ドナルド・トランプ大統領の暴走、参院選の"カオス"、外国人排斥――。日本の未来は、大丈夫だろうか。
だが、それ以上に心配なことがある。防衛費の財源確保に奔走する官僚たちと政治家が、台湾有事と北朝鮮のミサイルというリアルな危機と対峙する姿を描いた話題のポリティカル・フィクション『アラート』(新潮社)を刊行した真山仁氏は、日本人が失いつつある死活的な能力を指摘する。
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不穏な空気が漂う2025年
末尾に"5"の付く年には、歴史に刻まれる大事件が起きている。
1945年は、終戦。1955年は、保守合同及び社会党再統一による「55年体制」の始まり……。
そして、1985年は、日航機墜落事故、95年は、阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件、2005年は、小泉純一郎首相による「郵政解散」で、旧来の日本の政治の有り様を「劇場型選挙」に激変させた。15年には、安倍内閣が、憲法で禁じられている集団的自衛権の行使を可能にする安保法制改革をぶち上げ、学生団体SEALDsが国会前で頻繁に反対デモを繰り広げた。
そして、昭和100年、戦後80年の今年2025年――。このまま、無事で終わるのだろうか。
不穏な気配は、年明け早々からあった。
トランプが、「ありえない!」と考えられていた米国大統領史上2度目の「返り咲き」を果たした。就任前から「24時間で、ウクライナ紛争を終わらせる」と豪語していたのを始め、1期目を凌駕する「トンデモ政策」宣言を連発。"5"の付く年の不気味な幕開けとなった。
その後も、世界各国の選挙で「異変」が起き、6月にはイスラエルとイランが一触即発の危機を迎えるなど、緊張の半年が瞬く間に過ぎた。
そして、7月の参院選では、新興政党の大躍進が起き、不穏な空気はさらに高まっている。
自主防衛を迫られた日本の混迷
そんな中、不気味に「沈黙」している「危機」が2つある。
1つは、台湾有事に象徴される東アジアの軍事的緊張だ。
爆発的な経済成長に後押しされて、中国は軍事力を急拡大している。
その膨張は、軍事費や兵器の量という「数的比較」で見る限り、アメリカを一部凌駕している。
九州の南沖から台湾を域内に含む、「第一列島線」防衛の実現を目指そうとする中国に対し、アメリカは警戒を強めている。
当初は、急発展するIT産業などによる中国経済の大躍進の勢いを削ぐべく、関税引き上げや輸出制限を仕掛けて始まった「貿易戦争」だったが、いつしか軍事的衝突の危機が囁かれるようになり、近隣国である日本としても、静観できない状況となった。
そんな最中の2023年、アメリカ政府から、「米軍は対中シフトを敷くため、日本は自主防衛を強化せよ」という通達が届いた。
それを受けて日本政府は、防衛費は、GDP(国内総生産)1%という長年にわたる鉄板の「縛り」を解除し、5年間で2%を目指すという新たなる「防衛力整備計画」(旧「中期防衛力整備計画」から移行)を制定した。
5%の新目標を掲げるNATO(北大西洋条約機構)に比べればまだまだ少ないという声があるが、保守色の強い総理でも、一度も禁を破れなかった「縛り」が、アメリカという「外圧」によって、一瞬で破られてしまった。
その一方で、慢性的な財源不足である日本政府にとって、5年間で総額43兆円の財源確保を強いられる防衛力整備計画の実現は、容易ではない。3年度目に入った現在でも、有効な対策は立てられていない。
にもかかわらず、石破政権が取り組んでいる日米関税交渉の過程で、トランプ大統領から「日本の防衛費もNATO並みの5%にすべきだ」「もっとアメリカの武器を買え」という圧力が掛かっている。
政府は公式には、「そんな約束は果たせないし、新たな武器購入もない」と言い続けている。
しかし、相手は「アメリカファースト」のみならず「MAGA(Make America Great Again)=アメリカを再び偉大な国に」と叫ぶトランプだ。日本の事情や要望に聞く耳を持つとは思えない。
尤も、彼の発言には観測気球的な要素もあるため、どこまで本気かは分からないが、台湾有事に備え、「アメリカが求める対応を準備して当然!」と思っているのは間違いない。
米軍撤退すら、起きうる
残念ながら、先の参院選では、日本の国土と国民の命を守るための防衛策は大きな争点にならなかった。だが、そんな中で、今回初当選した候補者が「核武装は安上がり」と発言し、SNSやメディアを騒然とさせた。もちろん私も驚いた。
日本にとって核武装が安上がりという発想には、根拠がない。だが、これをアメリカの視点に置き換えると、どう見えるだろうか?
トランプは、1期目の政権時に、沖縄の在日米軍の費用負担軽減を強く訴えていた。
しかし、日本としては、アメリカが求める「思いやり予算」増要求は、既に限界を超えている。
だが、そんな事情を一切顧みないトランプが、「いっそ軍は撤退して、核配備をして中国を牽制する方が安上がりじゃないか」と考えないと、誰が言えようか。
これは小説家の妄想にとどまらない。
先頃刊行した拙著『アラート』を、『オペレーションF』というタイトルでフォーサイトに連載していた最中に、沖縄で講演会を行った。
沖縄を取り巻く時事問題がテーマで、私は「軍事費削減は、アメリカにとって重要課題だ。沖縄の米軍撤退の可能性は高まっている気がする」と述べた。
すると、講演会場からは、その発言を否定するどころか、「自分たちも、その可能性がゼロだとは思っていない」という声が返ってきたのだ。
だが、可能性を仮定として受け入れてはいても、果たして、日本人に、その覚悟はあるのだろうか。
もし、米軍が撤退し、代わりに核配備が決まるような事態が起きれば、まさに“5”の付く年の「大事件」だ。
何より、心配なのは、日本政府に米軍撤退や核配備を止めるだけの外交力がないことだ。
財政危機から目を背け続ける日本
もう一つの眠れる「危機」は、財政問題だ。
2024年度の国の一般会計の歳出額は、約112兆円。さらに補正予算の歳出が約13兆9000億円ある。対する税収額は、約75兆2000億円だ。
ざっと50兆円の「赤字」である。
それでも、日本は財政破綻しない、という主張があるのは承知しているが、「債務超過がある」事実は、明らかだ。
にもかかわらず、選挙のたびに「減税」「カネのばらまき」を求める声があり、その上、前年度比1兆円以上の防衛費増を毎年実現しなければならない。
自分たちが暮らす国が、ずっと債務超過を続けているのに、その舵取り役を任されている「経営陣」である国会議員は、対策を国民に問おうとしない。
これは、明らかに異常だ。
日銀は、徐々にではあるが、日本国債の買い取りを控える政策に舵を切っている。
だが、実際は、予算不足は加速するばかりだ。
これほど重要な問題について、多くの国会議員が無関心で、改善のための行動を起こそうとしないのは、国民に対する「背任行為」ではないのだろうか。
「最後は日本国債を、日本の金融機関が全部吸い上げてくれるから大丈夫」と嘯くのは、借金まみれの経営者が、「自分の信用は高いから、いくらでも借金は増やせる」と吹聴している愚かさに等しい。
そんな経営者が率いる会社が、生き残れるわけがない。国も同様なのは、言うまでもない。
だとすれば、そろそろ本気で、財政問題という「時限爆弾」の存在を明確にし、国会議員から主権者である国民に至るまですべてがその課題を共有し、解決に向けて真剣な討議をし、対策を練らなければならない。
現実を見極め、未来を想像せよ
速やかな対策が必要な高齢者問題についても、今後、都市部では爆発的な介護士不足など、深刻度が加速するにもかかわらず、国民レベルで真剣な議論がなされている様子はない。
参院選中に、日本に住む外国人問題は、歪んだ形で可視化されたが、「外国人排斥」を訴える声に過敏に反応すれば、介護士不足対策としての外国人介護士導入は、後退する。
今や日本では、目の前で起きている「ちょっと気に入らない」と感じる事象にケチを付け、未来に絶対必要な対策を停滞させる事態ばかりが膨れ上がっている――、と感じているのは、私だけなのだろうか。
この国から、想像力がどんどん蒸発している。想像力の欠如は、降りかかるあらゆる災厄は、自分ではない「誰か」が責任を負うべきだという他責思考を生む。
国民主権とか、社会契約とかという難しい話を引き合いに出すまでもなく、我が国は、国民一人ひとりが真剣に未来を考え、行動しなれば、取り返しが付かない時を迎えている。
後に、2025年は日本人が想像力を失い、国家の危機を無視した「年」だったと記されないようにと祈るばかりだ。
◎真山仁(まやま・じん)
小説家 1962年大阪府生まれ。同志社大学法学部政治学科卒。新聞記者、フリーライターを経て、2004年、企業買収の壮絶な裏側を描いた『ハゲタカ』でデビュー。同シリーズはドラマ化、映画化され大きな話題を呼んだ。『マグマ』『ベイジン』『黙示』『売国』『ロッキード』『当確師 正義の御旗』など著書多数。最新刊『アラート』は「日本の未来を守る」ための安全保障がテーマの長編ポリティカル・フィクション。