愚痴りたいことがある。みんなに相談とかじゃなくて、話を聞いてほしいだけ。
当時は総務の何でも屋をしてたんだけど、こんなことで頭を抱えるなんて思わなかった。
私のことだが、ギリギリ若手じゃないくらいの大学職員である。法務知識はほぼない。
うちの大学が名誉棄損されてる案件があった。ぶっちゃけるけど、はてな匿名ダイアリーである。そこで、うちの大学の卒業生を名乗る人がおそろしい日記を書いてた。
小説みたいな文体で、名誉棄損かどうかは微妙なラインだった。大学の名誉を傷つけるものだけど、読む人が読んだら「表現の自由の範囲内」とか言いそう。
はてブランキングで上位ではないけど、ブックマークを集めてはいた。人目には付く程度で。
どうして判明したかと言うと、大学の代表メールに匿名の通報が届いたから。別の部署宛てだったけど、総務課案件になった。
メールを要約すると「はてな匿名ダイアリーに、貴学の誹謗中傷にあたる記事が投稿されています。私は卒業生なので不愉快です。運営会社が貴学と同じ京都府にあります。対応いただけるかもしれません。返信がない場合は貴学に電話します」
というものだった。最初は迷惑メールかと思った。一応書かれていたURLをクリックしてみた。すると、そこに広がっていたのは、マジでしょうもない長文増田だった。
どんな内容かは書かない。魚拓を取ってる人がいるかもしれないから。
うちの大学の卒業生が主人公で、しょうもない悪行をしてるのが書いてあった。
匿名日記なので、本当に卒業生かどうか怪しいものだったけど、具体的だった。卒業生なのは事実では?と思った。ただ、個人の思い出レベルであり、事実かどうかの確認は不可能。
実際の対応の話に移りたい。
その長文増田をワードにコピーして、印刷して目を通して、ヤバそうな箇所にマーカーを引いて、課内会議を開いた。そこまでする必要があったかはわからない。別部署からのメールでは「必要そうなら対応お願いします」とあったし、私個人のPC宛てのメールだったので無視することもできた。
しかし、その先月に危機管理の研修を受けたばかりだった。本案件をスルーするのは気が引けた。それで上司に相談して、対応会議を開こうという流れになった。
投稿者の属性だけど、大学に恨みを持つ退職者か、あるいは大学から何らかの処分を受けた人間か、はたまた卒業生ではあるけど、人生がうまくいってないしょうもない人間が憂さ晴らしで書いたのでは?と推測された。
というのも、文章の端々から投稿者の憎悪や悪意がにじみ出ていた。読んでるだけで気分が悪くなった。文章自体はこなれてる感じ。
「卑怯で汚い!」と、心の中でそういうことを呟いた。
対応会議の結果なんだけど……流れとしては、こんな順番になった。
まず、学内の法務(顧問弁護士)に相談する。そのうえで、メールでの通報者にはすぐ返信しない。完全に事態が解決してから返信する。電話がかかってきたら私が対応する。
数日後、顧問弁護士からの回答があった。内容は想像どおりのタマムシ色だった。以下要約。
「そのブログの内容は、法的に名誉毀損にあたる可能性がある。しかし、匿名であること、そして書き込みの内容が主観的な感想や風聞の域を出ない場合、立件は難しい。何より、表現の自由の観点からは、公共機関である大学が直接動くのは高リスクであると思料する」
はてな匿名ダイアリー、通称増田は偶にだけど読んでる。ブクマランキングを経由して。はてな匿名ダイアリーを知らない人のために説明すると、文字通り「匿名」で投稿できるサービスであり、その匿名性ゆえに、当事者からの通報ひとつで当該日記をBANしてくれる。
でも、これって私個人の被害を指すわけじゃない。組織としての大学のことだ。じゃあ、削除申請はどうやるのか……一応はてなに質問しようと思ったけど、スタッフさんに迷惑がかかると思ってやめた。いざとなったら、私が嘘通報して消してやろうと思った。
別に、大学の名前で削除要請を出してもいいと思ってた。一応上司にも相談してみた。そうしたら、やっぱり「弁護士の言う通り」らしくて。
書き込みの内容が明らかな違法じゃないし、個人の日記に留まってる限りは、『表現の自由』を大事にしないといけないって。その課長は、わざわざ文学部の知り合いの先生に相談したらしい。そしたら、その教授の先生は相手の味方をしたんだって。
・でも表現物には変わりないので、削除要請するのは公共機関である大学として誤った判断
こういう根本的な壁があった。
結局、それから何週間も悩んだ。担当者としてどうすべきかって。最後の方は、自分で嘘通報して消してやろうと思っていた。私も卒業生なので、こういう日記があると本当にイラっとくる。
「表現の自由」という言葉だけど、それこそ「公共の福祉」があるだろうって。確かにどんな内容であれ、個人が自由に意見を表明する権利は保障されるべきだ。でも、それが他者を貶める目的で行われるのなら、それはもはや「表現の自由」とは言えないのでは?
そんな時に、あの通報メールの発信者から電話がかかってきた。もう二週間以上も返信希望を放置していた。
ストレスを感じながら電話を取ると、意外と大人しい感じの人だった。
「あの日記には不愉快さを感じる。ただ、一応は表現ということもあるので、絶対に消してくれではなくて、貴学に対応を委ねたい」
考えが変わったんだろうか?とにかく優しそうな感じの人でラッキーだった。でも結局、大学としてどういう対応を取ろうかと言う結論は出ないままだった。
それからまた、打合せの場をもった。今度は法務部門の人も交えて話をした。
選択肢はいくつかあった。ひとつめが普通にはてなに削除要請をすること。もうひとつは、それではてなが日記を消さなかった場合に、弁護士を経由して正式な削除要請をするか、直接相手方に警告の文書を送ること。
相手方と直接対峙するのはデメリットがある。相手が逆上して、さらに過激な書き込みをする可能性がある。ないとは思うけど、訴訟に発展した場合、時間も費用も膨大にかかる。何より、世間に「あの大学は言論を封殺しようとしている」と世間が受け取って炎上するかもしれない。
最後の手段が「放置」だった。何もしない。これが一番楽な選択肢かもしれない。時間が経てば、書き込みは忘れられていく。はてな匿名ダイアリーは常に新しい情報で溢れてる。
でも、このまま放置して、次の問題に発展したら?たとえば、あんなものを真に受ける弊学を志望する中学生・高校生がいるとか。そうすると放置という選択肢は無責任な気がした。一応は大学に雇われている身である。
私は、あの日記を読んでしまってる。悪意に満ちた言葉の数々を。あれが誰かの目に留まり、大学が不当な評価を受けることになったらどうしよう。あの書き込みが原因で、大学に関係する誰かの心が傷つくことになったら?
「何もしない」という選択はしたくない。かといって、強硬な手段に出るのも難しい。私にそんな権限はないし。権限があるとしたら、少なくとも総務部長クラス?とにかく、大学の評判は落とせない。
ある日、憂鬱な気分でその日記をブラウザ上で読み返そうとしていたところ、なんと……日記は消えていた。厳密には削除じゃないけど、実質的に消えていたと言っていい。
ストレスから解放された私は、関係先に全部報告して回って、あのメールをくれた人にも「消えましたよ」と連絡メールを打った。
結局、こういう時ってどうするのが正解なんだろう。それがわからない。今後もし、同じような事態が生じた場合はどうすればいいのか。また同じように逡巡しそうな気がする。
結論は思い付けてないけど、次回に備えて、暇な時間に考えることにしてる。間に合えばいいけど。消化不良の結末で申し訳ないです。
最初は大学名をお漏らししていたよね😖 同志社大学って書いてあったよ