サクサク読めて、アプリ限定の機能も多数!
トップへ戻る
新内閣発足
note.com/shinshinohara
「日本の農業は小規模農家が多くて非効率、だから大規模農業に改革すれば全て解決」と単純に考えてる人は多いように思う。しかし、物事はそう簡単なものではない 。おそらく、田舎の山がちな場所(中山間地)の農地がダメになれば、その下流に広がる大規模農業も破綻する恐れがある。 斜面の多い中山間地は、どうしても1枚の田んぼを大きくすることが難しい。もし無理に大規模化すれば、下の田んぼとの落差は崖のようになってしまう。崖に生えた草を刈るのは超困難。中山間地での田んぼの大規模化は限界があるということが、まず把握しておくべきことの一つ。 「じゃあ、そんな非効率な中山間地は放棄して、山に戻してしまえばいい」と思っている人も少なくないと思う。しかし、もし山に戻し、人が住まない場所に変えたらどうなるか?深刻な土石流が頻発し、下流の平野部の大規模農地もダメにしてしまう恐れがある。 今はまだ中山間地にギリギリ人が住んで
農協系の雑誌から、令和の米騒動について取材を受けた。その時に伝えておいたのが「言葉が伝わらない」ということ。農協の人って農家か、農業に理解のある公務員や政治家としかしゃべったことがないから、「業界用語」しか話せなくなっている。消費者に分かる言葉を使えなくなっている。 日本は江戸時代、8割が百姓で、第二次大戦が終わった時点でも約半数が農村で生活していた。だから、農業用語は日常用語と区別がつかないくらい普及していた時代が長かった。農業関係者は、年配だとそのつもりで農業用語を使ってしまう。でも。 農業を実際にやっている人(基幹的農業従事者)は2023年に約116万人と、国民の1%以下。国民の99%が、農業をろくに知らない非農家。コメがどのように作られ、精米され、流通しているのか、知らない人がほとんど。分からない人がほとんど。なのに。 テレビでも新聞でも、農業関係者は普段自分たちが使っている言葉を
今回の米騒動について、正確な統計が出てからでないとまだ断言できないが、私なりにだいぶ整理がついてきたように思う。しかし、その原因について、分かりやすく包括的に説明した文章があまり出ていないようなので、私なりに現時点での「仮説」としてまとめておこうと思う。 まず、「網下米」について。おコメは収穫されると、網(ふるい)に通して、大粒のものと小粒のものに分ける。網を通過した小粒のコメを「網下米」、網を通らなかった大粒で上等のコメを「網上米」というらしい。そして2023,24年の2年立て続けで、この網下米が減ったという。 原因は、2年とも猛暑でコメが大粒になったこと、品種をコシヒカリとは別のものに切り替えて大粒になりやすかったこと、などがあるらしい。網を通過しなかった大粒の網上米はそれなりの量(平年並み)がとれたようなのだけれど、網下米がえらく減った。2年で約30万トンの不足(図1)。 図1 商社
コメ流通の方から、ちょっと解像度高めの「仮説」を聞いた。「仮説」とはいえ、その流通関係者の間ではどうやら意見が一致してるそうだけど、マスコミは文春を除けばろくに報道してないという。以下のスレで述べる点について、マスコミの方はマジメに調査取材してみてほしい。 米騒動が起きる前、商社は飲食店や施設、大手スーパーなどに格安のコメを出荷していた。なんで格安にできたかというと、「網下米」を食用に回したから。 農家は一定以上の粒の大きさのコメを分別するために網を通す。網の上のコメは上等なコメだけど、網をくぐった網下米は当然、品質が低い。 商社は、網下米の中でも品質がマシなものを、飲食店やスーパー、施設などに卸すことで、特売のおコメを売ることができていた。 ところが2023年、2024年と立て続けに2年、この網下米が出なくなった。網上のコメはそれなりにとれてたけど、網下米が出ない事態に。 その網下米の不
子どもが成績よかったなら素直に褒めればよい、というご意見をたくさん頂いた。しかし私の考えでは、優等生であること、他人と比べて優れていることを褒めることは、「優等生崩れ」(過去に優等生であった思い出にいつまでもしがみつき、今を楽しめなくなること)に片足を突っ込むことになると思う。 人間は本来、学びそのものを楽しめる生き物。知らないことを知ることができる喜び、できなかったことができるようになった喜びを感じることができる。それが次なる学びへとドライブをかける。乳幼児はみな、こうした好奇心をもとに様々な事を学んでいく。しかし。 誰かと比べて優れている、という褒め方をする人は少なくない。これをやると、褒められた子どもは嬉しいものだから、そこで勘違いが発生する。人より優れているということに喜びを感じるようになる。いわゆる優越心。このことは学びの楽しみを汚し、ゆがんだものにしてしまう。 楽しいから学ぶ、
巨額研究予算の審査をしている先生から話を聞いたのだけど、今はどこの大学も外国人だらけという。確かに、私は常時3つの大学と共同研究しているのだけど、どこも大学院(修士、博士)は外国人だらけ。私のところも含め4研究室とも、外国人が学会発表者だったことも。 なぜそんなことになったかというと、「大学のグローバル化」が推し進められたから。世界の大学の評価で、日本の大学は順位が低い。なぜかといえば、評価の一つに「外国人の先生や学生が大勢いるか」が基準になっているから。で、外国人だらけにして順位を上げようと、「グローバル化」を進めてきた。 で、日本の大学は外国人だらけとなり、彼等も理解できるように、講義も英語でするように。しかし。アメリカで生まれ育ち、日本の大学で学位を取ったある先生は、英語も日本語もペラペラで、もちろん英語で講義するのもお手の物なんだけど、「明らかに日本人学生が授業についてこれてない」
コメが不足していたわけではない、誰かが隠していて値段を釣り上げているのだ、という人がまだいる。まあ、マスコミもそんな感じで報道していた時期が結構長かったから、その話をまだアップデートできていない人がいるのも無理はない。 昨年8月の南海トラフ地震騒動でコメ不足が一気に加速したのを見て、地震対策で多くの人がコメを買いだめするようになったのがコメ不足の原因だ、と考える人も少なくない。しかし実は、昨年4月にはコメの卸業者の間では、コメが60万トン、つまり1年の生産量の1割弱が足りないとうわさされていた。 実際、この「60万トンの不足」という推定は、ほぼ当たっていたといえる。農水省の以下の資料によると、2022年度の生産量670万トンに対して需要量は691万トン、2023年度生産量661万トンに対し需要量702万トンと、2年で62万トン、需要量が生産量を上回っている。 https://www.maf
消費者が安く農産物を買えるのは、農協によるところ大だと知らない人が多い。それどころか、農協があるせいで農家は手取りが減るし農作物は高くなる、と勘違いしてる人が多い。非農家が増えたから仕方ないし、元々私も商売人の息子だから、私もなかなか仕組みが理解できていなかった。 なぜ農協が絡むと農作物が消費者に安く届くのか。それは、「金融で稼いだお金で諸経費を賄うから」。農林中金などの農協の金融部門は、海外などに投資して稼いでいる。昨年は大損こいたみたいだけど、基本、海外への投資で稼ぎ、その稼ぎをなんと、農協の農業部門の赤字補てんにあてている。 そうすることで、農協は農作物を運ぶ運賃を低く抑え、農家の手取りがなるべく多く残るようにしている。同時に、消費者のもとに農作物を届けるのにも、運賃を抑えてるから、消費者は安く買える。農協が金融部門を持ち、その稼ぎで運賃などの諸経費を抑えてるから農作物は安く消費者に
コメ高騰は農協が元凶、とする論が強まっている。まるで農協が生産者からは安くコメを買い叩き、消費者には高く売って肥え太る、とんでもない組織、みたいなイメージを植え付けようとする「巧みな」言説をよく目にする。それにつられて農協を批判してる一般の方もいらっしゃる様子。しかし。 農協は、いわば「農家の生協」だということをご存じだろうか。農家の生活が楽になるように、農家自身が組合員となり、農協という生協の運営方針を決め、運営していく生協としての組織。農家を食い物にして自らの組織を肥え太らせるということができない組織形態になっている。 また、消費者を食い物にすることもできない。消費者に農作物を買ってもらわねば農家はやっていけないからだ。消費者が買ってもらえるように、そしてその結果として農家が生活していけるように、というせめぎ合いを調整するのが農協。ところがキヤノングローバルの山下氏あたりは。 一体どん
なぜアメリカがあんなにもイスラエルに味方するのかを解説した良記事(https://gendai.media/articles/-/144128?imp=0)。ただ、少し言葉が難しくて、理解しにくいという人もいるかもしれない。本当はこの記事を読むのがベストだけれど、私なりにこの記事の内容をざっくりと紹介してみようと思う。 まず、アメリカには、この世の終わり、ハルマゲドンが起きると信じている人達(福音派)が結構いる。そしてこの人達は、ハルマゲドンが起きたら自分たちだけが助かり、キリスト教徒以外の人類は滅ぶと考えている。で、私から見れば、この人達はハルマゲドンが起きて欲しがってる。 で、ハルマゲドンが起きてもらうには、「舞台装置」がそろう必要がある、と彼等は考えている。それがイスラエル。彼等は聖書に、ハルマゲドンが起きる前には、今のイスラエルの地域がユダヤ人の土地になる、という予言が書かれている
トマ・ピケティ氏やマイケル・サンデル氏の指摘のように、ハーバードやスタンフォードなど超一流大学はアメリカの支配層になるための登竜門であり、しかも貧乏人はわずかな例外(飛び抜けて優秀な特待生)を除けば入学できず、多額の授業料と寄付金を納められるお金持ちしか入学できなくなっていた。 これら超一流大学は、世界中から天才たちを呼び寄せた。超天才なら特待生として入学できるから。他方、金持ちは多額の寄付金を納めることで、学力に見合うかどうかわからないが入学できた(サンデル氏は学力ではなく寄付金の多寡で入学を認めている可能性を指摘している)。その結果、 超天才と金持ちの「タッグ」が可能に。超天才は卒業後、新ビジネスを立ち上げる。その資金は金持ちの子弟が出す。超天才は資金を得ることで社会的成功を得、金持ちの子弟は同級生に超天才がいることで、自分も学力があるかのような「学力ロンダリング」が可能になる。 ハー
トランプ大統領が世界経済システムを壊しにかかっている。これをただの暴走、トランプ氏の愚かさだと見る向きも結構強いようだけれど、実は私は、ニクソン大統領あたりからすでにプログラムされていた動きなのではなかろうか、と考えている。だからあまり驚きがない。 トランプ氏の「相互関税砲」発射、世界の株式市場に激震 米ハイテク7銘柄、約112兆円失う https://news.yahoo.co.jp/articles/31f29db7258b5f85bfda28dbae67a42a852d9de8 ニクソンが大統領になったころ、アメリカの通貨であるドルは「金兌換紙幣」だった。1ドル札を銀行に持っていったらゴールドのカタマリと交換してもらえるという約束があるお金のこと(細かいことは端折る)。ゴールドと交換してもらえるから、紙きれである1ドル札をお金として信頼できた。 ところがニクソン大統領はある日、とんで
なぜオウム真理教に入信する若者が多かったのか?しかも高学歴の人間が多かったのはなぜ?という疑問は、当時から話題になっていた。その当時、私は学生で、麻原彰晃も大学に来ていたし、うっかりオウムが主催するヨガ教室に通って入信を勧められたという同級生もいた。私の感覚を書いておこうと思う。 私が国家一種試験を受けたときの小論文のテーマは、新興宗教に取り込まれないために、いかに科学的精神を養えばよいか?というものだった。私は「科学の素養を増してもムダ」と、テーマ設定を真っ向から否定する文を書いた。実際、科学的知識の豊富な信者がサリンを作ったのだから、科学は無力。 最近、ツイッターで「哲学を極めていれば」という意見があったけれど、私はそれも無理だったと思う。オウムにのめり込む人達は、私の感覚では「自分はこんなに高邁で深遠な哲学思想を持っているのに誰も認めてくれない」という不満を抱えている人も多かったよう
トランプ大統領が教育省廃止にサインしたという。アメリカは国として「国民を育てることを放棄した」と言ってよいだろう。これがあっさり進むところを見ると、アメリカの支配層(エスタブリッシュメント)が、これから述べるようなシナリオを選択したのではないかと思われる。私の考えを述べてみる。 シリコンバレーやニューヨークの成功者たち支配層は、もともと民主党よりだった。社会の不公正を是正し、アメリカ全国民的に豊かになる道を、いや、世界中が幸せになる道を探そうという、理想に燃えた人達が多かった。ところがこの人達が急に宗旨変えしたらしい。その原因は民主党の変化にある。 トランプ氏が最初に大統領になったとき、民主党はかなりショックだったらしい。本来、自分たちの味方だったはずの労働者たちがトランプ氏になびいた。自分たちの敗因は、シリコンバレーやニューヨークの成功者の意見ばかり聞いて労働者の苦しい状況を放置していた
石丸氏について書いたこのツイート(https://x.com/ShinShinohara/status/1880191566574502145?t=UsU5fgfsXhP7bXdFB8iBXA&s=19) を公開したところ、安芸高田市の市民の方からメッセージが。ご本人の許可を得た上で、シェアします。 ・・・・・ このツィートとても同意します。私は安芸高田市民です。 気持ちの変遷を聞いていただきたくメッセージしてます。 河井事件の当初、児玉ひろしさんが丸坊主での会見で全国で叩かれたとき、とても悲しみました。 県議会議員として地域の声を聞いて、調べて、ほんまによう仕事してました。 なので やっと市長になってくれたと喜んでいた矢先、こんなことになって、悲しかった。 石丸さんが出たとき、若い人が市長になったら停滞しているこの地域が変わるかも、と期待、ワクワクした。 SNSで彼とメッセージのやりとり
誰やこんなアホな脚本書いたのは!ろくに農家に取材もせずに思い込みで書いたやろ!規格外野菜を捨て値で売ったら全体が値崩れ、農家の生活が行きづまる。そんなアホなことを農家はしない。規格外野菜は知り合いに配って外に出さない。市場価格を値崩れさせないのは鉄則。 https://news.yahoo.co.jp/articles/00606fc141ab0250582bd9f456658fac1ba6e904?source=sns&dv=sp&mid=other&date=20250108&ctg=ent&bt=tw_up 規格外野菜を通常の野菜と同じ価格で買ってくれるなら構わない。しかし現実にはタダみたいな値段で買い叩こうとする。そんな環境で規格外野菜を出荷すると、普通の野菜まで暴落する。人間の胃袋には限りがあり、規格外野菜でお腹いっぱいになれば普通の野菜を買わなくなるからだ。 農家は、丹精込めて
友人に赤ちゃんが生まれて、「どうやったら国語力がつくだろう?」と書いてた。多くの人が絵本の読み聞かせを勧めていて、そこは私も異論ないのだけど、その手前でもっと効果的な方法があると考えている。それは「見るもの聞くもの全て実況中継」。 赤ちゃんは何もしゃべらないし、こちらの言葉も理解できないと思って、ついつい口を閉ざしがち。けれど赤ちゃんは、外界からの情報を全身で聞いている。集めている。だから新生児のうちから、言葉のシャワーを浴びせるかのごとく、言葉の雨を降らせたらよいと思う。 でも何をしゃべったらいいか分からない場合に、簡単なのが実況中継。「はいはーい、何泣いてるの?おなか減った?オムツは・・・濡れてないね。まあさっきから3時間は経ったしなあ。よう眠ってたねえ。ミルク作るからちょっと待っててな。ええと、哺乳瓶は、と」てな具合。自分の行為を実況中継。 ベビーカー押していてもそれをやっていた。「
今回の兵庫県知事選で、いろんな人が既にいろんなことを言っているので、そこは言及しないでおく。私が特に気になったのは2点。「動画」と「既得権益」。この二つについて、私なりに気がついたことを言語化してみたい。 今回、みなさんご存じの通り、新知事に対して私は否定的な立場をとってきた。それに対して、多くの人たちから反論を受けた。そしてその反論の多く(多分ほとんどすべて)が、動画を重要な情報源として捉えていた、という点が、私の気になったところ。 正直、私は動画に情報源としての価値を認めていない。「意見」ではあると思う。しかし動画で紹介されている内容は「事実」ではない。ところが、動画を見て「私は事実を知った」という人が大変多かったことが、今回気になった。 私は、「事実」という言葉を使うのは、かなり慎重になっている。今の時代、動画は誰にでも作れる。だから、誰でも「意見」としての動画は作れるけど、それは「
子どもの読書について、少し言語化を試みたい。 子どもが読書するようになるには?という問いには、「親が本を読む姿を見せる」という回答が非常に多い。親が本を読むなら家には本があるだろうし、親が読んでる姿を見て子どもも自然に本を読むようになるだろう、と。でも私はこの答えが気に入らない。 なぜなら、私の両親は本を読む人だったが、何を隠そう、私が本を読まない子どもだったから。母はやたら本を読むよう勧めてきたが、私はそのたび逃げていた。押しつけがましく感じて。だから、「親が本を読めば子どもも本を読む」という話は、必ずしもそうではない。少なからずの子どもが本を読まない。 私の塾でも、親は読書家なのに子どもは本を読まない、というケースは結構あった。子育てで相談を受けるのも、「私は本が好きなのに、子どもが全然読まなくて」という悩みは少なくなかった。「親が本を読んでる姿を見せれば子どもは読書する」というのは、
私の小さな頃から、どつき漫才というのがあった。ボケる相方をどついて笑いをとるわけだけど、当時、大人たちは「汚い笑い」と言って評価しなかったことを覚えている。強い者が弱い者を一方的に殴ることは弱い者イジメにしか見えないという常識が、当時にはあったのだろう。 私が、弱い者イジメをメジャーなものにしたと最初に感じたのは、ビートたけし氏「スーパージョッキー」の熱湯風呂だった。たけし軍団の人間が、熱湯風呂に叩き落とされてはそれを嗤うという番組。たけし氏という支配者が、たけし軍団という非支配者を熱湯で苦しめ、それを嗤うという内容だった。 その様子は、ある中国の故事を思い起こさせた。中国歴代の中でも悪王として名高い紂王は、妲己という女性と共に「炮烙の刑」を楽しんだという。燃え盛る炎の上に油を塗った銅の柱を渡し、滑って焼け死ぬのを、二人で笑い転げて見ていたという。熱湯風呂は、いわば現代の「炮烙の刑」だった
こんなことは普通私は言わないが、こんな発言続けるようなら社会から姿を消していただきたい。女性を何だと思っているのか。命を何だと思っているのか。 https://news.yahoo.co.jp/articles/22d672b990da7640b39be86c60e4eef486105057 日本の「保守」と呼ばれる中の一部には、こうした意見が少なくないらしい。以前、仕事でお世話になったことのある人から久しぶりに電話があって、今は日本会議で楽しく活動しているという。私は日本会議のリアルな話が聞けると思って、いろいろ興味深そうに質問を繰り返した。 で、どうやら浮かび上がってきたのは、定年退職して、妻や娘、嫁などから総スカン食らって腹を立てている高齢男性の慰めの場となっているらしい、というのが見えてきた。「今の女性は貞淑さが足りない、我々はそれを取り戻すべく、運動しています」と胸を張っていた。
吉田松陰は、数え方にもよるけどわずか1年あまりの短期間に、明治維新を実現する多数の人材を生んだことで知られる。その人材育成法は、私が思うにソクラテスの「産婆術」そのもののように思う。 そのコツは恐らく、牢獄の中でつかんたのではないかと思う。 松陰は11歳の時に藩主相手に講義するという天才ぶりを発揮した人物だし、全国を旅していろんな見聞を広め、読書も並大抵のものではなかったから、誰よりもたくさんの知識を持っていて、誰に対しても「教える」ことができた人。しかし。 野山獄では「教える」のではなく「教えてもらう」という姿勢を貫いた。正確には「共に学び合う」と言った方がよいか。牢獄に閉じ込められた囚人たち一人一人の長所を大切にし、それぞれを「先生」として、松陰自身も生徒として学ぶ姿勢をとった。すると牢番まで一緒に学ぶ教室になってしまったという。 松下村塾でも、野山獄でとった手法を採用した。自分一人が
「会社は株主の所有物」と主張する株主資本主義の人とのやり取りでようやく気がついた。株主資本主義は、形を変えた奴隷制度と言えるだろう。「奴隷は主人の所有物、だから奴隷の稼ぎは主人のもの」というのと同じ構造。「会社」をワンクッション置くだけで、事実上、労働者を奴隷化できる。 近代化の歴史の中で、奴隷制度は非人間的だと否定されてきた。しかし企業、会社組織というのは資本主義では当然の組織とされてきた。けれど、「会社は株主のもの」というリクツを認めてしまうと、その会社の労働者は、主人たる株主に自分の稼ぎを全部吸い取られる奴隷に陥ってしまう。 その点で、株主資本主義は非人間的な思考の上に成り立っていると言えるだろう。私は、会社を「公器」(社会をよくするための仕組み、その中で生きる人々の生活を守る仕組み)としてとらえ直すべきだと思う。なんで現代で奴隷制度を積極的に認める必要があるのか?私は必要ないと思う
私が「身体知」を重視するのには理由がある。少し言語化を試みてみたい。 私は今、農村に住んでいるのだけど、農家の方の能力に驚かされっぱなし。特に85歳以上の世代の「身体知」は際立つ。 我が家には邪魔な庭岩があった。押してもビクともしない。業者に頼むしかないか・・・と悩んでいた。 すると、お向かいの農家の方が2つの棒を持ってきて、その巨岩をヒョイヒョイと希望する場所まで動かしてしまった!テコの原理を使うのだけど、私と弟が見よう見まねで動かそうとしてもビクともしない。その方の言うには「この巨岩の重心はこのあたりにある。力をそこに向けてかけねばならない」。 「テコの原理やねんから、地面に置いた棒を軸としたら、岩にかかる棒は短く、わしらが押す棒は長くとらなテコは利かん」と言われた。なるほどそう教わってやってみると、少し動いたが、その農家さんが大して力もかけずにヒョイヒョイと巨岩を動かすのを見て、「身
人間はふだん、「よかれと思って」行動してるつもりだと思う。ところがどうも、「よかれと思って」はほとんどの場合、自分勝手で、トラブルに陥るように思う。 人間はしばしば、これが正しいと思って行動する。よいことしてるつもり。ところが反発されると「よかれと思ってやったのに」とイラつく。 親切のつもり。優しい行為のつもり。正しい行動のつもり。なのに思わぬ反発、文句を受け、「なんでやねん!よかれと思ってやったのに!」と腹が立つ。 でも「よかれと思って」はたいがい、親切の押し売り、正義の押し付けであり、感謝や恩義を求める「ゆすり・たかり」でもある。 なぜそうなってしまうのか。 相手に相談してないから。 「よかれと思って」と、後で言い訳(自分の正当化)をするハメになる行為は、まず間違いなく相手に相談していないように思う。自分で勝手に状況判断し、こうしたほうがよいと勝手に決め、行動してしまう。相談せずに。
(日本のエリートが官僚を目指さなくなった問題を指摘する意見に対し) そうですね。第二次安倍政権が生まれるまでの官僚は、良くも悪くも「国のこの部分を自分が改善することができた」という充実感を持てたんですよ。その充実感があったから、民間に勤めた同級生と比べて給料が低くても、徹夜連日でも、面白くて頑張れていたんですよね。ところが。 第二次安倍政権から政治主導の仕組みがスタートしまして。まあ、これは民主党政権時代にできた法律が動き出したんですけど、「官僚は政治家の思いつきに従え、従えないやつは左遷だ」という忖度政治が始まったんですよね。しかし所詮は思いつき政策。問題点を指摘しようと気骨ある官僚は諫言しました。 そしたら怒鳴られる、拒否される、左遷させられる。気骨ある官僚が逆鱗に触れるとみんな飛ばされるし、諫言しても言うことを聞いてもらえないので、官僚たちもこれは無駄だと口をつぐむようになりました。
こういう記事がそろそろ出てくるだろうと思っていたら案の定。 https://www.newsweekjapan.jp/mobile/reizei/2024/08/post-1363_1.php?fbclid=IwY2xjawE88BZleHRuA2FlbQIxMQABHRegVFIbRRSphNXoIefI7vCoR9IJwXLxiHaC_qh6CPl_BHx4aXvGbKALfw_aem_aoGNxaLnHGhG28u1uzRvCw アメリカに農協マネーを差し出すための布石が打たれようとしているなあ、という感じがする。 なぜそう思うのか、少し述べてみたいと思う。 この記事は、以前、小泉進次郎氏が進めようとした農協改革は正しかったが中途半端に終わったので、もし総理大臣になったら改革を今度こそ実現すべきだ、ということを暗ににおわせている。しかしそもそも、小泉氏の進めようとした改革は本当に日本
蓮舫氏が負けた理由に「共産党と組んだからダメなんだ」という論調をよく目にするけど、共産党の押しがなかったらもっと票が少なかったのでは? 蓮舫氏が負けたのは、立候補表明で批判に終始したのが最大の敗因のように思う。あの記者会見で「こりゃダメだ」思ったもん。 それに、年配者には共産党アレルギーがどうしたわけか強いみたいだけど、若い人はよくも悪くも「知らない」から、そんなに拒否感ないと思う。共産党支援がそこまで負のファクターかというと、考えにくい。単に最初の記者会見で大きく躓いたのが原因のように思う。 ところでどなたか教えて欲しいんたけど、労働組合はなんであんなに共産党嫌いなん?学生の頃、「労働組合は社会党系、共産党じゃない」って聞いて驚いたことを覚えている。共産党って労働者の味方ちゃうかったん?なのに労働組合から嫌われるって、どんな歴史的経緯があんのん?と疑問に。 ソ連が崩壊するまで、「社会主義
(農水省元事務次官の事件は、母親だけの問題ではないのではという指摘に対し) ええ、あのケースは父親も大きな影響を与えていると思います。私が国家一種で採用されて、新人研修を受けた時、当時の事務次官として講演したのがあの父親でした。講演内容は「陳情をなるべく聞くといいですよ」というもの。そこで私は質問しました。 「阪神大震災では、神戸市東灘区だけで170箇所もの避難所があり、中にはボランティアが一人しかいない高齢者施設もあり、独りでお弁当を運ぶだけで疲弊するなど、とても陳情する元気がない、というところもたくさんありました」 「陳情に来る人は、地方から新幹線や飛行機に乗り継いで霞が関までくる元気とお金がある人たちだと思います。しかし本当に困っている人は、東京に出ることもできないほど困窮しているかもしれません。そうした声なき声に耳を傾けるにはどうしたらよいでしょうか」 すると当時の事務次官は「阪神
次のページ
このページを最初にブックマークしてみませんか?
『shinshinohara|note』の新着エントリーを見る
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く