経歴書を見て、ちょっと引いた。
GitHubのスター数が現実離れしてるし、技術ブログも見たことない分量。
使える技術は自分の三倍。React、Vue、Go、Rust……カタカナを追うだけで手一杯だった。
「また意識高い系か」
隣の田村が呟く。俺も同じことを考えてた。
古いコードを一目見て渋い顔をする。会議で「そろそろモダンな構成にしませんか」みたいな提案。
コードレビューは容赦なし。「ここ、コンポーネントに責任持たせ過ぎですね」「エラー処理、もっと丁寧に」「テストコード、当たり前に書きましょう」。
ひたすら正論。
うざかった。
俺たちがどうして汚いコードを書いてるか、この男には分からない。
毎日終電、土日は障害対応で呼び出されて、ただ“動くもの”を積み上げるしかないんだ。
俺たちが一週間かかる仕事を、三日で終わらせてくる。
正直、悔しかった。
前職を調べた。同僚が「有名Web系だったらしい」「やっぱり恵まれてるよな」と言う。
自分はSIer、古い文化に浸かりきった人間。あいつは最初から違った世界の住人。
最初から条件が違うのだから、そりゃ勝てるわけがない、そう思っていた。
「実は俺、文系です。完全未経験からSIerでCOBOLとJavaだけで食ってたんです。毎日終電、土日も当然出勤」
……俺たちと同じだ。いや、むしろスタートはもっと後ろだった。
それでも佐々木は毎朝5時に起きて、出社前2時間、帰ってからも1時間。
土日は技術書を読み倒し、何年でも続けた。
「4年やりました。最初の転職活動は100社受けて全滅。でも勉強して、2回目でやっとWeb系に引っかかりました」
7,000時間近く積み上げて、そこにいる。
俺はと言えば、「環境が悪い」「仕方ない」「時間がない」と言い訳して、家ではYouTubeとゲームだけ。
土日もゴロゴロして何も変えなかった。
才能でも環境でもない。ただ、努力したかどうか。それだけだった。
素直に屈辱を噛みしめ、うなずいた。
明日から一緒に朝活を始める。1時間だけでも、たぶんそれでいいんだと思う。
朝活は、正直きつかった。
寝不足のまま早朝の会議室に集まってコーヒーを流し込み、黙ってテーブルを挟む。もちろん最初は普通に勉強だ。
けれど、だんだんと慣れてくると、俺なりの意地も芽生えてきた。
「ああ、昨日この分野を調べてきたんだ」
「なるほど、そっちの技術ではこうやるのか」
ただ教わるばかりじゃ悔しいので、眠い頭で資料を漁って少しでも佐々木に食らいつく。
知識の差は大きい。でも、佐々木も意外と勝負事が好きらしい。「今日はどっちが新しいツールを導入できるか」みたいな余計なルールまで作り出し、コードレビューでお互いをねちねちいじり始める。
気がつけば、朝活は勉強会というより妙な競争の場になっていた。
「あ、そっちの書き方の方が効率いいな」
「また変なイースターエッグ仕込んでる」
仕事でも張り合うようになった。
些細な設計やリファクタリングの方針ひとつで、絶対譲れなくて熱くなった。むきになって議論する。
他のメンバーには「仲悪いのか」と言われたけど、本人たちは別に悪い気がしない。不思議な高揚感。
次第に会社での評価も上がっていた。成果が出ると、お互いに無言でアイコンタクト。
なんとなく、ライバルってやつになっていた。
飲みに誘ったり、逆に誘われたりすることも増えた。くだらない愚痴をこぼし合い、バグの話で夜中まで笑った。
仕事が終わった金曜に、そのまま繁華街で朝まで過ごすこともあった。
ある日、こんな風に、飲みに誘われた。
静かな居酒屋、少しアルコールが入る。気づけば昔話になり、くだらない話、恥ずかしい話、お互いの情けなさをさらし合う夜。
気付いたら閉店まで二人だけ、なぜか離れがたくて、一緒に深夜の街をふらふら歩いた。
妙な感情が残った。
帰り道、不意に言葉がこぼれる。
「なんかさ、お前といるとずいぶん楽なんだよ」
「……わかる。俺もそう」
見ればわかるくらい、距離が近づいた。
休日に技術イベントがあれば二人で出かけ、休日の帰り道は自転車を並べて走った。
日曜の朝、駅前の喫茶店で合流して、黙ってノート開いて並んでいる時間が、いつの間にかすごく安心するようになった。
仕事も私生活も地続きで、ただ一緒にいることが普通になっていく。
もしかすると、お互い惹かれたのかもしれない。でもはっきり「好き」と言うのは、たぶん、もっと先になる気がする。
この歳で、こういう物語があるとは思っていなかった。でも悪くない。
淡々とした毎日のなかで、少しずつ少しずつ、何かが変わっていた。
おいおい、どっちが先にちんぽくわえたんだよ 暈すな!
繋げておきますね anond:20250930135702