃっててさ。ライブを盛り上げるための掛け声。今からやるぞー。これで終わりだー。そういう、挨拶みたいなもの……って……」
ヨシミの細くてうすい身体を。背中を、さすった。
怒るってのは感情の昂りだもん。こっちに繋がるのは、わかってたよ。
「ほんと嬉しいの。また会えてよかったって心の底から思えてる! ウソじゃない、それは信じて! でもアイツらの演奏聞いたら……なんか……情けなく、なっちゃって……」
ぐじぐじ、手のひらで顔を拭いながら。ヨシミはうつむく。
「ファンの子、たくさん、いたけどさぁ……。ああいう、のって、初めてで……。うれしっ、いけど、怖い……」
”怖い”かぁ。天井を見上げて、私の口はぼそっと、呟く。
うん。怖かった。
ちびるぐらい怖かった。今まで経験したどんなケンカよりも。正実にぶつかってセムラ取りに行ったときよりも。ぜんぜん。アイツらの方が怖いってのは、うん。納得。
憧れは狂気の種。
ほんとなんていうか。カヨコさんが好かれる理由がわかる。的確なんだ。言葉が。
私たちは狂気をぶつけられて。萎縮している。まさしくだ。ドラム。ギター。ベース。逃げたっていうキーボードとボーカルの子がどんな子だったか知らないし、たぶん一生会うこともないんだろうけど。あの3人と一緒にやってたら、そりゃ逃げるよ。怖いもん。あの演奏の中に混ざりたくない。ボコボコにされちゃう。 - 118二次元好きの匿名さん25/10/21(火) 00:41:20
- 1191825/10/21(火) 01:55:56
あ”!? ああ”ッ!?
絵!? 支援!? ま”!?!?
びっくりして5回保存しちゃった。私のフォルダに画像が118(5).jpgまでありますびっくりした間違えてルーブル美術館の好きな絵貼るスレ開いたのかと思った。
手でツインテ作るシーンは冒頭のお気に入りなのでチョイスめっちゃ嬉しい! カズサの驚愕が恐怖滲んでてさらにいい!! 私は対比構造が大好きです!!
ありがとうございます!
- 120二次元好きの匿名さん25/10/21(火) 02:24:25
このレスは削除されています
- 1211825/10/21(火) 02:29:39
うひぇ、イラストまでいただけるなんて、ほんと幸せな作品です……。
Part2ではアビドス砂祭りのSSもいただいちゃってますし……。ていうかそういうの、人物紹介なんか書く前にそっち載せるべきですね。すみません、慣れてないんだ。
是非スレ画に使わせていただきたい気持ちもあるんですが、元々が概念スレ、初代のスレを尊重していますので変えられなく……。ごめんなさい……。何回かミスったけど……。
それはそれとして、いただいたものはほんっとーに大事にさせていただいてます。
もちろん、保守をしてくださるかたも、頭地面にめり込ませるぐらいお世話になっております。助かってます。
早くて今月、遅くても来月には完結しますので、どうぞ尻を蹴とばしながらお付き合いくださいませ。
ふわぁ、■も()もつけるの忘れてまった。
それぐらい嬉しかったのです。ありがとう!
(おぞましく鋭い視点のレスが……。読み込んでくれてるの、すごい嬉しいです)
(あとマジカル宇沢は本当にここの本編には出せない……けどクリーンヒットもあるから……勘弁) - 1221825/10/21(火) 06:47:57
ティッシュの箱をヨシミに渡して。「ありゃ怖いよね」と、笑いかけておいた。どっちが大人なんだかわかりゃしな――くないか。私がここまで感情を動かせない理由ははっきりしてる。
私は”憧れられてない”からだ。
「だれかの」
目元にティッシュを押し付けながら。咳払いをして、ヨシミが言う。
「だれかのためになるならって、カズサが見つかんなくても、だれかのためになればって。でもカズサが見つかって、ぜんぶあんたのためだったって言ってあげたくて。でも、でもさ? ――けほっ。バレてたんだってわかったら怖くて……。ぜんぜん違うもの。スタラは昔の私たちそのもの。アイツ……あの人たちにとっての”カズサ”がなんなのかわからない。けど、きっとなにかを本気で探してる。あちこち駆けずりまわって、協力仰いで、とにかく。髪の毛一本、ボタン1つ、足跡1足でも探してた私たちとおんなじ。あの人たちが私たちを見て、手段にバンドを選んだっていうなら……。私、責任取らなきゃいけないのに。こんな……情けない……!! スタラにも! カズサにも!」
「慰め、いる?」
「いらないうるさい!! ……どっちにも私は本気だった。それだけは信じて。信じてくれなくてもいいから、信じて」
「ん。信じるよ」
「……」
――ごめん。
つぶやくような”ごめん”は。開いた窓から。開いたふすまの向こうへと。消えていく。
部屋をいくつも挟んだ向こう側。宴会の声はこちらにとどくけど。ヨシミの慟哭じみた声は、届いてない。
「憧れを持たれるってのも難しいんだね」
激情。ヨシミはそういうタイプ。一気に燃え上がって。一気に消える。
ころころと変わる機嫌。テンション。気分。気が強い癖に打たれ弱い。いじっぱり。強がり。負けず嫌い。子犬が吠えてるみたい、なんて思ったこともある。ほんと。変わってない。 - 123二次元好きの匿名さん25/10/21(火) 09:05:52
憧れは用法用量を守って抱きましょう
- 1241825/10/21(火) 16:32:17
■
(保守投稿ができぬい) - 125二次元好きの匿名さん25/10/21(火) 16:43:53
またお前か、と思われるかもですが...Part2の時のSSもこの絵もぶっちゃけ自己満なので、大っぴらに紹介までされちゃうと恥ずかしかったり、今のスレの雰囲気がとても好きなので蛇足になってはしまわないだろうかと心配だったりするので、お気持ちだけで大丈夫ですと残しておきます
積もる思いは沢山あるけど完結も近いようなので、諸々その時に。お目汚し失礼しました
- 1261825/10/21(火) 22:44:28
■
(むしろ舞い上がってしまって申し訳ありません。テンション上がっちゃってましたね)
(委細承知しました。いつも通りにさせていただきます!)
(自我ついでに)
(ナツがカヨコに教えられた「きみに居て欲しい」はまんまPink FloydのWish you were hereです)
(ナツが調べた情報もまんま。壊れてしまった天才、シド・バレットについてでした)
(最近口数多くてすみません) - 1271825/10/22(水) 06:34:14
そんなヨシミから出た言葉が。私の心に深く沈み込む。
”責任”。
「……負けてらんないわよ」ヨシミは。静かに言う。「手の届く場所になんか居てやらないんだから」
盛大に洟をかんで。1回、2回。ヨシミはすっかり泣き止んでいた。そう。ヨシミはこういうヤツ。があっと泣いて。さっと立ち直る。立ち直ったらあとは八重歯を剥きだして、またぎゃんぎゃん噛みついていく。
ヨシミに必要なのは慰めなんかじゃない。挑発1つあれば勝手に立ち直る。
そして。その挑発はすでに受けている。
「明日からの試験は”付いてくれば”合格にする。アイリたちとも話し合った」
いつのまに……。私の顔はわかりやすく引き攣ったはず。
「……なんか今までよりキツそうなんだけど」
言ってるじゃん。抽象的なニュアンスが一番難しい。付いていくったって、今でさえ必死なのに。
でも、ヨシミは。潤んだ瞳を月明りに輝かせて。言う。
「どっちつかずはもうおしまい。ごめんカズサ。こっからはちょっと、私らも余裕なくなる」
「さんざ人のお尻蹴っ飛ばして怒鳴り散らかして。私のメンタルボロボロにしてた女がいまさら言うか、それ。パンツん中に剣山仕込むか本気で悩んでたよ、こっちは。広間の床の間の錆びたヤツあってさ。ちょうどよさげなのが」
- 1281825/10/22(水) 07:04:45
「はっ。怒鳴り返して来たじゃない。『うるせぇぇええええ』って」
「あははっ。ほんと腹立つんだもん。手を出さないだけありがたく思え?」
「殴ってる暇あったらとにかく噛みついて来て。……カズサが居て初めて私たちは完成する。STANCE RUSHが見ていたSUGAR RUSHは未完成だったんだっていうのを、見せなくちゃ」
「それ。まえにアイリが言ったことと矛盾してない? 『SUGAR RUSH』と『SUGAR RUSH』は違う、ってやつとさ」
「私らのSUGAR RUSHが完璧だったなんて言ってないでしょ? あれはあれでああいうバンドだった。否定は絶対にしない。……でもね。だってあのSUGAR RUSHは、戻るための」
一呼吸置いて。
”だから”。
「戻るだけじゃ足りない。もっと。もっと。もっと。私たちはやっと。15年かけて元に戻った。やりたいこといっぱいあったのに。思い出の中にカズサが居ないなんてイヤ。絶対イヤ。あれも。これも。いっぱい。たくさん。そういうの、ぜんぶ」
急に肩を抱かれて、私は”酒臭い”と”チーズ臭い”に溺れそうになった。未だうるうるしている赤い瞳が。ぎらぎらと挑発的に。八重歯を剥きだしたヨシミが。挑発的に。
私に笑いかけて。生暖かい息をあたしの顔面に吹き付けながら。言った。
「憧れてるだけじゃなにも掴めないってこと、生意気な後輩に叩き込んでやるわ……!」
放った煙草が畳に転がっている。すこし潰れて、畳に。
私は。”酒臭い”と”チーズ臭い”を吹きかけてくる、狂犬みたいなヨシミの顔を。
とりあえず、向こうに押しやった。
「あぅ」 - 1291825/10/22(水) 07:35:56
※
翌朝。
”借りて来た”という、レコーディングスタジオのアンプとスピーカーを、今のスタジオに――……宴会場に運び込んで調整を済ませ。試奏がてら曲を流していたアイリたちは、もはや。知ってる曲が知ってる曲じゃなくなった。
暴力。あんまボリューム上げすぎると建物壊れるからってカヨコさんが強引につまみ弄った理由もわかる。下げてこれ。
音楽と言うよりサイレン。音を楽しむから音楽? そんな情緒染みた思想は丸めてどっかに放られてる。
ムリヤリ人の耳に入り込んできて、ムリヤリ意識を持ってかれるんだ。サイレンは人を逃がすためのものだけど、これは髪を掴まれて引きずり込まれてしまう。持っていかれた意識は昂揚感と焦燥感に変換されて投げ返されて……。どうしていいかわかんなくなる。
フルセットのキーボードを気持ちよさげに弾き終わったアイリが「んー」と体を伸ばして。私は、やっと息をした。いつのまにか握りしめていた拳。言語化できないうずうず感。”なにかをしなきゃ”っていう沸き上がる闘争心。ナツは言っていた。テロリストだって。たしかに。これを街中でやってたというなら、テロだ。
音そのものが煽動。
昨日は演奏が終わったら、”そういうバンド”のファンみたいにはしゃいでいたツキカさんは。頬を紅潮させ両手を握りしめたまま固まっている。叫び出しそうな体を必死に抑えるように。口をパクパクさせながら。ここにはない”暴動”を待ち望むみたいに。
『抱いて捨てて』のプラカードを下げて。開きっぱなしだったコウさんの口元がよだれで濡れている。漏れた息が熱っぽく。からからの声が、恍惚とした声が、漏れている。
ミツルさんは……。無言でアイリに近づいていき、ヨシミに蹴り飛ばされていた。軽い身体のミツルさんは勢い余って座布団の山に突っ込んだ。 - 1301825/10/22(水) 07:58:05
その場に居る人の感情は、昨日のSTANCE RUSHの演奏のように、ぐちゃぐちゃに切り刻まれる。意識せず蓄え”させられた”エネルギーは伝播していき。破裂寸前のツキカさんたちみたいな状態で『出てこい、杏山カズサ』が差し込まれたら、嫌でも意識に刷り込まれる。あとはもう。なにかきっかけが――スケバンたちがちょっと小突けば――あふれ出した衝動が花火みたいに飛散する。その場に居る人間は、そういう要素の一つに”させられる”。
SUGAR RUSHがテロリストとして指名手配される理由を。私は今、ようやく理解したのかもしれない。
「調子はどう?」アイリが機材の設定をいじりながら言った。
「えぁ? あ、ああ、うん。血糖値爆上げレベルの蜂蜜飲んだし、軽い発声はやってきた……けど……」
せっかく整えた喉なのに声が裏返った。腰が引けてる自負がある。
しかし。私はSUGAR RUSH。このSUGAR RUSHのボーカルだから。容赦はされない。
「じゃ、入って。軽く1曲流してみましょ。モノが揃ってやるの初めてだし」
ヨシミが私を呼ぶ。乱れて前に垂れた髪を後ろに流して。スリッパを履いた足でエフェクターボードをガチっと踏んだ。アタック一発。何気ない仕草がすべて演出染みている。これで浴衣を着て温泉満喫中、みたいな恰好なんだから脳がバグるってもんだ。
……ええ。マジでこれに入んの?
「もう調整してあるから」とカヨコさんに渡されたマイク。角材じゃなくて、本物のマイクは冷たくて、ずっしりと重たくて。
スタンドの高さを調節しながら。ちらっと、前を。正面を見る。
痛かった。STANCE RUSHの視線が。ミツルさんも、ツキカさんも、コウさんも。3人が憧れたSUGAR RUSHの異物として存在する私を、じいっと見ている。”見つかってしまった”私を、見ている。
ため息ひとつ。こうやって振り回されるのは悲しいかな、もう慣れた。私はもう、大事なものとそうじゃないもの。しっかり分けて考えられる。
そういう目で私を見てくれて助かったよ。
この、蓄え”させられた”闘争心を、遠慮なくぶつけられるからね。 - 131二次元好きの匿名さん25/10/22(水) 09:01:47
責任について何も知らずに突き進んできた子どもたちが、責任について自覚を持った上でこれまで以上に突っ走ってる
- 1321825/10/22(水) 16:25:17
※
私は歌う。とにかく歌う。”曲”としての体は為している。合格を貰っている曲だ。だから形だけは保っている。最初はノートを片手に持っていたけど今は持っていない。余裕がない。不安そうな宇沢が先回りして歌詞を口パクしてくれるのを補完しながらトレースしていく。口がもつれる。冷や汗が出てくる。ヤバイ。ヤバイ。ヤバイ!
追い付かない。追い付けない。
距離がどんどん離されていく。私が。私の声が飲み込まれていく。あんだけ頑張ったのに。合格連発できるぐらい、私の中で咀嚼できていたはずなのに!
「……」
私をじいっと見つめて。ときどきカヨコさんと耳打ちし合いながら。涼しい顔をしている3人が全てを私に現実を叩きつけてくる。どろどろの紫色の瞳が。浴衣から伸びる枯れ枝みたいな体が。昨日、私たちに”憧れ”を叩きつけて来たミツルさんが。私をじいっと見ている。成ってない。合ってない。追いつけていない。負けている。
またか。やっと追い付いて来たと思ったのに。あと4日だよ、ここにきてまたやり直し……!?
『同じ味を再現するための職人的技法と、同じものを生産する工場作業は違うじゃん?』
口を動かしながら。もはや無意識の、宇沢のトレースを続けながら。私の頭にふとよぎった、いつかの会話。
なんで出て来た?
いや。出て来たなら自分の中で答えが出てるってこと。あんとき、ナツはどっちを嫌がったか。みんなはどっちを選んでいたか。
なにより。ヨシミは昨晩、なんて言っていた?
――……。 - 1331825/10/22(水) 16:32:45
『戻るだけじゃ足りない』
「『――ぁ”ぁああアあ”あッ!!!』」
楽器隊への気遣いなんて無視した調子はずれの、喉の調子なんか考えないシャウト。歌詞なんか吹っ飛ばした意味のないスキャット。こいつらが必死に書いてくれた歌詞を蔑ろにした歌唱。戻るな。正気に。何回ケツ蹴られたと思ってんだ。
ギターはブレない。むしろ腹立たしさが音に乗った。ドラムはいわずもがな。マイペースに来やがる。
ただ、アイリの左手が。ベース音が一瞬抜けた。右手と左手。シンセに音源管理。”不意”があれば、アイリのキャパは溢れるだろうなって素人なりに思った。なにより一番見てくれているからね。そういう心の一瞬の乱れ。わずかな隙間。
その違和感にすかさず”歌”を叩きこむ。開いた隙間を埋めるように。タイツの伝線したところを指でほじくって広げるように私を捻じ込んだ。
曲は止まらない。崩れた穴は自然治癒していく。私を取り込んで曲は進行する。
宇沢の口に注視して今度こそ正しい歌詞を。取り戻した調子で。埋め込まれた私の声が演奏に乗る。違う。こいつらの演奏は、暴動を煽って『出てこい、杏山カズサ』をやっていた頃の演奏じゃない。そこはもう乗り越えている。とっくに先に進んでいる。なぜなら私はここに居る。
真似したってだめ。
私の声を届けるために。こいつらの想いを届けるために。”いつか”の”誰か”に届けるために。
だったら私を潰すんじゃねえ!! 私の声が乗る前に飛ぶなバーカ!! ふざけやがって!!
……。
……。
……。 - 1341825/10/23(木) 00:35:43
- 135二次元好きの匿名さん25/10/23(木) 00:47:07
おめでとうございます!!!!!!!!!1
- 1361825/10/23(木) 01:00:33
■
(ありがとうございます)
(書けば出るの法則、あると思います)
(ヨシミ(バンド)はバグかなにかで実装されていないんだと思います) - 1371825/10/23(木) 07:47:13
「――……はぁっ」
頭のなかの残響が消えない。急な静けさに気が狂いそう。みんなの楽器が揃って歌った一発目。練習がてらに選ばれたのは、私が一度合格を貰ってる曲。
「準備できたら次いくよー。カズサはいったん休憩。先に私らで2回通すから3回目から入って。本番は5回目。本番以外歌は流しで。喉壊れちゃうからね。おっけー?」
「はいよ」
「アイリー、ヨシミ―。おっけー?」
「はーい!」
ナツが言うと、アイリが主旋律を数小節分弾いた。いま歌った曲じゃない。それは、私がまだ合格を貰っていない曲。
前までは私を育てる練習だった。ずっと歌わされて。動きを、人前で歌うやり方を教え込まれていた。
ナツがいま言ったのはそれとは違う。私を育てる私用の練習じゃない。私は”ボーカル”を求められている。教育は打ち切られ。SUGAR RUSHとしての練習に変わったんだってわかった。
そうなるとヨシミが言った合格基準の変化。付いてくれば合格とは、SUGAR RUSHを成立させれば合格という意味だ。
「おっけ。チューニング変えるからちょい待ち」
ガチン。エフェクターが踏まれ、ギターの音が。ぷぇん、ぷぇん、増幅されない情けない音に変わった。
言われた通りマイクスタンドから離れて宇沢の横に座り込んだ。そして。宇沢の膝の上にあったノートから、アイリが弾いた曲の歌詞をめくり出す。当日はプロンプタで歌詞を表示してもらう予定だけどわからなくなる場所は少ないに越したことはない。いまは1曲1曲、目の前だけを考えて、口と舌に叩き込む。
チューナーのメーターを見ながらヨシミは声を張った。
- 1381825/10/23(木) 16:46:05
「レイサー。どお? そっちから聴いてて。アイリが弱いと思うんだけどー」
「わたし? んー、下げ過ぎたかな」
「あんまり気にならなかったですけど、やるならもう2歩ぐらい前出てもいい気がしますね!」
「あはは、よくわかんないけどそんな感じでやってみるね! とりあえず次の通しで気にしてもらっていい?」
「お任せください!」
宿帳として買いだめされていた新品の古いノートを使って。アイリはメモを書き込んでいく。
SUGAR RUSHを成立させれば合格。これはもう私だけが試験されるわけじゃない。『「戻るだけじゃ足りない』と言った言葉のその通り。”戻るためのSUGAR RUSH”の、その先へ進むために。
私と同じように試験される。私と一緒に。自分で自分を試験していく段階へ。きっと。きっとこのやり方は――……。STANCE RUSHが憧れたこいつらと。みんなの傷がまだ血を流していた頃と同じ。
宇沢はそのまま。椅子の上から。私の耳に、にやけた口調で言う。
「杏山カズサはまともに歌ってくださいねー」
「上等。……でもま、助かって、ます」。ノートを見ながら宇沢に言うと。「にひひ」って。声がした。
私の耳はもう一つの声を。ひそひそ話の声を、捉える。”その先”の入口に手をかけたみんなと私の。これ以上ない評価を。私の耳が捉えた。
『――とに、嘘吐いてないですよね』
『吐いてない。若作りで16才になれるなら全員やってるつの。てか、んなこと言っちゃう時点でミツルが1番わかってるんじゃない?』
『それは……』 - 1391825/10/24(金) 02:24:45
『正直、どう? 初代SUGAR RUSH。私は予想外だった』
『……吐きそうで――』
歯ぎしりみたいなミツルさんの言葉は。ナツが気まぐれに打った8ビートに潰された。
どどつた、どどつた。ヨシミに「うるさいっつーの!」と怒鳴り声とナツのリズムに首を振っていると。ぽんぽん、と肩を叩かれて。宇沢を見上げる。
見て、ふとももを手の甲で叩いて、顔をノートに戻した。
宇沢の顔はうざったいほどにんまりしていた!
ガマンしてんだよこっちは。代わりににやけといて。
ナツのドラムビート。リムショットのカンカンした音に、首が動くようなバスドラム。チューニングを終わらせたヨシミが腹立ちまぎれみたいに適当なコードで乗っていく。重い。音が重い。ストロークからピッキング。ヨシミに合わせてアイリが、改造キーボードに向かい合い、スライドすら再現されたベース音で支えていく。ただのセッション。これは、次の曲でもなんでもない。
「あ、あア、あノ……」
「うわっ! びっくりした。――なんです?」
耳元。唇が髪にくっつくんじゃないかってぐらいの耳元で聞こえたコウさんの声。いつのまにか隣にいた。
ふわりと香る私たちと同じ匂い。同じシャンプーの匂い。パッサパサだった髪が、多少はうるおい。
「ごごゴご、本人……で……なん、デすよね……?」
「ん、まあ。一応。昨日も軽く言い……ましたし、カヨコさんから聞いてます、よね」 - 140二次元好きの匿名さん25/10/24(金) 06:29:33
これまでを振り切って、その先へと
- 1411825/10/24(金) 09:41:12
「ほ、ホント、なら。あグっ……ラいぶ、観たこと、なな、……な、ナ、なイ、ですヨね……」
「ないです。あ、動画は観ました。いくつかですけど」
口の横に手で庇を作って。声がコウさんの方に飛びやすいようにする。
吃音、とか言ってたっけ。うまく話せないっていう。まあでも今喋れてるし。あ、よだれ……は拭いてるな。よし。ナツに垂らしたよだれつけられたらさすがに怒ろうかと思った。
「アイリ……。……が」
ピアノの音が弾むように入った。アイリが差し込む音はただのセッションに花を。落書きみたいに装飾していく。
「……」
「ボーカル、やっ……テ、るとき、タまに、おんナじこトッし、し、しテて。お、オマーじュ、かな……って……」
「そうなんです? すんません知らなかった、です。動画は暴動の方に目が行っちゃって」
「えっ、エっ、えっ。そそウそうなんで、っすか……!」
「コウ」
「んアっ」
コウさんの頭の上に、枯れ枝みたいな腕が伸びていた。見返って見上げると。
どぶのような……。いや。
追いつめられたような表情をしたミツルさんが。立っていた。 - 142二次元好きの匿名さん25/10/24(金) 13:56:39
おっと、これは…?
- 1431825/10/24(金) 16:29:01
「カズサ……さんは休憩と言えど、待機中ですから。邪魔しちゃだめ」
「あ、ア。ごッ。ゴ、ごめん、なさい」
ずり。ずり。お尻を滑らせて後ろに下がっていくコウさんに。わたしは見返って、言った。
「そういうの、もっと教えてください。ここじゃ見返したくてもスマホ使えなくて」
「あ、は、はイっ!」
「じゃ、あとで――」
ナツのパターンが変わった。クラッシュ一発叩いた後、リムショットだけのかつん、かつん、という音のみでリズムを作っていく。ギターの音がクリーンな音に変わって、明らかに雰囲気の違う、方向性の定まったピッキングを始める。アイリはそれを横目で見ながら。即興で丸っこいベース音を合わせる。
私は会話を切り上げて目をやった。耳を傾けた。入り込んでいく。このまま入る気だ。2人のジャムから入るってんなら兆候を覚えとかなくちゃいけない。さっきのアイリのミスなんていくらでも直せるけど、私のミスはそのまま崩壊だ。水飲んでたらいきなり始まりましたじゃ話にならない。そんなのが飛行船モニタで放送されてみろ。一生笑いもの。ヤダしそんなの! てかノリでそういうことするのやめてよマジで。大変だっつの合わせる方が!
なめらかで。叙情的で。刹那的。
いつの間にかナツは叩くのをやめてのんびり水を飲んでいた。作られたリズムの中で、ヨシミとアイリの2人が、場を支配している。
ヨシミが先を弾き。アイリが同じフレーズを合わせ。繰り返し。繰り返し。左右から襲ってくる情緒という振動。攻守は代わり、キーボードが先を行き。ギターは後追いするのかと思いきや、バッキングで雰囲気を変えてくる。変わる。目まぐるしく。追い、追われ。被せ、被せられ。2人はもう、1人だけを見て、聴いている。こっちの上がり切ったボルテージは、2人のジャムにすべて吸い込まれて、取り込まれる。
1分。いや、もしかすると2分近く。気まぐれな世界は続く。胸をいっぱいにしているものが自然と溢れて来ちゃうみたいな時間。
ふと。軽い調子で弦をかき鳴らしていたヨシミが八重歯を見せて笑う。2人はゆっくり、終わりを私たちに提示して。
――……。
直前までアイリが弾いていた扇情的なメロディが丸ごとヨシミに受け継がれてマシュマロよりも柔らかいベース音といっしょに、”曲”のイントロが始まった。 - 1441825/10/24(金) 16:37:34
「――!! ――……!!」
声にならない声。踏み鳴らされる畳。私の体は揺れる。背後にいる誰かが興奮して踏み鳴らす振動で。それに呼応するようにナツがハイハットだけで、静かに侵入してくる。
『Out of Trinity』。SUGAR RUSH唯一のオルタナティブ・ロック。まあ”唯一”ばっかだけど。
あーあー。はいはい見事見事。こりゃすごいわ。たぶん私、そっち側に居ても見惚れる。ヤバイな。
でも私はわかってる。この曲はごまかしが効かない。主に私の。勢いや気持ちだけではどうにもならない。声の出し方、息の入れ方。パフォーマンス。視線。髪の靡き。汗の一粒。一挙手一投足。ぜんぶに注目される。シャウトで調子を整えたり、気持ちが余所見したりは、一切許されない。ムリヤリ耳を傾けさせて闘争心に変換する歌ではなく。心を奪ったまま返さない歌だ。
ゆったりしたフィルで自己主張するナツが曲全体のテンションを整えていく。これが洗脳道具ではなく”曲”であることを示してくる。ここがボーカルが、私が入る扉の役割になる。抽象的で哲学的で、そのくせドストレートに感傷と後悔を伝えてくる歌詞は、ナツの作詞。
後ろから。声がする。抑えに抑えたツキカさんの叫び声は、なぜここがゲリラライブの会場じゃないのか、全力で不満を訴えているようにも聞こえた。
「あれじゃん! 砂祭りのあれじゃん伝説のイントロじゃん!! ちょ、カヨコさん今のって撮って」
「いま死ぬほど後悔してるとこだから話しかけないで」
「本番やってもらいましょうよ、今リクエスト通るんだから!」
「”わかってる”状態でこの感動って得られると思う? ああくそ。やらせることはできるけど――」
「うるさいんで静かにしてもらえますか?」
さんきゅミツルさん。おんなじ気持ち。うっさいなホント。
「かっけぇ! やっぱかっけぇ!! ギターはテクニックじゃない!! いかにかっこよく弾くかだ!!」
「だからうるさいってツキカ!」 - 1451825/10/24(金) 16:43:16
ツキカさんはもう”うずうず”が我慢できないんだろう。ミツルさんに怒られてもどすん、どすん、と足を踏み鳴らしている。なんなら自分のギター持ち出そうとして殴られてる音と声が聞こえる。
集中して歌詞を追う私の耳に。宇沢が小声で話しかけてくる。だからうっさいっつーの!
「ツキカさんのお話は第7回夏季砂祭りのミッドナイトライブでの話です。再生回数段違いですけどMXSTREAMで上がってませんでした?」
「動画見てたのよくわかってなかったときだし観てないと思う。てかそれあとじゃダメ? 吐きそうなんだけど今」
「これに合わせるなら、歌詞のそことそこ、テレコです。で、ここは歌詞が変わります」
「あ? なんで?」
「私がミスったので! そのときメインボーカルでした。ひひひ……」
「……あっそ」
「結果的に伝説扱いですから結果オーライというやつです。たぶん、そうした方が喜ぶ方は多いと思います。あ、これ練習じゃやらないでくださいね。ナツさん怒るので」
あれ目の前で聴いててよくミスれたな。いや、目の前で聴いてたからこそか……。
私は宇沢の浴衣の袖に挟まれていたボールペンでメモしておく。矢印と、歌詞の変更点を。ま、ファンってそういうの好きだよね。再演みたいなのさ。ラストライブでこれやるかわかんないけど、やったら、ってことにしておこう。反応見るに好きな人はホント多そうだもん。 - 146二次元好きの匿名さん25/10/24(金) 23:34:06
保守
- 147二次元好きの匿名さん25/10/25(土) 07:13:15
ちょっとした違い、好きなの分かる
- 148二次元好きの匿名さん25/10/25(土) 15:20:46
これも全て輝かしいオンステージ
- 1491825/10/25(土) 16:10:04
私は音について。”良い音”なんていうのはわからない。きっと聞き比べてもわからない。それは曲についても同じ。流行ってる歌聴いて、ああいいなーって思う程度。ざくざくと盛り上がったり、音が抑えられたり。曲の構成というのも、作り方も、わからない。作詞の方法だってわかんない。機材だってなんとなくでしかわからないし、ちゃんとしたライブのやり方もわかんない。
口元に笑顔を浮かべながらぎらついた目で弦を追うヨシミのこだわりも。くるくる踊るように動くアイリがそこに至るまでの頑張りも。短くなった髪を揺らして無表情にドラムを叩き続けるナツが求めるロマンも。正直よくわからない。
このノートはアイリのだけど、今は私だけが使ってる。だからみんなは、こうしてこっそりメモをとった私を知らないし、何を考えてるのかなんてわからない。振動で文字がブレたことも。『もっともっと!』ってツキカさんをこっそり煽りたい気持ちを書いたのをみんなは知らない。
けど歌詞を通じてあいつらが感じたこととか、思ったことは、私に入ってくる。どんなことをしてたか。どんなことがあったのか。記録や記憶に残っているものから、私は感じることができるし、知ることができる。私の歌い方や動きだけを見て、私がどれだけ必死なのか、バレている。みんなが私のことを15年間。みんなの”片隅”に置いてくれていたっていう事実はしっかりと私に伝達されている。
それでいい。それがいい。片隅でいい。中心じゃなくていい。片隅でいい。
1回目の通しが終わる。あんだけ完成度の高いことやっといてまだ足りんと吠えるヨシミになにが足りないのか問い詰めるアイリ。茶々を入れながらナツが宇沢に意見を求め、宇沢が感覚的に、ふわっと答える。
音に関して信奉しているというカヨコさんに意見を聞かないのはきっと。みんなにとってあくまで”外の人”だから。”外の人”に意見を求めるのは最後だけ。「カズサはなんかある?」。だから私にも質問が飛んでくるのは当たり前。
「最初のヤツやるならやるって決めといて。そこで休憩取れるなら前の曲の体力の使い方、変わるから」
「じゃあ”やる”で。おんなじ風にはできないけどね、アタマのコードで遊んでるだけだし」
「マジで!! カヨコさん、アレやるってよぉ!!」 - 1501825/10/25(土) 16:20:03
「はぁ……わかってる感動も、まあ……いやでも……ま、いい体験、か」沈んだ声のカヨコさんの脇で。コウさんが泥みたいにナツが参加しないジャムへの不満をぶつぶつとつぶやく。ミツルさんは……なにも。言わなかった。
私は振り向かない。さっき宇沢に言われた部分をぐるぐると円で囲む。『本番!』と。おっきく書いておく。練習と本番でやり方変えなくちゃいけないのが重荷にはなるけど、それやって怒る人と喜ぶ人、どっちが多いかだ。
心地が良い。わからないことを。不安には思わない。
私はSUGAR RUSH。放課後スイーツ部。トリニティ総合学園の1年生。
お互いをぶつけ合うそういう関係だった。アイリがスイーツ部に望んだのは上も下もない関係。学年だけじゃなく。立場すらもない。SUGAR RUSHとして”当たり前”を求められる私は、すこし下駄を履かせてもらっているとはいえ。
ようやく”戻ってこれた”。戻るためのはしごが用意された。楽曲の試験? 合格? これが一番の合格だよ。余裕がないみんなに付いていく。そんなの、いつも通りだよ。私が良く知るいつも通りだ!
あとは進むだけ。みんなと横並びで進むだけ。
今のイントロが伝説なら。未完成だとヨシミが言ったSUGAR RUSHの伝説なら。
やってやろうじゃん。塗り替えてやる。
「ほんじゃー3分後、2回目。ヨシミは音細い問題解決よろー」
「ぜぇーったいボリューム下げてるからだっつーの! ねぇ、カヨコさん? 弁償するからライブ仕様に」 - 1511825/10/25(土) 16:30:52
気持ちが悪いほどの猫なで声を出したヨシミに。カヨコさんは私の背中側で。1度鼻で笑ってから言った。
「うちの社長からは『問題起こしたら八重歯引っこ抜いていい』と通達されていますが、どうします?」
「……。あー、えー、カズサ」
「あん?」
「この曲で誤魔化しなんか効かないんだから。どこぞの支部長みたいにバカやる前に、しっかり歌詞覚えときなさいよ!」
ヨシミはそう言って。行き場のなくなったであろう会話をこっちに流してさっさとアンプの調節に入った。ああでもない、こうでもないと言いながら。弦を弾く。「アイリの下げてみる?」「それやったら前出ろって言われるから変えなーい。むしろ上げちゃいます!」「ベース側は上げていいわよ」。
「……おい」
怒るのナツだけじゃないじゃん。ウソつき。
私が見上げて。宇沢を睨むと。髪でアイリたち側から顔を隠すように首を振った宇沢は、小声で言った。
「やっちまったもん勝ちってやつですよ」 - 1521825/10/25(土) 16:34:32
■
(宇沢のオタク適正があまりに高すぎる)
(あまりライブ盤を聴くタイプではないのですが、ライブで映える楽曲があるのも確か)
(かっこいいよね、イントロに繋がるジャム。あるいはソロ) - 153二次元好きの匿名さん25/10/25(土) 23:42:23
今回のイベスト見た後にスズミさん呼び出された所見ると色々味わい深い
- 1541825/10/26(日) 08:51:06
※
『――ら8日、S.C.H.A.L.E支部全体の陣頭指揮を執るアビドスからお送りしています! 十六夜氏の宣言通り、同支部が管理する軍事基地には次々と武装が運び込まれ、人員も――』
「ねー宇沢。アイリ知らん?」
「アイリさんですか? さっき外行きましたよ。歌詞です?」
「そうそう。『彷徨』のボーカルってアイリだよね? こっから明らか雰囲気変わるから、歌い方あるなら聞きたいんだけど」
「あー。ヨシミさんがシューゲイズにハマり始めたあたりですね。『彷徨』はそのクッションというか、原点回帰でポップ感強めなんですよ。『ドアベル』と『Twilight Idiot』の中間ぐらいってイメージなんですが」
「あのエモいポップとパンクの中間ってなんだよ……いいや探してくる、って、アビドス? それ」
「ですね。さっきセリカさん映ってましたよ」
「ほえー」
あのジャンクなラーメンの味を思い出してよだれがじゅわっと出て来た。夜中に食べるにはギルティすぎた油とにんにくの暴力。不味いはずがないんだよなあ。脳みそがあの快楽を思い出している。食べ物は体に悪ければ悪いほど美味しいって、世界のバグだろ、もう。
ゆっくりとお茶をすすりながら。映るテレビには、大量の照明が焚かれる中、戦車や軍用トラックが行き交う光景の隅っこでリポーターの学生が嬉々としてマイクを握っていた。
『連邦生徒会はこの非常事態を鑑み、本格的な内部監査を開始。監査の結果を精査した上で本部の”先生”解任を審議する総会の開催を約束しました。またアビドス高校は同支部に対し『いい加減にしろOBどもが!』と怒りの声をあげ、一部地区では内戦状態に――』
「……ヤバくない?」
私が言うと。座椅子の背もたれに寄りかかった宇沢はあくびをしながら「仕事おっそいんですよ連邦生徒会は……」と愚痴った。
しばらくいっしょにニュースを見て、シロコさんとやらがカメラに銃を向けたあたりで私は縁側のつっかけを履いて外に出た。茶羽織を羽織っていても寒い。かちかち鳴る歯の音と、テレビから聞こえる銃撃音がシンクロした。 - 155二次元好きの匿名さん25/10/26(日) 09:00:24
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- 1561825/10/26(日) 09:03:44
「寒いんで早く閉めてくださーい」
はいはい。
庭では宇沢の居た広間の明かりを使って。ナツとコウさんがスティックを打ち鳴らし、ハルカさんがショットガンをバトンのように構えて行進していた。2人の拍子に一切のズレはなく。ほんと、綺麗にぴったり合わさっている。その音に合わせて足を踏みならすハルカさんの後ろに、古くさいメロディを単音で弾きながら。ツキカさんがギターを担いで歩いていた。
面白い光景だけど、ハルカさんの顔は引き攣っている。ほんの少し。私じゃわからないぐらい拍子とズレると、カヨコさんが「ハルカ」と一言だけ発する。それだけで。ハルカさん足は、ほんのちょっとのズレを修正する。
「ハルカの歩みは鼓笛隊全体のリズム。ハルカがズレたら全部がズレる。学生がやるマーチングバンドの発表会じゃないんだから、バトン振り回してパフォーマンスなんかしなくていい。とにかくリズムを崩さないで」
「は、はい!」
「ほら、正義実現委員会が来たよ。会敵まで……3,2,1」
「――!」
歩調に合わせて格式ばった動きで。がちん。弾の入っていないショットガンが天に向かって打ち鳴らされる。古めかしい曲を弾いていたツキカさんは楽しそうに。キリのいいところで、今度は私もよく知ってる曲を演奏し始めた。「バトン! もっときびきび戻す!」「はいぃ!!」「腕も肩までまっすぐ上げる!」「はぁいっ!!」。こわ。
庭を大きく使って、長方形を描くように行進し続けるハルカさんの足音は一定。バンドでもドラムの役割は大きい。まして今回は、決まった場所から一定速度で目的地に向かう必要がある。時間が決まっている。だからこそ、その全体指揮となるハルカさんの行進は、きわめて重要。事前にハルカさんの歩幅を計ってリズムを決めている。BPM104。或る程度は仕方ないとはいえ、大きなズレは許されない。
っていうのは打ち合わせで何回も話したし、ハルカさんもずっと練習していたけど。リズム感なんてのは一朝一夕でどうにかなるもんじゃなくて。音楽好きらしいから、コツさえつかめば、ってナツは言ってた。
……てか。正義実現委員会が来て? これ? 趣味悪。
「あれ、どしたんカズサ」
手を止めないままナツがこっちを見た。 - 1571825/10/26(日) 09:09:46
「なんでわざわざ、と思ったけど、正実の目の前でやるやつだったんだ」
「そだよー。嫌がらせに最適でしょ?」
にしし、と笑うナツの音はブレない。ナツの横でナツをにたにた見ているコウさんもブレない。ブレてるのかブレてないのか、私にはわからんが、相変わらずズレなく打たれていないから、ブレていないんだろう。
足音はズレていないけど。その後ろを着いていくツキカさんは、ズレた。っていうか、ミスった。
なぜなら。
「おぁー! カズサさーん!!」
「……」
私は黙って手を挙げる。なんか苦手なんだよな、このひと。観客に居てくれればすっごいありがたい盛り上げ役なんだけど、ステージの下では会いたくないみたいな。なんというか、正直なひとなんだ。思ったこと全部口から出ちゃうタイプなんだろう。あと、遠慮がない。私が宇沢に持っていた苦手感と似てるかもしんない。
遠慮がないんだよ。
「楽器頑張りましょー! うちらも協力するんで!!」
「……はーい」
「ッッツキカァ!!」
「はいごめん!!」
びっくりした。コウさんって怒鳴るんだ。ナツもびっくりして肩を跳ね上げていた。リズムを壊すぐらいならとスティックを止めたのは、もうさすがとしか言えない。
ツキカさんは手元をもたもたさせながら。リズムを読んで。はじめから演奏し始めた。ナツもコウさんに合わせてまた、拍を刻む。 - 1581825/10/26(日) 09:16:37
わかってるよ。歌はなんとか食らいつけるようになった。今日のだって、ほんと。嘘じゃない。ドストレートに、みんなの足止めをせずに進められた。一曲につき5回。みんなの練習のスピードに、私は付いていくことができた。ドヤりたい。いくらでもドヤりたい。STANCE RUSHには内心ドヤっていたし、カヨコさんが静かに拍手してくれたのは、飛び上がりたいほどうれしかった。てか飛び上がった。パフォーマンスとして誤魔化したからたぶんバレてないはず。
けれど。晩御飯を食べたあとに、ルーティンとしてやっている『彩りキャンパス』。演奏としては付いていけ……てない。今来るか!? ってぐらいのイップス。弾けていたところが弾けなくなった。指がもつれて、左手と右手の同期ができない。謝肉祭で出来ていたことができなくなった。おかげで通し練習、体調を心配されて切り上げられてしまった。
原因は明白。どうしてもチラつく。あのぼろぼろの、私とおんなじベース。私を穴を開くほど見つめてくるミツルさんの目が。私を締めあげている。
かと言って悩んでいる暇もない。とどまっている暇はない。時間は進み続ける。ハルカさんの行進と同じように一定のリズムで私たちは進んでいる。考えている暇なんかない。無理矢理にでも飲み下して、せめて元に戻さなくちゃならない。
……『戻るだけじゃ足りない』のに。
考えるな―。考えるな―。
とりあえず、上手く行ってるところはつまづかず、勢いに乗ることが大事! 今は歌! ボーカルの仕事を考えろ!
「……なに、にらめっこ?」
「ちげーよ。アイリ見てない?」
「アイリ? あー……今は」
「アイリさんなら坂下ってきま」
「ツキカ!」
「すんません!!」
「ハルカ、曲がるときの指示、グリップが下がってる! トリニティの目はそれじゃ誤魔化せないよ!」
「はいぃ!!」 - 1591825/10/26(日) 09:20:43
……きびしー。
坂を下ってったってことは散歩かなにかかな。旅館に入る道はその1つだけだから、歩いてれば会うか。
んじゃ行ってみるわ、と歩き出そうとした私を。コウさんの声が引き留める。
「ミ、ミミ、ミつルは……」
音をズラさないまま。片足を前に出した私に、コウさんは言った。
「か、カズサっ。さんの、こ、こ……コと」
「……」
「ご、ごご、めんな、すすす、さい」
「いいですよ、ゆっくりで。急いでるわけじゃないし。てか年上だし呼び捨てでいいです」
スティックの音が。ナツだけになる。
見返った私に体を向けて。コウさんは、その長い黒髪で目元を隠して、私の腰あたりを見ていた。
しゃっくりみたいな深呼吸をしたコウさんは、やはり、つっかえたような物言いで。言う。そうだろうなって思っていたことを。
「か、カズささンが、み、見つカったのが。……く、くク、くやシっい、みたい、デ」
「……だろうね」
あの目。憧れ。狂気。つぶやかれた『なんで』。私の歌を聴いたときのあの顔。ぼろぼろのベース。STANCE RUSH。 - 1601825/10/26(日) 09:35:02
この人たちが憧れたのは私じゃなくて、私が居ないSUGAR RUSH。私を探すための音楽に、姿勢に。憧れた人たちが私に持つ思いは。
「私が”SUGAR RUSH”を壊したって思われてるんですよね?」
答えはない。ただ。もじもじと、スティックの先を捏ねている。
「カズサー?」ナツが睨んできた。心配すんなって。とっくにそこは通り過ぎたから。
「ありがとうござい、ます」コウさんに笑いかける。「でも私もSUGAR RUSHのメンバーなんで。”クソみてえな終わり方”にはさせません。その場で死んでやる覚悟でやります。信じてください」
「――。……おねがイ、シま。……す」
コウさんに手を振って。私は、合わさった拍子を聴きながら、外灯まばらな田んぼ道を歩く。歩きながらため息を吐いた。あの”お願いします”は、祈りだ。自分が信じてたものを託す祈り。ミツルさんのことも含めた。とにかく、いろんな思いが混ざった”お願いします”だった。
解散の理由。みんなが消えてしまうという話は伏せている。私が消えていたという話は誤魔化しようがなくとも、消えるというのはわざわざ言わなくてもいいからって。残る言葉はとにかく”解散”の二文字。それだけあればいいとみんなは言った。
私が15年をぶち抜くSUGAR RUSHを作るチャンスは1度だけ。”解散”の説得力を作れるのはたった1回。その1回で、私は。
足取りが重い。
はぁ。……できるか、じゃない。
やってやる。やらなきゃなんない。
あ”-!!
……。
とにかく練習するしかないなぁ……。明日からランニング、やめるかぁ。