ヒンドゥーに、二つの体が抱き合う姿をした神がいる。 一体は魔王で、もう一体はそれを鎮めるための観音菩薩だという。その神は障害を取り除き、莫大な富をもたらすが、祀り方を間違えれば、あるいは、捧げるものを怠れば、あらゆるものを奪い去っていく。 富と破滅。聖と俗。歓喜と絶望。極端が同居するその神のことを私が思ったのは、オフィスの壁に真新しいお札を見つけたからだった。 その冬に中途入社したばかりの私は、深夜、缶コーヒーを片手に、天上近くの壁に貼り付けられたお礼を見ていた。梵字のようなものが複雑なパターンを描いて、一見すると禍々しくも見える。 「なんですかこれ?」 ディスプレイに向かっている古株の社員の背中に問いかけた。 「それね、触らないほうがいいよ」古株の社員は、こちらを見もせずに言った。そして警告するように作業の手を止めた。 「毎年大晦日になると社長が東京からわざわざやってきて貼り替えているん