STS-51-I
名称:STS-51-I
オービター名称:ディスカバリー
打ち上げ国名・機関:アメリカ/アメリカ航空宇宙局(NASA)
打ち上げ年月日:1985年8月27日
着陸年月日:1985年9月3日
宇宙飛行士:ジョセフ・エンゲル/リチャード・コービー/ジェームス・バン・ホフテン/ジョン・ラウンジ/ウィリアム・フィッシャー
飛行時間:170時間18分
STS-51-Iのディスカバリーは、3個の通信衛星を静止軌道に乗せ、故障していた通信衛星の修理を行ないました。
故障していたのはSTS-51-Dのディスカバリーから放出された軍事通信衛星リーサット3号です。ロケットエンジンに点火するタイマーが故障して静止軌道に乗らないままでいました。6tの燃料が残っていたため、修理は危険な作業でした。
船外活動をしながらの修理は、ジェームス・バン・ホフテンとウィリアム・フィッシャーの2人の宇宙飛行士によって行われました。とくにフィッシャーは宇宙服の厚い手袋をしたままで器用にドライバーをあつかい、衛星に電気回路を取りつけ、細かな配線をつなぐことに成功しています。彼は元外科医で、その手先の器用さから修理作業をまかされたのでした。
1.どんな形をして、どのような性能を持っているの
スペースシャトル・ディスカバリーは、オービター(軌道船)と呼ばれる有人宇宙船(ディスカバリー)と、それを打上げるための固体燃料ブースターロケット2基、液体燃料を入れてある外部タンクからなっています。全長56m、高さ23m、重さ2,000tで、オービターだけの長さは37m、高さ17m、重さ85tです。外部タンクは使い捨てですが、オービターとブースターロケットはくりかえし使われます。
2.打ち上げや飛行の順序はどうなっているの?
ブースターロケットの噴射と、外部タンクの液体燃料を使うオービターの噴射で打上げます。2分後に、燃料の燃えつきたブースターロケットが切り離され、パラシュートで落下します。8分後、高度250kmから400kmに達したとき外部タンクが切り離され、オービターは軌道修正用エンジンで地球周回軌道に乗ります。オービターが地球に戻るときは、グライダーのように滑空しながら着陸します。
4.宇宙でどんな活動をし、どのような成果をおさめたの?
3個の衛星を静止軌道に乗せ、1個の衛星を修理しました。
※参考文献:「Newton Collection II 宇宙開発」竹内 均・監修(教育社)、「SPACE ATLAS 宇宙のすべてがわかる本」河島信樹・監修/三品隆司・著(PHP研究所)、朝日新聞縮刷版 昭和60年8月・9月
STS-51-I
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2023/08/07 09:23 UTC 版)
| STS-51-I | |||||
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徽章
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| ミッションの情報 | |||||
| ミッション名 | STS-51-I | ||||
| シャトル | ディスカバリー | ||||
| 発射台 | 39-A | ||||
| 打上げ日時 | 1985年8月27日 10:58:01 UTC | ||||
| 着陸または着水日時 | 1985年9月3日 13:15:43 UTC エドワーズ空軍基地第23滑走路 |
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| ミッション期間 | 7日2時間17分42秒 | ||||
| 周回数 | 112 | ||||
| 高度 | 242 km | ||||
| 軌道傾斜角 | 28.45° | ||||
| 航行距離 | 2,919,576 km | ||||
| 乗員写真 | |||||
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| 後列左から、ファン・ホフテン、ラウンジ、フィッシャー 前列左から、イーグル、コヴィー |
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| 年表 | |||||
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STS-51-Iは、アメリカ航空宇宙局のスペースシャトルの20回目のミッションであり、ディスカバリーの6回目の飛行である。
ミッションでは、3つの通信衛星が軌道に投入された。1985年8月27日にケネディ宇宙センターから打ち上げられ、7日後にエドワーズ空軍基地に着陸した。
乗組員
- 船長 - ジョー・エングル (5)[1]
- 操縦手 - リチャード・コヴィー (1)
- ミッションスペシャリスト - ジェームズ・ファン・ホーフェン (2)
- ミッションスペシャリスト - ジョン・M・ラウンジ (1)
- ミッションスペシャリスト - ウィリアム・フレデリック・フィッシャー (1)
ミッションパラメータ
- 質量:
- 打上げ時:118,981 kg
- 着陸時:89,210 kg
- ペイロード:29,772 kg
- 近点:350 km
- 遠点:465 km
- 軌道傾斜角:28.5°
- 軌道周期:92分
船外活動
- 1度目
- 開始:1985年8月31日
- 終了:1985年8月31日
- 時間:7時間20分
- 2度目
- 開始:1985年9月1日
- 終了:1985年9月1日
- 時間:4時間26分
ミッションハイライト
ディスカバリーは1985年8月27日6時58分(EDT)に打ち上げられた。これに先立つ8月24日と8月25日の2度の打上げの試みは、前者は悪天候のため、後者はバックアップの軌道コンピュータの不具合による交換のために延期された。8月27日は、嵐が近づいていたものの打上げは成功した。
STS-51-Iの5人の乗組員は、船長のジョー・イーグル、操縦手のリチャード・コヴィー、ミッションスペシャリストのジェームズ・ファン・ホフテン、ジョン・ラウンジ、ウィリアム・フレデリック・フィッシャーであった。第一の目的は、3つの商業通信衛星の展開と、1985年4月にSTS-51-Dのミッションで展開されたシンコムIV-3衛星の回収と修理であった。さらに、ディスカバリーのミッドデッキでは、材料処理実験Physical Vapor Transport Organic Solid Experiment (PVTOS)が行われた。
3つの通信衛星は、オーストラリアのオーサット1号、アメリカ合衆国の衛星企業のASC1号、ヒューズ・エアクラフトが建設し、アメリカ国防総省に貸与したシンコムIV-4である。オーサット1号とASC1号は打上げ初日の8月27日、シンコムIV-4はその2日後に展開された。3機とも計画通りの対地同期軌道に入り、運用された。
ミッション5日目、フィッシャーとファン・ホフテンはシンコムIV-3の故障の修理を開始した。シャトル・リモート・マニピュレータ・システムの関節部の不調で修理は遅れ、フィッシャーとファン・ホフテンの2度目の船外活動で、衛星のコントロールレバーが修理され、地上からのコマンドで再起動されて元の対地同期軌道に戻された。2度の船外活動は、合計11時間27分に及んだ。
ディスカバリーは、1985年9月3日6時16分(PDT)にエドワーズ空軍基地の第23滑走路に着陸した。7日2時間18分42秒の飛行時間で地球を111周した。
起床コール
NASAは、ジェミニ計画の時から伝統的に宇宙飛行士のために音楽を流し始め、アポロ15号の時に乗組員を起こすために初めて音楽を用いた。それぞれの曲は、しばしば宇宙飛行士の家族が、しばしばそれぞれの乗組員にとって特別な意味のある曲か日々の活動に適した曲を選んだものである[2]。
| 日 | 曲 | 歌手/作曲家 |
|---|---|---|
| 2日目 | "ワルチング・マチルダ"[3] | |
| 3日目 | "虹の彼方に" | ジュディ・ガーランド |
| 4日目 | "I Saw the Light" | ウィリー・ネルソン |
| 5日目 | "I Get Around" | ザ・ビーチ・ボーイズ |
| 6日目 | "Lucky Old Sun" | ウィリー・ネルソン |
| 7日目 | "Stormy Weather" | ウィリー・ネルソン |
| 8日目 | "Living in the USA" | リンダ・ロンシュタット |
ギャラリー
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オーサット1号の展開
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ASC1号の展開
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シンコムIV-4の展開
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シンコムIV-3を修理するファン・ホフテン
出典
- ^ Engle exceeded an altitude of 50マイル (80 km) three times as a test pilot in the X-15 program; STS-51-I was his second Space Shuttle flight.
- ^ Fries, Colin (2007年6月25日). “Chronology of Wakeup Calls” (PDF). NASA 2007年8月13日閲覧。
- ^ オーストラリア上空を通過する時に用いられた。
外部リンク
- NASA mission summary
- STS-51I Video Highlights
- 'Crankin’ APUs': Mission 51I and NASA’s ‘Can-Do’ Spirit 2013年8月24日 Americaspace.com
- 'If Something Happens': Mission 51I and the End of an Era 2013年8月25日 Americaspace.com
- STS-51-Iのページへのリンク