エピクロスは、プラトンのおよそ100年後、古代ギリシア文明がとことん瓦解した最中に登場した。 理想国家論を書いたプラトンとちがって、彼はもうどんな社会の集団的救済策も提示しなかった。 けれども彼は絶望も諦念も勧めなかった。 そして、後世の人がいう「繊細さを欠くがために、地上に幸福を求めることができる」人間であったために、迷える個々の魂の救いを彼岸に求めることもしなかった。 エピクロスは、此岸にだろうが彼岸にだろうが、高い精神の王国を打ち立てようとする人々にとって、大顰蹙なことを言ってのける。 「すべての善のはじめと根本は、胃袋の快楽である」。 これが彼の倫理学である。 多分、放縦をほしいままにするエピキュリアンと呼ばれるものは、こんなところに由来するのだろう。 「精神の高さ」をもって身体を蔑む思想が攻撃するは、決まってこんなところだから。 けれども俗に言う「快楽主義者」に対して、この「胃の