今年度クマに襲われて死亡した人は12人にのぼり、過去最多の被害となっている(10月30日時点、環境省まとめ)。ノンフィクション作家・人喰い熊評論家の中山茂大さんは「約80年分の北海道の地元紙を通読し、クマと遭遇するも逃げ延びた事例を分析した。その結果、無事に生還できたケースには、いくつかのパターンがあることがわかった」という――。
歩道に現れた熊
写真=iStock.com/Frank Fichtmüller
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クマと出会ったらどうすればいいのか

今夏は、北海道福島町で新聞配達員が、知床の羅臼岳で登山客が喰い殺されたのをはじめ、秋以降は本州のツキノワグマが近年になく凶暴化し、クマによる人身被害が過去最多を記録している。

これにともない、クマに出会ったときの心得のような特集をあちこちで見かける。

筆者は明治大正昭和と約80年分の北海道の地元紙を通読し、また市町村史、部落史、自伝、林業専門誌などにも目を通して、ヒグマに関する記事、挿話を抽出、データベース化し、拙著『神々の復讐』(講談社)にまとめた。

その中には、実際にクマと出会ったのち無事に生還した事例も数多く存在する(襲いかかってくるクマを「巴投げ」で投げ飛ばして助かったというような都市伝説的な話などもある)。

先人達の体験から、クマと遭遇した時の効果的な対策について考えてみたい。

助かる確率は五分五分

①「死んだふり」は有効か?

「ヒグマに遭ったら死んだ真似をすると助かる」という俗説は広く信じられているが、これは「クマは動かない物は食わない」という、これまた俗説によるもので、専門家によれば確率は五分五分であるという。実際に助かったケースでも、けっこうな怪我を負わされることが多いようだ。古い事例では明治の初め頃に、次のような事件があった。

亀田郡七飯村の者が単身で舞茸採りに出かけ、たまたま大きな舞茸を見つけて、天の賜と喜んで思わず声を発したところ、生い茂る木立から大牛にも等しい猛熊がこちらを目がけて進んで来た。その勢いの恐ろしさは「胆魂魄も天外に飛去り」という有様であった。某はかねて聞いていた通り、死ぬも生きるも天の運と度胸を据えて自らそこへ打ち倒れて息を殺し「死したる体」を見せかけた。やがて彼の熊が側に近づき、某の体をしきりに打ち叩き、爪でもって散々傷つけた後、手を口に当てて呼吸の有る無しをうかがい、真に死んだと思ったのか、その場を立ち去った(後略)(『函館新聞』明治14年10月10日)

結局この男性は27カ所の傷を負って病院に運ばれたそうである。

他にも全治3週間の重傷を負ったり、後遺症が残ったりした事例が以下の二つである。

夕張炭鉱の坑夫、中村理吉(三二)は、炭層調査のため八名の人夫と共に従事中、巨グマが突如、前途に立ち塞がり、咆哮一声したので、理吉は大地に俯伏した。飛びかかったクマは、その後頭部に噛み付いたが、必死に痛みをこらえて仮死の状態を装い、しばらくして静かに頭をもたげてみると、クマはなおかたわらを去っておらず、手を挙げてさらに頭部を掻きむしり、紅に染めて倒れた姿を見て、悠々と立ち去った(後略)(『北海タイムス』明治41年9月3日)


“熊は死んだものは襲わない”と教えられていたのは嘘でした。熊は私の上に腰を下ろして長い爪で尻べたにズブリと刺しました。痛いのでビクッと動くとウワッと唸って咬みつきました。ひっくり返すやら手玉に取ったり、まるで熊のおもちゃでした。追っ手の人が来て仕止めてくれましたが、片目、片手、片足になりました。それでも猟師の人達が熊をなげおいて、病院に運んでくれたので助かりました(吉本国男)(『東三川百年史』平成7年)