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弱者男性に突き飛ばされて怪我をした。最悪。
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2025-12-08

弱者男性に突き飛ばされて怪我をした。最悪。

朝の空気というものは、本来すがすがしいらしいけれど、私にとっては単なる演出しかない。

名家ルヴェリエ家の令嬢たる私、アメリアは、今日執事セドリックが操る馬車――最新式の魔導車輪装置付き――で学院へ向かっていた。

膝の上には、婚約者レオン様のために「私が手作りしたことにしている」昼食弁当

もちろん私が握ったのは使用人へ指示を出すためのベルだけだ。

指先ひとつ動かしていないのに「手作り」になるのだから、令嬢とは便利な職業である

お嬢様本日もご機嫌麗しく」

「ええ、とても。レオン様は私の料理をお待ちなのよ」

「……料理、でございますか」

セドリックの若干死んだ目は見なかったことにした。

そうして道を進んでいると、前方で妙に丸いお腹を抱えた女性がよろめいているのが見えた。妊婦だろうか。道端で苦しんでいるように見え、演出としては完璧だ。

「止めて、セドリック。助けるわ」

お嬢様危険です。ここは魔物の出没地域で――」

「レディの慈悲を止める権利あなたにあるの?」

「……ありません」

馬車を降りると、妊婦らしき女性こちらを向いた。次の瞬間、彼女の腹が破裂するように膨らみ、皮膚が裂け、紫色の眼球がずるりと覗いた。

チチチ、チギュッチチチチギュー!!!

……どう考えても妊婦ではなかった。

私は優雅に一歩さがったが、その化け物は触手の束を一斉に伸ばしてきた。

お嬢様っっ!!」

セドリックが私を突き飛ばし魔法陣を展開した。青い閃光が触手を焼き払い、化け物は黒焦げの肉塊となって崩れた。

しかし――

「ぐっ……!」

セドリックの腕は赤く裂け、骨が一部見えていた。まったく、困ったわね。

私は地面に倒れ込んだ自分の肘を見た。

ほんのちょっと擦りむけて血がにじんでいる。

非常に痛い。

世界一痛い。

私が怪我をしたということは、つまり世界が悪い。

「みんな聞いて!!」

周囲の野次馬に向かって私は叫んだ。

「この執事、私を突き飛ばしたの!暴力よ!令嬢の私を傷つけたのよ!!」

「えっ……お嬢様?私はあなたを庇って――」

言い訳しないで!!弱者男性あなたが私を押したせいで、私はこんな大怪我を……!!」

野次馬たちの目がすっと曇り、感情の色が失われていく。

魔王戦争以降、国民に施された忠誠心強化の洗脳術式が刺激されるとこうなる。

彼らは令嬢や貴族言葉絶対とみなすのだ。

「令嬢を傷つけた罪……拘束しろ

「許されない……守れない執事など……」

民衆が一斉にセドリックを取り押さえた。

お嬢様、待ってください、本当に誤解――ぐっ……!」

その声を聞きながら、私は肘の傷にそっと触れた。

すると傷口が淡く光り、逆流するように皮膚が再生していく。

再生魔法恩恵で、跡形もなく消えた。

私は溜息をつき、拘束されていくセドリック視線を落とした。

「まったく……私を守れない弱者男性価値などないわ」

そう呟いた瞬間、朝の空気はようやく私好みの、すがすがしいものになった。

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