放送人生60年超の現役アナウンサー
「今は週6日、朝から晩まで番組の収録や講義・講座を行い、帰宅後は翌日の仕事の準備。体を休めるのは週に1日ほどですね」
そう話すのは、元NHKアナウンサーの加賀美幸子さん、85歳だ。定年退職後もフリーアナウンサーとして仕事を続け、80代の働き方とは思えない日々を続けている。
NHKに入社後スタートした放送人生は、すでに60年以上。凜とした低音の声と落ち着いた語りは、多くの視聴者を魅了し、85歳の今もその声に衰えはなく、指名が絶えないほどだ。
自分の気持ちを表現できる詩との出合い
加賀美さんの性格形成に大きな影響を与えたのは“戦争”だ。3人きょうだいの長女として東京で生まれ、3歳のときに太平洋戦争が始まり、5歳で群馬県渋川の村に家族と疎開。
「直接的な戦争体験はありませんが、間接的に戦争の恐ろしさは身に染みています。爆撃を恐れ、『大通りで遊ぶな』と言われ、大きな声で歌えば、『非国民!』と後ろ指をさされる時代でしたからね」
貧しさやがまんを共有する毎日だったが、村の人々はとても親切で、戦時とはいえ、穏やかな幼少期を過ごすことができた。戦争の恐怖はあるものの、疎開先で目にするものすべてが目新しく、子ども心の「なぜ?」を存分に追求できた。
終戦を迎え、2年後の1947年に帰京。戦争の暗い影が消え、皆が前を向き始めるなか、小学校高学年のとき、担任の先生から言葉を紡ぐ“詩”のおもしろさを教えてもらった。
「幼少期から大きな声を出すこともなく、がまんが染みついているうえ、感情表現が強い質ではありませんでしたから、自分の気持ちを言葉にできる詩に夢中になりました」
伝えたい想いを長々と綴るのではなく、エッセンスを盛り込み、言葉を極限まで削り、短い文章で伝える。心の声や自分自身を表現する喜びを知った。また、詩と同時に“劇”という表現方法を知ったのもこの頃だ。
高校時代は文芸部に所属し、萩原朔太郎や室生犀星などの詩人が紡ぐ言葉の世界にのめり込んでいく。大学では文学から少し距離を置き、放送部に所属。音声表現に関心を抱くようにり、今度は放送劇に没頭していった。仲間の脚本で放送劇をつくり、全国大学放送連盟のコンクールにも参加。“間”や“息づかい”で言葉の伝わり方が変わることを知り、音声で表現する魅力に夢中になっていった。

