トランプ米大統領の右腕として、政権運営に深く関与してきたイーロン・マスク氏。その蜜月は、NASA長官人事の対立からわずか2週間ほどで一気に崩壊した。ヴァンス副大統領の仲介で和解を演出した2人だったが、溝は埋まりそうにない――。
イーロン・マスク氏とドナルド・トランプ氏
写真=AFP/時事通信フォト
(左)2025年3月4日、携帯電話で写真を撮っているイーロン・マスク氏、(右)2017年6月27日、ワシントンD.C.のホワイトハウス大統領執務室で電話をするドナルド・トランプ氏

マスク氏が推す実業家にトランプ氏が不信感

5月30日、ホワイトハウスで開かれたマスク氏の退任記者会見は、表向きは和やかな雰囲気に包まれていた。トランプ大統領とイーロン・マスク氏は並んで記者団の前に立ち、柔和な笑みを浮かべる。

しかし、報道陣のカメラがオーバルオフィスに入る直前、トランプ氏は心をかき乱されていた。側近の一人が書類を手渡すと、彼の表情は固くなった。ニューヨーク・タイムズ紙によると、書類を一瞥したトランプ氏は明らかに「苛立っていた」という。

書類には、マスク氏の側近であり、マスク氏が次期NASA長官に推薦していたジャレッド・アイザックマン氏の過去が記されていた。民間宇宙飛行士として知られるアイザックマン氏が、これまでに民主党の有力議員に多額の政治献金を行っていたというのだ。

報道陣の前では平静を保っていたトランプ氏だが、撮影が終わるや否や、マスク氏を詰問した。「こういう人間は最後には必ず裏切る。我々にとって良い結果にはならない」。共和党への忠誠を重視するトランプ氏にとって、民主党への献金歴は看過できない問題だった。

マスク氏は懸命に反論した。アイザックマン氏の宇宙開発における実績を強調し、政治的な立場よりも職務の遂行能力を重視すべきだと主張した。しかしトランプ氏の怒りは収まらない。

その後、マスク氏はトランプ氏を弾劾すべきだと主張し、トランプ氏はマスク氏のスペースXなどとの政府契約を打ち切るべきだと圧力を強めた。同紙は「過去には切っても切れないように見えた2人の男が、いまや互いに対立する立場にある」と評している。

トランプ氏肝煎りの減税法案を「醜悪な怪物」と非難

NASA長官人事での対立から2週間と経たずに、マスク氏は今度は政策面でトランプ政権と真っ向から衝突することになった。

6月初旬、政権が議会に提出した大規模減税法案に対し、マスク氏はXで激しい批判を展開した。法案を「醜悪なモンスター」とこき下ろす内容だ。政権の要職にある人物としては、あまりにも過激な表現だった。