STS-42
名称:STS-42
オービター名称:ディスカバリー
打ち上げ国名・機関:アメリカ/アメリカ航空宇宙局(NASA)
打ち上げ年月日:1992年1月22日
着陸年月日:1992年1月30日
宇宙飛行士:ロナルド・グレーブ/ステファン・S・オズワルド/ノーマン・サガード/デビッド・ヒルマー/ウイリアム・F・レディ/ロベルタ・ボンダー/ウルフ・メルボルト
飛行時間:193時間15分
STS-42のディスカバリーにはスペースラブが積みこまれていました。スペースラブはESA(欧州宇宙機関)が開発した有人宇宙実験室です。スペースシャトルとはパイプ状の通路でつながれ、空気を満たした部屋と真空にさらされる実験台があり、数人が乗ることができます。このときのスペースラブはIML-1(第一次国際微小重力実験室)で、各国の研究者の提案によって開発されたものでした。
日本からも宇宙放射線モニタリング装置や有機結晶成長装置が提供されたIML-1では、宇宙空間の微小な重力を利用して、物質の結晶成長実験や宇宙酔いの実験など55種類の科学実験が行われました。
1.どんな形をして、どのような性能を持っているの
スペースシャトル・ディスカバリーは、オービター(軌道船)と呼ばれる有人宇宙船(ディスカバリー)と、それを打上げるための固体燃料ブースターロケット2基、液体燃料を入れてある外部タンクからなっています。全体の長さは56m、高さ23m、重さ2,000tで、オービターだけの長さは37メートル、高さ17m、重さ85tです。外部タンクは使い捨てですが、オービターとブースターロケットはくりかえし使われます。
2.打ち上げや飛行の順序はどうなっているの?
ブースターロケットの噴射と、外部タンクの液体燃料を使うオービターの噴射で打ち上げます。2分後に、燃料の燃えつきたブースターロケットが切り離され、パラシュートで落下します。8分後、高度250kmから400kmに達したとき外部タンクが切り離され、オービターは軌道修正用エンジンで地球周回軌道に乗ります。オービターが地球に戻るときは、グライダーのように滑空しながら着陸します。
3.宇宙飛行の目的は?
IML-1スペースラブでの科学実験です。
4.宇宙でどんな活動をし、どのような成果をおさめたの?
IML-1スペースラブのなかで、微小重力を利用した実験を行ないました。
※参考文献:「Newton Collection II 宇宙開発」竹内 均・監修(教育社)、「SPACE ATLAS 宇宙のすべてがわかる本」河島信樹・監修/三品隆司・著(PHP研究所)、朝日新聞縮刷版 平成4年1月
STS-42
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/12 16:57 UTC 版)
ディスカバリーのペイロードベイにあるスペースラブ
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| 任務種別 | 微小重力実験 |
|---|---|
| 運用者 | NASA |
| COSPAR ID | 1992-002A |
| SATCAT № | 21846 |
| 任務期間 | 8日1時間14分44秒 |
| 飛行距離 | 4,701,140 km |
| 周回数 | 129 |
| 特性 | |
| 宇宙機 | ディスカバリー |
| 打ち上げ時重量 | 110,400 kg[1] |
| 着陸時重量 | 98,890 kg[1] |
| ペイロード重量 | 13,066 kg |
| 乗員 | |
| 乗員数 | 7 |
| 乗員 | ロナルド・グレーブ ステファン・オズワルド ノーマン・サガード ウィリアム・レディ デヴィッド・ヒルマーズ ロベルタ・ボンダー ウルフ・メルボルト |
| 任務開始 | |
| 打ち上げ日 | 1992年1月22日 14:52:33(UTC) |
| 打上げ場所 | ケネディ宇宙センター第39発射施設 |
| 任務終了 | |
| 着陸日 | 1992年1月30日 16:07:17(UTC) |
| 着陸地点 | エドワーズ空軍基地第22滑走路 |
| 軌道特性 | |
| 参照座標 | 地球周回軌道 |
| 体制 | 低軌道 |
| 近点高度 | 291 km |
| 遠点高度 | 307 km |
| 傾斜角 | 57.0° |
| 軌道周期 | 90.5分 |
左から、オズワルド、ボンダー、サガード、グレーブ、ヒルマーズ、メルボルト、レディ |
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STS-42は、ディスカバリーによるスペースラブを用いて行われたミッションである。打上げは、当初は1992年1月22日8時45分(EST)が予定されていたが、天候のために延期され、9時52分(EST)に打ち上げられた[1]。ミッションの主目的は、様々な生物に対する微小重力の効果の研究であった。ディスカバリーは、1992年1月30日8時7分(PST)にエドワーズ空軍基地第22滑走路に着陸した[1]。STS-42は、1992年に行われたディスカバリーの2回の飛行のうち最初のもので、2回目は1992年12月2日に打ち上げられたSTS-53であった。また、このミッション以降、1997年2月11日に打ち上げられたSTS-82まで、ディスカバリーでの乗組員7人の飛行は行われなかった。
乗組員
- 船長 - ロナルド・グレーブ (3)(青チーム)
- 操縦手 - ステファン・オズワルド (1)(青チーム)
- ミッションスペシャリスト1 - ノーマン・サガード(4)(青チーム)
- ミッションスペシャリスト2 - ウィリアム・レディ (1)(赤チーム)
- ミッションスペシャリスト3 - デヴィッド・ヒルマーズ (4)(赤チーム)
- ペイロードスペシャリスト1 - ロベルタ・ボンダー,CSA (1)(青チーム)
- ペイロードスペシャリスト2 - ウルフ・メルボルト,ESA (2)(赤チーム)
STS-42では、西ドイツ人初の宇宙飛行士であるウルフ・メルボルトが2度目の宇宙飛行を行った。また、ロベルト・ボンダーがカナダ人初の女性宇宙飛行士となった。実験を24時間監視するため、宇宙飛行士は、赤チームと青チームに分かれた。
ソニー・カーターは、元々このミッションでミッションスペシャリストを務める予定であったが、打上げの7ヵ月前に死去し、ダヴィド・ヒルマーズが代わりを務めた。
ミッションハイライト
打上げは、天候のために1時間遅れ、1992年1月22日午前9時52分33秒(EST)に行われた 。打上げ時の重量は、110,403 kgであった。
このミッションでは、生物や材料加工における無重力の複雑な影響について深く研究するためのスペースラブの加圧有人モジュールであるInternational Microgravity Laboratory-1 (IML-1)が軌道に運ばれた。赤チームと青チームに分けられた乗組員は、低重力へのヒトの神経系の適応やエビの卵、レンズマメの苗、キイロショウジョウバエの卵、細菌等の他の生物への微小重力の効果の実験を行った。低重力下での材料加工の実験には、酵素、ヨウ化水銀、ウイルス等の様々な物質を用いた結晶成長の実験等があった。その他のペイロードには、10個のGet Away Special (GAS)キャニスタ、多数のミッドデッキのペイロード、2つのShuttle Student Involvement Program (SSIP)の実験等があった。ミッドデッキのペイロードには、Applied Microgravity Research (GOSAMR)、Investigations into Polymer Membrane Processing (IPMP)、Radiation Monitoring Experiment (RME-III)等があった。
ミッションは科学実験を続けるために1日延長され、ディスカバリーは、1992年1月30日午前8時7分17秒(PST)にエドワーズ空軍基地第22滑走路に着陸した。ロールアウト距離は、9,811フィートであった。オービタは、1992年2月16日にケネディ宇宙センターに戻った。着陸時の重量は、98,890 kgであった。
ミッションの徽章
徽章の下部の青地の4つの星と上部の青地の2つの星は、STS-42のミッション番号を表している。右側に描かれた地平線上の金色の1つの星は、NASAに向かう際に乗った飛行機で、アトランティック・サウスイースト航空2311便墜落事故に巻き込まれ死亡したソニー・カーターを称えたものである。カーターは、STS-42にミッションスペシャリストとして搭乗する予定であった。
出典
外部リンク
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